第十九話 テンプレはよく起こるからこそテンプレです
お兄様にエールを送るはずが、気付けば奢られていた放課後の翌日。
剣技大会まで残り一週間ともなれば、最後の仕上げとばかりに必然的に日々の剣技の授業にも力が入り、みんなも普段より尚真面目に取り組むようになります。
もちろん、モニカさんのように既に将来魔法学科に進むことを決めていて、剣技の成績はあまり重視していない人も一定数いますが、そういった人であっても数少ない学園全体を上げての行事とあってやはりその話題で盛り上がっているようです。
ただ問題は、ホームルームのクラスと別にその習熟度合でクラス分けされている剣技の授業は、A、Bクラスはともかく私のいるCクラスは大半がその、魔法を専攻して剣技を護身術程度に……あるいはそのレベルにすら身に付けるつもりのない人達ということで。
「ていやっ!」
「きゃっ!」
型の練習として、予め決めた通りに頭上から降り下ろして、相手の人はそれを受け止める。ただそれだけの練習なんですけど、相手をしてくれているモニカさんは迫ってくる木剣を怖がってか最初から逃げ腰で、私の力すら受けきれずに尻もちをついてしまいました。
「大丈夫ですか? モニカさん」
「あ、はい。すみません、リリアナさん、ちゃんとした練習相手になってあげられなくて……」
「いえ、最初のうちは仕方ないです。ちょっとずつ慣れていきましょう!」
「あう、は、はい……」
モニカさんの手を取って、立ち上がらせる。
そして、今度はモニカさんの方から木剣を振り下ろして貰います。
「え、えいっ」
コツッと、私の構えた木剣に、手を添えただけとしか思えないような些細な荷重が加わります。私が受け止めて、私の主観でこれです。たぶんルル君辺りが受け止めたなら、それこそ蚊が止まった程度にしか感じないかもしれません。いえ、本当に。
「えーっとですね、モニカさん、剣を振る時はもっとこう、腕だけじゃなくて、足を開いて、ですね……」
「は、はい……」
お父様やお兄様から教わった剣の心得を、一つずつモニカさんに教えていきます。
こうして教えていると分かりますけど、モニカさんは本当にこれまで剣に類する物を手にしてきた経験がないみたいです。これは何もモニカさんに限った話でもなくこのCクラスほぼ全員がそうで、木剣を向けただけでビビっちゃう人ばかりです。女の子だけじゃなく、男の子でさえも。全く、男のくせに情けないんですから!
しかも、元々そういうクラスなのが分かっているせいか、先生もあまり熱心に教えようとはせず、素振りと型稽古のやり方だけ教えたら後はペアを組んで適当に、と言った感じの丸投げ具合で、しかも先生自体もあまり剣技に精通してる様子じゃありません。
ともかくそういうわけで、Cクラスでは私でさえも普通に強い部類に入っちゃいます。というか魔法なしでもあんまり負ける気がしません。さすがにこのクラスでトップだからって自慢にもなりませんけど……
「違います、こうですこう! 足を踏み込んで、こう腕だけじゃなくて体全体でこう、ブンッと!」
「え、えっと、こ、こう、ですか?」
「違います、こうです!」
「ふえぇ……」
しかしこう、いっつもルル君に弱い弱い言われてる私が人に剣を教える立場になるとは思ってませんでしたけど、これはこれで楽しいですね! いっそこのクラスの全員に教えましょうか?
最弱のCクラスである私達が強くなって、大会で最強のAクラスを倒す。ふふふ、なんとも燃える展開じゃないですか!
「ほらモニカさん、あと素振り100回です! 頑張りましょう!」
「ふえぇぇぇぇぇぇ!!?」
ノリと勢いでそんな提案をして、2人仲良く授業が終わるまで木剣を振り続けることになりました。
なお、終わる頃には揃って疲労困憊で腕が上がらなくなってたのは……よ、予想通りでしたよ?
「というわけで、私とモニカさんの2人でCクラスの代表になって、ルル君達を倒したいと思います!!」
「ふえぇぇぇぇぇぇ!!?」
いつものお昼休み。恒例の4人で食べているところで、私はバンッと机を叩きながら高らかに宣言しました。
「あー、モニカ、何があったか分からないけど災難だったね」
「まあなんだ、困ったことがあったら相談乗るぜ」
「えっ、あ、はい……」
いつもは最初スルーされるところですけど、今回はモニカさんが大層予想外な感じで叫んだと思ったら、ルル君とヒルダさんが同情の眼差しを送っていました。って、ちょっと待って!?
「いや待ってくださいなんでですか! なんで私がモニカさんをろくでもないことに巻き込んだみたいな話になってるんですか!!」
「えっ、違うの?」
「うがーーっ!!」
いつかのように机の端を掴んで、ひっくり返そうと力を入れる。
あっ、今ちょっとだけ、一瞬持ち上がったような気がします。ちょっと嬉しい。えへへ。
「ってそうじゃなくてですね、私は思ったわけですよ、剣技Cクラスはこのままじゃいけないと! 魔法ばっかりじゃなくて剣もキチンと身を守れる程度には習得すべきだと!」
「一応聞くけど、なんで?」
ルル君が、どうせロクな理由じゃないんだろうな、と言った感じの目で見ながらそう尋ねてきます。
ふふふ、甘いですよルル君、私がいつまでもちょっとした思いつきだけで行動すると思ったら大間違いです!
