第二十七話 ユリウスの戦い
今回も短め! 3人称視点で書いてみました。
時は少し遡り、リリィの不在がルルーシュに伝わった頃――
控室で、試合の順番が回ってきたと告げられたユリウスは、闘技場へ続く廊下に出る。その表情は、控えめに言って緩みまくっていた。
というのも、今ユリウスの頭の中は、先ほど交わした大事な妹との約束――決勝戦まで進めば、自分のことを応援してくれるということでいっぱいだった。
実際には決勝戦でなくともリリィは応援するつもりだったし、そもそも1回戦で応援できなかったのは友人の試合と被っていたためにスケジュールを見落としていたというだけだ。わざわざ約束する必要はどこにもなかった。
しかし、そこは誰もが口を揃えて断言するほどリリィが大事なユリウスだ。応援とは本来勝つためにすることであって、勝つ目的になるはずはないのだが、そんなことはお構いなしに、リリィに応援されたいというただそれだけのために勝利へ燃えていた。
「ん?」
だからというわけではないが、自分に向けて投げつけられた紙片にユリウスは気づかなかった。
そして目を向けた時には、投げた犯人は既に姿をくらましていた。
「やれやれ、少し浮かれ過ぎかな……」
そう思いながら、ふと投げつけられた紙片が目に留まる。
特に理由があってのことではない。強いて言うなら、ゴミをこんなところに置いたままにしておくわけにはいかないという親からの教えが頭を過ぎってのことだ。
そうして紙片を拾ったユリウスは、何の気なしにくしゃくしゃに丸められたそれを開いてみる。
そしてそこに書いてある文章が目に入ると同時に、絶句した。
「なっ……!?」
直後、ユリウスは闘技場に向けて一目散に駆け出す。そこからなら、この“手紙”の内容が真実かどうか確認できると考えて。
「…………っ!!」
闘技場に出るなり、ユリウスを少なくない歓声が包み込む。
しかし、そんな声も全て無視して素早く観客席へと視線を走らせ、探し人を求め目を凝らす。
「どこだ、どこにいる……!」
けれど、初等部の1年Bクラスのところにも、そして他の場所にも、あれだけ目立つ服装をしていたにも関わらずその姿を見つけることは出来なかった。
「何をしている、もう試合の時間だ、集中しろ」
そして、それを咎めるような声に振り向けば、そこにはユリウスの2回戦の相手――ゴトフリー・サイファスが、既に剣を構えて立っていた。
「集中しろだと……どの口が言うか……ッ!!」
「むっ」
怒りは判断を鈍らせと分かっていても、ユリウスは心の底から沸き起こる感情を露わにせずにはいられず、木剣を抜きながら視線だけでゴトフリーを射殺さんばかりに睨みつける。
ユリウスが拾った手紙、そこには、こう記されていた。
――リリアナ・アースランドは預かった。無事に返して欲しくば、次の2回戦で魔法は使うな――と。
手紙には、送り主の名前は書いてなかった。しかし、わざわざ2回戦のみを指定してきたことから考えても、目の前の対戦相手が関与していると考えるのが自然だ。
「リリィをどこへやった……ッ!」
「……何の話だ?」
「とぼけるなッ」
だからこそ、ユリウスは感情のままに叫びたいのをぐっと堪えるために、必死に歯を食いしばるようにして声を絞り出した。
今はまだ、リリィの現状が分からない。闘技場から観客席があるため大丈夫なはずとは言え、この状態で下手に周りに伝わるような大声を出すのは危険だと考えたのだ。
「ゴトフリー先輩、俺は先輩の剣を尊敬してました。魔法に頼らず、それでもなおあれほどの強さを得たその剣を」
それでも何かを言わなければ気が済まず、一転穏やかな口調で、しかし内心の怒りを隠そうともせずにユリウスは語る。
しかしそれを見て、ゴトフリーは珍しく困惑した表情を浮かべていた。
あくまで噂話と、数回顔を見た程度ではあるが、ユリウスは気性の荒い性質ではないというのが彼の認識で、そしてそれは事実だった。
だから、何がユリウスをそんなに猛らせているのかと、彼は内心で首を傾げたのだ。
「それが、こんな卑怯な手段に頼ってまで勝とうとするなんて……正直、失望しました。がっかりです」
だからこそ何かを言わんと口を開きかけたゴトフリーだったが、続くユリウスの言葉には心当たりがあったがために、その言葉は飲み込まれた。
そして、だからこそ、それを父親ではなくユリウスから言われたことに、彼は激しく腹を立てた。
「よりによって、お前が言うのか? 魔法どころか、次から次へと節操なく技術を取り込み、もはや剣術としての体すら成していないアースランド流のお前が……!」
「この……ッ!」
売り言葉に買い言葉となり、言い合いに発展しそうになった刹那。試合開始の合図が鳴った。
ゴトフリーはその音を聞き、即座にユリウスに飛び掛かる。
「ふんッ!」
「くッ……!」
振り下ろされた剣を、ユリウスは真っ向から受け止める。
しかし、魔法抜きの打ち合いならば、体格と筋力の差がモロに出る。その点、ユリウスは天才と言われようと未だ中等部2年、対するゴトフリーは高等部3年だ。真っ向からでは最初から勝負にならず、ユリウスは簡単に押し負けて体勢を崩した。
「甘いぞ!!」
「ぐあっ!?」
そこへすかさず入った追撃に、ユリウスは剣を盾にして受け止めるも大きく弾き飛ばされる。
そうして開いた距離を、しかしゴトフリーは詰めることなく仕切り直しとばかりに剣を構え直した。
「どうした、威勢のいいことを言っておいてその程度か?」
「くそ……!」
感情の上では今すぐ叩きのめしてやりたいユリウスだったが、そんなわけには行かないと理性が歯止めをかけていた。
リリィに手出ししない条件は、魔法を使わないこと。しかし、それがゴトフリーの勝利のためであることは明白で、仮に剣技のみで戦っても勝ってしまえばリリィに危険が及ぶかもしれない。
かと言って、大人しく負ければ大丈夫という保証もない。
「(今日は父様も母様も来てる。リリィがいなくなって、2人が何もしないわけがない)」
時間さえ稼げば、何が起こっているかあの2人なら気づいてくれると、ユリウスは確信していた。
しかし、それも問題がないわけではない。
「(けど、果たして俺が、剣技のみでゴトフリー先輩相手に勝つことも負けることもせず時間稼ぎに徹して、どこまで保つか……)」
先ほど言った、ゴトフリーの剣技の腕を尊敬しているというのは嘘でも誇張でもない。魔法がない純粋な剣技なら負けていると、ユリウスは今の打ち込みだけを見ても素直に感じていた。
「(でも、だとしても! リリィのために、負けるわけには行かない!)」
周りからは消極的とさえ映る動きの中で密かに闘志を高めつつ、ユリウスは再び剣を構える。
こうしてユリウスの、終わりの見えない持久戦の幕は切って落とされた。
何気にお兄様がこんなにずっと出てる話は初めてだった気がする……