第二十五話 前方不注意は事件の元です?
“剣技”大会であるはずなのにほとんど魔法の力で勝利を収めたモニカさんでしたけど、特にブーイングなども起こらず普通にその場を後にしていきました。
単に、魔法を使いながら剣を振り回し戦うことが、誰にでも出来ることではないことだと分かっているから……というのもありますけど、一番に、この国では剣士と言えど魔法に頼って戦うのは当たり前のことだからだそうです。
それは誰もが魔法を使えるという意味ではなくて、冒険者にしろ正規の騎士団にしろ、戦う時は後衛に魔法使いを配置して前衛の剣士を強化するというスタンスが一般的なんだとか。
「まあ、だからこそ剣士が自ら魔法を使って戦うのは邪道だなんて言う輩もいるんだがな」
少しだけ苛立たしげにそう言って、お父様は私への説明を終えました。
最後の一言にはなんだかすごく実感が籠ってましたけど、何か嫌なことでもあったんでしょうか?
「ほらほらあなた、リリィが困ってますから、そろそろ試合に集中しましょう?」
「ん? ああ、それもそうだな。すまない」
特に困っていたわけではないんですけど、次の選手が出て来たところだったのでちょうどよかったのも事実です。なので、お父様には「気にしなくていいですよ」と笑顔を向けて、改めて闘技場に目を向けました。
「あ、今度はヒルダさんだ、おーい!」
立て続けの友人の登場にテンションを上げつつ手を振れば、ヒルダさんは私を見て元気に手を振り返してくれました。
さっき見せた時は例に漏れず噴き出したりしてたんですけど、もう慣れたのか特に気にした素振りもありませんね。ふふふ、このままチアコス肯定派に引き込むのです!
と、そんなことは今はいいですね、試合です、試合。
どうやら、今度の相手は3年生の人みたいですね。体が大きくて凄くパワーファイターって感じがしますけど、かと言って剣の素人って感じでもないですね。
なぜ分かったかって? あの人が出て来た瞬間上の階……多分3年のAクラスがある辺りから歓声が上がったからです。きっと、初等部の中ではかなり強い人なんでしょう。これは、気合を入れて応援しないとですね!
「行っくぜぇーー!! 『ブースト』ッ!!」
私がボンボンを振り回し応援する中、試合開始と同時にヒルダさんの方から仕掛けに行きました。しかも、初っ端から強化魔法併用です。これは一気に勝負を決めに行くつもりですね。
「甘いッ!!」
ガツンッ! と木剣同士がぶつかり合う音が響き、ヒルダさんが放った両手の剣による攻撃が押し留められる。
おお、ヒルダさんの強化魔法が乗った剣を、真っ向から受け止めるなんて。見かけ通りのすごいパワーですね。
「ふん、俺に力で勝てると思うなよ……!」
一瞬、相手選手の体が一回り大きくなった気がしました。
多分錯覚だと思いますけど、それほどに力を込めているのは遠目に見ても分かります。そして、『ブースト』で身体能力を底上げしているはずのヒルダさんが、ジリジリと後退を強いられていく。
「はっ、いいぜ、正々堂々勝負と行こうじゃねーか……!」
けれど、ヒルダさんは全く怯んだ様子を見せず、むしろ喜々としてそのまま純粋な力比べに移行していきました。
でも、このままじゃ押し負けちゃうんじゃ……
「赤々と輝く炎の瞬きよ、一時の栄華の中に永久の伝説を生み出せ! 『ストレングス』!!」
そんな私の憂慮を吹き飛ばすように、ヒルダさんは新しい魔法を発動しました。
モニカさんやルル君のように、複数の魔法を同時に重ね掛けすることはまだ出来ないのか、『ブースト』を切ったことでヒルダさんの体から赤い魔力が霧散し、一瞬にして新たな、赤を通り越して紅く輝く魔力がその体を包み込む。
『ストレングス』は、純粋に体の筋力を引き上げる炎属性魔法ですね。『ブースト』のように体の動きが素早くなることはありませんけど、代わりにパワーの上昇幅は各段に上で、『ブースト』と違って魔力量によっては人としての限界すら超えられます。
