第四十二話 両親の馴れ初め話です
決意も新たに、ミスリルタートルへ挑もうと思った私ですけど、流石に午後からは教会周辺の魔物狩りをすることになりました。
ミスリルタートルに対抗するための練習だって、大規模魔法をぶっ放してヒルダさんに拳骨を貰ったりという一幕もありましたが、概ね順調に狩りは進み、夕方頃にはいったん解散となって、私はオウガに乗ってお家に帰ることになりました。
「ただいまです~」
「お帰りなさい、リリィ。晩御飯出来てるわよ」
「わーい! すぐ行きまーす!」
「ちゃんと手を洗ってね」
「はーい!」
家の中に入って、笑顔で迎えてくれたお母様に挨拶しつつ、奥の洗面所に向かう。
上下水道のないこの世界で洗面所というのも変な感じですけど、お母様が作った魔道具から水が出てくるので、それでぱぱっと手洗うがいをしたら、そのまますぐにダイニングに向かいます。
「リリィ、お帰り」
「はい、ただいまです、お父様! お兄様もただいま!」
「お帰り。今日は遅かったな、どこに遊びに行ってたんだい?」
私が手洗いに行っている間にお母様が準備してくれていたのか、机の上には色とりどりの料理が並んでいました。
魔物肉の巨大ステーキとか、山菜と大怪鳥のチキン(?)サラダとか、大食いマグロとキングカボチャのスープとか、やたらボリューミーで野性味溢れる料理が多いのは我が家の食卓ではいつもの事です。私は食べきれないので、ちょこちょこつまむだけですけど。
「はい、ちょっとスラムまで行ってました! いただきまーす!」
「へぇー、スラム……スラムかあ、スラムねぇ……スラムぅぅぅ!?」
手を合わせて、早速近くにあったチキンサラダをフォークで一口食べようとしたら、お兄様が突然大声で叫んだせいで驚いて落としちゃいました。
ああ、せっかくのご飯が……さ、3秒ルール、3秒ルールだから大丈夫ですよね!
「ちょっ、リリィ、大丈夫かい!? 襲われたりだとか……どこか怪我だとか……!」
「大丈夫ですよ、どこも怪我なんてしてません。ていうか、昨日も行ったんですけど、言ってなかったでしたっけ?」
「聞いてないよ!? あと、落ちた物は食べちゃダメだって、それは俺が食べるから!!」
拾ったサラダが取り上げられ、お兄様に食べられる。
ああ、私のサラダがぁ……
「ほら、リリィ、あーん……」
「あーんっ」
私がこの世の終わりのような顔をしていると、お兄様が代わりに新しくサラダを取って食べさせてくれました。
ん~、よく湯通しされた山菜の風味が怪鳥肉の旨味を引き立てて、とっても美味しいですね。これが唯一の野菜料理なのに、肉がメインな気がするのは、お母様とお父様が昔ブイブイ言わせていた時代の名残でしょうか? まあ、美味しいから問題ないですね、うん。
「それで、何しにスラムまで?」
「今日はミスリルタートルに喧嘩売ってきました」
「ぶーーーーっ!?」
飲み物を口に入れてたら、確実に噴き出していたかのようなリアクションを取りながら、お兄様が全力で驚きを露わにします。
うーん、お兄様、戦闘だけじゃなくてリアクション芸の才能もあったんですね、今度2人で漫才のネタでも考えてルル君に披露してみるのも面白いでしょうか?
「ミスリルタートル? それはまた懐かしいなぁ、俺達も若い頃に挑んだもんだ、なあカタリナ」
「ええ、あの頃は随分と無茶したけれど、まさかリリィもミスリルタートルと戦うなんて……血は争えないのかしらねえ」
「いや、お父様もお母様も、落ち着きすぎじゃないですか!? ミスリルタートルはAランクの魔物でしょう? リリィが戦うなんて危ないんですから少しは心配してください!」
私の話に、お父様が昔を思い出すように虚空を見つめながら反応し、少し遅れて席についたお母様も、ほっぺに手を当てて少し困ったように苦笑を浮かべる。
そんな2人を見てお兄様は頭を抱えてますけど、ちょっと心配しすぎですね。ミスリルタートルはそんなに危ない魔物でもありませんよ。
それにしても、今の話からすると、お父様とお母様、もしかして……
「お父様とお母様、ミスリルタートルを倒したことあるんですか!?」
杖がなかったとはいえ、私が全力で魔法を撃ってもびくともしなかったあの魔物を、もし倒したことがあるのならどうやったのか参考にしたい。そんな風に思って食い気味に尋ねると、お父様は笑いながら首を縦に振りました。
「まあ、一応な。思えば、俺達が会話するようになったのも、ミスリルタートル討伐の時からだったな」
「ええ、それまではお互い、学園でもあまり接点もなかったものね。魔法と剣、お互いに高めた自分の技を試すのにちょうど良い相手を探していて、偶々現れたミスリルタートルに目を付けたのよね」
学園ということは、戦ったのは2人が学生だった時ですよね。これは益々参考になりそうです。
「最初はなんだったか、俺が斬りかかってる時に、カタリナが後ろから魔法を撃ちこんできたんだったかな?」
「ふふふ、あの時はなかなかびっくりしたわね、まさか、私の魔法を斬り裂かれるなんて思いもしなかったわ」
えっ、魔法を切り裂いた? 人がいるのに魔法をぶっ放したお母様もお母様ですけど、お父様も大概ですね、魔法って剣で斬れるものだったんですか?
