第三十一話 意外な結末です?
「ルルくーん! おはようございます~!」
「ああリリィ、おはよう」
剣技大会が終わって、翌週。今日からは普通の授業になります。
いつものようにオウガに乗ってルル君の家に向かい、そのまま一緒に登校。
ルル君の足、どんどん速くなってきてるんですけど、なかなかオウガより速くはなりませんね。ていうか、オウガのほうが速くなってる? 普段そんなに運動してないのに、なんででしょうね。成長期でしょうか?
「おっ、リリィにルルーシュじゃねーか、ちーっす」
「お二人とも、おはようございます」
「あ、ヒルダさん、モニカさん!」
「おはよう、ヒルダ、モニカ」
そんなことを考えている間に、直線距離10㎞は下らないはずの移動距離があっという間になくなって、校門のところでヒルダさん、モニカさんの2人とバッタリ遭遇しました。
2人が一緒に登校してくるなんて珍しいなーと思ったら、2人も偶々すぐそこで会ったところだそうです。
ホームルームは全員同じ教室なので、そのまま4人まとまってお喋りしながら歩きだします。
「あれ、リリアナさん、そのネックレスどうしたんですか?」
「あ、これですか? むふふ、よくぞ聞いてくれました!」
待ってましたとばかりに、首にぶら下げていたものを手に取って掲げる。
銀色の鎖の先に、六芒星の意匠が刻まれたシンプルなデザインのネックレス。見た目は可もなく不可もなくと言ったところですけど、このネックレスは見た目なんてどうでもいいとさえ思える効果が備わっています。
「これ、魔封じの首飾りって言うらしいです。お母様が特別に貰ってきてくれました!」
そう、これはカレル君が私を縛る時に使った縄と同じ、魔力封印の付与が施されたネックレスなんです!
これがあれば、私も制御とか細かいこと気にせず魔法をぶっ放しても問題ありません!
「魔封じの……? あの、それって、一般流通してない禁制品なんじゃ……」
モニカさんが、恐る恐ると言った感じに尋ねてきます。
そう、理由はよく分かりませんけど、魔力封印の付与が施された魔道具って騎士団の治安維持部隊の人しか本当は使っちゃいけない物だったみたいです。カレル君は、お家がツテで保管してたのをくすねてきたみたいで、バレたら大目玉確実だったそうです。
けど、私の場合は問題ありません。
「大丈夫です。なんか、騎士団のお偉いさんにお父様が口効きしてくれたらしくて、快く特例を認めてくれたみたいですよ」
「そ、そうなんですか……?」
「はい、理由は分からないですけど」
まあ、貰えるなら理由なんてなんだっていいです。これさえあれば、私だって強化系の魔法を使って近接戦闘できるようになるんですから!
「(あー、その、リリィ、剣技大会の日に『エクスプロージョン』なんてぶっ放しちゃったじゃない? あの時騎士団の上層部の人も来てたらしくて、あれを暴発させないためだって言ったら二つ返事でOKくれたって師範が言ってた……)」
「(あー、なるほどな)」
「(あ、あはは……)」
「ちょっとみんなして何をこそこそ話してるんですか? 私も混ぜてくださいよ!」
いきなりひそひそ話を始めた3人に抗議の声を上げつつ割って入ると、全員にさっと目を逸らされました。
……本当になんの話をしてたんですか?
「まあなんでもいいじゃねーか」
私がじとーっと睨んでいると、ヒルダさんがそう言ってポケットから飴玉を取り出し、口に放り投げました。
……あれ、その飴玉って……
「それ、もしかしなくても私の飴じゃないですか! 剣技大会の優勝予測の賭けで私が出したやつですよね!?」
「お、よく分かったな、その通りだ」
にやりと笑いながら、もう一つ飴玉を取り出して口に放り込むヒルダさん。
ぐぬぬ!
「興味ないって言ってたくせに、ちゃっかりお兄さんに賭けてたんですね! 1人だけずるいです、私にも少し分けてください!」
「何言ってんだ、お前も自分の兄貴に賭けてたんだろ? これはオレの戦利品だ、やらねーぞ」
「うー! そうですけど、そうですけど! いいじゃないですか、ちょっとくらい!」
「やーなこったー」
「むきーっ!」
お菓子を取ろうと飛び掛かる私を、ヒルダさんは笑いながらひょいひょいと躱していきます。
うがー! なんだか弄ばれてる気がします!
