第五十話 ドラゴン調教作戦です?
「さあ、ドラゴン狩りの始まりですよ! 者ども、であえー!」
腰にあった小さめの木剣を掲げ、高らかに叫ぶ私に、けれど周りの人達はシーンっと静まり返り、ジト目を向けてくるばかりです。
あれ、どうしたんでしょう?
「1つ聞きたいのだが、魔女の娘よ、なぜお前が……」
「私、リリアナ・アースランドです! ちゃんと覚えてください!」
「……リリアナ嬢。なぜ貴女が仕切っているのでしょうか」
少しだけ迷った後、多分目上の人に使っているような、畏まった口調で隊長っぽい人がそう尋ねてきます。
いえ、名前で呼んで欲しかっただけで、別に敬語を使って欲しかったわけじゃないんですけど……まあ、細かいことはいいです。
「ノリと気分です! 別に従う必要はないですよ?」
「……そ、そうか」
なんだか隊長さんの体がぷるぷる震えてる気がしますけど、どうしたんでしょう? おトイレでも我慢してるんでしょうか?
「(すいません、うちの子がほんとすいません)」
「(お前は……?)」
「(ああ、えっと、ルルーシュ・ランターンと言います、あの子とは幼馴染でして……)」
「(そうか……いや、そちらも苦労するな)」
「(いえいえ……そちらこそ……)」
なんだかルル君が隊長さんの傍に寄って、小声で耳打ちしてますけど、トイレ休憩の相談でしょうか?
まあ、スラム街を出てから、それなりに経ってますから、仕方ないですね。
スラム街で、ミスリルタートルと激突した私達は、そのままドラゴンと対峙すべく、森の中を進軍することになりました。
騎士団の狙いがスラムそのものでなく、森で起きている魔物の大量発生の原因を突き止めることだったと分かったセレナさんは、「早く潰しに行きましょ」とやる気十分だったので、私とルル君、ヒルダさん、セレナさんの4人で騎士団についていくことになりました。山までの距離が遠いので、もちろんオウガも一緒です。
「ところでヒルダさん、あのドラゴンって実際のところなんだと思いますか?」
ルル君と隊長さんが話し込んでいる隙に、私は私で唯一真実を知っているヒルダさんに耳打ちする。
あのドラゴンが本当に大量発生の原因なんだとしても、近衛騎士団の人達がスラムに足を踏み入れることになった直接の原因は私の魔法にありますからね、せめて、その魔法をあのドラゴンさんが使えてくれないと誤魔化しも効かないんですけど……
「ああ、あれ多分赤竜だろ、やたら火を噴く普通のドラゴンだな」
「……火、だけですか?」
「火だけだな」
……確か、今回の目標は、巨大な隕石降らせたり、光のブレスが森を薙ぎ払ったり、いきなり森に氷の柱がそそり立ったりするような敵ってことになってますよね。火属性が得意なドラゴン……うん、全然そんな感じじゃないですね。
「……どうやって誤魔化せばいいんでしょう……?」
「いや、素直に謝ればいいと思うんだが」
全く、ヒルダさんは分かってないです。既にさっきの一件でルル君の堪忍袋は悲鳴を上げてるんですから、これ以上何かあったってバレるといつも以上のお仕置きをされるかもしれないんですよ? それはさすがに嫌です!
「それにヒルダさん、百歩譲ってルル君は許してくれたとして……セレナさんが怖いです」
「そんなことは……」
私が指差した先では、相手が魔物の中でも上位の存在だなんていう意識はすっかり消え、「ぶっ飛ばしてやるわはた迷惑なトカゲ野郎め」とかなんとか物騒なことを呟いてるセレナさんの姿が。
「……あるかもしれねーな」
「でしょう!? お願いしますヒルダさん、セレナさんを宥めてください! そしたら素直に自首しますから!」
「無茶言うな、今のセレナは恐らく死神だって裸足で逃げ出すぞ。大人しく死んでこい」
「いーやーでーすー!」
「そこうるさいわよ! もうすぐドラゴンのいた場所なんだから気合入れなさい!」
「「はい! 分かりました!」」
セレナさんに一括されて、思わず敬礼を返す私とヒルダさん。
これは、間違いなくあれです。原因が私にあるってバレたら本当に討伐されかねません。本当になんとかしないと……!