「うおらぁぁぁ!!」
「ぬぅ……!?」
『ストレングス』の力に後押しされて、押し負けるかと思ったヒルダさんの体が、再び拮抗状態にまで回復する。
「負けるかぁぁぁ!!」
「だりゃぁぁぁ!!」
けれど、相手選手もすぐにまた押し込もうと力を込め、また一回り体が大きく脈動しました。更にそれに合わせて、ヒルダさんの体からも紅の魔力が溢れだす。
筋力と魔力。2つの力がぶつかり合い、とてもまだ試合開始から1度しか打ち合ってないとは思えないほど長い時間が経過していく。
「うわぁ……すごいですねぇ……」
「やれやれ、俺はあんなこと教えてないんだがなぁ」
あまりの気迫に思わずほうっと息を吐いていると、お父様からは呆れ混じりの声が漏れます。
まあ確かに、双剣って力づくで戦う武器って感じじゃないですしね……けどヒルダさんがやるとなぜか様になってるから不思議です。お父様もそう思っているのか、呆れてはいても間違っているとまでは言いませんしね。
そうして、観客全員が息を呑む中、やがてその均衡は破られました。
「くっ!」
「はっ、貰ったぁ!!」
相手の選手が、押し合いから逃れるように強引に鍔迫り合いから体を逃がし、バランスを崩す。
それを好機とばかりに、ヒルダさんはようやく双剣らしい猛攻を仕掛け、左右から絶え間なく斬撃を浴びせかけます。
「くっ、うっ、おぉ……!?」
崩れた体勢から立て直そうと、なんとか手にした木剣を繰る相手選手でしたけど、やはり力勝負で押し負けたことで勢いが完全にヒルダさんに移り、防戦一方になってますね。これではそう長くは……
「そこぉ!!」
「ぐほぁ!?」
あっ、やっぱり。
ヒルダさんの右手の剣が放った攻撃で防御を崩され、そこへすかさず繰り出された左からの攻撃をまともに食らい、大きく吹き飛ばされてそのまま先生達が張った障壁に激突。そのまま動かなくなりました。
うわぁ、痛そう……というか、あれ、生きてますよね? ピクリとも動きませんけど……
上の階から落胆の声が聞こえてくるのと同時に、ヒルダさんの勝利が審判役の先生から宣言される。
少し肩で息をしながらも右手を振り上げ勝鬨を上げるヒルダさんに、私もめいっぱいボンボンを持った手を振って喜びを露わにしました。
続く初等部第三試合、第四試合と消化され、第五試合。選手の入場と共に、会場の少なくない場所で息を呑む気配が伝わってきました。
「あ、ルルくーん!」
出て来たのは、小柄な身長に不釣り合いな大剣を携え、この世界にあっても珍しい紫銀の髪を持った男の娘。
こうして遠目に見ても、やっぱり通り名のお姫様みたいに可愛いですね。モニカさんやヒルダさんも可愛いですけど、それとはまた別種の、思わず目が吸い寄せられちゃうような可愛さがあります。
まあ、本人はお姫様って呼ばれるのは嫌みたいですけどね。
もっとも、まだ噂話程度でしか知らない上級生の人達はともかく、初等部の間ではその剣の腕から“お姫様”が“姫騎士”に代わって来てるんですけど、それすら嫌がるなんて全く贅沢です。私なんて、“暴発妖精”だの“災害妖精”だのと物騒な二つ名ばっかりなんですよ!? 剣技大会で予選敗退するようなもやしっ子相手に酷い言い草です全く!
と、そんな関係のないことを考えている間にルル君もこちらに気付いたのか、ボンボンを手にした私を見て笑顔を――こんな格好の私に応援されて恥ずかしいような、けれど嬉しさを隠しきれないような、そんな照れの混じった笑顔を向けてきました。
その笑顔はしかし私よりも、私の周りの人のほうが衝撃が大きかったみたいです。ちょうど真上の階……多分二年Bクラスのあたりから、「はあぁぁ! お姫様可愛いぃぃぃ!」とか、「落ち着けぇー!」とかいう声が聞こえてきます。
まあ、今のは見慣れてる私ですらちょっとドキっとしちゃうくらいですから、気持ちは分かりますけどね?
