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第四十四話 どうもきな臭いみたいです?

「ありがとうございましたー!」


 最後のお客さんを見送って、私の人生初となるアルバイトが終わりを迎えました。

 前世を思い返しても、バイトなんてしたのは初めての経験でしたけど、慣れないことをした疲労感とやり遂げた達成感とが相まって、なんとも言い難い充実感がありますね。


「お疲れ様、リリィ」


 そんな感慨に耽っていると、後ろからルル君がやってきて労いの言葉をかけてくれました。

 体はともかく、心の上では私よりずっと年下のはずのルル君ですけど、見た感じ私ほど疲れてる感じはありません。これが慣れってやつでしょうか?


「ルル君もお疲れ様です! やっぱり、ただの店番でも結構疲れますね。夏休みに毎日お手伝いなんて、ルル君も大変じゃないですか?」


 ただ、それでも全く疲れてないわけじゃなさそうですし、毎日やってるなら表に現れてない疲労もあるかと思い聞いてみると、ルル君はなんてことないように笑みを浮かべました。


「慣れてるから平気だよ。それに、店の中と外とを行き来してたリリィと違って、僕はずっとカウンターで座ってたからね。疲れよりもむしろ、体が鈍っちゃいそうなのが悩みどころだよ」


「あはは、ルル君なら多少鈍ったところで敵なしでしょうけどね」


 肩をぐるぐると、解すように回しながらルル君がぼやく。

 実際、ルル君と勝負になる人って、学園でもそうそういないと思うんですよね。精々ヒルダさんとお兄様くらいじゃないでしょうか?


「リリィのお父さんには全然及ばないよ」


「それもそうですね、あはは!」


「……うん、分かってるけど、全く否定されないのもそれはそれで悲しいね……」


 複雑な表情を浮かべるルル君と、他愛のない話をひとしきりしていると、奥からルル君のお母さんがやってきて、あらあらと微笑ましそうに笑いながら、声をかけてきました。


「リリィちゃん、今日はもう遅いし、泊まっていく? いつも通り、着替えならあるし」


「あ、はい! ありがとうございます!」


 ルル君の家には、私が以前泊まりがけで遊びに来た時、着替えた服を忘れていったのがきっかけで、私の着替えがいつも常備されていたりします。外はもう暗いですし、ここからのほうが、明日スラムに行くのに近いですから、お言葉に甘えて泊まっていきますか。


