第四十話 廃教会のお留守番
私の名前は、マリアベル・クラリス。フォンタニエ王立学園初等部の1年生です。
成績は正直、あまり良いとは言えません。一応魔法実技の授業はAクラスで受けさせて貰っていますけど、上の下に辛うじて引っかかっているような状態ですから、とてもじゃないですけど自慢できません。
それに、もう一方の……剣技のほうは壊滅的です。こちらはCクラスの中にあってさえ一番弱いと思います。まさに下の下です。
それが何をまかり間違ったのか、先日行われた剣技大会では、予選を通過してしまった挙句、本戦でさえ優勝してしまいました。何が起きてるんだか私自身わけがわかりません。誰かの陰謀だと言われたほうがまだ納得できます。
しかもどういうわけか、そんな私を見込んで(?)、学園一の問題児と名高いリリアナ・アースランドさんが、私を強くしてくれると言い出しました。
リリアナさんの噂は、単にカタリナ・アースランド、カロッゾ・アースランドという、この国でも屈指の有名人夫婦の子供だという以外にも、色々と聞きます。どんなに強い魔物も一瞬で飼い慣らしてしまう調教魔法が使えるとか、森一つを焼き尽くす大魔法が使えるとか、実はそれでも手加減してるほうで、本気を出したら国が滅ぶとか……なんだか噂が一人歩きしてる感じはしますけど、とりあえず私なんかと違って凄い子なのは間違いないです。
なので、強くしてくれるというその言葉に、一体リリアナさんが普段どんなことをしているのか興味を惹かれたのもあって、つい流されるようにスラム通いを始めてしまいましたけど……
まさか、いきなり何の武器もなく魔物と一対一で戦わされるとは思いませんでした。
スパルタすぎません!? と思ったんですけど、一緒にいたヒルダさんや他の子供達も、まるでそれが当然であるかのように何も言ってくれませんでした。魔物ってもっと大人の冒険者の人が、ちゃんと装備やアイテムを準備して戦う物だと思っていたんですけど、私の常識が間違っていたんでしょうか?
しかもその次の日には、突然森の奥に向かってミスリルタートルを討伐すると言い出しました。
あれ? ミスリルタートルって確か討伐難度Aランク指定種だった気がするんですけど、なんでこんな子供が討伐に行くとか笑顔で言ってるんでしょうか? そんな気軽に狩りに行ける存在でしたっけ?
なんて思っていたら、私は廃教会でお留守番することになりました。子供達のお世話と護衛に人がいるからという理由だそうです。正直、ついて来いなんて言われなくてほっとしました。
「なあベル姉ちゃん、それで?」
「うん、ここに魔力を流し込むと……ほら」
「わあ、すげえ!」
「キラキラー!」
そういうわけで、スラムにまで付いてきた目的を、僅か2日で綺麗さっぱり忘れた私が今何をしているかと言えば、子供達の遊び相手です。
この廃教会に住む子供達と言えど、さすがに全員が武器を振り回してビッグボアに突撃できるわけではなく、ちゃんと(?)戦えない子もいるそうです。今も私のちょっとした、ほんの手品のような魔法に目をキラキラさせて、楽しそうに笑ってくれました。
うん、このくらいの歳なら、こういう子が普通ですよね。他の子がおかしいだけで。
「ねえねえ、これどうやったの?」
「えーっとね……」
私が子供達に見せたのは、光属性と水属性を組み合わせた《光雪》という名前の魔法です。その効果は、キラキラと光を放ち輝く雪を降らせる、ただそれだけ。
この魔法は、世間的には『演出魔法』とか『大道芸魔法』とか呼ばれている、なんの攻撃性も生産性もないのに魔法としての難易度だけは高い、という理由で習得している人もほとんどいないマイナー魔法です。
でも、私はむしろこういった魔法のほうが好きで、普通の攻撃魔法なんかよりずっとこっちのほうが得意です。
ただそのやり方は、よくある詠唱魔法ではなくて、魔法陣を書いて発動する古いタイプの魔法ですけどね。
「さっきと同じように、ここをこうして、丸を書いて、こう……」
地面に新しい魔法陣を描き、その書き方を子供達に教えていく。
魔法陣は、外周の真円度とか中央の六芒星の正確さとか、どれだけ『正しく』描けるかによってその性能に差が生まれますけど、ただ発動するだけなら、最低限の要点さえ抑えておけば十分で、だからこそ知識さえあれば子供でも扱えます。もちろん、間違えると暴発しますからそこだけは気を付けなきゃならないですけど。
「出来たぞ! どうだベル姉ちゃん!」
「うん、上手だよ。あとはこれに魔力を流せば……」
「魔力を流す……こうか? んー! どりゃー!」
変な掛け声を上げながら力む子供を見て、思わずくすっと笑みが零れる。
バカにしているわけじゃなくて、なんというか、無邪気で微笑ましいなぁと思ってつい笑ってしまいました。幸い、子供達は自分で書いた魔法陣に夢中で、誰も私を見てませんでしたけど。
「おー、何してるの? 魔法?」
「あ、セレナさん」
そんな私の後ろからやってきたのは、この廃教会に住む子供で最年長のセレナさん。正確な年齢は教えて貰ってませんけど、私よりも頭一つ分以上大きいですし、12歳は超えてますよね、14歳くらいでしょうか? 動きやすい半袖のシャツにハーフパンツという出で立ちはすごく男の子っぽいですけど、頭の後ろでまとめられた尻尾のように長い髪のお陰で、性別を間違うようなことはありません。
体付きは……同じクラスのモニカさんが特殊なだけなんです、触れないであげましょう、はい。