「ひやぁーーーーー!?」
「えぇ!?」
ただまぁ、いくらなんでも興奮しすぎて身を乗り出したせいで、手すりを乗り越えて落下してくる人がいるのは予想外でしたけど。
カメラを手に持った女の人……みたいでしたけど、大丈夫ですかね? みんな予想外のこと過ぎて反応できなかったので、まともに地面に落下してましたけど。
あ、復活してルル君にカメラを構えてる。大丈夫そうですね。結構ダメな落ち方だった気もしますけど、あれがジャーナリスト魂ってやつでしょうか?
「えっと……お願いします」
「お、おう」
気を取り直して(?)、ルル君が相手の……多分、三年生の選手に礼をして、構えを取りました。
なんだか残念なことになっていた空気ですけど、ルル君が木剣を構え、表情を引き締めると同時に、その体からピリっとした緊張感が漂ってきて、会場の空気すら一気に引き締まった気がします。
「始めッ!」
先生による、開始の合図。それが響くと同時に、ルル君の姿が掻き消える。
「えっ」
相手選手の、間の抜けた声。それが聞こえた時には既に、ルル君は背負っていた木剣を振り切った状態で、相手選手と背中合わせの位置に居ました。
「…………」
とさっ、と、人が倒れる音が響く。
ちょうど中・高等部の試合がひと段落して、次の試合がまだ始まっていなかったとはいえ、静まり返った会場に不思議なほどよく聞こえたその音が止むと、ルル君は木剣を背中に背負い直して再び礼を取る。
そして先生の勝利宣言が紡がれると同時に、今度は会場中を割れんばかりの歓声が包み込みました。
「いやー、最後のルル君凄かったですね! あれ、どうやったんですか?」
午前中は初等部が1回戦8試合+シード(試合数が多くなる方なので、逆シード?)分の2試合で10試合を行い、中・高等部のほうは1回戦12試合を行ったところで、お昼休憩になりました。
ヒルダさんとモニカさんは両親が来ているそうなのでそちらでご飯を食べることになりましたけど、ルル君のお父さんとお母さんはどうしてもお店を抜けられなかったそうなので、私と一緒にご飯を食べることになりました。
そうなれば、自然と話題もルル君の試合の内容になっていきます。
「いや、別に大したことはしてないよ、『アクセル』で間合いを詰めて斬っただけで」
けれど、ルル君の口から出たのは、ある意味いつも通りの戦術でした。
「むぅ、でも、いつもはあんなに速くないじゃないですか、他にも何かあるんじゃないですか?」
素直に話してくれないルル君に向けて、ぷくーっと頬を膨らませながら抗議してみせる。
私だって、伊達に長く幼馴染してません。私とやる時は手加減されてるの知ってますから横に置いておくとして、それ以外の戦闘中にしてもあんなに速く動いたことはないはずです。
「それは、ルルーシュが普段は『アクセル』のギアを抑えて、自分で身体の動きを制御できる範囲で動かしているからだろう。試合のあれは、最初から最後まで決められた型をなぞって動くことで、限界以上の速度を出すことができた。そうだろ、ルルーシュ?」
そんな私の疑問に対する答えは、意外なことに横にいたお兄様からもたらされました。
それを聞いて、改めてルル君のほうに向きなおれば、「先輩には敵わないですね」と肩を竦めていました。どうやら、本当みたいです。
「でも、それならなんで今までやらなかったんですか?」
あんな目にも止まらない速さで攻撃出来るなら、使わない手はないと思うんですけど……
そんなことを考えながら、私は目の前に広げられたお弁当の中から唐揚げを一つ選び、フォークを使って口の中に放り込む。
「あれ、決まった動きしか出来ないから、間合いがシビアだし途中で邪魔されるとしっぺ返しが怖いんだよ。だから今回の初撃は練習も兼ねてたんだけど……上手く行って良かったってところかな」
