第二十四話 剣技大会本戦、開幕です!
「よしっ、これで準備OKです!」
「いや、何がよしっ、なのさ。何その恰好」
なぜか頭を抱えて溜息を吐くルル君に、私は首を傾げる。
今日は、待ちに待った剣技大会本戦トーナメントの日です。残念ながら今回私は予選落ちという結果に終わってしまいましたけど、予想通りルル君、ヒルダさん、モニカさんはもちろん、お兄様やライファスさんも無事予選を突破したので、私の今日の立ち位置は応援役になります。
なので気合を入れて、今の私の服装は青を基調とした袖なしシャツにミニスカート、そして両手に持った黄色のボンボン。そう、所謂チアガールの衣装です。
「やっぱり似合いませんかね?」
「いや、似合ってるんだけど……すごく似合ってるんだけど……目のやり場に困る」
その場でくるりと回ってみせれば、翻ったスカートから目を逸らすようにルル君が呟きました。
今回は、私がかっこよく決めるんじゃなくみんなを応援するのが目的なので、自分が応援される側だった時に女の子に着て欲しい可愛い服、という感じに選びましたから、スカート丈も結構ギリギリで、上のシャツも動く度にちらちらおへそが見えそうな具合になってます。
つまり何が言いたいかというと……
「ふっ、計画通りです!」
「何が!? 何が計画通りなの、ねえ!?」
そりゃあもちろん男心をくすぐるという企みに成功したあたりが……と言うと怒られそうなので言いませんけど。
「戦う側はかっこいいのが一番ですけど、応援する側は可愛くないと意味がないですからね、そういう意味です!」
「却って気が散るんじゃないかな」
ルル君が呆れた表情を浮かべてますけど、さりげなくチラチラこっちを伺い見てるのはまるっとお見通しです! ふふふ、ルル君も男の子なんだからーもー。
「ルル君なら私のことつまみ食いしてくれてもいいですよ?」
「女の子がそういうこと言うんじゃありません! ていうかそんなセリフどこで覚えたの!?」
あー、ルル君顔真っ赤にしちゃって可愛いですね。もうちょっとからかってみたくなります。
「ルル君のベッドの下にあった本に書いてありました」
「ないから、そんなところに何もないから!」
「あー、本棚の裏でしたっけ?」
「………………」
「えっ」
ま、まさかの当たり!? こ、これはその……ふぉ、フォローしておいたほうがいいですね!
「だ、大丈夫ですよルル君、男の子ならそれくらい普通です! 私、そんなことでルル君のこと嫌いになったりしませんから!」
「やめて、慰められると余計恥ずかしいから! やめて!!」
必死に叫ぶルル君をどうどうと宥めつつ、私達は本戦の会場となっている中央闘技場、コの字型に配置された3つの校舎の真ん中の広場に向かいました。
この大会はいわば運動会の代わりみたいな行事なので(秋は秋で魔法大会があるんですけど)、本戦トーナメントの日は週一日の休みの日を使い、3つの校舎は観客席代わりに一般開放されます。
そういう理由から今日は登校自体選手以外は自由で(よっぽど事情がない限り休む人は滅多にいないそうですけど)、服装も制服である必要はありません。なので、私と同じように応援衣装や応援用の小道具を用意している子もちらほら見られます。……さすがにチアガールは私だけみたいですけど。
「あ、お兄様ー!」
そんな中で、選手として私より一足早く学園に来ていたお兄様を見つけ、手を振りながら駆け寄っていきます。
「おお、リリィ、もう来たの……」
私に気付いて振り返ると同時、お兄様の表情が笑顔のまま固まりました。
その視線は真っ直ぐ私に固定されてますけど……
「り、リリィ、どうしたんだその恰好は!?」
あ、やっぱりその話ですか? でもおかしいな……
「あれ? お兄様には先に言いませんでしたっけ? チアコスしますーって」
着て見せるのは初めてですけど、事前に「応援する時は専用の服で気合を入れますね!」って言ったと思うんですけど。
「いや、そもそもチアコス? っていうのが分からないんだけど……まさかこんな格好だったとは……」
「え、知らなかったんですか?」
私の質問に、お兄様は首を縦に振る。
そういえば、作って貰う時もお母様首を傾げてましたっけ。
この世界にチアガールっていないんでしょうか……? むぅ、残念です、とても残念です。いや待ってください、いっそ、ここで私が大いに目立てば広まっていく可能性が?
