第三十九話 家出少女? とスラムの関係です
「う~、悔しいです~!」
揺れる視界の中、私は感情をぶちまけるように地団駄を踏む。
私の全力で放った『破壊星光線』が全く効かなかったのは予想外でしたけど、それで終わるほど私の手札も少なくはありません。手を変え品を変え、全力でミスリルタートルに魔法を撃ちこんでみました。
『極寒地獄』で氷漬けにしてみたり、『エクスプロージョン』で爆破したり、『エアロストーム』で空気の刃で出来た竜巻を起こして斬り刻んでみたり、『グランドストライク』でミスリルタートルの倍くらいの大岩を出現させて圧し潰そうとしてみたり……
とりあえず撃てる限りの最大威力の魔法を連発してみたんですけど、どれもこれも全く通じませんでした。なんというか、鬱陶しいわお前らいい加減にしろよ……みたいな空気はミスリルタートルからビンビンに感じるんですけど、対処するのも面倒くさいと思われてるのか、攻撃中にこちらをじーーーっと見てくるだけで、特に反撃してくる様子もありません。
まるで全く脅威だと思われてないみたいで、なんだか余計悔しいです。ぐぬぬ。
「オレも試しに軽く斬ってみたけど、ダメだなこりゃ、どう足掻いても傷一つ付く前に剣のほうが駄目になる」
そう言って、ヒルダさんは腰に挿した自分の剣を一本取り出し、掲げて見せる。
決して安物ってわけじゃなさそうですけど、材質はただの鉄ですし、さっき見た冒険者が持ってたミスリルの剣でダメだったんですから、それはもう仕方ないですね。
「なあ、なあ! なあって!!」
「ん? どうしましたサッチ君。何かミスリルタートルを倒すいいアイデアでも浮かびましたか?」
「いやちげーよ! そんなこと思いつかないし、思いついたとしても今はどうでもいいよ!!」
「どうでもいいってこたないだろサッチ。オレ達そのために狩りまで放り出してここまで来てるんだぜ?」
「知ってるよ! 知ってるけどそれと今のこの状況関係なくないか!?」
「この状況ってなんですか?」
「この状況はこの状況だよ! なんで俺達ミスリルタートルの上に乗ってんの!?」
サッチ君が絶叫すると同時に、ズズンッ! と重々しい音を立ててミスリルタートルが一歩踏み出す。
それに合わせて視界が上下に揺れますけど、ミスリルタートルの背はかなり大きい分、意外としっかりしているので振り落とされる心配はありません。精々、地面がミスリル鉱石で硬いので、座ってるとお尻が痛くなるくらいですね。それも魔法で土を撒けば割とどうにでもなるんですけど。
「だって、ミスリルタートルの上なら魔物に襲われる心配もありませんから、じっくり作戦会議できますし、間近で見れば何か弱点が分かるかもしれませんし、一石二鳥じゃないですか?」
「ああ。でも、やっぱり尻が痛くなるのはどうにかならねえかな? リリィが土で地面作ってくれたから多少マシになったとはいえ、結構揺れるからやっぱりな……」
「うーん、モニカさんならなんとかなるかもしれませんけど、私細かい制御苦手なのでそれ以上は無理なんですよね。次はクッションか何か持ち込むとか……あ、マリアベルさん連れてきます? あの子なら結構器用ですから、もっとふんわりした地面作れるかもしれませんよ」
「ああ、いいなそれ、明日はそうすっか」
「いやだから! なんでこんな化け物みたいな魔物の上に乗ってるのに、2人揃ってそんな平然としてんだよ!?」
「なんでと言われましても……ね?」
「ああ。つーかむしろサッチは何がそんなに怖いんだよ?」
ミスリルタートルはどれだけ攻撃しても、マイペースにご飯……岩石や鉱石を食べたり、あるいはそれを求めて移動したりを繰り返すだけで、登っても振り落とそうとすらしてきません。
もちろん、今が平気だからずっと平気だなんて思い込むのは危ないですけど、少なくともミスリルタートルが魔法的な攻撃をしてこないことは分かってますから、そういう意味でも甲羅の上というのはミスリルタートルにとって絶対的な死角ですし、下手に下に降りて、大量発生中の魔物に囲まれるよりは安全なのも間違いないはずです。
「なんだろ、姉ちゃん達といると俺の常識がどんどん壊れてく気がするぞ……」
「おい、リリィはともかく、オレを一緒にするなよ」
「ヒルダさん、そろそろ私も泣きますからね!?」
ぐすん。私だって少しずつ常識は身に付けてるんですからね? 確かにまだ時々ルル君に呆れた目で見られたりもしますけど、それでも最初の頃に比べれば……!
