第四十三話 ルルの憂慮②
久々のルル君登場(&ルル君視点)
「いらっしゃいませ~!」
元気な声が店内に響き、やってきたお客さんが目を丸くする。
けどそれは、何もその声に驚いたわけじゃなくて、その声の主が意外だったからだろう。
「あら、リリアナちゃんじゃない、可愛い恰好ね」
「そうですか? ありがとうございます!」
ぺこりと頭を下げるリリィは、今現在うちの……ランターン商店の制服に身を包み、僕と一緒に店番をしている。
ただ、それは正規の制服ではなくて、白いフリフリのついたエプロンドレス……所謂メイド服のような恰好だ。
やけに短いスカートも、リリィの活発な性格のお陰かよく似合っていて、贔屓目なしに可愛いと思う。
なんであんな服がうちに置いてあったかは、後で父さんとじっくり話さなきゃならないけど。
「あ、ルル君何サボってるんですか! ちゃんと働いてください!」
「……いや、サボってないよ、僕は会計が仕事だからこれでいいんだよ」
じっと見ていたのに気づいたのか、リリィが僕に小言を投げかけてきた。
サボってたわけではないけど、意識がリリィの方に向いてたのは確かだったから若干の後ろめたさを覚えつつも、素直に認めるのも癪だったので否定しておく。
するとリリィはそれで納得したのか、「ならいいですけどー」と言って客引きの仕事に戻っていく。
最初は、いつも特訓と魔法のことくらいしか興味のないリリィが働くなんて1時間ももたないと思ってたけど、思いのほか真面目に取り組んでて結構驚いてる。やっぱり、ああいう子は餌で釣るのが一番良いのか……
「ルル君、今変なこと考えてませんでした?」
「いや、何も?」
変なところで鋭いリリィに苦笑を浮かべつつ、僕は今朝、リリィが部屋に押しかけてきた時のことを思い出していた。
「ミスリルタートルにリリィの魔法が効かなかった?」
「はい! もう凄く悔しいです!」
むきーっ! と感情を露わに悔しがるリリィの話を聞いて、僕は少なからず驚いた。
何せ、ミスリルタートルをリリィなら倒せると思ったのは冗談でもなんでもない。リリィの両親が学生時代にミスリルタートルの甲羅を切り落として持ち帰った話は有名だし、何よりリリィの魔力は質も量も今のカタリナさんよりも更に上だ。これは僕だけの主観じゃなくて、カタリナさん自身もそう言ってるのを聞いたから、間違いないはずだ。
そんなリリィが、制御が甘く杖も持ってなかったとはいえ、全力で放った魔法で傷一つ付かないなんて、ちょっと……いや、かなり予想外だ。やっぱり、伝え聞くのと実際とでは違うってことなんだろうか。
「なので、今度こそあの亀さんを仕留めるために、杖が必要なんですよ。それで私の全力を更に引き上げたいんです」
「いや、リリィだって杖は持ってたでしょ? それ使えばいいじゃない」
リリィの素質は、身体能力が低くて魔力が異常なまでに高い典型的な魔法使いタイプだ。
普段は威力が高すぎるからと使っていないようだけど、小さい頃に両親に買って貰ったと、小さな杖を持っているのを見せて貰ったことがある。
あれは、学園に入るより前の子供に持たせるには少し上質過ぎやしないかってくらいの杖だったし、それで十分なはずだ。
「いえ、それがその……」
そう思って聞いたんだけど、どうにもリリィの歯切れが悪い。
それを訝しげに眺めていると、やがて観念したかのようにリリィは懐から一本の杖を取り出した。
魔力適正の高い、精霊の宿る大樹の枝から作られたそれは、間違いなくリリィが持っていたもの。
けれど、その杖は今、先端の丸みを帯びた部分が砕け散り、取っ手のあたりまで大きくひび割れが出来ていた。とてもじゃないけど、落としたとかそんな理由で出来る損傷度合じゃない。
「……どうしたの、これ?」
「それが……ずっと杖で魔法を使ってこなかったので、ミスリルタートルの前に試し打ちしてみようと思って、昨日の夜に空に向かって魔法をぶっ放してみたんですけど……そしたら、撃った瞬間にこんな風に……」
その言葉を聞いて、僕は絶句した。
確かに、杖の品質が術者の魔力に対して低すぎると、その出力に耐えきれずに杖が砕けることはある。
けれど、リリィのこの杖は、子供用にサイズダウンしてあるとはいえ、冒険者が使う杖としてはかなり上位に入る代物だ。このレベルの杖が砕けるなんて、少なくとも僕は聞いたことがない。
試験で『極寒地獄』を使った時は大丈夫だったはずなんだけど……あの時はあれでも手加減してたのか、ここ数か月で僕が思ってる以上にリリィの魔力が成長してるのか、それともその両方か……
ともかく、今のリリィの魔力は『良い杖』程度じゃ耐えきれないくらいに強いのは確かみたいだ。
「なのでルル君、この杖、なんとか直せませんか? 出来れば、壊れないように強化とか……」
リリィが、珍しく躊躇いがちに僕の顔を覗き見る。
リリィはいつもいい加減だけど、なんだかんだで家族のことは大事に想ってる。わざとではないとはいえ、その家族からの贈り物である杖を壊してしまったのが心苦しいんだろう。
とはいえ……