「魔法陣……みんな、こんな細かいのよく描けたねー」
「えへへー」
「すごいだろー!」
セレナさんに褒められると、子供達は照れたり胸を張ったり、それぞれが可愛らしい反応を返しています。それを見て、セレナさんはニコニコと笑いながら子供達の頭を撫で、すごいすごいと褒めちぎっていく。
「いやー、それにしても、ベルちゃんが来て本当に助かったわよ、私一人で子供達の面倒見るの結構大変だったからさー。ありがとね」
一通り褒め終わり、子供達がまた魔法陣に夢中になった頃合いを見て、セレナさんがそう私にお礼を言ってきました。
自然と中腰になって私に目線を合わせ、優しく微笑むその姿はまるで小さなお母さんみたいで、見た目以上に大人っぽく見えます。
「いえ、えっと、その……あ、ありがとうございます」
「あはは、お礼にお礼を返してどうするの、そこはどういたしましてだよ?」
「えへへ、すみません」
今の時代、魔法は主に魔物対策のための攻撃魔法や結界などの防御魔法ばかり研究されていて、人に魅せるための魔法はどうしても軽く見られてしまいます。
でも、ここの子供達はそんな世間の色眼鏡で見ず、純粋に私の魔法を喜んでくれました。今のお礼はそれに対してですけど、さすがに分かりづらいですよね。
「……ねえ、ベルちゃんはさ、どうして私達の手伝いを?」
「へ? あ、はい、えーっと……リリアナさんに、鍛えてやるって言われまして……」
突然の質問に戸惑いながらも、ちょうどついさっきまで考えていたことでもあったので、剣技大会での一連の事件を含めて話していきます。
興味半分という私の理由に、もしかしたら怒られるんじゃないかとも思いましたけど、セレナさんはそれくらいで怒ったりしないと笑って許してくれました。
「でも意外だね、ベルちゃんってぱっと見大人しそうなのに、人に言われたからってこんなところまで付いて来るなんて」
セレナさんとしては最初からそこが気になっていたのか、じーっと伺うような目で問いかけてきます。
うーん、なんでと言われると……
「……正直、剣はそこまで必死に強くなりたいなんて思ってないですけど……リリアナさんに指導して貰えれば、魔法が上達するんじゃないかって思って……」
「魔法?」
「はい、私、お父さんが魔道具職人で、いつかお父さんみたいになるのが夢なんです」
魔道具は、誰にでも魔法が扱えるように、魔法陣を刻みつけて作った道具のことですけど、その性能は作成者の魔法の腕前によって左右されます。ですから、もしリリアナさんに少しでも近づけたなら、お父さんみたいなすごい魔道具も作れるようになるんじゃないかと思ったと、セレナさんに打ち明けます。
両親はもちろん、クラスメイトにもまだ言ってないことだったんですけど、どことなく大人のお姉さんっぽいセレナさんには、不思議と抵抗なく話せました。
「へ~、私は魔道具って使ったことないから良く分からないけど、それって作るの大変なんでしょ?」
「はい、魔法陣を道具に刻むと一口に言っても、道具の大きさによって刻める魔法陣の大きさも制限されますし、使った素材によって耐えられる魔法の強さもまちまちです。しかも地面みたいに水平じゃないので真円なんて描けないですし、その中で魔力効率をどう改善していくかはお父さんもずっと悩んでるテーマの一つなんです。そもそも魔道具自体、戦闘用に使われることが多いですから野外で乱暴に使っても耐えられるように――」
「ああストップストップ! 凄いのは分かったけど私には全然分かんないから!」
「あ、す、すみません! つい……」
いけないいけない、魔道具の話だからとつい熱中しちゃいました。
慌ててぺこりと頭を下げると、セレナさんは苦笑を浮かべながら「夢中になれるのはいいことだよ」と言ってくれました。
「この子達にも、そういうのが見つかればいいんだけどね……」
「あ……」
その言葉を聞いて、思い出しました。
問題なんてないように見えても、ここはスラムで、この子達に身寄りはない。だから、私みたいに学園に通って勉強することも出来なくて、夢中になれる何かを見つけるのも、それに手を伸ばすのも私よりずっと難しいことを。
だからこそ、ヒルダさんもリリアナさんを巻き込んでまで、ミスリルタートルや他の魔物の討伐にやっきになっているのかもしれません。
「………………」
なんて言葉をかけたらいいかわからず、口を開けたり閉じたりしていると、セレナさんがそれに気づいて苦笑を浮かべる。
そして、何かを言おうと口を開き、
「うおぉ!? なんだこいつ、魔物か!」
「黒狼……いや、暗黒狼だ!! Cランクの魔物がなんでこんなところに!?」
それより前に、廃教会の外から響いてきた声に驚いてそちらに意識を奪われました。
暗黒狼? よくわかりませんけど、外にいる狼の魔物って言うと……
「もしかして、オウガちゃん?」
リリアナさんが、私だけじゃ不安だろうと番犬代わりに置いていってくれた飼い狼。黒狼だって聞いてたんですけど……
「行ってみる」
「あ、私も行きます!」
立ち上がるセレナさんに続いて、私も一緒に外を目指して走っていく。
そして、扉を開けた私の目に飛び込んできたのは……
「え、えぇ!?」
まるで勝鬨を上げるかのように遠吠えするオウガちゃんと、その下で組み伏せられた……立派な全身鎧に身を包んだ、近衛騎士団の団員と思しき2人の男の人でした。
な、なんでこんなところに近衛騎士団が!? というか、なんでそれをオウガちゃんは倒しちゃってるの!?
