第二十話 剣技大会予選、開幕です!
あっという間に一週間が過ぎ、剣技大会の予選が始まりました。
とはいえまだ予選であり授業の一環なので、ありがたい校長先生のお話もなければ選手宣誓のようなものもなく、ただ「今日からやるぞー」という先生からの鶴の一声で物凄くかるーく始まりました。なんというか、いまいち気合の入らない開始の宣言でしたね。
まあ、けどそれはまだいいんですよ。それ以上に問題なのは、
「ふえぇぇぇ!」
「ひいぃぃぃ!」
この、剣技Cクラスの予選風景です。
いやまあ、みんな今までロクに剣を持たずに生きて来た9歳の子供で、授業で剣を習ってまだ2か月程度なわけですから分からなくもないんですけど、みんながみんなへっぴり腰で剣を打ち合ってる光景はこう……物凄くシュールです。
「え、えいっ!」
「みぎゃっ?!」
あ、モニカさんが勝った。
この1週間じゃ流石のモニカさんでも剣術を物に出来てはいないですけど、少なくともへっぴり腰が改善されて、他の子と違って少なくとも見た目の上ではかなり真っ当な剣の試合をしていましたね。
実際には、まだ上から振り下ろす、所謂面打ちの練習くらいしかしてないので、よくよく見れば物凄く単調な動きしかしてなかったんですけど。幸い(?)、Cクラスの人が相手だと、思いっきり木剣を振り上げただけで勝手にびびって貰えるので面打ちオンリーの単純な攻めでも十分すぎるくらい効果的です。
「けどそれにしても、弱すぎますね……」
ぶっちゃけ、昨日の時点では私自身、さすがに一週間でモニカさんを代表までっていうのは無理があるかなーって思ってたんですけど、こうしてみると思っていた以上にこのクラスが弱かったです。
やっぱり、ここはびしっと私が鍛えてあげたほうがいいですね! 今は無理ですけど。
「次、リリアナ。それから、マリアベル」
「あ、はーい」
そんなことを考えている間に、私の番が回ってきました。傍らに置いてあった木剣をひっさげ、周りより一段高くなっている闘技スペースの一つに上がっていきます。
「リリアナちゃん、よろしくお願いしますっ」
「はい、よろしくお願いします、マリアベルさん」
対峙したのは、私より少し背が高く、見た目の上では活発そうな女の子……なんですけど、実はものすごく怖がりで、今もCクラスの例に漏れず、思いっきり体を震えさせてびびっちゃってます。
うーん、こんなにおどおどしてる子に、木製とはいえ剣を向けるのはなんだか心が痛みますね……いえ、試合なんですから向けないことには始まらないんですけど……うーん。
「じゃあ始めー」
前準備も何もなく、適当に告げられた先生の言葉。それにがくっと脱力しながらも、ひとまずマリアベルさんの様子を見ます。
構えは隙だらけで、木剣を持った手は震えて余計な力が入りまくってます。とてもじゃないですけど、まともに戦えそうには見えません。
……これは、一息に決めてあげたほうがいいですね。なるべく優しく。
「行きます!」
開始の合図が唐突すぎて、未だに硬直したままのマリアベルさんに向けて、木剣を振り上げながら正面から駆け出す。
思った通り、マリアベルさんは武器を振り上げて襲い掛かってくる私に怯えてるのか、避けるでも迎え撃つでも防ぐでもない中途半端な構えのまま立ち竦んでいます。これなら問題ないと、振り上げた木剣はそのままに自分の体ごとぶつかるように身を投げ出す。
「ていやぁ!」
剣技大会予選では、時間切れの他にも決められた範囲から出た場合の場外負けというものもあります。だからこその、体当たり。少なくとも木剣で殴られるよりは痛くないはずですし、この勢いでぶつかれば範囲外へ押し出すことも簡単なはず。例え左右どちらに避けようと、追いすがって突き落としてあげます!
