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第三十二話 待ちに待った(?)夏休みです

ここから新章的な何か。

章管理しようかと思わなくもないですけど、あんまり先を見据えてるわけでもないので悩みどころ(

 夏休み。

 この言葉を聞いて、テンションが上がらない子供がいるでしょうか?

 そんな人、前の世界と合わせて短くない学生人生を歩んできた私の経験を持ってしても見たことも聞いたこともありませんし、私自身毎年すごく楽しみにしていました。むしろ、楽しみにならない子供なんて子供じゃないとさえ思っています。

 友達と海や川に行って泳いだり、山に行ってキャンプしたり、普段なら時間がなくて出来ない遊びをするいい機会であり、この機会に新しいことに挑戦をする人もたくさんいるでしょう。

 つまり何が言いたいかというと、


「やることなくて暇ですね~……」


 こんな私の現状はとっても不満ということです!!

 剣技大会が終わり、学期末のテストも適当に(決して赤点は取ってないです、念のため)済ませ、いざ待ちに待った夏休み! というところまではよかったんですけど、実際にそうなってみれば、ルル君はお家の手伝い、ヒルダさんも夏休みの間は外せない用事があるとかで遊んでくれませんし、じゃあモニカさんはと言えば、そもそもお家の場所を知らないので私のほうから会いに行けません。また遊びに来てくれないかなー……


「はあ、益々お父様の道場のキャンプが中止になったのが残念です……」


 しかも、一時期巨大蟻(ビッグアント)を大量討伐して落ち着いていた魔物被害がまた増え始めたらしくて、アースランド道場のほうで企画されていたキャンプまで中止に。本当、間が悪いです。おのれ虫め。


「ガウ?」


「ああ、ごめんねオウガ、別にこれが嫌ってわけじゃないよ?」


 あれこれ考えるのをやめて、意識を現実に戻す。

 あまりに暇なので、いつもただでさえ時間をかけているオウガの毛繕いを、いつもより更に丁寧にやってたんですけど、ゆったりやりすぎて思考が変な方に流れてましたね、反省反省。

 黒い真珠みたいな、艶のある深い毛並みにブラシをかければ、するすると流れるように抵抗なく抜けていく。くぅーんっと、大きな体からは想像もつかない子犬みたいな声を上げて気持ちよさそうに寝そべるオウガに、思わずくすっと笑みが零れ、益々ブラッシングに力が籠る。

 力が、と言っても筋力的な力じゃなくて、あくまで気持ち、精神的な物ですけどね。それでも、気持ちを込めたら込めただけ、オウガも綺麗になって更に嬉しそうにしてくれるので、益々気合を入れてブラッシングしていきます。


「オウガ~、今日は何して遊ぼう?」


 意識を戻しても、このブラッシングの後やることがない事実に変わりはありません。

 いつもは時間が空いたらとりあえず訓練してたところですけど、いい加減私も学びました。私の体力じゃ、『リフレッシュ』で誤魔化し誤魔化しやっても一日中訓練は無理だと! え、今更すぎるって? あーきこえないきこえなーい。

 まあともかくそういうわけで、訓練するにしても何かしらそれ以外の暇潰しの手段は必要なんです。


「ガ~ウ」


「そうだよね~、思いつかないよね~」


 今のあくびを噛み殺す感じは、どっちかというと「暇ならのんびりしてればいいじゃない」って感じでしたけど、却下の意味を込めて誤訳します。せっかくの夏休みにのんびり過ごすだけなんて勿体ない、遊んでなんぼです!

