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第三十七話 ルルの憂慮

ルル君視点です、こちらも一区切りと言うことでちょっとサブタイトルを変えてみました。

「ありがとうございました~」


 商品の清算を終え、にっこりと笑顔を向けて会釈すると、お客さんは顔を赤らめ若干挙動不審になりながらそっぽを向く。

 これが、綺麗な女の人だったりしたら僕も照れ臭くなったりするところだけど、ガタイの良い大男にそんな反応をされてもちっとも嬉しくない。というか、向こうも僕は男だって分かってるはずなのにどうしてこうなる。

 そんなことを考えはしても、当然接客中にお客さんに文句を言うなんてご法度だ。次のお客さんも似たような反応だったけど、愛想よく笑顔を振りまいて商品を清算する。


「ルルー、代わるから、今日はもういいわよ。お手伝いありがとうね」


「あ、うん。分かったよ、母さん」


 外を見れば、もう空は夕日に照らされ茜色に染まっていた。

 うちの店は冒険者向けの装備やアイテムを売る店だけど、この時間帯になれば凡そ夜の狩りに出向く冒険者も準備を終えて出発している頃合いだ。僕が手伝う必要もない。


「さて、この後どうしようかな……」


 いつもならこの時間は、修行だなんだと騒ぐリリィに付き合って外を走り回ってる頃だ。あるいは、はしゃぎすぎたリリィがダウンして、それを家まで送ってあげているか。

 ヒルダと剣の訓練をしたりすることもあったけれど、その時にしたって必ずリリィが言い出しっぺで……早い話、最近の僕の予定は、常にリリィが中心にあった。

 いざリリィがいないとなると、何をしようかと考えてもなかなか思いつかない。


「……まあ、偶にはゆっくりするかな」


 それを自覚して苦笑を浮かべつつも、偶には特に何をするでもなくゆっくりするのもいいかと部屋を目指して歩きだす。

 実際、この夏休みが終われば、嫌でもまたリリィに振り回される日々がやって来るんだ。少しくらい暇を謳歌したって罰は当たらないだろう。


「たのもーーー!!」


 けどどうやら、僕の騒がしい幼馴染は、そんな緩い日々を送らせてくれるほど甘くなかったらしい。2日連続で響いてきた声に、僕はやれやれと肩を竦める。

 昨日の今日で、まさかまた買い物ということもないだろうし、退屈だからと遊びに来たか、あるいは何か厄介事でも持ち込んで来たのか……


「全くリリィは、落ち着きがないんだから」


 そう呟くも、無意識のうちに口角が上がるのは抑えられなかった。

 なんだかんだ言いつつ、僕もリリィと遊ぶのは嫌いじゃなかったんだな……そんな風に思いながら、踵を返して声の主のほうへと足を向けた。






「というわけで、手に入った魔物の素材を買い取って欲しいんですよ、あとなるべく安い剣とかあったら欲しいです!」


「というわけでじゃないよ、また変なことに首突っ込んでるね、リリィは」


 家にやって来たリリィとヒルダの2人から話を聞いて、僕はやれやれと肩を竦める。

 話を要約すると、ロクな武器もないまま日々魔物と戦わなきゃならないスラムの現状を、少しでもどうにかしたいという、なんとも分かりやすい物だった。

 そのために、手に入れた素材を仲介料のかかるギルドへの売却ではなく、ギルドへ依頼を出す店に直接売りに行くというのはリリィにしてはよく考えたほうだと思う。

 うちが売ってるのはあくまで加工後の商品だから、素材を持ちこまれても結局仲介料がかかるという辺りを見落としてなければ、だけど。


「変なことってなんだよ、こっちにとっちゃ死活問題なんだぞ?」


「ああ、ごめんヒルダ、そういうことじゃなくて」


 眉根に皺を寄せたヒルダに謝りつつ、僕は店の手伝いをする中で知り得た情報を2人に伝える。

 今現在、森の面積が減り、生存競争に負けた魔物が街に降りて来ている。リリィ達も知っていたこの理由は、世間一般的に言われていることで、間違いではない。

 けど同時に、それだけじゃ今確認されている魔物の量は説明が付かないというのが冒険者ギルドの見解らしい。

 はっきりとした理由はまだ分かっていないものの、結果として、当初の予想を超えて増える討伐依頼と、それに伴う魔物素材の流通量の増加により、多くの魔物素材の値段が暴落しているのが現状だった。