「ひぃ!?」
けれど、そんな私の予想は簡単に裏切られました。
私の上げた声に驚いたマリアベルさんは、その場で腰を抜かしたのか尻もちをついてしまったのです。
「え……」
いくら剣を打ち合うのが怖いからと言って、ここまでびびられるのは流石に予想外過ぎました。
足元に入り込んだマリアベルさんの体に引っかけて、私の体は宙を泳ぐ。
「えぇぇぇぇぇ!!?」
木剣による攻撃ではなく、体当たりしようとしていたのもまずかったです。そのせいで攻撃のために床を踏みしめ停止したりすることもなく、最後の一歩まで床を蹴り、体を前へと押し進めていたために、急に止まることのできない私の体は勢いよく前方へと投げ出されました。
「ふにゃあーーー!?」
勢いに任せ、床をゴロゴロと転がっていく。視界がぐるぐると周り、上下の間隔も分からなくなっていく。
時間にしたら1秒にも満たないその間に、すっかり目を回してしまった私は、軽く頭を振ってなんとか正常な感覚を取り戻しつつ顔を上げます。
「はい場外、マリアベルの勝ちー」
「へ……?」
先生のやる気のない言葉を聞いてよく見れば、盛大に転がった私の体は闘技スペースから転がり落ちて、通路に横たわっていました。
先ほど言った通り、剣技大会予選では場外に出た時点で負けになります。つまりこの場合は私の負け……って、
「えぇぇーーーーー!?」
「ほ、ほら、元気出してくださいリリアナさん」
「あ~……う~……」
モニカさんが私の肩をゆさゆさしていますが、私の心は今コロッケだと思って食べてみたら中身がカボチャだった時のように沈み込んでいます。あれ、見た目普通のコロッケと変わらないからすっごくがっかり感が強いんですよ! まあ今の状況となんの関係もありませんけどね!
ともあれ、剣技大会予選初日が終わり、今は普通に魔法の授業の時間です。とはいえ、先ほどの大失敗が尾を引いて全くやる気が起きないので、隅っこのほうでのの字を書いていたところですけど……
「大丈夫ですよ、予選はまだ始まったばっかりなんですから……」
「うー、それはそうですけどぉ……」
やっぱりあの負け方は情けないというか、直前まで物凄い調子に乗ってただけに恥ずかしすぎるというか……うぅ、私のバカバカバカー!
「と、とりあえず、今は魔法に集中しましょう! あんまり落ち込んだままやるとまたすごい失敗して怒られちゃいますよ!」
「うぅ、今は魔法撃つ気分じゃないんですよぉ……」
などと文句を言っていても、授業である以上私の順番は回ってきます。
はぁ……こんな状態じゃロクに力が入りません。
「『アクアショット』~……」
暗い雰囲気を纏いながら、禁止された炎属性魔法の代わりに、いつもの水属性初級魔法を案山子に向けて放つ。
気分が沈んでるせいか、いつもなら水の砲弾と見紛うほどの水塊が飛んでいくんですが、今日は小さな水球が放たれたのみです。しかも、いつもなら案山子を吹き飛ばし地面を抉っているところ、今回は案山子を後退させるのみでかなり地味です。うーん……
「す、すごい、リリアナさん、ちゃんと威力制御出来てる……!」
「嘘だろ、あの火力バカが……!」
「暴発妖精がまともな魔法を!」
「おいおい、明日大丈夫か? 嵐でも来るんじゃ……」
「いや、むしろ槍が降るんじゃないか?」
「ありそう、リリアナの魔法とかで」
後ろで何やら先生やみんなが騒いでるような気がしますけど、みんないつも私が魔法を撃つ時は必要以上に距離を取っているのでこの場所からだとよく聞こえません。
まあきっと、みんな私の魔法の威力が低すぎて拍子抜けしてるんでしょうね。いつもみたいに気合入れられる気分じゃないので仕方ないですけど……
「はぁ~……調子出ないです……」
「「「「どこが!?」」」」
と、そんなことを思いながらみんなのところに戻り呟くと、一斉に叫ばれました。
あれ? 何か変なこと言いましたかね?
「あの、リリアナさんは今日剣技大会の予選で負けたのを気にしてるみたいで……」
状況がいまいち掴めていない私に代わってモニカさんが説明してくれたおかげで、他のみんなも言わんとしていることが理解出来たようです。
そもそも、この魔法実技の授業でAクラスに振り分けられた多くの人が、剣技のほうではCクラスですからね、私が負けたことも元から知っていた人が多くて、「そういえば」と言った感じの表情を浮かべていました。
ていうか、なんでみんなそんなに意外そうなんですかね、私だって落ち込んで調子出ないことくらいありますよ!
「つまり、あれか」
「リリアナを剣技大会で負かせれば、俺達は魔法の授業が安全に受けられるってことか……?」
「リリアナちゃんの暴発癖にそんな抜け道があったなんて……!」
男子も女子も、皆一様に顔を見合わせて、驚愕の真実を前に興奮も冷めやらぬと言った表情を浮かべています。
あれ? なんだか反応が思ってたのと違うような?
