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第四十八話 ルルの憂慮③

今回はルル君視点です

「ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ……」


「今回ばっかりはお前も随分キツそうだな、ルルーシュ」


「そ、そりゃあね……いつも大概だけど、今回ばっかりはリリィの非常識さを見誤ってたよ……」


 地面に両手を着き、肩を上下させながら必死に呼吸を整えている僕に向けて、ヒルダが呆れとも憐憫ともとれる視線を向けてきた。

 不本意ではあるけど、リリィのバカみたいな作戦を最終的に容認したのは僕自身なわけだから、あまり強く否定も出来ないのが辛いところだ。


「まあ確かに、いくら自分で言ったとはいえ、本当にミスリルタートルをぶん投げるゴーレムを作るとはな……それも2体も。あいつの魔力どうなってんの? 実はドラゴンが化けてんじゃねえ?」


 今回のリリィの作戦は、至ってシンプル。ミスリルタートルのところに出向いて戦ってる暇がないなら、ミスリルタートルのほうを現場に引っ張り出して戦おうという、それだけの話だ。

 ただ、言うは易く行うは難し……なんて次元じゃないくらい、どうやってやるんだという話でもある。何せ、相手はどんな攻撃も通用しない化け物で、僕が話に聞いたことのある個体より倍近くのサイズを持っていた。

 魔物はデカければデカいほど強い、ってわけでもないけど、ミスリルタートルに関しては体が大きくなるにつれて内包する魔力量も増え、その分防御力が上がるらしいから、そう考えればリリィの魔法が通用しなかったのも納得できる。


 そういうわけで、気を引いて誘導しようにも、生半可な火力じゃ脅威に感じるどころか興味すら抱いて貰えないし、餌で釣ろうにも巨体すぎてちょっとやそっとの量じゃ気付いてすら貰えないし、逆に釣れるほど大量の鋼材なんてそれこそ用意できない。


 そんな常識を、リリィは文字通り放り投げた。

 いや、確かに移動させるのなら一番楽な方法ではあったけど、ミスリルタートル、あれ何百トン重量あると思ってんの? それをぶん投げるって何? あの勢いで投げられて怪我一つ負ってないミスリルタートルも大概だけどさ!


「むしろドラゴンよりも多いんじゃないかな……」


 ドラゴンは常識外れの存在ではあるけど、討伐難度Sランクの神話生物でもない限り、精々が(そんな言い方して良い規模じゃないけど)街一つ壊滅させる程度の力しかない。

 でも、リリィの造った『エンシェントゴーレム』は、あれ1体でドラゴンと渡り合えるって言われてるほどの、魔導士数十人規模で行う大魔法でしか生み出せないゴーレムだ。

 ほんの数秒間だけとはいえ、それを2体同時に遠隔地に発動出来たリリィの魔力は、とてもじゃないけどAランクの範疇に収まるレベルじゃない。


「まあけど、そんなリリィのぶん投げたミスリルタートルを、目標地点からズレないようにコントロール出来たルルーシュも大概だよな。何をどうやったらそんなこと出来るんだ?」


「風魔法が得意で、リリィの魔法の癖を知ってて、少なくともちゃんと誘導すれば受け止めてはくれるって信用出来て……あとは、気合かな……」


 気合は大事だ。何せ今回の作戦、近衛騎士団にインパクトを与えるためっていう理由で、ただでさえ安全性とかそういうのを次元の彼方に投げ飛ばしちゃってるんだから、少しでも正確にコントロールしないと……というわけで、投げ飛ばされるミスリルタートルの上にしがみつきながらサポートするハメになったし。

 いくら、いざという時は抱えて飛び降りてくれるヒルダが傍についてたとはいえ、ジェットコースターを鼻で笑えるほどの高速飛翔中に、数百トンもある重量物を魔法でコントロールするんだから、魔法の技術よりもまず気合と根性がなきゃ話にならない。


 もっとも、これが豪快に投げ飛ばされていてなお、そんなことどうでもいいとばかりに僕らを乗せたままのんびりしてるミスリルタートルみたいな魔物でなければ、気合以上に技術が必要だったろうけど。


