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第三話 外は危険がいっぱいです?

「まてーー!」


「わーにげろー!」


「…………」


 5歳になりました。

 あれから毎日欠かさず体づくりのトレーニングはしていますけど、相変わらずちっとも体力は付きません。むしろ、お父様やお兄様からのお願いもあって髪を伸ばしているせいで、お母様似の黒髪は既に腰のあたりまで届き、全然日焼けしない白い肌と相まって益々深窓の令嬢感が増して来たような……気のせいですよね?

 一応、閉じこもっているのはよくないので積極的に外には出るようにしていますが、同年代の子供に混じって遊んでもすぐにバテてしまうので、どちらかというと今みたいに、近所の公園のような場所にある木陰で休みながら、草むらを駆けまわる子供達の姿を眺めていることが多いです。

 まあ、私も中身は彼らよりずっと年上なので、見守っている年長者の気分になれば、昼下がりのこの時間は木洩れ日がぽかぽかして気持ちいいんですけど、こう……やっぱり、ああいう子供達の元気な姿を見ていると羨ましくなってしまいます。


「はあ……」


 溜息を吐きながら、両手を顔の前に持ってきて、掌に意識を集中する。

 すると構えた先に淡い光が集まって、ふわふわと少し不安定な球形を形作ります。

 お母様に教わった、魔力制御の練習。魔力を集めて好きな形を作り、それを維持するというシンプルなものです。

 私は魔力量こそ多いものの、制御能力は並なので、今のままだとどんな魔法を使うにも暴発するかもしれないと言われ、暇さえあればこうして練習しています。もっとも、体力がないせいで筋トレやランニングは少ししかできず、同年代の子と遊ぶこともままならないので一日の時間のほとんどは暇なんですけどね。

 ……言ってたら悲しくなってきました。


「リリィ、どうしたこんなところで」


「あ……お父様」


 ふと影が差し、声をかけられて顔を上げれば、見慣れたお父様の顔がすぐ目の前にありました。

 いつもながら精悍な顔つきをしたそれを見ていると、せめてこの1割でもいいから引き継いでいてほしかったなぁ……と少しばかり嫉妬してしまいます。

 けれど、そんな風に思っていては、ただでさえ私の体のことで心配をかけているお父様にもお母様にも悪いです。そんな心情を誤魔化すために、少しばかり意識して笑顔を浮かべる。


「いえ、少し休憩していただけです。もう少ししたら訓練に戻ろうかと」


 えっ、魔力制御の練習してるじゃないかって? これは休憩中の暇つぶしであって訓練じゃないのでノーカンです。実際、魔力だけは多いので疲れませんし。


「それより、お父様のほうこそこんなところでどうしたんですか? 今日は道場のお仕事のはずでは……?」


 お父様は私が生まれたのを機に近衛騎士団を辞め、家の近所で剣術道場を開いています。

 お兄様もその門下生で、王立学園に入学したてで既に学園最高クラスの実力なのも、そこで培われた技術の賜物だと以前本人から聞きました。


「ああ、今日はその門下生達とキャンプに行くことになってな。良かったらリリィも来るか?」


「キャンプですか」


 剣術道場のキャンプなので、当然それも訓練の一環でしょうから私が付いていって大丈夫なのか不安はあります。けれど、よく考えてみたらこれまで、自分で思いついたトレーニングをやりこそすれ、お父様に訓練を付けて貰ったことはないんですよね。お父様がこれだけの筋力を得て、それを維持する訓練メニュー。何かこの状況を脱却する参考になるやもしれません。