「……よし、こうなれば最後の手段です」
「おいリリィ、何するつもりだ?」
「決まってます」
ちょうどいい生贄君もいるわけですし、これを利用しない手はありません。
「私がこっそりその赤竜を援護して、さも全ての元凶であるかのように見せかけます!」
「おいお前、誤魔化すために本当に元凶になろうとしてねーかそれ?」
「そんなことないですよ、あくまで全てをドラゴンに押し付けるための作戦ですから、上手く誤魔化しますよ。あ、でも、竜騎士っていうのもかっこいいなぁ……」
「……まあ、ほどほどにな?」
「任せてください、万事完璧にこなしてみせます!」
色々と諦めた表情を浮かべるヒルダさんに、ドンっと胸を叩いて大丈夫だとアピールしますけど、じとーっと疑わしげな視線を返されました。
い、いや、確かに今回は色々とやらかした自覚はありますけど、大丈夫ですって! これで全部上手いこと丸く収めてみせますって!
「さっきから何を騒いでるのさ、2人とも」
「あ、ルル君。いえその、私、今から先行して、ドラゴンの偵察に行って来ようかと思うんです!」
「はい? いや、なんでそんな話に?」
「いえその、この人数で言ったらすぐに戦闘になるじゃないですか? だからその、せっかくですし1人でじっくり見物したいなーと!」
「いやいや、相手はドラゴンだからね? そんな、近所の犬を見に行くわけじゃないんだから……」
「大丈夫ですって! ほら私、ミスリルタートルの甲殻だって斬り裂けたんですから!」
「あれ、僕がいなきゃ無理だったくせに……それに、攻撃してこないミスリルタートルと違って、今度はちゃんと反撃して……」
「まあまあ、そう心配しなくても、オウガも居ますし! というわけで、行ってきます!」
「あっ、ちょっとリリィ!」
オウガに指示を出し、私は1人、隊列を離れ先へ向かう。
目指す先はドラゴンの元、どれくらい強いのかは分かりませんけど、最低限私の得意魔法である地・水・光の魔法はばっちり使ってるところを見せつけて貰わないといけませんから、最低でも私と息を合わせて動いて貰わないといけません。
そのためには……
「あっ、居た!」
オウガに跨り、山の麓を駆け抜けること10分少々。ようやくたどり着いたそこに、目的の生物はいました。
全身を赤い鱗に覆われた、爬虫類のような肌。強靭な手足は太く逞しく、腕の一振りでそこらの樹は簡単にへし折れてしまいそうです。
けれど、そこらのトカゲとは一線を画する巨体と、何より一対の翼を持ち、唸り声を上げるその姿は、まさしくファンタジーで良く目にするドラゴンに相違ありません。
「わぁ……かっこいいなぁ……」
それを見た私は、まず攻撃するでも隠れるでもなく、その雄姿に見惚れて感嘆の声を漏らしました。
いやだって、ドラゴンですよドラゴン。やっぱりああいうの見るとテンション上がっちゃいます! 出来ればペットにして連れて帰りたいくらいですけど、オウガくらいのサイズならともかく、流石にあれは無理かなぁ……
「おっと、オウガ、回避です」
なんて呑気なことを考えていたら、こちらに気付いたらしい赤竜さんは、私に向けて開口一番炎の塊を吐き出してきました。
オウガが軽快なステップでそれを躱しますが、地面にぶつかったそれが飛び散って、私のほうにも火の粉が飛んできます。
「熱っ、熱いです! もう、次は躱すだけじゃなくて、ちゃんと防御もした方がいいですね。『プロテクション』!」
防御魔法を私自身とオウガにかけ、ひとまず万全の状態で赤竜と向き合う。
ルル君にはああ言いましたけど、曲がりなりにも相手はドラゴンですからね。真面目に相手をして、きっちり実力差を分からせた上で、言うことを聞いて貰うとしましょうか。
犬の躾だって、最初に実力差を分からせてあげるところから始まりますし、きっと間違ってないはずです、多分。
「グオォォォ!!」
赤竜が咆哮を上げ、炎のブレスを吐き出す。
さっきは余波だけでも熱かった攻撃ですし、《プロテクション》はもう使ってるから大丈夫だと思いますけど、あんまり私の近くで破裂されても困りますね。
「『リフレクション』!!」
光の魔法陣が私の掌の前に出現し、迫りくる炎弾を受け止めると、そっくりそのまま赤竜に向けて跳ね返す。
「グギャオゥ!?」
まさか自分に跳ね返ってくるとは思ってなかったのか、驚いたような声を上げて炎に焼かれのたうち回る赤竜さん。
あれ、炎のドラゴンなら炎には強いかと思ったんですけど、案外そんなこともないんでしょうか? ていうか、地面をのたうち回ってる姿はなんともシュールでちょっと可愛いですね、これはこれでペットにしたいです。
「ギャオォォォ!!」
纏わりつく炎を振り払い、怒りの咆哮を上げる赤竜さん。
うーん、さっきのブレスの威力からして、怪我が少ない気がしますし、やっぱり一応は耐性があるんでしょうか? よくある、「俺の防御を打ち破れるのは俺だけだ!」みたいな?