「気合は分かったけど、信用て……お前、リリィの作戦に一番反対してなかったか?」


「コントロールはともかく、威力だけは間違いなくこの国最強の魔法使いだからね、リリィは」


 サポートなんてなくても、コントロールくらいちゃんと出来ますよ! なんてリリィは言ってたけど、どの口が言うんだと小一時間くらいは説教したかった。

 いやまあ、地属性が得意って言うだけあって、確かにゴーレムの操作に関しては僕のサポートもいらないくらいだったけどさ……


「ははは! ほんとお前、なんだかんだ言ってリリィのこと好きだよなぁ。普通はそんだけ分かってて、サポートしてまでこんな作戦に参加しないだろ」


「うるさいよ」


 最近、リリィに甘くしすぎなのは自覚してるし、今回はちょっとばかりやり過ぎたし、何より目立ち過ぎた。

 最悪、リリィが本格的に失敗したとしても、“奥の手”を使えばフォロー出来たとはいえ……やっぱり止めておくべきだったかな……


「あ、ルルくーん! ヒルダさーん!」


 そんなことを考えていたら、スラムの方からリリィが近衛騎士団と思われる面々を引き連れて歩いてきた。

 正直、ミスリルタートルを周りに被害なく降ろすより、リリィが上手く連中を連れてくるほうが難しいと思ってたんだけど、案外うまく行ってたみたいでよかった。


「あっ、連れてこれたのか。てっきりまた街中で魔法ぶっ放して全部終わらせてから来るかと思ったんだけど」


「ちょっとヒルダさん、それどういう意味ですか!?」


 早速とばかりに飛び出したヒルダの軽口に、リリィがぎゃあぎゃあと噛みつく。

 けど、正直僕もそれが一番可能性高いと思ってたよ……だから、セレナとかを交渉役として連れて行かせることも危なっかしくて出来なかったんだし。


「まさか、本物のミスリルタートルとは……」


「これを、本当に従えてるっていうのか?」


「いや、あれどう見たって召喚じゃなかっただろ、召喚よりずっとわけわかんねえことして呼んでたけどよ……」


「けど、あんなことされてこの魔物、全く動じてないぞ。やっぱり従えてるんじゃないか?」


 そして当の近衛騎士団はと言えば、あのガバガバなリリィの作戦で思った以上にミスリルタートルがリリィのペットだと思い込んでるみたいだった。

 まあ、リリィのあの規格外さを見たら、もしかしたら……って気になるのも理解は出来るけど。


「お~、すっげ~」


「こんなおっきい亀初めて見た」


「こらあんた達、あまり近づかないの、危ないから!!」


「ああ、ま、待ってください~!」


 そして一方で、今回の顛末で一番の当事者とも言うべき、廃教会に住んでるヒルダの友人の子供達もまた、セレナやマリアベルに連れられこの場にやって来た。

 これで、今回の一件で重要そうな人は一通り揃ったかな。


「よし、揃ったところで早速始めましょうか! ミスリルタートルの解体ショーです!」


 おー! と、一人テンション高めなリリィに、他の面々は全くついて行けず。

 けれども、そんなことは関係ないとばかりに、リリィは家で父さんからテストを頼まれていた杖を取り出すと、僕のほうににぱっと笑いかけてきた。


「ほらルル君、やりますよ!」


「はあ、やるって何を?」


 何事かと身構える……なんて無駄なことはせず、素直にミスリルタートルから降り、リリィに近づいて用件を尋ねる。

 こういう時のリリィは、下手に断ってもごねられて余計無理難題が飛び出してくるだけだ。素直に最初の1回目を聞いておくに限る。


「決まってるじゃないですか、私の魔力、ルル君に渡すので、それ使ってミスリルタートルを斬ってください!」


「うん、無理」


 と思ったけど、今回は最初から無理難題が降ってきた。


「えー、なんでですかー!」


「むしろ、なんで出来ると思ったのさ……」


 リリィが言ってるのは、他人に魔力を譲渡し強化魔法の代わりとすることで、身体能力や装備の性能を一時的に向上させる『魔力接続(エンゲージリンク)』のことだと思うけど、あれ、かなり高度な魔法だから、僕らには到底真似出来ないんだけど。