よし、そうと決まれば……
「じゃあ、この服をこれからのスタンダードにしてやりましょう! 手始めにお兄様の応援する時は魔法で思いっきりドデカイ花火打ち上げてから応援しますね! 私の居場所がばっちりお兄様にも伝わりますし一石二鳥です!」
「えっ?」
「いや、ダメだってリリィ……また先生に怒られるよ?」
お兄様が顔を引きつらせ、ルル君は先生を出しに窘めてきます。
むぅ、仕方ないですね……
「じゃあひとまずそっちは諦めますけど、その代わり、私がこんな格好して応援するんですから、負けたらお仕置きですからね!」
「自分で言うくらいなら着なきゃいいよね!?」
「あ、そうだ、ヒルダさんとモニカさんにもこの服見て貰いましょう。お兄様、またあとでー」
「えっ、あ、あぁ……」
「ちょっ、リリィ、無視するんじゃ……って、待てー!!」
至極真っ当なツッコミをするルル君をスルーして走り出した私を、ルル君は大声で叫びながら追いかけてきます。
それを横目に笑いながら、私は初等部の校舎に駆け込んでいきました。
物陰からこっそりと向けられている視線に、気付くことなく。
今日は一般開放というだけあってどの校舎も出入り自由ですけど、基本的に生徒が各々自分の教室に荷物を置き、一般の人達も知り合いのいる教室にスペースを確保してから観戦に臨むので、どの教室が余っているとかどの教室が溢れかえってるとかいうこともありません。
特にその習わしに逆らう理由もないので、私も自分の教室に向かって荷物を置き、廊下を挟んで反対側にあるベランダ……正しく中央闘技場で行われる試合の観客席として作られたそこで、これから始まる開会式を見物することにしました。
「あ、お母様、お父様ー! こっちですー!」
今日は息子の晴れ舞台ということでやって来た2人を見つけ、私は大きく手を振って自分のいる位置を示す。
手に持ったボンボンが目立つからか、背が低い私のことを思った以上にあっさり見つけ、2人はこちらにやってきます。
「うーん、リリィ、やっぱりその服はちょっとまずいんじゃないか……?」
会って開口一番、お父様から言われたのは、またしてもこのチアコスについての言及です。
むぅ、みんなして反応がイマイチですね、もう少し清楚なのが流行りなんでしょうか?
「可愛いと思うんですけど……」
「いや、可愛い、物凄く可愛いんだが……他の誰かしらにその恰好を見せたくないというかな?」
小さくぶーたれていると、お父様は必死に言い繕うように言葉を重ねました。
いやまあ、好みは人それぞれですからいいんですけどね?