「いやけど、ヒルダ姉ちゃんも、学園いっちまってから随分と変わったよな。なんていうか、余計大胆になったっていうか、生き生きしてるっていうか」
「そ、そうか?」
私が言っても流されますけど、さすがに孤児院の子にしみじみと言われては反論もし辛いのか、ヒルダさんが珍しく戸惑ってます。
うーん、私の知るヒルダさんはずっとこんな感じだったんですけど、それより前かぁ……
「学園に入る前は違ったんですか?」
「ああ、元々ヒルダ姉ちゃんって、そこそこ良いとこの生まれみたいなんだけどさ……」
気になったので聞いてみると、サッチ君は思った以上に詳しく話してくれました。
曰く、ヒルダさんはある日突然スラムにやって来て、いきなりこう宣言したらしいです、「今日からここはオレの庭だ!」と。どこのヤンキーでしょうかね? あ、ヒルダさん赤くなってる。可愛い。
「まあ当然ここに住んでるスラムの連中が黙ってなかったんだけど、ヒルダ姉ちゃんは全員返り討ちにしちまってな……」
スラムの人達は日常的に魔物の脅威に晒されてますけど、実際に立ち向かう人はほとんどいないそうです。
まあ、それも当然のことで、魔物と戦って討伐ないし撃退できるような腕の持ち主なら、そもそもスラムで燻ってないで冒険者登録でもしますし、もし戦闘して怪我なんてしたら誰も治せません。だから、魔物が来たら隠れてやり過ごすのが基本なんだとか。
そんな中、魔物と真っ向から対峙できる小さな子供が突然現れたら。まあ、無双ですよね。
ともあれそんなに強いと分かればちょっかいをかける者もすぐにいなくなり、そこでヒルダさんが何をするかと思えば、スラムの中でも特に状況が酷かった子供達を集めて、剣技指導を始めたらしいです。なんでも、「今日からお前らはオレの部下だ! だから強くなって貰うぞ!」と一方的に宣言したんだとか。なんというか、偉そうな子だったんですね。
「……まあ、なんだ……あん時はオレも家族に認めて貰いたくて必死だったんだよ……こいつらを鍛えたのもまあ、騎士団みたいなの作ってそれを率いてるって形にするのが、一番手っ取り早いと思ってな」
ポツリポツリと恥ずかしそうに話すヒルダさんによれば、元々はお家の家訓……女性には優しくすべしと言うそれのせいで、女の子であるヒルダさんはどれだけ剣技を磨いても戦わせてもらえなかったそうです。
だからこそ、痺れを切らしたヒルダさんは家出をして、活動拠点として家族の手が伸びにくそうなスラムを選んで、そこの子供達を配下として鍛えることで(自称)騎士団を作ったと……なんというか、すごい行動力ですね……
「あの時のヒルダ姉ちゃん、すっごい頼りになったけど、ちょっと怖かったからなぁ」
自覚があるのか、しみじみと語るサッチ君を怒るでもなく、複雑な表情で見るヒルダさん。
でも、ちょっと怖くても、今のサッチ君の態度を見ていれば、ヒルダさんを本心から慕っていることはよく伝わってきました。
「なら、ヒルダさんの騎士団員のためにも、このミスリルタートル、なんとか倒さないとですね!」
「……おう」
ぷいっとそっぽを向いてしまったヒルダさんを見て、私はサッチ君と顔を見合わせ笑い合う。
そうして決意も新たに、休憩した私は魔法を繰り出しますが……結局その日は、ミスリルタートルの討伐どころか、傷一つ付けることも叶いませんでした。