「そういえば、カレル君とゴトフリー先輩は結局どうなったんでしょう……?」
そんな私達を見て苦笑していたモニカさんが、ふと気になったと言う風に隣にいたルル君に尋ねる。
そういえば、私もあの後どうなったか知らないんですよね。一応、私があまり気にしてないのもあって、あの一件はほとんど誰にも知られていないはずですけど。というわけで、ひとまずお菓子は諦めて一緒になってルル君の話を聞く姿勢になります。
「カレルはひとまず厳重注意ってことで終わったらしいよ。ゴトフリー先輩は、学園を中退したって」
「えぇ!?」
「中退ですか!?」
驚き固まる私とモニカさんに、ルル君はというと「別にそう大した罰があったわけじゃないよ」と軽く流します。
いやいや、中退って結構な……んん?
「あれ、中退? 退学じゃなくてですか?」
「うん。なんか、しばらく武者修行の旅に出るんだってさ」
「へ~、そうなんですか」
なんでも、昨年の優勝者も卒業後は騎士団に入らず、武者修行の旅に出たとかで、ゴトフリー先輩もそれに感化されたんじゃないかということです。何も中退してまでと思わないでもないですけど、そこはやっぱり色々思うところがあったんでしょうか?
「まあ、ユリウス先輩ともまた再戦したいって言ってたから、そのうち会えるんじゃないかな?」
「それもそうですね」
お兄様が凄く楽しそうに戦えてましたし、お礼言いたかったんですけど、そういうことなら仕方ないです。
そんなことを話しながら初等部の校舎に入ると、何やら人だかりが出来ていました。
「あれ、どうしたんでしょう?」
「ほら、あれじゃない? 初等部の優勝者」
「ああ、なるほど」
私の疑問に、人だかりに入るよりも前にルル君が答えを予想の形ではありますが教えてくれました。
言われてみれば、集まっている場所も彼女の教室の前ですし、時期的にもそれが自然ですね。
「せっかくだから、私達もお祝いに行きましょう、モニカさん」
「あ、はい、そうですね……」
なんだか複雑な、、自分が勝てなくて悔しいとかでなく、むしろ相手の人に同情するべきか祝福すべきか迷うような表情を浮かべていますけど、それに構わず私はモニカさんの手を引いて人だかりの中に入っていく。
元々人だかりと言っても、セールを前にした主婦の人達のように殺気立ってるわけでもなく、面白がって祝福に来た人達が大半なので、通してくださいと言ったら普通に通り道を作ってくれたので、難なくその人物のところまでたどり着けました。
羞恥と困惑と、色んな感情が混ざり合い目を白黒させている彼女を見て、私は笑顔で近づいていく。
「あ、いたいた!」
剣技大会、初等部、優勝。
「優勝おめでとうございます、マリアベルさん!」
1年Cクラス、マリアベル・クラリス。
「……なんでですかぁぁーーーーー!!!」
ついに耐えきれなくなったとばかりに、悲鳴のような嘆き声を上げ、その場にがっくり崩れ落ちるマリアベルさん。
そう、マリアベルさんは剣技大会開催前には全くのノーマーク、どころか、剣技の授業を一緒に受けていたメンバーでさえ勝ち上がれるなんて微塵も思っていなかったというのに、なんと剣技大会優勝の栄誉を賜ってしまったんです。
「おかしいですよ、なんで私なんですか!? なんで誰も文句言わないんですか!?」
「実際、どこからも文句は出なかったんだからいいじゃないですか、マリアベルさんの人徳の勝利ですよ」
エキサイトするモニカさんをそう言って宥めますが、なかなか落ち着いてくれません。涙目のマリアベルさん可愛いですね。うふふ。
ちなみに、文句が出る出ないの話になっているのも、優勝の栄誉を勝ち取ったではなく賜ったと言ったのも、彼女の戦績に理由があります。
マリアベル・クラリス、戦績――
1回戦、2年Bクラス、ヴィクトリア・ポートランド。高所落下の負傷により棄権。不戦勝。
「お姫様のベストショット撮れたんだから、悔いはないわ……!」
2回戦、3年Cクラス、トーマス・クルジス。食中毒により棄権。不戦勝。
