第四十六話 冤罪対処は逃げるが勝ちです?
シリアスフラグはへし折ってなんぼ
「というわけで、ルル君連れて来ました!」
「いや、何がというわけでなんだよ」
ルル君の家で杖を借りた翌朝、私が廃教会に入ると、なぜかヒルダさんが頭を抱えていました。
せっかくルル君の協力を取り付けて、ミスリルタートルを仕留める算段もつきそうだっていうのに、何か問題でもあったんでしょうか?
「いや、うん、大問題が起きてるな」
「えぇ!? 大変じゃないですか、一体何が!?」
そう言うや否や、ヒルダさんの拳骨が真っ直ぐ私の脳天目掛けて落下してきました。あうぅ、痛い……
「おいルルーシュ、どうしてこうなった……」
「そこで僕に聞いちゃう?」
「お前以外に誰がいるんだよ、マリアベルなんてそこで魂抜けてるしよ」
ヒルダさんの指し示す先には、今日たまたまここに来る時に出くわしたマリアベルさんの姿があるんですけど、なんというか、真っ白に燃え尽きてました。ここの子供達に囲まれてつつかれてるけど、全然反応がないです。
「まあなんというか……さすがリリィだなぁって言うか?」
「ちょっとルル君、それどういう意味ですか!?」
「いや、だってさ……」
ルル君がそう言いながら、後ろを振り向く。
ルル君の視線の先にあったのは、私達が入ってきた、廃教会の扉。そしてその先に転がる、まさに死屍累々と言うべき全身金属鎧に身を包んだ騎士さん達。
当然、このフォンタニエにいる騎士なんて、近衛騎士団しかいません。つまりは、そういうことですね、はい。
「なあリリィ、直接ぶつかり合ったらダメだって話したよな? それがなんで気づけば全力で喧嘩売ってきてるんだ? んん?」
「あだだだ! 違う、違うんです! これには深い理由があるんです!」
「ほう、どんな理由だ?」
「じ、実はですね……」
容赦なくアイアンクローを決めてきたヒルダさんの手から逃れつつ、私は必死に弁明を始める。
あれはそう、ちょうどルル君と一緒に、スラムの入り口へやって来た時……
「あれ、もう近衛騎士団が来てます?」
そこにたむろしている集団を見て、私は首を傾げました。
かっちりした、いかにも頑丈そうな金属鎧に身を包んだ騎士の集団。どこからどう見ても、近衛騎士団で間違いありません。
一応、来るのは明日だったはずなんですけど……
「一昨日、森のほうで未知の魔物が出現したとかなんとか、騒いでたからね。それで予定を前倒ししたんじゃないかな?」
「未知の魔物? 一昨日なら私もずっと森にいましたけど、それらしいのなんてミスリルタートルしかいませんでしたよ?」
むしろそんなに強い魔物がいたなら、私が連発してた魔法に引き寄せられそうなものですし。強い魔物ほど、より強い力を求めて魔力の濃い場所を目指すそうですからね。
「ああ、なんでも、相当強力な魔物らしいよ? 光のブレスが森を薙ぎ払ったり、巨大な岩が落下したり、大爆発が起きたり、氷の柱が屹立したり、竜巻が起きたりとかしたみたいでね。エレメント・ドラゴンでも出たんじゃないかって騎士団の人が言ってた」
「………………」
あっれー……なんだかその現象、すっごく覚えがある気がします。具体的には、ミスリルタートルと戦ってた時に。
「ねえリリィ、どう思う?」
「さ、さぁ? ちょっとドラゴンさんもストレスが溜まってたんじゃないでしょうかね?」
こ、これってもしかして、近衛騎士団がスラムに介入してきた理由って、実は私にあるんでしょうか? い、いや、そんなわけないですよね? あはは……
「森から魔物がたくさん湧いてくるのも、その強力な魔物が暴れたせいだとも言ってたね。実際はどうか分からないけど、もしかしたら今回の騎士団の強引な動きも、その魔物を討伐するためかもね」
ヤバイ、非常にヤバイです。これこのまま放置して、もし私だってバレたら、私討伐されちゃう!?