「確かに少しはしたないと思うのだけど……まあいいじゃない、好きな子を応援する時くらい、少しはしゃいでも」
「ふぇ?」
続くお母様からのフォロー(?)には、少しばかり首を傾げます。
好きな子? 私としてはこれ、お兄様の応援用なんですけど……まあ、納得してくれるならいいとしましょうか。
「好きな……うぅむ、あいつは確かにしっかりしてるが、それにしたって少し早くないか……?」
「あなた、子供は親の知らないうちに成長していくものですよ」
「?」
夫婦2人で何やらよくわからない話が進んでいますけど、まあお父様とお母様に限ってそう変な話をしているわけでもないでしょうし、放っておきましょうか。
そう思い、私は改めて視線を中央闘技場に向ける。
中央闘技場はかなり広いので、その気になれば全校生徒が整列できると思いますけど、今そこにいるのは予選を勝ち上がった代表選手のみ。初等部3学年18人と、中・高等部合わせて24人の計42人の生徒と、あとは開会にあたりありがた~いお言葉をくださる学園長先生がいます。
その内容は「今日のこの良き日に」とか「正々堂々と」とかよくある定型文みたいなところから始まり、大会の成り立ちから去年の大会の内容、果ては印象深かった戦闘の話にまで登り、正直目の前で聞いているわけでもない私まで眠くなってきました。
ていうか、ヒルダさんもう寝てますし。立ったまま寝るなんて器用ですね。
あ、モニカさんが気付いて起こそうとしてる。あわあわしてて可愛いですね、寝てるヒルダさん以上に目立っちゃってますけど。あ、先生に睨まれた。可哀想。
そんな風に、人間観察(?)みたいなことをして時間を潰して開会式が終われば、それまでの長ったらしさが嘘のようにすぐさま試合に入ります。
闘技場の面積は広いので、範囲を先生達の障壁魔法で2分して初等部、中・高等部同時に試合が行われます。
そして、初等部の1回戦第一試合の選手は……
「あ、モニカさんだ! おーい!」
早速出て来た知り合いに向けて声を上げ、手に持ったボンボンを大きく振る。
けれどモニカさんはちらりとこちらを見ると、すぐに顔を赤くしてぷいっとそっぽを向いてしまいました。
むむ、さっき見せに行った時もそうでしたけど、そんなに恥ずかしがらなくても……
「あら、モニカちゃん、剣技大会で代表入りするなんてすごいのね。前に教えていた時は器用だけどあまり前に出るには向いてなさそうだったのに」
お母様も気づいたのか、ふわりとした表情の中に驚きの色を浮かべて口元を手で隠す。
確かに、今のモニカさんはちょっと前からは想像も付かないことになってます。相変わらず剣で打ち合うのは苦手みたいですけど、私も予選で当たった時は事故でもなんでもなく完敗しましたし。
……私の5年間の剣技が1か月でですよ……ふふふ、思い出したらまた泣けてきました。ぐすん。
「ふむ、確かに、しばらく見ない間に随分と立ち振る舞いに隙が少なくなったみたいだ。まだまだ剣士と言うには未熟だが……」
私がめそめそする横では、お父様もモニカさんを一目で成長していると見抜いたようです。
けど、あれで未熟なら、私ってお父様の目にはどう映ってるんでしょう? まさか剣で遊んでる子供とか? いやいや、そこまで酷くは……ない……ですよね……?
と、そうこうしている間に、相手の選手も現れました。どうやら、2年の男子みたいですね。
ひとまず、私の扱いについては横に置いておいて、今はめいっぱいモニカさんを応援しましょう!
「フレー! フレー! モニカさーん!」
綺麗な応援歌も踊りも知らないので、両手のボンボンをめいっぱい振り回しながら、力いっぱい叫んで応援する。
なんだかモニカさんの顔が遠目に見ても分かるくらい赤くなってる気がしますけど、緊張するよりはいいと思うのでそのまま応援は続行します。さすがに、試合が始まったらうるさいのは逆効果だと思うのでやりませんけど。
「ああ、こらこらリリィ、そんなに飛び跳ねたら下着が見えるから……」
「はーい」
お父様に窘められ、仕方なく座り直すと、ちょうど試合開始の合図が鳴りました。
「てやぁぁ!!」
相手の子は、モニカさんをたかが1年のCクラスと侮ったのか、真っ向から木剣を打ち込みに行く。
