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第五十四話 葬られた真実

我ながらはっちゃけたなぁ、と思いつつ。

ルル君の力の正体が明らかに!

 いつからこうなってしまったんだろうか、と、月光会の長、クラスト・フィリスは自問する。


 元々は、本当に単なる慈善団体だった。スラムの住民の生活支援、仕事の斡旋、治安回復などを積極的に行い、それなりに信頼もされる真っ当な組織だった。


 それが今のようになった切っ掛けは、ある時足りない活動資金を得るため、非合法な魔道具の販売に手を出してしまったことだった。


 魔石爆弾……特定の波長の魔力をトリガーに、溜め込んだ魔力を解放し爆発する携帯用の武器。冒険者でなくとも、ある程度魔力操作が出来る者なら誰にでも扱える代わり、剣や槍などの武器に比べて取り締まりが厳しく、バレれば罰金、最悪の場合は投獄される恐れもある。

 しかし、逆に言えばそれだけだ。裏では無許可で販売する業者は数多く存在するし、自分のしたことなど、そんな無数にある案件の1つとして紛れるだろうとタカをくくっていた。


 そして、事実その通りになってしまった。


 元々、裏社会とは切っても切れない関わりがあったスラム街。そこで活動していれば嫌でも身に付くそれらとの付き合い方は、後ろ暗いことをして金を稼ぐ上でも十分に役立ったのだ。

 結果として、最初は少しだけ、必要最低限だけ稼ぐつもりが、気付けば動かす金の量が増えていき、それに比例してズブズブと底なし沼に嵌っていくように、次々と悪事に手を染めていった。


 詐欺、恐喝、奴隷の売買や武器の密輸。スラムのためだと言い聞かせながら、いつの間にか手段が目的に変わっているのにも気付かず、ひたすらに金を追い求めてきた。


 今回の件も、その一環だった。とある筋から受けた依頼で、スラムの人間と近衛騎士団との間に不和を生じさせ、暴動を起こす。


 その結果何が起こるかは、知らない。いや、実際には知っているが、知らないことになっている。

 知り過ぎず、さりとて無知でもない。それがこの裏社会で生きていく術だとクラストは考えていた。


「侵入者ですか?」


 故に、大慌てで自らの執務室に現れた部下からその報告を受けた時、クラストの頭に生じたのは疑問だった。

 月光会は今でも表向きは慈善団体を名乗っているとはいえ、そこは裏社会で生きる者の常、腕利きの護衛を幾人も雇い入れ、例え騎士団が相手でも一個小隊規模ならば十分渡り合える戦力がある。それと正面からやり合おうとする者など、ほとんどいないだろう。それこそ、承知の上で正面から叩き潰す力がある、騎士団そのものや今回の依頼主でもない限り。


 しかし、それはないとクラストは首を振る。


 今回の暴動の目的は、王都近辺で騒ぎを起こし、騎士団の目をそちらに釘付けにしておくことだというのは分かっている。

 それを考えれば、横槍が入り暴動が瞬く間に収束してしまったのは失態だったが、むしろその横槍が規格外過ぎたため、結果的には本来の予定よりも騎士団の気を引くことが出来たはずだ。粛清されるほどの失態を犯したとは思えない。


 近衛騎士団だったとしてもおかしい。確かに今回の暴動では裏で糸を引いていたが、被害こそないもののドラゴンの襲来があった直後で、こちらの対処に割くほどの人員がいるとは思えないし、仮にそうしなければならない事情があったとしても、令状も警告もなしに突然襲撃するようなやり方は、彼らの流儀ではない。そして、騎士を名乗る者にとって、流儀とは誇りであり、決して相手が誰であろうと違えるとは考えにくい。


 しかし、今はそんな背後関係に頓着している場合ではない。侵入者の排除、あるいは速やかな撤退こそが重要だ。


「状況は?」


「相手は1人、部下たちを蹴散らしながらこっちへ向かっています!!」


「なんですって? 1人?」


 それでも、続く報告には、流石に困惑せざるを得ない。

 世の中には、文字通り一騎当千と言うべき手練れが存在することは、クラストも知っている。

 しかしだからと言って、それがそう簡単に現れるのかと言えば、当然そんなことはない。クラストの知る限りでそれほどの力を持つのは、ストランド王国近衛騎士団団長オルレウス。チェバーレ帝国軍軍団長アーザック。そして――元近衛騎士団筆頭騎士だったカロッゾと、その伴侶であり宮廷魔導士長でもあったカタリナ。


「……まさか」


 そこまで考えたところで、つい先ほど思い浮かべた“横槍”を入れた者達が思い出される。

 それが召喚出来るだけで小さな街なら滅ぼせると言われているエンシェントゴーレムを、2体も同時に召喚し操って見せた少女と、鉄壁を誇るミスリルタートルの甲殻を切り裂き、あまつさえ聖龍すら撃退してみせた少年を。