「ここまで壊れてると、うちの店で修理はちょっと難しいかな……それに、これよりも更に上位の杖となると、後付けの強化じゃどうにもならないと思う」
「そうですか……」
最初から分かっていたのか、特に食い下がることもなく項垂れるリリィ。
そんな姿を見て、なんとかしてあげたいという思いは募るけど、だからって僕に出来ることは何もない。
そんな、なんとも気まずい沈黙が流れ始めた部屋に、不意にノックの音が響いた。
「ルル、いるか?」
「あ、父さん。うん、大丈夫だよ」
「邪魔するぞ……お、リリアナちゃんじゃないか、来てたんだな」
「はい、お邪魔してます!」
やってきたのは、僕の父さんだった。
商人とはとても思えない、鍛え上げられた体付きで、昔はリリィの両親と一緒に冒険に出かけたこともあるんだとか。
「遊びに来たのかい? ゆっくりしてきなよ」
「ああ、いえ、今日は遊びに来たんではなくて……」
「ん?」
リリィが、父さんに軽く事情を説明する。
杖が砕けているのは目に付いていただろうけど、その理由を聞いて、父さんは改めて目を丸くした。
その上で、出来ればその杖を直して使えるようにしたいというリリィのお願いを聞いて……
「よし、そういうことならおじさんに任せとけ! なんとかしてやろう!」
「本当ですか!?」
二つ返事でOKした。
いやいやいや。
「父さん、そんな軽く請け負って大丈夫なの?」
精霊樹の杖は、それ単体でもかなり高価だ。どう考えても修理費用なんてリリィには払えないし、今の口ぶりからするとそもそも代金を受け取る気もなさそうだ。
まあ、父さんはその厳つい顔つきのせいで大抵の子供には顔を向けただけで怖がられるし、その点リリィは小さい頃から怖がることもなく普通に接していたからか、父さんはリリィのことを何かと娘みたいに甘やかしてるし、それ自体はそう不思議じゃない。
けど、杖の強化なんて、いくらなんでもそう簡単には……
「心配するなルル。ちょうどな、得意先から新しい杖の試作品を貰ってるんだよ。信頼できる魔法使いにテストして貰って、気に入ったら仕入れてくれってな」
「試作品?」
「ああ。ちょっと待っててな」
そう断りを入れて、父さんが部屋を後にする。
残された僕らが顔を見合わせながら待つことしばし。戻ってきた父さんの手には、リリィのとよく似た杖が握られていた。違うのはサイズと、先端にあしらわれた魔鉱石――魔力で変質した鉱石で作られた水晶だ。
「この杖はな、先端の魔鉱石に『硬化』と『収束』の2つの魔法陣が刻まれてる。これによって、魔法を発動する時に必要な制御能力を低く抑えて、消費魔力が増す代わりに、より強力な魔法を使えるようにしようって代物だな」
「へぇ、そんな杖が……」
父さんの説明に、僕は思わず杖のほうをマジマジと見つめる。
これまで杖と言うのは、魔力の魔法への転換効率を上げることで、より少ない魔力で大きな魔法を発動するようにするというコンセプトの物が基本だったけど、これはむしろその逆。燃費の悪化と引き換えに、魔法使いが出せる最大出力の上限を引き上げる、そんな杖みたいだ。
魔力の制御能力が足りなくてしょっちゅう暴発させるリリィにとっては、かなり良い杖だと思う。
「ああ、だからこの試作品を試しにリリアナちゃんが使ってみて、大丈夫そうならこっちの杖を直すついでに同じ加工を施して貰おう。そうすりゃ、問題ねえはずだ」
「け、けど、私、お金はこれだけしかないんですけど、足りますでしょうか……?」
父さんからの提案を食い気味に聞きながらも、リリィはおずおずと財布を取り出し、ジャラジャラと硬貨を並べ始めた。
ここ2日くらいスラムで魔物狩りしていたし、それで稼いだお金なんだろうけど……うん、精霊樹の杖どころか、普通の魔木の杖の代金にもならないね……
もっとも、父さんはそれすら受け取る気はないだろうけど。
「何言ってるんだ、リリアナちゃんにはいつもルルのやつが世話になってるし、金なんて取らねえよ」
うん、こういう時はそう言うのは常套句ではあるんだけど、僕がリリィの世話になってるっていう部分には激しく異議を唱えたい。どう考えても逆でしょ、逆。
「えぇ!? で、でも、流石に悪いですよ!」
リリィも、流石に精霊樹の杖を修理どころか改造までするのが安くないことは分かってるのか、いつにも増して遠慮がちだ。けど、うちの父さんは一度決めたら絶対曲げない。最終的には、リリィのほうが折れることになった。
「う~、分かりました。けど、それならせめて、何か私に出来ることないですか? お手伝いします」
「そうか? じゃあ、ちょっと店のほう手伝って貰おうかな。リリアナちゃんやオウガが居てくれると、うちの店も客入りが良くて助かるんだ」
「はい! それなら喜んで! 頑張ってたくさん客引きしますね!」
父さんがリリィの頭をやや乱暴に(とはいえ、父さんの基準からするとかなり優しく)撫で、リリィのほうも笑顔でそれを受け入れる。
そんなリリィを見て益々愛好を崩す単純な父さんに呆れながら、僕はこの後どうやってリリィに仕事を教えようか、そんな思考を巡らせていた。