「ははは、俺も、まさかいきなり大規模魔法が飛んでくるとは思わなかったよ。水属性の《極寒地獄》だったから、炎の魔法剣で上手く斬り裂けたけど、他の属性だったら死んでたかもなあ」
「何言ってるの、対属性だからって魔法を斬れたら苦労ないわ。ほんと、あなたはあの頃から凄かったんだから」
2人の馴れ初めを聞くのは初めてですけど、なんだかお母様、今日はすごくお父様のことべた褒めですね。別に、普段仲が悪いところなんて見たことはないですけど、改めてこういう話を聞いていると、仲の良い夫婦だなあって思いますね。
「お父様、学生の時から凄かったんですね……それで、その後2人はどうしたんですか?」
お兄様も気になるのか、ひと先ず私がミスリルタートルに挑んだことは横に置いて話の続きを催促します。
ただ、どうでもいいですけどお兄様、もう自分で食べれますからあーんはしなくてもいいですよ?
「2人で、どちらが先にミスリルタートルを倒すのか競争になったわね」
「話はしたことはなかったけど、お互いもう学園では最強の魔法使いと剣士なんて言われてたから、出会い頭の攻防もあってすっかりライバルになってしまってな。朝から晩まで、交互に攻撃を加えて、やれ自分の攻撃のほうがミスリルタートルが嫌がってるだの、やれ自分の攻撃で甲羅に傷が入っただのと……いやー、あの頃は若かった」
「よく授業をサボって足を運んだものだから、その度に先生に怒られたりしたわね。あなたが『決闘して、俺が勝ったら授業を免除してください!』なんて言い出して、先生をみーんな“まとめて”倒しちゃった時は、学園長先生が頭を抱えてて可哀想だったわ」
「待て待て、それを言うならカタリナだって、『ミスリルタートルを倒すための新魔法を作ったわ!』と言って、山一つ吹っ飛ばしていたじゃないか。あの時の学園長先生はやばかったぞ、完全に口から魂が出てきていたからな」
「ああ、そんなこともあったわねえ……確か、今ではあの魔法、禁忌魔法に登録されてるんだったわよね。ミスリルタートルにはあまり通じなかったのだけれど」
なんだかしれっととんでもないエピソードが次々飛び出してくるんですけど!?
えっ、お父様、先生達全員を一度に相手して勝っちゃったんですか!? お母様も、禁忌魔法って確か法律で無許可での使用が禁止されてる超強力な魔法のことですよね? 学生の時にそんなとんでもないの作ったんですか!? しかもそれを使ってもミスリルタートルには通じないって……えぇ……
「禁忌魔法も通じないなんて……そんなとんでもない化け物がスラムの近くに?」
「ああ、心配しなくても大丈夫よ、ユリウス。ミスリルタートルは、動いてる時に近づいてうっかり踏み潰されでもしない限り、反撃なんてしてこないから。下手なFランク魔物の群れよりよっぽど安全よ」
「逆に言うと、それでもAランクに分類されるほど、防御力がとんでもないってことでもあるがな。噂では、Sランク魔物であるガンロック・ドラゴンよりも硬いとか言われてるな。流石に、伝説のオリハルコン・ドラゴンよりは下だと思うが」
「あなた、オリハルコン・ドラゴンなんて、最後に確認されたのだって100年以上も昔の話よ? 1体で国をいくつも滅ぼしちゃう化け物と比べたら、なんだって弱くなっちゃうわよ」
「それもそうか、はっはっは」
なんかまたとんでもない名前が次々出てきたんですけど!? ガンロック・ドラゴンってあれですよね、山のような巨体と、城壁すら一撃でぶち壊す強力なブレスを持って、更に全身が鋼鉄よりも硬い岩の鎧に守られた化け物ですよね? もし出現したら国が存亡を賭けて総力戦を挑むとかいう。私でも知ってますよ?