「へ~」
限界以上の速度となれば、やっぱりそう簡単にノーリスクでは使えないんですね……
んっ、しかし、唐揚げ美味しい。やっぱりお母様の料理は最高ですね。むふふ。
「だが、あれだけの速度の中、全くブレずに型通りに剣を振り抜くのはさすがだ。ルルーシュも素質はユリウスと並ぶかもしれないな」
「いえそんな……僕なんてまだまだです、師範」
そして、お父様からの掛け値なしの称賛を受けて、ルル君は口でこそ謙遜してますけど、その表情は物凄く嬉しそうに緩んでます。必死に隠そうとしてる感じはしますけど、まるで隠しきれてないのは付き合いの長い私達家族には丸わかりですね。
まあ、今は茶化すような場面でもないので指摘したりはしませんけど。
あ、ソーセージだ。美味しそう。もぐもぐ。
「あ、そういえば、お兄様も1回戦突破おめでとうございます。ヒルダさんの試合に夢中で応援できなくてすみません」
口に放り込んだソーセージを飲み込んでから、ふと思い出してお兄様にぺこりと軽く頭を下げます。
モニカさんからヒルダさんと連続して闘技場に来たのですっかりそちらに目を奪われてましたけど、どうやらちょうどそのタイミングでお兄様の試合もあったそうで、うっかり見落としてしまいました。
応援するって言ってたのに、約束破ってしまいました……
「気にしなくていいよ、リリィ。どうせ決勝になれば初等部と中・高等部で時間を分けて執り行われるんだ、最悪、その時に応援してくれればいい」
そう言って、お兄様は私を撫でてくれます。
その優しい手付きに頬を緩めつつ、私も「はい!」と頷きを返しました。
「さあ、反省会も終わったところで、リリィはもうこっそり食べ始めちゃってたけど、改めていただきますしましょう」
ぽんっと手を叩いて、お母様がそう提案する。
うっ、バレてましたか。あはは……
そう笑って誤魔化しつつも、改めて手を合わせてみんなでいただきますと唱和し、ご飯を食べ始める。
「リリィ、さっきから肉ばっか食べてるでしょ、野菜も食べなよ」
「うっ、ルル君こそ、まだ試合があるのにさっきから少ししか食べてないじゃないですか、ほら、もっと食べる!」
「むぐっ!? ちょっ、無理矢理口の中に突っ込むのはやめっ、苦しっ……!」
「いいから、ほら、あーんです! 男の子なら誰もが憧れるシチュエーションでしょう!?」
「こんな強引なあーんは嫌だ!!」
わいわいがやがやと、賑やかな食事の時間が進んでいく。
そんな私達を、お兄様は苦い顔を浮かべ、お父様は苦笑し、お母様はにこにこと笑顔を浮かべつつ見ていました。
「ふぅ、急がないと試合が始まっちゃいますね」
ご飯を食べ終えた後、さすがに午前中からずっと試合を眺めっぱなしでトイレに行っていなかったので、急いで駆け込んでいました。
転生して、もう何度もしてきたことなのでさすがに体の違いにも慣れていますけど、やっぱり男の体に比べて時間がかかってしまうのは避けられません。
手洗い場で手を洗い、用を足す邪魔になるからとそこに置いておいたボンボンを手にトイレを出て、そのまま小走りに観客席を目指す。
私の頭は、これから始まる試合と、そこで戦うみんなの雄姿でいっぱいでした。
だから、
「むぐっ?」
走っている途中、突然横から伸びて来た手に気付くことなく、無抵抗に口を塞がれる。
鼻を突く、甘い香り。それを意識すると同時に、私の体からすーっと力が抜けていく。
「(はれ……? なんだか……眠い……)」
ボンボンが手から離れ、重力に引かれて落ちていく。
それが廊下に落ち、パサリと音を立てる頃には、私の意識は完全に闇に落ちていました。