だったら、まずはその慢心をぶっ壊してあげましょう。
「グオォ!!」
「『リフレクション』! 『リフレクション』! 『リフレクション』!!」
次々と連続して飛んできた炎の塊を、全て魔法で跳ね返す。
流石に、2度目となると赤竜さんも慣れたのか、翼を広げて回避しつつブレスを吐き出し、やがてそれに効果がないと見るや、その巨体を活かして体当たりを仕掛けてきました。
「ガアァァァ!!」
「甘いですよ、『ファランクス』!!」
「グアァ!?」
赤竜さんの体が、ぶつかる直前に私の張った多重障壁に阻まれ急停止する。
今、なんかグキッ! って感じに変なほうに首曲がりましたけど、大丈夫でしょうか? ああうん、のたうち回る程度には元気があるみたいですし、大丈夫そうですね。
「それじゃあそろそろ、反撃と行きましょうか! 『ガイアウォール』!!」
私とオウガ、それから赤竜さんを囲うようにして、大地の壁を屹立させる。
この子にある程度言うこと聞いて貰うなら、実力差を示すのが一番ですけど、そのせいでまた森に被害が飛び火したら怒られちゃいますからね。こうしておけば、とりあえずは大丈夫でしょう。ふふふ、私だって学習するんですよ?
「それじゃあ行きますよ赤竜さん。ちょっと熱いかもしれませんけど、まあ、炎のドラゴンですし、大丈夫ですよね?」
私とオウガは『ファランクス』で守られてますし、遠慮はいりません。最大火力で行きましょう!
「煉獄の炎よ、我が呼び声に応えその姿現すがいい。」
魔力を集中しながら詠唱を始めると、赤竜さんを中心に赤い魔法陣が浮かび上がり、一気に拡大していく。
ぐぐぐっ、やっぱり炎属性は上手く制御が効きませんね、勝手にどんどん大きくなってっちゃいます。
「潰えることなき永久の炎となりて、地上の全てを灰燼に帰せ!」
そんな魔法陣の中心でのたうち回っていた赤竜さんは、辺りの様子の変化を感じ取ってか、「え? え?」みたいな感じにきょろきょろと見渡し、最後に私を見て分かりやすいくらい目を丸くしています。
うーん、なんだかこうして見てると、ドラゴンもなかなか愛嬌があって可愛いですね。代わりに、イメージしてたかっこいい威厳とか色々台無しですけど。
「現界せよ、炎獄!!」
まあ、細かいことはいいです。今はただ、この赤竜さんに、私のほうが上だって物理的に分からせてあげましょう!
「『灼熱地獄』---!!!」
瞬間、私の張った『ファランクス』と『ガイアウォール』が軋むほどの爆炎が、目の前の視界いっぱいを嵐となって吹き荒れ――
「……あら?」
それが消え、後に残ったのは、ぷすぷすと焼き焦げ、瀕死になった赤竜さんだけでした。
注:リリィはアホの子です。犬の躾で分からせるのは立場の差であって物理的な実力差ではありませんのであしからず。