 心なしか、オウガからじとーっとした視線を向けられている気がしますけど、気のせいに違いありません。うん。


「まあ、適当に街にお出かけして考えますか」


 結局、オウガを相手にした一人芝居も飽きたので、無難にそう結論付けると、ブラシを置いてオウガを立たせる。

 なんだかすごく残念そうな顔を向けられましたけど、オウガも最近だらけすぎなんですからちょっとは運動しなきゃダメです。

 というわけで、善は急げとお母様のところへ。


「あ、いた、お母様ー!」


 さほど探すことなく、ちょうどお洗濯物を干しているお母様に出くわしました。

 青空の下、白い衣服に身を包んで家事に勤しむ美人妻、我が母ながら絵になる光景ですね~。


「あら、どうしたの、リリィ?」


「私、ちょっと街まで出かけてこようかと思いまして。買ってきて欲しいものとかあったら、ついでにおつかいしてきますよ」


「あら、本当? けど、せっかくのお休みなんだし、ゆっくりしていてもいいのよ?」


「大丈夫です! むしろ、ゆっくりしすぎて体が鈍っちゃいそうなので」


 私はただでさえ弱いんですから、少しでも体を動かさなきゃ。

 まあ、私はオウガの上に乗って行くので、運動と呼べるかは微妙ですけど……あ、でも、乗馬は結構運動になるんでしたっけ? それなら乗狼も……うーん……?


「そう? なら、お願いしようかしら」


 そう言って、お母様は一度洗濯物を籠に戻したあと、買って欲しいものをポケットから出したメモ帳に書いてちぎり、お財布と一緒に渡してくれました。

 どうでもいいですけど、メモ帳、毎日持ち歩いてるんですしょうか……?


「それだけあれば足りると思うけど、お金余ったら、お菓子一つだけ買っていいから」


「ほんとですか!? わーい、お母様ありがとうございます!」


 ひしっと抱き着くと、微笑みながら頭を撫でてくれるお母様。

 はふぅ、相変わらずいい香りです~、うへへ~。


「人とぶつからないように気を付けるのよ? それから、お財布無くさないようにね」


「もう、私も子供じゃないんですから、大丈夫ですよ!」


 顔を上げ、抗議するようにぷくっと頬を膨らませてみせる。

 けれどお母様は微笑むばかりで、全く堪えた様子はありません。仕方ないので、お母様から離れるとさっさとオウガの背に跨ります。


「ではお母様、行ってきます!」


「はい、リリィ、オウガ、いってらっしゃい」


 お母様に手を振りながら、オウガが駆け出す。

 凄い速度なのに不思議と安定感のあるそれに揺られながら、私は文字通り街へとひとっ飛びで向かいました。






 石で舗装された道の上を、オウガがのっしのっしと歩いていく。

 フォンタニエは王都と言うだけあって、街中は人通りがとても多くて、馬車やらなんやらでそこそこ危ないです。

 けど、そんな街中もここ数か月で何度も通っている今となってはもう慣れたもので、オウガは周りの速度に合わせて悠々と通路を歩き、飛び出してきた子供をひょいと咥えあげて助けてあげる余裕さえ見せます。


「あはは、偉いですよーオウガ。良い子良い子」


 頭を撫でてやると、オウガが嬉しそうに尻尾をぶんぶん振り回す。

 最初のうちは怖がられてたオウガですけど、今ではすっかり街の人気者で、今もオウガに咥えられた子供は怯えるどころか、むしろ傍にいた友達らしき子達に羨ましがられてるくらいです。全く、危ないところだったんですから反省して欲しいところ……と思ったら、子供達の保護者らしき人が来て、最初の子に拳骨が落とされました。あはは、ご愁傷様です。


「ひゃっ」


「悪い」


 と、そんな風に子供達に気を取られていたのがまずかったのか、後ろから走ってきた別の子に気付かず、ぶつかってしまいました。

 謝ろうかと思いましたけど、それより早くその子が一言謝罪し、止まることなくさっさと走り去ってしまったので何も言う暇はありませんでした。

 随分と急いでたみたいですけど、大丈夫ですかね? またぶつかって怪我とかしてなければいいですけど。


「ガウ」


「ああ、ごめんねオウガ、それじゃあ行こうか」


 自分が道の途中に立ったままはまずいとでも思ったのか、意外と気が利くオウガに早く早くとせっつかれて、改めて目的のお店に向かいます。

 王都とはいえ、どちらかと言えば露店が多い街並み。その中にあって立派に店頭販売をしているというだけでもそれなりに目立ちますけど、そのお店はまた一段と人目を惹いています。

 外装が派手だとか、そういうことじゃありません。ただ、他の店頭に比べて一回り大きく立派な造りであるという、ある意味分かりやすいまでの資金力の差が、他のお店と一線を画す存在感を醸し出している感じですね。


「たのもー!」


 そんなお店ですけど、私にとっては勝手知ったるなんとやら。ランターン商会と掲げられたそのお店に道場破りの如く堂々と立ち入れば、そこにいたのは見知った顔。

 お客さんの前だからと言って特にメイクアップはしてないみたいですけど、元の素材がいいのでシンプルな店員用の服装でも思わず抱き締めたくなるような可愛さがあります。


「いや、何がたのもー、だよ、全く……」


 そんなルル君ですけど、私を前にした途端営業スマイルも忘れて普通に溜息を吐かれました。

 私もお客さんなのに、むぅ。


「普通のお客様はたのもーなんて言って入店しないから」


 な、なんで私の考えてることが分かるんですか!? ルル君エスパー!?