「はい、喜んで参加させてもらいます!」


「よし、それじゃあカタリナに言って出発しよう」


「はい!」


 お父様に抱き抱えられ、そのまま家に向かって歩き出す。


 まあ、抱っこされたままというのは恥ずかしいですけど、年齢を考えれば不自然でもないのでそれは良いとしましょう。

 ただ、お鬚は痛いのであんまりすりすりしないで欲しいです。





「ぜー、はー、ぜー、はー……」


「大丈夫か、リリィ? やはり俺がおんぶしたほうが……」


「い、いえ……だい、じょうぶです、お兄様……こ、これくらい、で……根を、上げては……お父様、の、娘、として……門下生の、方々に、示しが、付き、ません、から……」


 整備らしい整備もされていない、獣道と言っても過言ではない道を進み、森の奥へと入っていく。

 平らでない地面はそれだけ一歩踏みしめるごとに余計な体力が奪われて、既に何度も転びそうになっています。一応、こういうところを歩くことは分かっていたので、なるべく動きやすいようにいつもの白いワンピースではなく長袖長ズボンで来ましたが、やっぱりあんまり効果はなかったです。

 お父様の剣術道場である、アースランド道場の皆さんが今回キャンプ地として目指しているのは、森の中にある少し広めの河原です。

 それ以上奥に行くと魔物が出るので、門下生の中でもお父様が認めた人だけはキャンプ地に着いた後でそこに踏み込み、軽く魔物との実戦を経験し、他のまだ実力が伴っていない門下生達は道場からここまでの移動とテントの設営で体力作りを行い、かつそれぞれの親睦を深めるのが今回のキャンプの趣旨だそうです。


 お父様としてはどうも、私を背負ってキャンプ地へ向かい、歳の近い門下生達との交流だけ経験させようとしていたようですが、そこは私が断りました。皆さんが歩いていくのなら、私も自分の足で歩くと。

 ひとまず無理はせず、ユリウス兄様が一緒にいるならという条件で納得して貰えたので、頑張ってここまで歩いてきたのですけど……やっぱり、訓練というだけあって物凄くキツイです。歩いてきただけなのに足がもうガクガクです。


 しかも、問題はそれだけではなく……


「ひっ……」


 ポトッ、と、頭の上に何かが落ちてきたような感覚。

 恐る恐る、手でその物体を払いのけるようにして地面に落とすと……


 そこには、でっかい芋虫がいました。


「きゃあああああ!!?」


 虫!! 虫はいやー!!


「ど、どうした!?」


「お兄様ぁーー!! 助けてくださいぃぃ!!」


 フラフラの足で、ほとんど倒れ込むようにお兄様にしがみつきながら懇願し、件の芋虫を指さすと、お兄様は少しほっとしたように息を吐き、まるで子供をあやすように頭を撫でてくれました。


「大丈夫だよ、その虫は大人しいから何も悪さはしない。だから安心して、リリィ」


「うぅぅぅぅ……」


 悪さするとかしないとかじゃないんです、虫はダメなんです!! 自分でも女々しいとは思いますよ? 思いますけど、でもやっぱり虫はいやーーー!!