「だって、お母様とお父様も、学生の時にそうやって倒したらしいですから」


「いや、学生の時と言っても、それ中等部か高等部の時の話でしょ……」


 何を狙ってるかと思えば、そんな厄介な……

 そもそも、この魔法を成立させるためには、魔力を完璧にコントロールしている必要がある。とてもじゃないけど、リリィの魔力をそこまで制御できる人間なんていない以上、この魔法はまともな方法じゃ実行できない。


「大丈夫ですよ、ルル君なら行けます!」


「いやだから、どこから来るのさその自信」


「ルル君だからですよ?」


「答えになってない!?」


 全く根拠のない、けれどやけに確信しているような顔で言われると、もしかしたら()()()()()()()んじゃないかと不安になるけど、リリィに限ってそんなはずはない。

 だから、これは断るべき、なんだけど……


「……ダメですか?」


 少しだけ顔を寄せ、身長差のせいで若干見上げるような形になりながら言われると、僕はそれ以上拒み続けることは出来なかった。


「……分かったよ、出来るだけ頑張る」


「ほんとですか? やったぁ!」


 自分で言っておいて、やっぱり早まったかもしれないなんて思ったりもするんだけど、こうしてリリィの無邪気に喜ぶ顔を見ていると、まぁいいか、とも思ってしまう。

 そんなだから、僕はいつまでたってもリリィに甘いんだろうな……


「それじゃあ、行きますよルル君!!」


 リリィが首に掛けた魔封じのペンダントを外して杖を構え、その先端に取り付けられた魔石へと魔力を集中していく。


「我が魂、我が力、彼の者に分け与えん。」


 その光は、真夏に照り付ける太陽のように熱く、近寄る物全てを焼き焦がしそうでありながら、闇の一切をかき消す聖なる光のように眩しかった。


「我が命を糧とし偉大なる高みへと上り詰めんことを!!」


 光り輝く杖の先端が、僕に向く。

 それを見て、僕は軽く深呼吸しながら、一気に背にした大剣を引き抜いた。


「『魔力接続(エンゲージリンク)』!!」


 膨大な光が溢れ、僕に降り注ぐ。

 それが、僕の体に染み渡ってくると同時……思わず、膝を付きそうになった。


「ぐっ、うっ……!?」


 まるで暴れ馬……いや、馬なんて、そんな生易しい物じゃない。さっきは否定したけど、まるでドラゴンみたいに狂暴な魔力が、僕の体の中で出口を求めて暴れ回る。

 リリィはいつも、こんな魔力を制御しようとしてるのか! そりゃあ、暴発の1つや2つ、して当然だよ全く!!


 そんな風に心の中で悪態をついている間も、気を緩めれば今すぐ暴発しそうな魔力を抑えつけるのに苦心する。

 ダメだ、これ……とてもじゃないけど、制御なんて出来るもんじゃない。

 だから僕は、潔く制御を手放す。そして、


「――『静まれ』」


 小さく、そう『命じた』。

 それにより、今の今まで手が付けられなかったリリィの魔力が嘘みたいに落ち着きを取り戻し、僕の意のままに動くようになる。

 ……ほんと、大人しくしてれば良い子なんだよなぁ、それがまたリリィらしいけど。


 見れば、傍で心配そうにしていたヒルダが、突然完璧に制御され始めた魔力を見て目を丸くし、一方のリリィは、まるで最初からこうなることが分かっていたかのようににこにこ笑ってる。

 本当に分かってたなら大物だけど、ただ妄信されてただけだと……いや、それはそれで大物か。


 ともあれ、今はそんな我儘姫の要望通り、目の前の敵を斬るとしようか。


「――アースランド流剣術、一ノ型――」


 僕の体を巡る、リリィの膨大な魔力を大剣に向けて流し込む。

 僕の剣は、魔力を蓄える性質を持った魔石や、ミスリルみたいな特殊な鉱石を使って作られているわけでもないから、ただ注ぎ込むだけじゃ刀身が砕け散るけど、表面に魔力を纏わせ強化する分には問題ない。

