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第二十二話 サイファス家の事情

前回に続いて(?)今回は短めのややシリアスモード。

以前ちらっとだけ出た人の視点でお送りします。

「カレルが負けたそうだな」


「はい。すみません、父上。俺の指導不足でした」


 目の前に置いてある、風の魔法陣が刻まれた通信水晶。それに映る不機嫌そうな顔を隠そうともしない父上に向け、俺はすぐさま頭を下げた。

 普段なら、弟のために擁護の一つもしてやりたいところだが、今回ばかりは負けた相手が悪かった。ここで下手に言い訳すると、父上の逆鱗に触れるだけの結果になりかねない。


「全く、分かっているのか? あんな田舎剣術の門下に負けたとあっては、サイファス家の名に傷がついてしまうではないか」


 苛立たし気に鼻を鳴らす父上の様子に、俺は気づかれないよう内心でこっそりと溜息を吐く。


 サイファス家は、剣術の名門として知られている。

 それは、このストランド王国建国当初から続く古い家柄で多大な権力を有するため、単純に認知度が高い、というのもあるが、何よりお抱えの道場の門下生から毎年多くの優秀な人材を各地の地方守護騎士団、そして何より王都の近衛騎士団に輩出しているという背景から来るものだ。


「お言葉ですが父上、事は所詮初等部の大会でのこと。家名に傷が付くほどのこととは思えませんが」


「そんな温いことを言っているから、アースランド流などに遅れを取るんだ! いつも言っているだろう、剣の道はいつでも真剣勝負、敗北したら後がないと思って挑めと!」


 だからこそ、だろう。権力に胡坐をかかない、名実共にこの国最高の剣を自負していたがために、誰に師事するでもないただの平民の我流剣術に――カロッゾ・アースランドに筆頭騎士の座を奪われたことで、父は彼と彼が作り上げた道場の門下生に過剰なまでの敵愾心を抱いてしまった。

 全くの無名だった10年前ならいざ知らず、既に王都においては知らぬ者はいないほどに認知度を深めたアースランド流に敗れたからと言って、今更それを笑う者などいないのだが、父上にそれを言ったところで無駄だろう。素直に「申し訳ありません」と再度頭を下げる。


「ふん、まあいい。あいつは元々大した剣の才能もなかったからな。だが、お前は違う。今年こそは優勝出来るだろう?」


「……それは」


 カレルのことをどうでもいいとばかりに切って捨てるその態度にもムっと来たが、それ以上に、続く賛辞と確信の籠った問いかけに答えることができず、俺は口を噤んだ。


「どうした、何か懸念でもあるのか?」


「…………」


 答えられず、沈黙を返す。

 しかし、こういう時に限って父上は察しよく俺が言えずにいた部分を言い当ててみせた。


「まさか、ユリウス・アースランドのことじゃあなかろうな?」


「っ」


 表情を取り繕って誤魔化すことは出来なかった。

 そんな俺を見て、父上の機嫌はカレルの話をしていた時以上に悪化していく。


「なんという……相手はお前より4つも年下なんだぞ! 情けないとは思わないのか!!」


 言われなくても、そんなことは分かっている。

 だが、どれだけ想像しても、俺が直接戦って勝つ場面がどうしても思い浮かばなかった。

 思い起こされるのは、去年の剣技大会。初等部で名を馳せたユリウスが、凡その期待を裏切らず本戦トーナメントに現れた時、果たしてどれほど出来るヤツなのかと、俺を含めた高等部の連中は興味津々だった。

 けれどそれは、決して新たなライバルの到来を予感した物ではなく、精々「中・高等部の剣技大会のレベルを相手にどこまで立ち回れるのか見物だな」という、調子付いた後輩の鼻っ柱がへし折れることを期待した、あまり褒められない類の物だった。


 そして、そんな俺達の予想を、ユリウスは1回戦で高等部の代表を倒すことであっさりと打ち砕いた。

 それだけでも十分すぎるほど驚愕だったのだが、続く2回戦、その戦いはもはや、次元が違った。

 学園始まって以来最強の剣士と言われていた生徒とユリウスとの激突。それは今でも、事実上の決勝戦だったと言われるほど高度で激しい物だった。

 あれから一年経ち、あの頃より数段強くなったという自信はあるが、あの時のユリウスが相手だったとしてもなお、俺の剣が勝てるとはとても思えなかった。


「聞いているのかゴトフリー! お前は、」


「聞いていますよ、父上」


 しかし、だからこそ、許せなかった。

 俺が今まで払ってきた努力を嘲笑うかのような、その圧倒的な強さが。

 そして何より……そんな風に、あっさりと勝ち目がないのを認めてしまう、己自身が。


「大丈夫です、ヤツには必ず勝ちます」


 父上の言葉を遮り、俺は敢えて不遜な態度でそう宣言する。

 確かに俺の、サイファス家の剣では、真っ向から挑んだところでユリウスには勝てないだろう。

 しかしだからと言って、勝ちを諦める気など俺には毛頭なかった。


「……本当だろうな? もし負けてみろ、二度とサイファス家の敷地に足を踏み入れられると思うなよ」


「分かっております」


 サイファス家とアースランド流の確執は、どうでもいい。

 だが、ユリウス個人に対してこのまま負けを認めることだけはまっぴらだ。

 何が何でも……どんな手を使っても。必ず、勝つ。


「ユリウス・アースランドに打ち勝ち、必ず優勝してみせましょう」


 そのための手は、既に考えてある。

 恐らく、いや間違いなく、こんな手で勝っても父上は納得しないだろう。勝ち負けによらず、俺はもうサイファス家には居られなくなるかもしれない。


「そうか……分かった。期待しているぞ、ゴトフリー」


「はい。では父上、訓練がありますので、今日はこれで」


「ああ。吉報を待っているぞ」


 通信を切り、自分以外誰もいなくなった部屋で笑みを浮かべる。


 例え居られなくなったとしても、それでも構わない。

 ユリウスに、勝てるのなら……

次回からはまたリリィのわちゃわちゃが再開します

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