「それとも、やっぱりおぶって行こうか?」


 心配そうに提案するお兄様に、私は反射的に首を横にブンブン振る。


「いえっ、歩きます! でも、その……」


「でも?」


「……手を、繋いで貰っても、いいでしょうか……?」


 自分勝手な提案に、申し訳なさから肩身が縮こまってしまうのが自分でも分かる。恥ずかしさで顔が熱くなって、思わず俯いてしまう。

 うぅ、情けない妹だと思われちゃったかな……? そんな風に思いながら、ちらちらと伺うようにお兄様の顔を見上げると……


「もちろん!」


 なんだかやけに嬉しそうな顔をして、お兄様は私の手を取ってくれました。





「や、やっと着いた……」


「お疲れ様。よく頑張ったね、リリィ」


 キャンプ予定地にたどり着き、思わず倒れ込みそうになった私を、お兄様が抱き留めてくれました。

 辿り着いたそこには既に門下生の全員が到着していて、いくつものテントが建てられています。

 うぅ、いけない、私もテントの設営を手伝わないと……


「リリィ、テントの設置なら俺がやるから、リリィは休んでて」


「け、けど……」


「無理はしないって約束でしょ? もうリリィは十分頑張ったよ」


 む、むぅ。ここまで歩いて来たこと自体が半ば我儘みたいなものですし、そう言われては引き下がるしかありませんね。


「……ごめんなさいお兄様。先に休ませてもらいます……」


「謝らなくてもいいよ。ご飯になったら呼ぶから、それまでゆっくりしていて」


 お言葉に甘えて、近くの木陰に腰を下ろし、ゆっくり息を整える。

 特に今が暑い季節というわけではないですけど、やっぱり昼間は直に日が差してきてへばりやすいですからね。外にいてもなるべく日陰になる場所がいいです。

 ……あれ、体力以前にここから矯正しなきゃいけないような……うーん……?


「やあ、君が師範の娘さんかい?」


「ふぇっ!? あ、はい、そうですけど……」


 いつものように魔力制御の練習をしながらぼーっと体を休めていると、自分のテントの設置が終わったらしい男の子が一人、いつの間にか私の傍まで来ていました。

 まさか声をかけられるとは思っていなかったので驚いて素っ頓狂な声を上げ、魔法の制御を手放してしまう。

 バチンッ、と音を立てて、集めていた魔力が霧散する。属性を与えられていない魔力は音や光を出すだけでそれ以上の現象を起こせないので安全ですけれど、良い感じに制御出来ていたのが消えてしまってちょっぴり残念です。


「ごめんごめん、驚かせちゃったようだね。僕はユリウスの友人でライファス・スクエアと言う。よろしく頼むよ、お嬢ちゃん」


 そう言って私の隣に座り、キラリと光る白い歯を見せて笑うライファスさん。

 その仕草と言い、やけに小綺麗に整えられた赤い髪と言い、チャラそうとまでは言いませんが、凄くプレイボーイっぽい雰囲気の人ですね。えっ、同じ意味? 知りませんそんなこと。


「お嬢ちゃんじゃないです、リリアナ・アースランドです。間違えないでください」


 今は本当に女の子ですから間違ってはいないですけど、前世の頃から呼ばれ続けてるせいでちょっとばかり不愉快です。むーっと少しだけ不機嫌オーラを出しながら睨むと、ライファスさんはなぜか笑い始めました。ええと、なんで?


「ははは、ユリウスの言っていた通り、拗ねた顔も可愛いね。いや、すまないリリアナちゃん。ユリウスがぞっこんの妹がどんな子なのか気になって来たんだ」


 拗ねた顔も可愛いって、いきなり口説きに来ましたよこの人! いや、お兄様が言っていた?

 というかお兄様が私にぞっこんって……


「お兄様は優しいですから、病弱な私を気にかけてくれているだけですよ」


 全く、お兄様にシスコン疑惑が立ってしまったら恋人が作れなくなっちゃうかもしれないじゃないですか。まあ、お兄様は性格も見た目もいいですから、それでもって言う人は多いでしょうけど。


「まあそういうことにしておこうか。しかしリリアナちゃん、病弱というけどここまで歩いて来たんだろう? よく来れたねえ」


「あはは……お兄様に支えて貰ったりしていたので、自力でと言うと少し違いますけどね……」


 実際最後のほうは、おぶって貰わず地に足を付いていたというだけで、身体はほぼほぼお兄様に預ける形で歩いていましたし。ほとんど意地でしたけど、冷静になって思い返せばお兄様には随分と迷惑をかけてしまいましたね……あとでもう一度、ちゃんとお礼を言わないと。


「ユリウスから聞いたが、君は魔法の才能は十分にあるんだろう? 無理に体を鍛えずとも、そちらを伸ばしていけばいいのではないか?」


「それも考えましたけど……それだと、私の体は病弱なままですからね。家族にいつも迷惑をかけている私ですから、これ以上心配かけないくらい、心身ともにちゃんと強くなりたいんです」