「だから正直、どれだけ色を付けても、スラムの辺りまで出て来てる魔物の素材じゃ厳しいんじゃないかな……」


「むむむ、ルル君でもダメですか……」


「僕でもってなんだ、リリィの中で僕の人物像はどうなってるんだ」


「えっ、そりゃあ、誰より頼りになる幼馴染ですよ?」


 ジト目で突っ込んだら、何の躊躇いも恥ずかしげもなく信頼しきった眼差しを向けられて、僕のほうがたじろぐ。

 くそぅ、ほんとにこの子は、いつになったら羞恥心を覚えるんだ……


「はあ……まあ、素材の買い取りのほうは無理だけど、お金と武器ならなんとかなるかもね」


「えっ、マジで?」


 ヒルダはリリィと違ってさして期待してなかったのか、意外そうに目を見開く。

 まあ、普通はこんな子供にスラムの状況をどうにかする手段なんてあるわけないんだから、どちらかといえばリリィの反応のほうがおかしいんだけどね。

 それに、なんとかなるかもしれないけど、なんとかするのは僕じゃなくてリリィ達だ。


「まあ、僕も父さん達が話してるのを聞いただけなんだけど……」


 そう前置きするも、2人の期待の眼差しは微塵も衰えない。

 ……まあ、もし上手く行かなくても損する話じゃないし、大丈夫かな。


「西の森で、ミスリルタートルの成体が現れたらしいんだ」


「ミスリルタートル?」


「全身がミスリル……まあ、魔剣の材料とか魔道具の触媒になったりする魔法金属で出来た、巨大な亀の魔物のことだよ。恐ろしく防御力が高くて、剣も魔法もほとんど通じない」


 代わりに動きが物凄く鈍いから、仕留めれないだけで危険は少ないんだけどね、と言えば、リリィからはへ~と頷きが返ってくる。

 まあ、この魔物は滅多に出ないし、授業でも習わないからリリィが知らなかったからってそうおかしくはない。

 習ったら覚えてたかというと、疑問が残るけどね……


「けど、その分、仕留められれば希少なミスリルが大量に入手できる。うちと提携してる鍛冶師の人がミスリル素材を欲しがってるって聞いたから、そこに卸せば結構な額になるはずだよ」


「けどよ、そんな魔物ならみんなこぞって仕留めようとするんじゃねーの? 今から行って間に合うのか?」


「それなら、よっぽど大丈夫だよ。ミスリルタートルの防御を突破できるような冒険者なんてそうそういないし、ほっといても街まで降りてくることはよっぽどないから、冒険者ギルドに発注されてる依頼の緊急性も高くないしね」


 オリハルコンとかの伝説の金属を除けば、人が扱う金属で最高硬度を誇るのがミスリルだ。しかもミスリルタートルはそれに魔力を通わせ、通常よりも更に強度を増加させているらしい。

 だから、ミスリルタートルの防御を突破するのなら、リリィの両親2人が出向くか、近衛騎士団が本腰を入れて討伐に乗り出すかしないと無理じゃないかと思う。


「けどよ、そんな面倒な魔物ならオレ達でも仕留められないんじゃねーの?」


「普通はね……けどほら、そこに普通とかいう単語を遥か彼方にすっ飛ばした子がいるじゃない」


 至極真っ当な疑問を上げるヒルダに、僕は苦笑を浮かべながらリリィを指差す。

 ……こら、後ろを向くんじゃない、リリィ以外に常識知らずがどこにいるんだ。


「リリィのバカみたいな魔法の火力なら、魔法耐性の強いミスリルタートルを倒せるかもしれない。動きは遅いから不用意に近づいたりしなければそんなに危険な魔物でもないし、試しに挑んでみたらどうかな?」