「ルル君、予定変更です。まずは私達でそのドラゴンぶっ潰しましょう!!」
「えっ、いや、いいけど、どうしたの急に」
「なんでもないです!!」
そう言って誤魔化しながら、私はルル君の手を引いて急いで廃教会へ向かって歩き出す。けれど、当然その道も近衛騎士団の人が塞いでいて、通れそうにありません。
「む~、どうすれば……」
ドラゴンでもなんでもいいから、早く仕留めてスケープゴートにしないと。
えっ、そもそもドラゴンなんていないんじゃないかって? ま、まあ、最悪あれです、ミスリルタートルがやったことにしましょう。死人に口なしってやつです。
「おいお前、そこで何してる!!」
びくぅ! と、突然の声に驚いて身を固くする。
けれど、よくよく聞いてみればその声は私でなく、別の人に向けられていました。
「ひうっ!? い、いえ、私はただ、預かり物のこれを返しに向かう途中で……」
「怪しいな、中身を見せてみろ」
見れば、そこにいたのはマリアベルさん。しかも、何やら大きな箱を取り上げられて、中身を検められています。
「なっ、こ、これは魔石爆弾……! 貴様、こんな場所でこのような代物を持っているなど、まさかクーデターでも企んでいるのではあるまいな?」
「ち、違います! それはちょっと調べるために預かっていただけで……」
「ならば誰から預かっていた物だ。包み隠さず正直に全て話せ」
「あ、あうぅ……」
強面の騎士団員に詰め寄られて、マリアベルさんが涙目になっていました。
一度そうなると、元々弱気なマリアベルさんに、あれこれと抗議する度胸はないようで、おろおろしながら何も答えられずにいる姿を見て、騎士団員の人はその表情を益々険しい物にしていきます。
「もういい、ひとまず詰所で話を聞こう。ついて来い」
「あっ、やっ、やめっ……!」
マリアベルさんの腕を掴み、強引に連れて行こうとする騎士団員。
むむむ、こうしちゃいられません、助けないと。
「こら、そこのおじさん! ちょっと待ってください!」
「むっ、なんだお前は」
マリアベルさんを連れて行こうとしている騎士団員の前に立ち、両手を広げ通せんぼする。
そんな私を見て、ルル君が「またやっちゃったよ」って感じに頭抱えてますけど、今はそれよりマリアベルさんのことが大事です。
「その子は私の友達です、離してあげてください」
「り、リリアナさん……!」
私がそう言うと、マリアベルさんは涙目になっていた顔をぱぁっと輝かせ、助かったとばかりにこちらに縋るような目を向けてきました。
「知らん。この子供は明らかな武器を持っていた。ここ最近、スラムに対する騎士団の介入を快く思わない者達が、密かに蜂起の準備を進めているとも聞くからな、いくら子供と言えど、取り調べもなしに解放するわけにはいかん」
けれど、騎士団員には取りつく島もありません。全く、融通が利かないんですから。
「マリアベルさんはとっても優しくて臆病で大人しくて、そんな大それたことする度胸なんてないんですよ! 蜂起なんてするわけないじゃないですか!!」
「リリィ、何気に酷いこと言うよね」
「事実だからいいじゃないですか。ですよね、マリアベルさん?」
余計なツッコミを入れるルル君にそう返し、同意を求めるようにマリアベルさんの方を見れば、サッと目を逸らされました。
……あれ、もしかしてそれ、本当に近衛騎士団に対抗するための物でした?
「やはり、何か関わりがありそうだな。大人しくついて来い」
「あっ、やっ……!」
などと考えているうちに、騎士団員は改めてマリアベルさんを連れて行こうとします。
む、むむむ……! かくなる上は!
「『スリープ』!!」
「なっ!? きさ、まっ、何を……うっ……」
掌を向け、無詠唱で素早く水属性の催眠魔法を使うと、騎士団員はすぐにその場に崩れ落ちました。
ふぅ、危ない危ない。
「って、リリィ、いきなり何してるのさ!?」
「えっ、話してもダメっぽそうだったので、だったらいっそ逃げようかと」
実際、マリアベルさん本人はともかく、品物が胡散臭いのは間違いないみたいですし。
「だからって、こんないきなり魔法なんて使ったら……!」
と、ルル君が最後まで言い切る前に、「おい、マルロが倒されてるぞ!?」「あのガキ共か、やりやがったな!」「捕らえろ! 月光会に通じているかもしれん!!」などと、次々と騎士団の人達が集まってきました。
……えーっと。
「さて、どうしましょうルル君」
「そこで僕に振る!?」
近衛騎士団の人達は、さすがと言うべきか、私とルル君で漫才をしてる間に、マリアベルさん諸共完全に包囲されました。
ちょっと、謝ったら許してくれる雰囲気でもなさそうですね。
「……リリィ、一応選択肢は2つあるよ」
「何と何ですか?」
「大人しく捕まるか。……強引に逃げるか」
はあ、と溜息を吐きながら言うルル君は、もう私の答えが分かってるんでしょう、既に背中の剣に手をかけています。
「ふふふ、分かってる癖に」
そんなルル君を見て笑みを浮かべながら、私もまた、空に向けて手を掲げます。
どんな意図があるのか、騎士団の人達は戸惑っているようでしたが、流石にルル君は気づいたようです。
「えっ、ちょっ、リリィ!? それはちょっとやり過ぎじゃ!?」
「大丈夫ですって」
足元に広がる、巨大な白い魔法陣。それに対応して、掲げられた手の先、空を覆い尽くすように、無数の小さな魔法陣が展開される。
「最近は私だって、少しくらい加減できるようになったんですよ?」
今は杖もなく、ついでに魔封じのペンダントもしていますから、前やった時みたいに、辺り一帯更地になるようなことはないはずです。
だからと言って、直撃すれば怪我じゃ済まないかもしれませんけど……相手は近衛騎士団ですし、ちょっとびっくりする程度で済むでしょう、多分。
「降り注げ、星天! 『流星雨』!!」
ゲリラ豪雨のような勢いで、視界一杯に広がる光の柱が空から落ちる。
一応、周りの家に被害が行かないよう調整したんですけど、その分その近くにある道や騎士団の人達の頭上に、いつも以上の光の雨が降り注ぎ……収まる頃には、私達以外、誰一人として立っている人はいませんでした。
「……あれ?」
「だから、やり過ぎだってば!!」
建物被害と引き換えに、近衛騎士団の一部隊をまるっと倒してしまったらしい私は、ルル君の突っ込みに対して……
「てへっ」
そう笑って誤魔化そうとしましたが、直後にルル君から軽い拳骨を頂戴するハメになりました。
うぅ、痛い……
逃げるが勝ち(殲滅)