 一番最初に強くなりたいと思ったのは男らしさに憧れてですけど、家族に心配をかけたくないというのも、やっぱり大きな理由の一つです。

 だから、魔法の才能だけに満足するんじゃなくて、ちゃんと体も鍛えたい。

 ……そっちのほうがかっこいいですしね。うん。


「……ああ、なんて健気な子だ……気に入った」


「へ?」


 話が終わると、ライファスさんは突然額に手を当て、天を仰ぎながらブツブツと言葉を零す。

 なんでしょう、そこはかとなく身の危険を感じるような……


「リリアナちゃん、僕も協力しよう。君の訓練に付き合おうじゃないか!」


「えっ、ほんとですか?」


 お父様に訓練を付けて貰うのが一番ではありますけど、お仕事でいない時もありますし、やっぱり教えてくれる人は一人でも多いほうがいいです。

 なんだ、ライファスさんっていい人ですね!


「ああ。何、心配はいらない、僕の手にかかれば君もすぐに強くなれるさ! だからこれから手取り足取りぐふっ!?」


「えぇぇ!?」


 こちらににじり寄って来たライファスさんが、突如横から飛来したトンカチによって横合いに吹っ飛んでいきました。

 い、一体何が!?


「てめえライファスーーー!! 人の妹にまで色目使うたあいい度胸だなコラアアアアア!!!」


「お、お兄様!?」


 飛来したトンカチを追いかけるようにして目の前を横切ったのは、言わずと知れたユリウス兄様。

 地面に顔面を打ち付けるようにして倒れていたライファスさんの胸倉を掴み上げ、ぶんぶんと前後に振り回し始めました。


「ぐふっ、流石だな我が永遠の好敵手(ライバル)よ。だが安心したまえ、別に彼女を取るつもりはない、ただちょっと手解きをしようと思っただけだ。だからその手を離したまえ死ぬ!」


「誰がてめえのライバルだコラ! つーか手取り足取りとか言っといてそんな言い草が通用するわけないだろ! 女と見たら誰でも彼でも手出しやがってこのチャラ男!」


「誰がチャラ男だ!! 僕はただ女性には優しくせよという家訓を忠実に守っているだけだ!」


「それがチャラ男だって言ってんだよ!!」


 えーっと、どうしましょうこの状況。

 というかうん、お兄様、家以外だとあんな口調なんですね。これはあれでしょうか、喧嘩するほど仲が良いってやつでしょうか。

 ほっといたらいいような気もしますけど、事の発端が私みたいですから私が治めないとまずそうですね……


「あのー、お兄様……?」


「ああ、リリィ! 大丈夫か? このバカに何かされなかったか!?」


「あ、はい、別に何もされていませんが……」


 ライファスさんを投げ捨て、すぐさま私の下へ駆け寄って体をあちこちペタペタと確認しながら質問するお兄様。

 それに頷きを返すと、ようやくいつものお兄様の雰囲気に戻りました。


「いいかいリリィ、家の外はお前のことを虎視眈々と狙う危険な男がたくさんいるんだ。だから簡単に心を許してはダメだぞ」


「あ、はい……」


「全く、こいつには事前に言っておいたのにこれだ。やはり今晩は誰も手出しできぬようリリィは俺が一緒に寝るべきか……」


 これはあれですね、ライファスさんの言う通り、うちのお兄様はシスコンなのかもしれません。

 そんなに心配しなくても、私は知らない男にホイホイついていくほど子供じゃないのに。というか、身体は5歳児なんですから、私を狙う人なんてそんなにたくさんいるわけないじゃないですか。

 ……あれ、なんだか矛盾してますね。まあ、私はそういう存在ですし、気にしないでおきましょう。


「それよりお兄様、テントの設置は終わったのですか?」


「む? ああ、いや、もう少しだが……」


「でしたら、私も手伝います。疲れもある程度は取れましたから」


「いや、しかしだな……」


「大丈夫です。さあ、行きましょう」


 お兄様の手を引いて、テントのところまで歩いていく。


 そういえば、お兄様に投げ捨てられたライファスさん、木に頭をぶつけて白目剥いてましたけど……まあ、お兄様が何も言いませんでしたし、大丈夫ですよね?

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