「こ、このクソ狼め! 俺達を誰だと思ってやがる……!」
「首輪付きだからって許して貰えると思うなよ! くたばれ!」
組み伏せられていた男の人2人が、手にした剣をオウガちゃんに向けて振り抜く。
けれど、オウガちゃんはその一瞬前に素早くその場を離れて、出てきた私達を庇うような位置に着地しました。
「くっ、おいガキ共! その狼はお前達のか!!」
「ふぇ!? え、えーっと……」
ど、どうしよう、正確にはリリアナさんの狼なんですけど、ここを守るために置いていってくれたわけですから私達の狼っていう表現も間違ってないですよね。でもここでそれを認めたら私ってどうなるんでしょうか? 逮捕? それともこの場で打ち首とか? そ、それは嫌です……ふぇええええ……
「ええ、私達のだけど?」
と、思っていたら、セレナさんがあっさり肯定しちゃいました。
だ、大丈夫なんでしょうか……
「やっぱりか! お前、ペットの躾くらいちゃんとしろ!!」
「この辺りは物騒だから、呼んでもない誰かが来たら噛みつくように言ってあるのよ。それで? 近衛騎士団のお偉方がこんな薄汚い場所に何の用?」
さっきまで私と話していた時とは打って変わって、物凄く棘のある言い方でセレナさんが近衛騎士団の人達へと問いかける。
な、なんだかちょっと怖いですけど……騎士団に嫌な思い出でもあるんでしょうか?
「ちっ、まあいい、簡単なことだ。ここは本来、買い手がいなかっただけで国の所有する土地。今までは大目に見られていたが、この場所も使い道が決まったからな、お前達には即刻退去して貰う」
「嫌だって言ったら?」
「ちょっ、セレナさん……!?」
今の話の流れだと、騎士団どころか国からの命令ですよね!? そんな真っ向から歯向かったらどうなるか……いえ、でも、セレナさん達にとってはここが唯一の家です。そう考えると、国に言われたからって素直に出ていくわけにはいかないのかもしれません。
……うぅ、でもやっぱり怖い……
「まあ、そう言うだろうということで、お前達には国から補助金が出る。渡しておくから、3日後までに荷物を纏めて出ていくんだな」
そう言って、男の人の1人が懐から袋を取り出し、その場に置きました。
あの中に、その補助金とやらが入ってるんでしょうか?
「ああ、逆らおうなんて考えないほうがいい、今回の件は俺達だけじゃない、近衛騎士団の第一部隊が丸々このスラムの掃討に回ることになってる。そこの狼じゃ、どうやっても勝てない」
さっき組み伏せられたことを気にしているのか、ニヤリと嫌らしい笑みを浮かべながら、騎士団の男はそう言います。
うぅ、すごく負け惜しみを言っているようにしか聞こえませんけど……本当に近衛騎士団が動いてるなら実際どうしようもありませんし、すごく困りました。
「……まあ、考えておくわ」
セレナさんも、流石に近衛騎士団の部隊一つと戦えるとは思っていないのか、表情は苦々しげで言葉にも覇気がありません。
そんなセレナさんの様子に気を良くしたのか、男2人は嘲るようにひとしきり笑うと、その場を後にしていきます。
リリアナさん……ミスリルタートル討伐なんて言ってましたけど、どうも、それどころじゃないみたいです。
その頃のリリィ
リリィ「『テンペストストーム』!」
亀「効かん」
森・その他魔物達「ぎゃあああああ!?」