「けど私達じゃ剣は……」
「いや心配するな、俺なら剣も教えられる! 全員で一致団結すれば今からでもリリアナを打倒できるほどには強くなれるはずだ!!」
「おおっ、そうだった! ライルのアルフォード家は魔法剣士の名家だもんな、魔法だけじゃなくて剣も得意か!」
「行ける、行けるわ! みんなでリリアナちゃんの泣き顔を拝……げふんげふん、打ち倒して魔法授業の平穏を取り戻すの!」
「お、おう」
「ちょちょちょちょーーーっと待ってくださいーーー!!」
なんだか私を置いてエキサイトしているみんなを止めようと、大声を張り上げる。
若干名変な方向にテンションが振り切ってる人もいますけど、それ以前にこの流れを放置したら大変なことになる気がします!
「なんで皆さん私を倒すためだけにそんなにやる気になってるんですか!? 私に何の恨みが!?」
私はただ落ち込んでただけなのに! こんなの絶対おかしいよ!
「いや、だってなぁ」
「リリアナが魔法使うと大体訓練場が凄いことになるし……」
「しょっちゅう暴発させて私達のほうまで飛んでくるし」
「あと可愛いし」
「うぐぐ、確かにそうですけど……って最後なんですか最後! 全く関係ないじゃないですか!」
とは言ってみるものの、ざっと周りを見渡した限り私の味方は一人もいないみたいです。ま、まさかの八方塞がりとは……!
「あの、リリアナさん」
そう思っていたら、モニカさんが私の傍へおずおずと歩み寄ってきてくれました。
おお、やっぱりモニカさんはいつでも私の味方で……!
「よかったですね、皆さん剣もやる気を出してくれたみたいで」
全然味方じゃなかった!! でもこんな純粋な笑顔向けて喜んで貰っちゃったら違うそうじゃないなんて言えないじゃないですか! こんなのずるい!
「あーもう分かりましたよ! じゃあこうしましょう、皆さんが私に勝って私が代表入りできなかった時は、大人しく皆さんの言うことを聞いて慎ましくしょっぱい魔法だけ撃つようにします」
「しょ、しょっぱいって……あれくらいなら割と俺の全力と同じくらいだったりするんだけど……」
何か言ってますけどここはスルーです! 実際モニカさんと比べてもあれくらいは弱いほうなんですからしょっぱい魔法でいいんです!
「けど! もし私が皆さんの妨害を潜り抜けて代表入り出来た暁には、皆さんのほうが素で私の全力くらい防げるようになってください!! そうなるまで私は一切の自重を捨てます!!」
「「「「「えぇぇぇ!?」」」」」
全員がまたしても完璧に唱和して驚きを露わに叫びます。
ふふん、私に我慢させようって言うのなら、これくらいは覚悟してもらわないと困ります! ふんすっ!
「ていうかリリアナさん、今までのも一応自重してたんですね……」
すると、モニカさんが驚きと呆れと尊敬と、色々と混ぜ合わせたような複雑な表情を浮かべながら呟いて、他のみんなもそれに追従するように激しく首を縦に振っていました。
「それはもちろん。なんなら全力でぶっ放してみましょうか?」
「「「「「やめてくれ!!」」」」」
今度はみんなだけじゃなく、先生にまで止められました。むぅ、仕方ないですね。
「とにかく! 既に剣技大会は始まってます。今から訓練したところで、5年間剣技を磨き続けた私に敵う道理などないのです! 精々足掻くとよいぞ! ふはははー!」
「えっ、リリアナさん、5年もやってたんですか……!?」
悪役みたいなセリフを吐きつつ胸を張る私に、モニカさんが今日一番の驚きの表情を向けてきますけど、それどういう意味での驚きなんでしょうかね? もしかして……いえ、あまり考えないようにしましょう……
「では、明日の剣技の授業でまた会おう諸君! サラダバー!」
とりあえず、なぜか悪役になってしまっている以上最後までその役に徹しましょう。捨て台詞を吐いた後は颯爽と退散です!
「あっ、リリアナさん……まだ授業終わってませんよ」
と、思いましたが、モニカさんに控えめに注意されて離れるに離れられなくなってしまいました。
誰からともなく向けられる、生暖かい視線。それに耐えながら、今日からは私も更に本気で訓練して目に物見せてやる! と、先ほどまで落ち込んでいたのが嘘のように意気込みを新たにするのでした。
ちなみにこの件以降、剣技Cクラスの間で「よく考えたらリリアナの魔法に比べれば木剣なんて大して怖くないじゃん」というスローガン(?)が掲げられ、一部の子達の剣技が急激に成長することになるんですが、この時の私には想像すらできませんでした。
リリィは一体どこを目指してるんだろう(ぇ
ご指摘ご感想お待ちしてまーす