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第四十九話 嘘から出た真です?

 切断されたミスリルタートルの甲殻が、ズドォォン!! と派手な音を立てて地面に落ちる。

 下手な小屋よりも大きいんじゃないかっていうくらいのミスリルの塊に、おおっ、とどよめきが起こりました。


「……あれ?」


 けれど、その塊はミスリルタートル全体からすればほんの一部で、その体のほとんどは、私がルル君ソード(勝手に命名)を振り下ろした瞬間に忽然と姿を消しました。

 一体どこに? と視界を巡らせれば、落下した甲殻の破片の先に、何事もなかったかのように鎮座するミスリルタートルの姿が。

 ……えっ、もしかして、躱されたんですか? あの巨体で、あのタイミングで、一体どうやって?


「うーん……まあ、もう1回やってみれば分かりますよね!」


 そう思って、私はもう一度エンシェントゴーレムに指示を出そうとしたんですけど、そう思った矢先に、ゴーレムは突然木っ端みじんに粉砕されました。

 えぇっ、何事!? まさかミスリルタートルの攻撃が!?


「リ~リィ~?」


 ……と、思ったら、ニコニコととっても素敵な笑顔を浮かべたルル君が、大剣を肩に担いだ状態で空から降り立ちました。

 ただでさえ可愛らしいルル君が、華の咲くような笑顔を浮かべれば、それはもう抱きしめてあげたいくらい天使なかわいらしさを発揮する……はずなんですけど、なんでしょう、今のルル君は天使は天使でも、殲滅天使とかそんな呼び方が似合う気がしますね。


「あー、えっと、ルル君? なんだか怖いですよ? 一旦落ち着きましょう? ね?」


「何言ってるのさ、僕は怖くなんてないよ。いきなりゴーレムに掴まれて振り回されるよりはね? ふふふ……」


 あ、やばいです、これルル君完全にキレてます。未だかつてないくらいお冠ですよこれ。どどど、どうすれば……!


「え、えっと、ルル君。おやつ分けてあげますから、許してくれません?」


「ダーメ♪」


 そう言って、ルル君は一瞬で私の元まで移動すると、そのまま私の体を抱え上げ、手を振り上げます。


「ひえぇぇ!! 待ってくださいルル君お願いですせめて一発で勘弁してくださいたぁぁぁぁい!!?」


 ぺちーーーん!! っと、そのまま振り下ろされた手が私のお尻に炸裂し、思わずその痛みに絶叫します。それも当然のように一度で終わらず、何度もぺちん! ぺちん! と叩かれ続けます。


「いやあのルル君、私もですね、今回ばかりはちょっとばかりやり過ぎたかなーと反省してるんですよ! だからお願いですルル君こんな場所でお尻ペンペンはやめてください! せめてやるならいつもみたいに2人きりの時にーー!!」


「まるで僕がいつもリリィのお尻叩いてるみたいに言うのやめてくれないかな? いや、割と間違いじゃないような気がする……」


 自らの嗜虐趣味(?)を暴露しながらも手を緩めないルル君に涙目を浮かべつつ、助けてくれる人はいないのかと周りを見渡してみる。


「ほ、本当にミスリルタートルを剣で斬りやがった……」


「ていうかそっちの男……男? の子もどうなってんだ、エンシェントゴーレムを一撃で粉々にしやがったぞ……」


「どうなってんだ……あれ本当に子供なのか? 実は悪魔が化けてるとかじゃ……」


「俺、今回の任務終わったら、シリカちゃんに告白するんだ……」


「おい馬鹿やめろ、こんなタイミングで縁起でもねえこと言うんじゃねえ!!」


 うん。騎士団の人達、なんだか現実逃避してたり死亡フラグ建てたりと、なんだか忙しそうですね。あははー。

 な、なら、ヒルダさん達は!? ヒルダさん達なら止めてくれますよね!?


「お~、綺麗に斬れたなぁ。あれっていくらぐらいするんだ?」


「あれ全部ミスリル……1tはあるわよね……だとすれば、あれ全部売ったら1億には……くふっ、ふふふふ……!」


「お、おい? セレナ、大丈夫か? 今近づくと危ないからちょっと落ち着けよ、な?」


 と思ったら、こっちはこっちでセレナさんが目の色をお金に変えて大変なことになってました。

 いえあの、そのミスリルは全部あげますから! だからお願いします、助けてください!


 なんて私の心の声が届くことはなく。それからしばらくの間叩かれて、ようやく解放される頃には、お尻がジンジンと熱を帯びていました。

 これ、お風呂入ったら絶対染みるやつですよね?