「部屋はいつも通り、ルルの部屋でいいかしら?」


「はい、大丈夫ですよ」


「じゃあ、準備しておくわねー」


「ねえ、いつものことだけどさ、僕の意見は?」


「え、泊まっちゃダメなんですか?」


「いや、そうじゃなくてさ……前から聞こうと思ってたんだけど、リリィって男と同じ部屋で寝泊まりすることに抵抗ないの?」


「ルル君ですから!」


「……なんだろう、信頼されてるのか、それとも男として見られてないのか……」


「両方ですよ?」


「えぇ!?」


 ルル君が頭を抱えている間に、私とルル君のお母さんで話は決まる。

 いつも通りの展開に笑いながら、軽く落ち込むルル君を「冗談ですよ~」と宥めていく。

 そんな何気ないやり取りに癒されていると、ふとルル君の表情が真剣味を帯びました。


「リリィ、泊まってくならさ、寝る前に少し話せる?」


「え? はい、いいですけど、何のお話ですか?」


「スラムのこと」


 突然の変調に戸惑う私の頭に、ルル君の告げた言葉がスっと冷水のように染みわたってくる。

 今日はルル君の家のお手伝いで行けませんでしたけど、今まで見たことのないルル君の表情に、言いようのない不安が胸中に渦巻いていく。


「伝えておきたいことがあるんだ」


 だから私は、ただこくこくと、頷きを返すことしか出来ませんでした。






「ねえリリィ、僕は確かに寝る前に話そうとは言ったよ?」


「はい、すっごい気になるので、早く話してください」


「うん、話す、話すのはいいんだけど……なんで、同じ布団の中に潜った状態で話すことになってるわけ?」


 ルル君の言葉に首を傾げ、改めて自分の状態を見る。

 ルル君家の食卓のお世話になった私は、そのままお風呂に入って、話を聞くためにルル君の部屋を訪れました。

 そして、言われた通り、()()()()()の寝る前の状態で話を聞こうと、こうしてルル君の布団の中にいるわけですけど……


「いや、違うよね? いつも別々で布団はちゃんと用意されてるよね? なんで僕の布団の中に来るのさっ」


「いやー、私、ぬいぐるみを抱いてないと眠れない性質なんですよねー」


「僕ぬいぐるみ扱い!? それに、そんなこと初めて聞いたんだけど!?」


 いつも通り鋭いツッコミを炸裂させるルル君に、くすっと笑みを浮かべながら、私は首の後ろに手を回して軽く抱き着く。

 うっと声を詰まらせたルル君をじっと見据え、私もいつになく真剣に尋ねました。


「大事な話なんですよね? 一言も、ちょっとした呟きも聞き漏らしたくないので、このまま聞きたいです」


 お願いします、と言うと、ルル君は少し迷ったあと首肯し、ゆっくりと口を開きました。


「スラムの件からは手を引いたほうがいい」


「なんでですか?」


「近衛騎士団が動いてる」


 予想出来た話だったので、驚くこともなく問いかけると、これまた予想通りと言った風にルル君は理由を話してくれました。

 うーん、近衛騎士団を語るただの偽物集団っていう可能性もないことはなかったんですけど、ルル君がそう言うってことは本当に動いてるんですね。


「近衛騎士団がなんであんな場所を気にするんですか? 前にお父様から聞きましたけど、騎士団は基本的に、街中でのことにしか干渉しないんですよね? スラムは近衛騎士団の管轄外だって言ってましたけど」


 平民の出でありながら筆頭騎士の称号を貰い、近衛騎士団でも確固たる地位を持っていたお父様が若くして騎士団を辞めたのも、結婚と子育てのためであると同時に、そういった保守的な立ち振る舞いが気に入らなかったからだと前に話していました。

 だから、もし魔物がスラムを超えて街中に入り込むような素振りがあれば討伐に赴きますが、大抵の場合それより前に冒険者が依頼を受けて討伐するため、スラムで何があっても気にしないはずです。

 スラムだって街の一部だろうに、とぼやくお父様の疲れたような顔が印象的だったので、よく覚えています。


「表向きの理由は、最近数が増えて更に活性化している森の魔物への備えとして、騎士団の詰所をスラムのある場所に設置すること。その一環として、スラムの治安回復もするみたいだね」


「そのために、スラムの人達を追い出してるんですか?」


 この辺りの魔物を掃討してくれるなら、確かに有意義でしょうけど、そのためにスラムの人達を追い出そうなんて……いえ、そもそもあの場所に住んでること自体ダメですし、お金も出してくれるだけずっと優しいんでしょうけど、でも他に何か方法だって……


「ん? リリィ、追い出してるって、もう騎士団がスラムに来たってこと?」


「え? はい、そうですけど?」


 急にルル君が考え込む素振りを見せたかと思えば、「まあ、そうおかしくもないのかな……?」と一人納得したように話を切りました。


「ともかく、このままだとスラムと近衛騎士団の全面衝突になりかねないし、リリィはしばらくスラムには行かないほうがいい。街まで飛び火する可能性もないではないけど、少なくともスラムにいるよりはずっと安全なはずだ」


「待ってください、全面衝突って、スラムに近衛騎士団とまともにやり合う力なんて……」


「あるんだよ。スラムっていうのは、単に行く当てのない人達が集まる場所じゃない、犯罪組織の隠れ家があったりするんだ。だから、近衛騎士団に治安回復されて一番困るのは、そういう連中だ。絶対大人しくなんてしていない」


 まあ、それでもまともにぶつかれば近衛騎士団が圧倒するだろうけど、とルル君は言います。けど、


「ふふっ」


「……なんで笑ってるのさ、リリィ」


「すみません、だって、」


 不服そうに頬を膨らませるルル君に向けて、にこっと笑いかける。


「そう言われて、私が引きさがるなんて思ってるんですか?」


 そう言うと、ルル君はいつものように溜息を吐き、そして、仕方ないなあと言った感じに微笑を浮かべました。

 まるで、最初から私がそう答えるのが分かっていたみたいに。


「思わないよ。だから、明日からは僕もスラムに行くことにした。ヒルダがいるからって、リリィが行くんじゃ不安でしょうがないし」


「えへへっ、ありがとうございます! ルル君がいれば百人力です!」


 それが分かるから、私は嬉しさを隠すことなくぎゅっとルル君を抱きしめました。

 スラムでこれから何が起こるのか、正直まだよくわかりません。けど、ルル君の力があれば、きっと全部上手く行く。なんでか、そんな気がします。


「細かいことは明日向こうに行ってから話すとして……リリィ、もうそろそろ離れて自分の布団に行かない?」


「いーやーでーす。さっき言ったじゃないですか、私、ぬいぐるみを抱いてないと眠れないんです。だから、今日は朝までこうしてましょう!」


「えっ、それ本気で言ってたの!? いや、でも、さすがにこの体勢で朝まではちょっと……」


「おやすみなさいです、ルル君」


「ちょっ、人の話聞いてる!?」


 ルル君をしっかり抱きしめたまま、私は目を閉じる。

 最初はあわあわとなんとか引き離そうとしていたルル君も、やがてそんな私の態度に諦めたのか、そっと私の頭を撫でてくれました。


「おやすみ、リリィ」


 その優しい声色に包まれ、私は程なくして眠りについていく。

 だから、


「今度こそ、君は僕が守るから」


 その小さな呟きは、私の耳に届くことはありませんでした。

少しは物語も動く……のかな?

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