けれど、そんなことでやられるほど、今のモニカさんは甘くありません。多少緊張しているのか動きが堅いですけど、そう危なげもなくちゃんと受け止めました。
「偉大なる聖火よ、逆巻く炎となりて我が身に宿り、大いなる力となれ。『ブースト』」
落ち着いた、鈴の鳴るような声で紡がれた詠唱により、仄かにモニカさんの体を赤い光が包み込む。
近接戦闘を行う魔法使いなら必須とも言えるこの魔法ですけど、これまでのモニカさんはCクラスのみんなと同じく、木剣に怯えてしまい鍔迫り合いをしながら発動なんて出来ませんでした。
特に言われませんでしたけど、この成長ぶりを思うとやっぱりモニカさんも私の魔法怖かったんでしょうか……? うぅ、複雑です……
「相変わらず丁寧な魔法ね。リリィのお手本にしたい子だわ」
「お母様、それさりげなく私の魔法雑だって言ってませんか……?」
「あら、そんなことはないわよ? とってもパワフルな魔法だとは思っているけど」
「あんまり変わらないです!?」
うぅ、お母様まで……ぐすん。
「確かに魔法行使にも淀みはないし、剣の振り方もなかなか綺麗だが、やっぱり付け焼刃の感はあるな。このままだと押し負けるんじゃないか?」
そんな風にお母様と話している間も、お父様は冷静にモニカさんの試合を観戦していたようです。
確かに、モニカさんは元の身体能力が低いので『ブースト』で底上げしてようやく同年代の剣士の子と同レベルかそれ以下にしかなりません。
「大丈夫ですよお父様、モニカさんが本当にすごいのはこれからです」
けれど、モニカさんの力はこれで終わりじゃありません。
それを知っている私が自信たっぷりに言うと、お父様も面白そうだとばかりに再度試合に目を凝らします。
「……聖なる光よ、我が名の下に安らぎと無限の活力を与え給え。『リフレッシュ』」
打ち込まれながら、モニカさんは新しい魔法を発動する。
『リフレッシュ』は、疲労回復・軽減の光属性魔法ですね。これで元々体力のないモニカさんでも、長い時間全力で動き回れます。
けれど、モニカさんの魔法はまだそれだけじゃ終わりません。
「雷よ、光より尚速き雷光となりて世界を巡り、森羅万象を見通す眼となれ。『クリアボヤンス』」
風属性の、視界拡張魔法。早い話が千里眼の魔法で、遠隔地を見たり透視したりする以外にも、剣戟の最中に相手の一挙手一投足を多角的に見たり、自分の周囲を把握したりできるそうです。
それだけなら大したことなさそうにも思えますけど、これを使うと相手が攻撃に移る時の予備動作まで全て目にすることができるので、先読みに等しい動きが出来るんだとか。
事実、先ほどまでは男子の攻撃を真っ向から受け止めて防いでいたモニカさんが、今ではその衝撃を受け流すような柔らかい受け止め方に代わり、合間合間に相手の防御を潜り抜けるように打ち据えていっています。
一撃の重さがないのですぐには勝負も決まっていませんけど、持久力の面から見ても『リフレッシュ』が使えるモニカさんのほうが上なので、このまま油断せず行けば勝ったも同然ですね。
「剣を振り回して戦いながら、魔法を3つも同時に制御するなんて……ルル君もそうだったけど、リリィのお友達は本当にすごい子がいっぱいね」
「ああ、全くだ。剣のほうも、まだ1か月も経ってないとは思えないくらいのレベルだし、ルルーシュ達と一緒に扱いてやりたいくらいだな」
「えへへ~」
お母様やお父様からの手放しの称賛を受けて、自分のことでもないのになんだか嬉しくなって胸を張ります。
実際、モニカさんは魔法を使わない剣の勝負でももはや私より強いですし、魔法の制御にしても、私じゃ一度撃っちゃえばあとは制御しなくても勝手に残り続ける防御や攻撃の魔法以外は、一つ制御するのも手一杯ですしね! もう足元にも及びません!
……あれ、私、モニカさんに何なら勝てるんでしょう……? え、えーっと……こ、声の大きさくらいですかね? うん……あはは……
「頑張れー、モニカさーーん!! そんな相手さっさと倒しちゃってくださーーーい!!」
深く考えるのを止めた私は、その後まもなく、モニカさんが相手の男子生徒を打ち倒す時まで、とにかく大声で声援を飛ばしまくりました。
べ、別に、これ以外にも私に出来ることはありますよ? これだけが取り柄ってわけじゃないですからね!?