第二十六話 ルルの憂鬱④
今回は短めです。
ルル君視点のお話はサブタイトルに悩まなくていい分気楽ですね←
昼休みが終わり、2回戦。最初の試合だった僕は2年の先輩を打ち倒した後、1年Bクラスの観客席に戻って来ていた。
一応、代表選手には学年ごとに控え室が用意されているから、勝った選手は次の試合までそこで休むのが定番になっているけれど、強制というわけじゃないからこうして家族や知り合いの様子を見に来ること自体は珍しくない。
それでも、特に何もなければ僕自身、負けるまでわざわざここに来ることはなかった。
ならなぜ来たのかと言えば、試合中、リリィの姿が見えなかったのがどうしても気になったからだ。
別に、リリィに応援して貰えなくて拗ねてるわけでも、この世界では珍しいチアガールの服を着たリリィを見れなくて残念だったわけでもない。
ただ、そう、僕の試合とユリウス先輩の試合が被ったわけでもないのにいないなんて、朝からはしゃぎすぎてまた体調でも崩したんじゃないかと心配になっただけだ。
「それがリリィ、トイレに行ったきり戻って来なくて……」
「えっ」
そんな僕にカタリナさんから告げられたのは、思ってもみなかった返答だった。
戻って来ない? 迷子……なわけないよね、いくらリリィが抜けてるって言っても、もう3か月以上ここに通ってて一度も迷子になったことはないのに、いきなり今日迷子になんてなるわけがないし。
「それで、さっきトイレまで探しに行ってみたんだけれど、そうしたら途中でこれが落ちていて……」
カタリナさんが取り出したのは、リリィが持っていた黄色いボンボン。
こんな目立つ物、うっかり落とすなんてことがあるとも思えない。
「大丈夫だとは思うのだけど、なんだか心配になっちゃって。今は夫が探してくれてるわ」
僕と同じことを思ったのか、大丈夫と言いつつもその顔には明らかに不安の色が浮かび、最悪とまでは言わなくても、何か良くないことに巻き込まれていないか心配してるのがありありと伝わってくる。
「僕も探します、次の試合まで、まだ時間もありますし」
「そう? でも、ルル君も試合前はなるべく休んでおいたほうがいいと思うけれど……」
「いえ、大丈夫です。それくらいで疲れが溜まるような、柔な鍛え方はしてませんし。それに、万が一それで負けても、試合なんかよりリリィのほうが大事ですから」
言ってはなんだけど、こんなのは所詮学園の行事だ。それに初等部の大会なんて、負けたからって将来に響くわけでもない。まだ何かあったと決まったわけじゃないとはいえ、行方不明の幼馴染の身を案じるのは当たり前のことだ。
「あら、そんなにリリィのこと大切に想ってくれてるなんて。うふふ、それならお願いしようかしら?」
けど、こんな風に嬉しそうな顔をされると、なんだか勘違いされてるような気がしてくるな……
「えーっと、カタリナさん?」
「はい、なんですか?」
「……いえ、なんでもないです。行ってきます」
「うふふ、気を付けて行ってきてね」
ただ、その“勘違い”を正す気には、なぜかなれなかった。
「オラオラオラぁ! どうしたモニカ、腰が引けてんぞ!!」
「ふぇえええええん!!」
二回戦第四試合。ヒルダとモニカの勝負は、かなり白熱した展開になっていた。
一回戦の時のように力勝負じゃないとはいえ、元々そんなに魔法が得意なわけでもないヒルダは『ブースト』一本でごり押しと言っていいくらい強引な突撃と連撃を繰り出してる。
ただ強引とは言っても、その内容は持ち前の反射神経と運動神経をフル活用してモニカからの攻撃を躱しながら懐に飛び込むという、他人には到底真似出来ない次元での“強引”であって、無謀とは違うのがまた凄いところだ。
対するモニカも、気持ちの上ではともかく技量の上では負けていない。