「戦うべき時に戦いの場所に赴けなかった時点で、騎士としては負けたも同然……今更文句を言うつもりは……うごご、腹がぁ!?」
準決勝、1年Aクラス、ルルーシュ・ランターン。不在につき棄権扱い。不戦勝。
「いや、まあ、リリィが心配だったし……優勝にはそこまで拘ってなかったから別にいいよ」
決勝戦、3年Aクラス、クルーゼ・バトラー。正体不明(ということに表向きなっている)の爆発に屋上で巻き込まれた負傷により棄権。不戦勝。
「これもまた神のお導き……運命には従おう……ぐふっ」
という具合に、まさかの全戦不戦勝で勝ち上がっての優勝という、前代未聞の事態。しかも、対戦相手の誰一人として文句を言わず、再戦要求もなし。ついでに、マリアベルさんのキャラクターのせいか、それとも初の事態を面白がる声が多かったからか、初等部全体で見ても誰も苦情を上げないという奇跡的な事態により、本当に正式な優勝者に祭り上げられることになりました。
実際に、面白がっていることを裏付けるかのように、剣技大会で優勝者が発表された直後から、『幸運のマリアベル』なんていう二つ名が流行りだしたりしています。
「私に人徳なんてないですよぉ! うぅ、来年の剣技大会、どうすればいいんですか……優勝者が情けない結果残すわけにもいかないですし……」
「いやほら、大丈夫ですよ! 剣なら私も、ほら、ルル君だって教えてくれますし!」
「えっ、僕?」
割と本気で落ち込み始めたのを宥めるため、ひとまずルル君を人柱に捧げます。
なんか本人は戸惑ってますけど無視です、困ったときはルル君に丸投げしておけば大抵丸く収まります!
「でも私、剣も魔法も全然なんですよ……?」
「大丈夫です、ルル君ならきっとなんとかしてくれます!」
「いやいやいや、何安請け合いしてるのさ、僕だって出来ることと出来ないことがあるんだけど!?」
それまでほとんど状況を傍観してるだけだったルル君が慌てて会話に割り込んできました。全く、謙遜しちゃって。
「ていうか、剣を教えるなら師範に頼めばいいでしょ!」
「お父様は忙しいですから、あまり頼み過ぎるのもよくないですよ」
「僕はいいの!?」
「ルル君ですもん」
「えぇ!?」
なんだかんだ言いつつも、頼めばいつも最後にはやってくれますからね。うふふ、やっぱりこれが幼馴染特権ってやつですかね? 偶にはお返ししないと……って前にも似たようなこと考えたような……
「えへへ……」
「マリアベルさん、どうしました?」
いきなり笑い出したマリアベルさんに訝しげな視線を向けると、なんでもないと言う風に手を振って、ルル君と私を交互に見る。
「二人とも、仲いいんだなって」
そう言って、もう一度にっこり笑うマリアベルさんに、私とルル君は互いに顔を見合わせます。
う、うーん……なんだか、こうやって改まった感じに言われると照れますね。ルル君もそうなのか、バツが悪そうに目を逸らしてぽりぽりと頬を掻いてます。
「おらお前らー、なーに集まってんだ、ホームルーム始めるぞー」
「あ、アメルダ先生」
そんなこそばゆい硬直を、先生のだらけた声が解していきます。
すっかり話し込んでましたけど、確かにもうすぐチャイムの鳴る時間ですね。
「あとリリアナ、お前は後で職員室な」
「えっ、なんでですか!?」
「そりゃお前、大会でぶっ放したアレの件だよ」
「えぇぇ!? あれは正体不明の爆発ってことで済ますんじゃなかったんですか!?」
なんか、来賓の方も居る中であんな魔法をぶっ放した生徒がいるとなると対外的によろしくないとかなんとかで、そういうことにするって言ってたのに!
「それはそれ、これはこれだ。そういうわけで、あとでお仕置きな」
「そんなーーーー!?」
私の悲鳴が、朝の学園の廊下に響く。
いつも通りの光景に、ルル君もヒルダさんもモニカさんも、そしてちょうどその場にいたみんなも笑いだす。
そんな、いくつもの笑顔に囲まれながら、今日も私の、賑やかな一日は幕を開けました。
これにて剣技大会編完。次は……どうしようかな(ぇ