 しかし、あり得ない。彼らこそ、わざわざ月光会に立ち向かう理由はないはずで――


 そこまで考えたところで、クラストは思考を中断せざるを得なかった。

 なぜなら正面にあった扉が、凄まじい衝撃で弾け飛んだからだ。


「お邪魔しますっと」


 すっかり風通しが良くなってしまった部屋に、ズカズカと文字通り土足で踏み込んで来たのは、美しいとすら称せるほどに綺麗な銀髪と、蒼穹のような青い瞳を持った1人の少年。

 直接見るのは初めてだったが、少年が背負った身の丈ほどの大剣とその容姿から、クラストはすぐにそれが報告にあった少年だと気づいた。


「……何の用ですか? ルルーシュ・ランターン。ここは貴方のような子供が来る場所ではありませんよ」


 周囲には報告に来ていた男も含め、クラスト専用の護衛として5人の部下がいたが、誰もがその少女と見紛うばかりの可憐な姿と、それに不釣り合いな破壊の跡を前に呆然と動きを止めてしまっている。そんな中、長である自分が同じようにただ呆けているわけにはいかないと気力を振り絞って、可能な限り横柄な態度を心掛ける。


 もっとも、滲み出る冷や汗を隠しきれているかは、自信がなかったが。


「いえ、ちょっとばかりお願いがあって来ただけですよ」


「お願い?」


「ええ」


 ルルーシュのにこやかな笑みに、クラストはむしろ恐怖を覚えた。

 あれは、友好を求める者の笑みではない。


「あなた達全員、()()死んでください」


 獲物を見つけた捕食者の笑みだ。


「……ッ! お前達、ヤツを全力で仕留めろ! 油断はするな!!」


 クラストの言葉に弾かれるようにして、彼の部下が一斉に動く。

 3人の男が剣を抜きつつ、ルルーシュを囲うように前と左右から時間差を付けて斬りかかる。

 騎士団にこそ及ばないものの、単なるゴロツキとは一線を画する連携を前に、けれどルルーシュはただ泰然と、大剣を抜いて構える。


「死んでくれだと!? 舐めんなよクソガキがぁ!!」


 正面から、ルルーシュと同じサイズの剣を、片手剣のように振るう大男が叫ぶ。

 いかにルルーシュの筋力が歳の割に桁外れでも、この体格差で振り下ろされる重量の乗った一撃は防ぎようがない。しかし躱そうにも、左右からは同じように男達が迫っており、更に最初の位置では残った男2人が魔法の詠唱に入っている。


 完璧な袋小路。これなら確実に痛手を与え、押し切れると大男は確信した。


「『止まれ』」


 しかしそれは、ルルーシュの発したたった一言で瓦解する。


「な、に……?」


 筋骨隆々の大男が、ルルーシュにそう言われただけでピクリとも動けなくなる。無理矢理力を入れても、逆に力を抜こうとしても倒れ込むことすら叶わず、無理な姿勢のまま金縛りにあったように動かない。


「よっ」


 そんな大男の懐に、ルルーシュが無造作に飛び込む。

 本来なら、飛び込まれようともそのまま剣を振り下ろし、叩き潰されるところだが、体が動かない大男は近づくルルーシュ相手に何も出来ず、むしろその大柄な体躯が味方の剣を阻む壁となってしまう。