「ちょっ、バカとはなんですかバカとは! 私だって最近少しは自重を覚えたんですよ!?」


「なるほどな、そういうことなら、挑むだけ挑んでみっか」


「ちょっ、ヒルダさんスルーですか!? ていうか挑むのってこの場合私ですよね!? 私の意志は!?」


「手伝うって言ったろ~? それに心配すんな、ミスリルタートルのいる場所まではオレ達がちゃんと護衛して行ってやるよ」


「いやまあ、手伝いますけど……うぅ、なんか釈然としないです。こうなったらそのミスリルタートルで憂さ晴らししてやります!!」


 ふんすっと気合を入れているリリィに苦笑しつつ、僕はヒルダのほうを見る。

 今回のスラムの件は、元々ヒルダがスラムの子供達と魔物狩りをしていたことが発端らしい。

 ヒルダの実家であるスクエア家は確か下級貴族の一つで、金持ちとまでは行かないまでも貧乏とは無縁の家柄だったはずだ。

 そんな家の娘であるヒルダが、一見無縁そうなスラムの子供とどういう関係なのか……


「ん? どうした、ルルーシュ」


「いや、なんでもない」


 ヒルダと目が合って、僕は頭に浮かんだ思考を振り払う。

 気にはなるけど、彼女の様子を見るに特にやましいところはなさそうだし、友達だからとこれ以上踏み込むのはよくないだろう。

 リリィが騙されてるわけじゃないなら、直接手伝うでもない僕がそれを聞くのは余計なお節介だ。


「ほらヒルダさん、何もたもたしてるんですか、早く森に行きましょう!」


「いや、今日はもう遅いから森に行くのは明日な」


「あ、そうでしたね、ではまた明日! ルル君、今日は色々教えてくれてありがとうございました!」


「あはは……2人とも、気を付けてね」


 ドタバタと、相変わらずの忙しなさで僕の家を後にするリリィ達を見送った後、部屋に戻ろうとした僕は見知った子が店のほうに来ていたのに気が付いた。


「あれ、モニカ?」


「ルルーシュさん、夏休みに入って以来ですね、お久しぶりです」


「うん、と言っても、まだ夏休みに入って3日だけどね」


「ふふ、それもそうですね」


 くすっと笑うモニカに、僕も自然と笑みを返す。

 まあ、学園に通っている間は毎日顔を合わせていたし、たった3日でも久しぶりと言いたくなる気持ちは分からなくもない。


「……今お話してたの、ヒルダさんとリリアナさんですか?」


「ああうん、そうだよ。なんかまた変なことに首突っ込んでるみたい」


 気になっている様子のモニカに、僕はリリィ達と話した内容をかいつまんで説明する。

 すると、スラムや西の森の単語が出るごとに、モニカの表情は僅かに曇っていった。


「どうしたの? 何か気になることでも?」


「ああはい、実は……」


 モニカの話によれば、今回の魔物大量発生について、近衛騎士団が動くという噂があるらしい。

 騎士団は、明確に街に危険が迫った場合にしか動かないというイメージがあったために、その話は僕にとっても少し意外だった。


「へえ、騎士団が……もしかして、ミスリルタートルを狙ってるのかな?」


 それでもなお騎士団が動くとなれば、自分達の戦力増強にも役立つミスリルタートルの討伐が主目的だと考えれば辻褄は合う。

 特に競合相手はいないと思っていたけれど、これは意外な伏兵だ。とはいえ、相手は正規の騎士団である以上、動くのにまだ時間がかかるだろうから、リリィ達が先を越される心配も少ない。


「かもしれませんけど、でも……」


「でも?」


 けれど、モニカが心配しているのはそれとは違うようで、何やら難しい表情を浮かべている。

 普段あまり見ない表情に僕が首を傾げていると、やがてモニカは意を決したように口を開いた。


「実は、貴族の間で噂があるんです。そろそろ、スラムの再開発計画が始まるんじゃないかって」


「えっ……」


 思ってもみなかった情報に、僕は言葉を詰まらせる。

 長い間放置され、無法地帯と化していたスラム街。もしそれを再開発するとなれば、やるべきことはまず、そのエリアが放棄される理由となった魔物に対する対処。そしてもう一つは……


「今回の近衛騎士団の出動……もしかしたら……」


 モニカの懸念に、僕は反論する言葉も見つからず――

 どうしようもない不安を抱えたまま、リリィ達が去って行った先をただじっと見つめていた。

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