それに、オリハルコン・ドラゴンってもはや神話とかそんな類の御伽噺の存在なんですけど。えっ、ミスリルタートルってそんなのしか比較対象いないんですか? 今更ながら怖くなってきたんですけど……
「そ、そんなとんでもなく硬いミスリルタートルを倒すなんて、さすがお父様ですね……」
しみじみと呟くお兄様に、私もうんうんと頷く。
さすが、若くしてこの国最強の剣士と言われるだけあって、子供の頃から凄かったんですね……
と、そんな風に思っていると、お父様は苦笑を浮かべて頬を掻くと、曖昧に言葉を濁しました。
「いやあ、倒したと言っても、仕留められたわけじゃないんだ。それに、俺一人の力ってわけでもないしな」
「ふぇ? どういうことですか?」
「ふふ、それはね……」
私が首を傾げると、お母様が軽いネタバラシをしてくれました。
曰く、なんとかミスリルタートルを倒そうと2人で競い合ったものの、結局個々の力では甲羅に少しばかり傷をつけるのが精々で、全然歯が立たなかったそうです。
「卒業も近くなって、このまま倒せず終わるのは悔しいって2人で話してね。また新しい魔法を作って、それで最後の挑戦をすることにしたの」
その魔法は、一言でいうなら魔力の融合。お母様の全魔力をお父様の魔力と混ぜ合わせ、その力を全てお父様の剣に凝縮することで、当時すでに禁忌指定されるほど膨大だったお母様の魔力を一点に集中させ、お父様の剣技で以てミスリルタートルの防御を斬り裂く。そんな方法で挑んだそうです。
「ただ、この方法も色々と問題があってな。カタリナはその攻撃1回で魔力を使い果たして動けなくなったし、当時使ってた俺の剣も、膨大な魔力に耐えきれずにその1回で砕け散ったし、想像以上の魔力を制御しなきゃならなくなった俺は魔力酔いでそのまま寝込むことになったし……まあ要するに、2人揃って森の中で動けなくなってしまってな」
「それだけやって、やっとミスリルタートルの甲羅を斬り裂けたけど、一部を斬り落としただけで仕留めるまでは行かなくって。結局、それで身の危険を覚えたミスリルタートルがどこかに住処を移しちゃって、決着は付けられなかったわ」
「へ~」
あのとんでもない防御を突破して甲羅を斬り裂いたっていうだけでもとんでもないですけど、やっぱりそれは生半可なことじゃ成し遂げられないみたいです。まあ、2人とも「今やったら確実に仕留められる」と自信満々に言ってますし、それは決して誇張ではないんでしょうけど。
「じゃあ私も、その魔法使ったら仕留められますか?」
「う~ん、リリィの魔力制御だと、体の中の魔力を全部一度に放出するのがまず無理だから、難しいんじゃないかしら」
試しに聞いてみましたけど、やっぱり私には無理みたいです。がっくし。
「それに、魔力を譲渡される側も簡単じゃないぞ。自分の最大魔力よりも強大な力を制御しきる力がないとダメだし、何より他人の魔力だ、よっぽど心から信頼している相手じゃなければ、そもそも受け取ることすら出来ないだろう」
「あらやだ、あなたったら、私のことそんなに想ってくれていたの?」
「当然だろう? じゃなければ、作ったばかりの魔法を自分の身で試そうなんて思わないさ」
「ふふふ……ありがとう、あなた。愛してるわ」
「俺もだよ、カタリナ」
自分には無理そうだと思って溜息を吐いていたら、いつの間にかお父様とお母様がいちゃいちゃし始めました。両親の仲が良いのは大変良いことですけど、子供の前で堂々といちゃつくのはちょっと刺激が強すぎると思うんでやめてください。お兄様とかもう真っ赤ですよ?
え、私ですか? 私はもう二人の顔が近づいた段階から速攻でお兄様に目を塞がれちゃったので、全く見えてませんよ? だから刺激とか全くないです。ええ、別に指の隙間から2人のキスシーンを眺めようなんてそんな無粋な真似はしていませんよ?
それにしても、ミスリルタートル、どうやって倒しましょう? この分だと、杖を調達したとしても、私の魔法じゃ通じないかもしれません。もしそうなれば、お母様には無理だと言われましたけど、近衛騎士団の件もありますし、なんとか同じ手段を取らないといけないかもしれません。
心からの信頼関係を築いた、私より魔力制御が上手な人……
そう考えて、私の頭の中には、いつも溜息を吐きながらも付き合ってくれる、幼馴染の顔が浮かんでいました。
リリィより魔力制御が上手かつ、リリィを心から好いている人物……
お兄様「えっ、俺は?」