「うぅ……ルル君の鬼ぃ……これ、私のお尻大丈夫ですか? 割れちゃったりしてません? ルル君、ちょっと見て確認してください……」


「それは元から割れてるから大丈夫だよ。ていうか、女の子がお尻見てとか言わないの」


「その女の子のお尻を真っ赤になるまで引っ叩いたのはルル君じゃないですかぁ……」


 お尻を摩りながらよっこらせっと起き上がり、そんな私を見てルル君はやれやれと肩を竦める。

 そんな馬鹿なやり取りをしている間も、ミスリルタートルは特に何をするでもなく、のんびりと森の手前に陣取って寝そべって(?)いました。

 この危機感の無さ、まるで私達の攻撃なんてどうにでもなるって言われてるみたいで悔しいですね……ぐぬぬ……


「それにしても、さっきのあれはなんだったんでしょう? 絶対仕留めたと思ったんですけど」


「『転移』の魔法を使ったんだろうね。けど、まさかあんな質量の大きい身体を飛ばせるなんて、さすがAランクだね……」


「えぇっ、転移魔法!?」


 転移魔法は、光属性の中でも最上位に位置づけられるほどに難易度の高い魔法で、使うにはその質量に応じた大量の魔力に加えて、それを完璧に制御する技術が必要になるって聞いたことがあります。

 一応お母様も使えるそうですけど、自分ともう1人を飛ばすのが精いっぱいだって前に聞いた気がするので、この巨大なミスリルタートルを飛ばすにはどれだけの魔力が必要なのか……ちょっと考えたくないですね。


「けど、逆に言えば今はもう魔力を使い切ってるわけですよね、ならもう一発ぶちかましてやりましょう!」


「えっ、いや、そうは言うけどリリィ」


「『エクスカリバー』!!」


「人の話聞いて!?」


 とりあえず、切断された甲殻の痕なら、ルル君に制御して貰わなくても打ち破れるんじゃないかと思って、渾身の魔力を込めた光の魔法剣を突き立てる。


「って、あれぇ!?」


 けれど、その刃がミスリルタートルを捉える直前に、またしてもミスリルタートルは忽然と姿を消し、私の一撃は空を斬り、森を斬り、ついでに大地まで斬り裂いて止まる。


「ぐぬぬ、また躱されました!」


 掌から展開した魔法陣から光線を放ち、空から隕石のように大質量の岩を降らせ、動けないように氷漬けにしたりもする。

 けれど、どれも当たる直前に、狙いすましたようにギリギリを見極めて回避されていきます。

 なんだかまるで、「俺の防御を破った火力は褒めてやろう。だが、それだけで倒せるとでも思ったか?」って言われてるみたいで物凄く悔しいです!


「いやいや、もういいでしょリリィ! ほら、そこのミスリルの塊だけで、もう廃教会だっけ? それくらい土地ごと買うお金には十分だし、むしろお釣りが来るぐらいだからさ、ね?」


「むっ、そうなんですか」


 元々、ミスリルタートルを狩ろうとした目的は、廃教会に住んでる子供達の支援です。それが成されるのなら、確かにわざわざ大して危険もない亀さんを付け狙う必要もありません。


「それじゃあ、そこの隊長さん。これあげますから、もう廃教会のことは諦めてくれますよね?」


「……はっ!? い、いや、だからそういうわけには行かないんだ! この土地はそもそも王家の物で、我々の所有物じゃない! 金で解決できる問題じゃないんだ!」


 私の声で、ようやく現実に立ち帰ったらしい隊長さんは、しかし首を縦に振ってくれません。

 むむむ……


「なら、誰と決闘(おはなし)すれば手を引いて貰えますか? 教えて貰えると嬉しいんですけど」


「待てっ、貴様今お話の部分がおかしくなかったか!? 物凄く不穏な単語に聞こえた気がするんだが!?」


「不穏だなんて失礼ですね、ただちょっと殴り込み……じゃなかった、喧嘩し(かたりあい)に行くだけですって」


「今殴り込みと言ったな!? 絶対そう言ったな!? あとやっぱり語り合うのところが何かおかしいぞ!!」


「気のせいですよ」


 頑張って交渉はしてみますが、中々折れてくれません。

 その後も根気強く話し合いは続きますが、一向に進展する様子もなく。

 途中、痺れを切らしたセレナさんまでやって来て話は続きますが、話はいつまでもすれ違い、ついに隊長さんがキレて叫びだしました。


「そもそも!! お前達、どれだけその場所から離れたくないんだ!? そう過ごしやすい場所でもないだろう!!」


「過ごしにくい場所で悪かったわね! 例えそうだとしても、他に行く当てのない私達にとっては唯一の居場所なのよ! 出てけって言われてはいそうですかなんて言えるわけないじゃない!!」


「だから! そのための資金は渡っているはずだろう!?」


「だから! あんな金じゃ精々1か月程度しか暮らせないっての!! 何人子供いると思ってんの!!」


「1か月で十分だろう!! その頃には我々も調査が全て終わってここから撤退している!!」


「撤退したとしても……! って、えっ? どういうこと?」


 そして、お互いに叫び合うセレナさんと隊長さんのお話は、思わぬ言葉で一時休戦となりました。

 セレナさんも含め、一同ぽかーんとしている私達を見て、隊長さんは困惑した表情を浮かべています。


「いや……最初、使いを出した時に聞いていないのか? 我々近衛騎士団は、最近の魔物大量発生を深刻な事態と受け止め、スラムの一角を拠点として調査活動を開始すると。そのための治安回復活動であり、拠点構築のために使われる建物に住んでいる者については、当面の生活費と共に一時的な退去を願う、と……」