「リリィは考えてることがすぐ顔に出るから」


「えぇ!?」


 だ、だからってそんな正確に分かるものでしょうか……? うーん、これが幼馴染パワー? ということは、私もルル君の顔を見れば何考えているか分かる……?

 うーーん……この顔は……あれですね、で、何しに来たの? 今忙しいから遊んであげれないよ? ってところですかね!


「で、何しに来たの? 僕忙しいからリリィの相手は出来ないんだけど」


「よし、当たり! 私にも出来ましたよ読心術!」


「いや、ほんとに何しに来たの……」


「あ、そうだそうだ、忘れるところでした」


 なんだか呆れた表情を向けてくるルル君を見て、忘れかけていた目的を思い出します。

 いけないいけない、自分からおつかいをするって言いだしておいて、ルル君と喋るだけ喋って帰ったんじゃお母様に合わせる顔がないです。

 そんな私の反応に、ルル君の視線の温度が若干下がった気がしますけど、気にせずメモ用紙を見ながら店内を周り、必要なものを籠に放り込んでいく。

 ルル君のお店は、基本的には冒険者や騎士団の人向けの、武器防具、その他消耗品を扱うお店ですけど、大きな店なだけあって他にもいろいろと日用雑貨やちょっとした小道具なんかも取り扱っているので、困ったときはここに来れば保存食以外の食品を除いた大抵のものが揃います。


「手伝おうか?」


「いえ……っと、大丈夫です、これくらい……」


 籠がいっぱいになってきたところでルル君に声をかけられましたけど、これくらいは魔法に頼らなくてもへっちゃらです!

 まあ、ちょっと辛いは辛いですけど、持って帰る時はオウガの背に載せて落ちないように抑えておくくらいですから、そう苦労もないですしね。


「というわけで、これください!」


「はいはいっと……」


 カウンターに籠を乗せ、店員のルル君に計算して貰う間に、私はお財布を取り出そうとポケットに手を入れる。

 ……あれ?


「全部で4650……って、どうしたの?」


 ガサゴソとポケットを漁る私に、訝しげな表情を向けるルル君。

 いやいや、そんなこと、あるわけないじゃないですか、いや、ないんだから実際ないんですけど、うん。

 って、自分でも何言ってるんだか分からなくなってきました、一旦落ち着いて現状を整理しますと……


「ない……」


「え?」


「お財布がないです」


 つまり、そういうことです。

 こういう時は、えーっと、その……


「どうしましょう、ルル君……」


「いや、僕に聞かれても……とりあえず、落とした場所に心当たりないの?」


 途方に暮れる私に、ルル君が定番の文句を口にします。

 でも正直、心当たりなんてあるくらいなら物は無くさないと思うんですよ、家でお母様からお財布受け取って、オウガに乗ってここまで来る間に落としたなら範囲広すぎですし、街についてからだと……


「……ああ!!」


 そうだ、途中で子供にぶつかったんだった! もしかしたらあの時落としたのかも!


「ルル君、ちょっと行ってくるのでこれお願いします!」


「えっ、あっ、ちょっ」


 静止の声を上げようとするルル君を置き去りに、私は店を出てオウガに跨る。

 これだけ言われてお財布無くしたなんてことになったら、本当にお母様に合わせる顔がありません! 何がなんでも探し出してみせます!


「行くよ、オウガ!」


「ガウ」


 私の指示に従い、オウガが少し早めの速度で走り出す。

 「せめて棚にこれ戻してから行ってよー!」と言うルル君の叫び声は、街中の喧騒に紛れて私の耳には届きませんでした。

財布は落とす物(ぇ

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