一回戦で使った『ブースト』『リフレッシュ』『クリアボヤンス』に加えて、機動力向上の『アクセル』、反射速度上昇の『インパルス』、ヒルダが使っていた筋力向上の『ストレングス』、防御のための『プロテクション』と、まさかの魔法七重掛け。この剣技大会で使用が許されている魔法の大半を同時に行使している。
僕だって三重が限界なのに、モニカのあれはもはや器用さとかそういう次元じゃない、誰にも真似できない彼女独自の才能だ。
惜しむらくは、それだけやっても元々剣が苦手だったせいで決め手に欠ける上、気持ちでも負けてるせいで押されっぱなしなことか。これが普通に、遠距離攻撃の魔法もOKな模擬戦だったならもっとやりようもあっただろうけど、このルールじゃモニカに勝ち目はなさそうだね。
「まあ、今はそれどころじゃないんだけど……」
捜索開始から早30分。道行く人に聞いて周りながらリリィを探したものの、まだなんの手がかりも見つかっていない。
そして、今闘技場で行われているヒルダとモニカの試合が終われば、次はもう三回戦、準決勝だ。そしてその第一戦は、僕の試合。
もう少し余裕があると思ってたんだけど、第二試合の選手が一人、まさかの腹痛で棄権してしまったためにかなり早い回転で僕の出番が回ってきてしまった。
こんな時に食中毒なんて起こしてしまった選手こそついてないと言うべきなんだろうけど……
「……まあ、いいか。あと少し探して見つからなかったら、戻ろう」
カタリナさんにはああ言ったけど、ここまで来て何もせず棄権するっていうのも気分が悪い。
全く手がかりがない今の状態じゃ無理に探し回っても徒労で終わる可能性のほうが高いし、幸い次の相手が相手だ。さっさと終わらせてから、また探し始めればいいか。
「ほんと、世話が焼けるんだから、リリィは……」
屋上で一人、溜息を吐く。
この場所に来たのは、単にここにリリィがいる可能性を考えただけじゃなくて、ここからなら観客席全体を見渡せるからリリィが紛れていればすぐ見つかると思ったからだ。さすがに、あの目立つ服装なら視界内にいればすぐ見つかるだろうし。
けど、結果は全くの空振り。少なくとも初等部の校舎は目ぼしい教室は周り切ったと思うし、これ以上があるとしたら……
「……ん?」
そこでふと目に入ったのは、初等部の隣で行われている試合。
ユリウス先輩が戦ってるんだけど……
「まだ、終わってない?」
ヒルダとモニカの戦いは、一般的な試合からすれば既に長いと言っていい試合時間が経過している。
先輩の試合が始まったのは、それより前、第三試合が始まった直後だったはずなのに……
気になって、試合をよく見る。すると、不自然なことにいくつか気が付いた。
「先輩、なんで魔法を使ってないんだ?」
ユリウス先輩は剣の腕もかなり立つけれど、炎属性の強化魔法を使った剣術が本来のスタイルなはずなのに、使う素振りすら見せていない。
それに、戦い方もどこかぎこちない。さっきから何度か、魔法がなくても反撃出来る機会はあったのに、反撃するどころかその素振りすら見せず、守りを固めるばかりだ。
そして、そんな消極的な戦い方なのに、戦意が衰えてる様子がない、どころか……相手選手に、もはや殺意に近い激情を向けてるのが遠目にも分かる。
そんな、今まで見たこともないほど感情を露わにする先輩の相手は……
「ゴトフリー・サイファス……」
前回の剣技大会準優勝者。けどその順位にも関わらず、前回大会ではユリウス先輩と優勝者――カルロ・ストラウス先輩との試合のあまりのレベルの高さと、それ以降の試合との落差から、『組み合わせに救われて2位になれた』とやっかみ混じりの陰口を叩かれていると聞いたことがある。加えて、あの人はアースランド流を毛嫌いしてるサイファス侯爵家の長男だ。
あくまで、あくまで可能性の話ではあるけれど……ユリウス先輩を陥れようと考えていても、不思議は、ない。
「……やっぱり、試合なんて行ってる場合じゃないか」
そう呟いて、屋上を後にする。
直前まで考えていたこれからの算段を放り投げて、リリィの捜索に戻るために。