 あっれー……? セレナさんから聞いてた話と随分違う気がするんですけど。

 あ、いえ、同じなんでしょうか? “お金”を対価に“退去”するって部分は変わらないですし。ただ、期間について説明がなかったのと、それを渡しに来たっていう騎士団員の人が横柄な態度だったっていうだけで。


「い、いや、だとしても! 終わった後にあんた達が撤退してる保証なんて……!」


「我々にしても、こんな場所に居座り続けるメリットがないだろう。本来の任務は王都の街中の治安維持だ。言ってはなんだが、ここは管轄外な上に、下手に追い出せば街中で騒ぎを起こされる可能性だってある。今回のことだって、不満を持つ者は我々の中にも多くいたからな、上の命令でなければやっていない」


「…………」


 言われてみれば確かに、ルル君もそんなようなこと言ってた気がしますね。

 なんて言ってたんでしたっけ? 確か……


「それでも、反対の声が大きくなるにつれて一時は作戦中止との噂もあったんだ……一昨日、莫大な魔力が森で観測されるまではな」


 そうそう、その魔力が原因で、近衛騎士団も予定を繰り上げて今日スラムに立ち入ったんでしたっけね。

 ……あれ、これってもしかして。


「森から奔った閃光が空を照らし、火柱が上がり、大岩の雨が降らせたというその魔力。間違いなく大型の、竜種かそれに匹敵する魔物の仕業だろうが、それさえなければ、我々がスラムに立ち入って暴動に発展することもなかったと言うのに……全く、忌々しいドラゴンめ」


「そうですよね!! 今回のことは全部そのドラゴンが悪いんですもんね!!」


「おう、いきなりどうしたんだリリィ? そんな大声出してよ」


 ポンっと、私の肩に手が置かれる。振り向いてみれば、そこには先ほどのルル君よろしく、素敵な笑顔を浮かべたヒルダさんがいました。


「どどどどうしたって、それはもちろん、理不尽なドラゴンへの怒りを露わにしてるんですよ、もちろん!!」


「そうか。それよりリリィ、オレは一昨日に観測されたっていう莫大な魔力。ちょっと覚えがあるんだけど」


「何、それは本当か!?」


 ヒルダさんの言葉に、隊長さんが詰め寄らんばかりの勢いで喰いつきました。

 あわわわ、まずい、まずいです! このままだと私、本当に騎士団の人達に討伐されかねません!


「ほ、本当ですよ! 私もその魔力、覚えがあります!!」


「詳しく聞かせてくれ!」


 そのままヒルダさんに喋らせると、私の身柄を売られかねないと思って、つい話に割り込んじゃいましたけど、ここから先は当然何も考えていません。


「え、えっと、それは……」


 かと言って、ここで何も知らないとは言えません。莫大な魔力の主は、様々な攻撃魔法を扱えるってことがバレてるんですから、移動と防御だけで攻撃に魔法を使わないミスリルタートルを犯人に仕立て上げるのも無理そうですし、本当にどうしましょう。

 言いよどむ私に、隊長さんが訝しげな視線を送ってくる。このまま黙っていると、もしかしたら私が犯人だって勘づかれるかもしれません。


「あ、あっちの方から、すごい魔力を感じました!!」


「あっちとは?」


 なので私は、とにかくこの場を乗り切ろうと、適当な場所を指差します。

 当然、適当に言っただけなので、隊長さんも良く分からず首を傾げ、私は咄嗟に、分かりやすい目印を見つけてそこを指差す。


「ほ、ほらっ、あの山ですよ!」


 その後のことなんて、何にも考えていません。ただ悪戯がバレそうになった子供みたいに、その場を取り繕おうと嘘を重ねただけで。


「あそこから、ドラゴンの鳴き声が聞こえて!」


 ただ、世の中には、言霊だとかって言われる物があるように、口に出して言うことで、それがでまかせだったとしても、本当に現実のものとなることがままあります。


『グオォォォ……!!』


 私の指差した山のほうから聞こえてきた、何かの咆哮。

 それに釣られ、隊長さんを含め、その場にいた騎士団の人達や、ヒルダさん、子供達まで、全員がそちらを向く。

 その山の頂に見えたのは、薄らとしたシルエット。一対の翼を持ち、口から火を吐く“何か”が居ました。


「ほ、本当に居たのか、ドラゴンが……!」


「落ち着け! 我々の任務は偵察だ、討伐する必要なんてない。まずはあの魔物が、本物のドラゴンかどうか確かめる! 全員、行くぞぉ!!」


「「「「おおーーー!!!」」」」


 拳を振り上げ、戦意を滾らせる騎士団の人達。

 その一方で、指差した恰好のまま固まっている私に、ヒルダさんはもう一度ぽんっと肩に手を置き。


「リリィ、なんつーか……よかったな」


 そう呟き、なんとも複雑な表情を浮かべました。

 うん、なんというか、こう。


 嘘から出た真とは言いますけど、それにしたって都合良すぎません!!?

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