 もちろん、その分魔力操作の難易度は上がるけど、今の“素直”なリリィの魔力なら、僕の魔力とさして変わらず従えられる。

 そうして大剣を覆い尽くし、一回り大きい形で一旦固定させた魔力の刃を肩に担ぎ、僕はミスリルタートル目掛け跳び上がった。


「『魔天崩雷』!!」


 跳び上がった姿勢のまま、風魔法のアシストを使い、地に足を着いている時と変わらない力で大剣を振り下ろしながら、ミスリルタートルを両断できるサイズまで一気に魔力の刃を拡大する。

 ただでさえ、火力だけなら最強だったリリィの魔力を従え、圧縮した刃だ。これなら間違いなく、ミスリルタートルだって斬れる――そう確信した一撃は、けれどその甲殻に届く直前に見えない壁に阻まれる。


「なっ!?」


「――オォォ!!」


 ここに来て、初めて“身の危険”を感じたらしいミスリルタートルから溢れ出たのは、その巨体に見合う膨大な魔力。それが、僕の刃を押しのける魔法障壁となって、ギリギリのところで踏みとどまり、拮抗していた。


「くっ、この……!」


 拮抗しているとはいっても、僕がいるのは空中で、ミスリルタートルはその4本の足でしっかりと大地を踏みしめている以上、このまま押し合いを続ければ僕のほうが弾かれるのは目に見えてる。

 咄嗟に風の魔法で足場を作り、空中を踏みしめるようにしてなんとかそれを防ぐけれど、このまま押し込むにはあと一歩足りない。


「ふふっ、やぁっと私達に興味を持ってくれましたね、亀さん!」


 そんな状態で響いたのは、リリィの嬉しそうな声と、その体から溢れ出る濃密な魔力だった。

 ……なんだろう、凄く嫌な予感がするんだけど、何するつもりなんだリリィ。


「大地に眠りし偉大なる精霊よ、今こそ我が呼び声に答え、その姿現したまえ!『クリエイトエンシェントゴーレム』!!」


「はいぃ!?」


 僕と鍔迫り合いに近いことをしていたミスリルタートルの足元が、突然跳ね上がる。

 いきなり宙に投げ出されたミスリルタートルはもちろん、限界まで力を込めていた僕にしても、風の足場が砕けて更に上空へと押し上げられた。


「ちょ、リリィ、何するつもり!?」


「何って、それは」


 僕の体にリリィから譲渡される魔力が、一気に増えた。

 慌ててそれを従え、暴れ出すのを抑えるけど、圧縮するにも限界を超えた魔力量に顔を顰めて、仕方なく、大剣に纏わせた刃のサイズを肥大化させていくことで対処する。


「こうするんですよ?」


 と、そんなことに集中していた僕の背中に、リリィが作ったゴーレムの掌が添えられる。

 ゴーレムの手はぐぐっと力を込めるように振り上げられていて、この後何をしようとしているのか、分かりたくないけど分かってしまった。


「……リリィ、流石に僕でも死ぬと思うんだけど」


「大丈夫です、防御魔法はかけます。『プロテクション』」


「そもそも防御魔法が必要になる扱いをしないで欲しいな!?」


 僕の体に、譲渡された分とは別にリリィの魔力が纏わりつき、保護してくれる。

 いや、リリィの防御魔法なら、確かにこれくらいの衝撃やGには耐えてくれるし、守ってもくれると思う。その程度には信用してる。

 でも、それとこれとは別だ。


「アースランド流剣術、番外型(エクストラ)! 『ルル君スラッシュ』ーー!!」


「そんな型ないからぁぁぁーーーーー!!!」


 空中で無防備に錐揉みし、防御魔法に乱れが生じているミスリルタートル目掛け、僕の体ごと、僕が制御し作り上げた魔法剣をリリィのゴーレムが振り下ろす。

 僕の悲鳴を置き去りにするほどの速度で振り下ろされたその刃は、確かにミスリルタートルを捉え――その身に纏う甲殻を斬り裂いた。

やったか!?

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