 いかに裏社会に生きる者といえど、仲間を躊躇なく自らの剣で斬り裂けるかと言えば、そんなことはない。当然剣先が鈍り、動きが滞る。


「『眠れ』」


 その隙に、ルルーシュが睨みつけた男がまた1人、その場に倒れ込む。

 更に、そのまま体ごと回転するように大剣を振るい、未だ体が動かない大男の腹を殴りつけ、吹き飛ばす。


「ぐあぁ!?」


 吹き飛んだ大男がもう1人の男にぶつかり、もつれあうようにして倒れ伏す。


「『エアバレット』」


 更にそこへ、風の魔法で作った弾丸を叩きつけることで確実に意識を刈り取った。

 瞬く間に前衛3人が倒されたことに、残る2人の護衛はとっくに魔法が完成しているにも関わらず、次に取るべき行動に迷いを見せる。


「何をしている、早く打て!!」


 クラストの怒声が響き、はっと我に返った2人の護衛が、続けざまに魔法を放つ。


「『ライトニング』!」


「『フレイムジャベリン』!」


 目にも止まらぬ雷の魔法が疾駆するが、ルルーシュはそれを軽やかに跳んで回避する。

 しかしそこへ、続けて放たれた炎の槍が迫る。

 回避先を読んで放たれたのだろう、空中で身動きの取れないルルーシュに、正確に向かっていくそれはしかし、その体を貫くことは叶わなかった。


「『跳ね返れ』」


 ルルーシュが一言発するだけで、炎の槍は即座に身を翻し、それを放った護衛の男へと突き刺さる。


「ぎゃあああ!?」


「ばっ、バカな!?」


「戦闘中によそ見しない」


「しまっ……ぐあぁぁぁ!!」


 まさか魔法が跳ね返ってくるとは予想だにしていなかった男は、ロクに回避行動も出来ないまま炎上し、倒れる。

 そして、それを見て呆然と手を止めてしまった最後の護衛もまた、重力に引かれ落ちてきたルルーシュの大剣に倒れ、後に残ったのはルルーシュとクラストのみとなった。


「さて……最後は貴方だけだね」


 大剣を肩に担ぎ、息一つ乱すことなく告げるその声は、クラストにとって死神の死刑宣告にも聞こえた。


「くっ……!!」


 クラストは咄嗟に、最後の手段――建物の要所に仕込んだ魔石爆弾の起動を試みようと手を伸ばす。

 さすがに、建物そのものが崩れれば、この少年とて隙が出来るはず。その間に逃げれば、と。


「『止まれ』」


 しかし、そんな最後の希望も、無慈悲な一言によって押し留められた。

 部下を見ていた時は、なぜ動けないのかさっぱり分からなかったが、いざ自らがその立場になれば、その原因も否応なく理解させられる。


「貴様っ、その眼は……!!」


 目の前の少年が持つ、蒼の瞳。それが今は、紫色の不気味な魔法陣を浮かべ、真っ直ぐに自分を注視していた。

 そしてその魔法陣と、部下との戦闘で起きた理不尽な現象の数々。それらを合わせ、クラストの脳裏には1つの魔法が思い起こされた。


「まさか、魔眼魔法!? かつて伝説の魔王が持っていたと言われている、絶対遵守の力!! それが使えるというだけで、目玉を抉り出さない限り、日の光も届かない地下牢に一生閉じ込められるとすら言われている、最凶の禁忌魔法ではないか!!」


 魔眼魔法の力は、その眼で見た魔力を支配し、意のままに操るという物だ。

 魔法は魔力で構成されており、それを操れるということは、相手の放つ全ての魔法は、その威力の大小に関わらずルルーシュには届かず、むしろその身を焼くことになる。


 それだけでも十分に脅威だが、この魔法の最も恐ろしい点は、人が体内に持つ魔力すら自由に操れるということだ。

 魔力とは魂の源であり、魔力を操るということは、魂を操るということを意味する。

 魂には意志が宿り、意志が体を動かす。つまり、相手の魔力を支配すれば、相手の体すら支配することが出来るということだ。


 実際には、そこまで簡単に操れるような魔法ではないが、相手の動きを一時的に止めたり、眠らせたり、あるいは幻覚を見せるなどと言った程度は、眼を向けて一言命令すれば事足りる。

 戦闘中において、それらは致命的というにも生温いほどの隙だ。


「うん、そうだよ。この眼は魔眼魔法だ。そこまで知ってるなら、死んでくれって言ったのにこの場の全員生かしてる理由も分かるんじゃない?」


 動けないクラストに一歩、また一歩と近づきながら、ルルーシュは言う。

 少し着飾れば、十分に貴族の令嬢と言っても通用しそうな見た目の少年が、命を命とも思わないような無機質な眼をして迫って来る様は、クラストから急速に現実感を奪っていく。


「ま、まさか……私を完全支配するつもりか……」


 魔眼魔法といえど、相手を完全に支配することは簡単ではない。

 しかし逆を言えば、簡単ではないというだけで、時間さえかければ可能ということだ。

 例えば、相手が意識を失い、無防備になっているところへ魔法をかけ、操るなどすれば。


「そう悪いようにはしないよ? 月光会はうちの商店が後ろ盾になるし、後ろ暗い稼業から足を洗って真っ当な慈善団体に戻してあげる。奴隷みたいに馬車馬の如く働けなんて言わないし、投獄されて犯罪奴隷に堕ちることもない。ただ、その人格は書き換えさせて貰うけど」


 ある意味、死よりも恐ろしいことを平然と言いながら目の前に迫る少年に、クラストは薄ら寒い物を感じる。

 自分は一体、何に手を出してしまったのか、と。


「お前は……一体何者だ? なぜ、こんな真似を!!」


 恐怖の余り、クラストは叫ぶ。

 それに対して、ルルーシュは心底不思議そうに首を傾げた。


「そんなの、リリィと、リリィの日常(せかい)を守るために決まってるじゃないか」


「そ、そんなことのために……!?」


 たった1人の少女の些細な日常のために、Sランクオーバーとすら言われた魔王の力を平然と行使する目の前の少年が、クラストには信じられなかった。

 世界征服という、分かりやすい私欲に走った魔王のほうが、クラストにとってはよほど共感が持てるほどだ。


「まあ、僕の理由なんてどうでもいいよ」


 そして、そんなクラストにはもう興味ないとばかりに、ルルーシュはクラストの瞳を覗き込む。

 禍々しく、それでいてどこか抗い難い魅力を放つ魔力が、瞳を通じてクラストの意識に入り込み、その魂を蝕んでいく。


「おやすみ。悪の親玉さん? 良い人に、生まれ変わってね」


 眠れ、と。

 その一言以後、クラスト・フィリスという人格は、二度と目覚めることはなかった。

第二章(?)完!

こんな流れですが、次からはまたほのぼのギャグに戻ります(

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