「剣技授業のCクラスに所属している人達は、ほとんどが魔法授業ではAクラス所属の魔法使い系の人です。確かに、将来そちらの道に進むなら、剣の技術は不要と思うのも無理はないです。けど、うちのクラスの人達って、型の練習で木剣を向けられただけで逃げ腰になっちゃう人ばっかりなんですよ。そんなんじゃ、いざ魔物と対峙することになった時、肝心の魔法さえまともに撃てない恐れがあります」
淡々と、かっこよさや憧れではなく、あくまで実利的な面での必要性を説いていく。
私のそんな姿が意外だったのか、3人とも目を見開いて驚き固まっています。ふふふ、もうひと押しです!
「だからこそ、剣技を習得し、鍔迫り合いになっても押し負けないような心の強さを身に付けることで、みんなの魔法の実力も飛躍的に伸ばそうということです! どうですか? 悪い案じゃないですよね?」
どう? どう? っと言った感じに、ルル君ににこにこと詰め寄ります。
ふふふ、今回の言い訳は完璧です、流石のルル君だってこれには感銘を受けるはず!
「うん、それは凄くいいことだと思うけど、それがなんで僕やヒルダにモニカと二人で挑む流れになるの?」
「それはその……」
し、しまった。その理由は考えてませんでした! え、えーっと……
「い、いきなり私がそれを言ったところで、真面目に取り組んでくれない人も出るかもしれないじゃないですか! だからほら、私とモニカさんで剣技大会を勝ち進むことで、私達Cクラスだって出来るんだぞと示してあげる必要があってですね!」
「それで、本音は?」
「最弱のクラスが最強のクラスに打ち勝つって展開、かっこいいと思いません?」
「そんなことだろうと思ったよ……」
呆れたように溜息を吐くルル君と、それを見て笑うヒルダさん。
なんですか、いいじゃないですか、別に間違ったことは言ってませんからね!?
「まあいいじゃねーかルルーシュ、今回は珍しく一応理にかなった話なんだし、もし万が一本当にオレ達に匹敵するくらい強くなるようなら、今後の楽しみも増えるしな」
すると、思わぬところから援護射撃が。
いいぞもっとやれ……って、珍しくってなんですか珍しくって、私はいつだって大真面目なのに!
「まあ、それはそうだけどね。リリィのことだからまた何かやらかさないか不安で……」
「またってなんですかまたって! 私はいつだって質素倹約を心がけてますよ!?」
「それ質素倹約の使い方間違ってるし意味も全然違うから」
あれれ、そうでしたっけ? まあ細かいことはいいんですよ細かいことは!
「それで、具体的にはどうするわけ?」
「ひとまず来週の予選までにモニカさんを鍛え上げて、その成長ぶりでもってみんなにも出来るんだぞってところを見せてあげたいと思います。その上で、1か月後の本戦でAクラスの人達と渡り合えるくらいになってれば完璧ですね!」
「いやそんな無茶な……」
ルル君の言葉に、モニカさんもまたぶんぶんと激しく首を上下に振っていました。
ふふふ、甘いですよ、私にはお父様直伝の剣術修行法があるんです。モニカさんの物覚えの良さだったらすぐにでも私より強く……強く……なられてもそれはそれで複雑ですけど、とにかく!
「そういうわけですから、早速このお昼休み中にも訓練しましょう!」
「ふぇ!? いえ、その、食べてすぐに運動するのは……」
「いいからいいから、ほら行きましょう!」
「ふえぇぇぇぇぇぇ!!?」
元々小食なのもあって、モニカさんも私も既に食べ終わっています。
なので早速とばかりにその手を取って、訓練場に向けて走りだす。
ふふふ、さあ、いっちょ頑張りますよー!
向かった先、第一訓練場では、まだお昼休みの早い時間だったこともあって誰もおらず、私とモニカさんは適当な場所で木剣を取り出して訓練を始めました。
第一訓練場を選んだのは、単に校舎から近くてお昼休みに使うなら一番都合が良かったからです。
当然、それは他の生徒達にとっても言えることで、この場所は大体争奪戦になりそうなものですが、そこはそれ、公平になるように、初等部、中等部、高等部それぞれ優先的に使用できる日というのが決まっていて、今日は初等部の日です。なので、上級生の影に怯えることもなく堂々と訓練に打ち込める……はずだったんですが。
「いいから退け、そこは俺達が使う場所だ」
「何言ってるんですか、今日は初等部の日ですから、第一訓練場は初等部の生徒なら誰だって利用できるはずです! 先に居たのは私達なんですからあなた達のほうが今回は諦めてください!」
次第に場所が埋まり、やがて満員になった頃。赤い制服を着た同じ初等部の男子生徒3人に、私達は立ち退きを迫られていました。
曰く、「こんな時期に剣技Cクラスのヤツが使っていい場所じゃない、俺達Aクラスの生徒だけが使っていい場所だ」と。
なんていうか、本当にあるんですね、こういうの。
「ふん、後ろからこそこそ魔法を撃つしか取り柄のない奴らが、剣なんて持ったって怪我するだけだぞ? それとも、そんなに訓練がしたければ俺がこの場で指導してやろうか?」
木剣を手に取り、ニヤニヤと挑発的な笑みを浮かべる一番偉そうな男子。
ふ、ふふふ……さすがに今のセリフは、海よりも広い心を持つ私でもカチンと来ましたよ。
「いいでしょう、そこまで言うなら一緒に訓練しようじゃないですか、ええ!」
剣技科目Cクラスは、その特性上魔法使いの子が多く在籍しています。彼の『こそこそ魔法を撃つしか取り合えがない』とはそういう背景を指しての言葉だというのは私にだって分かります。
剣もまた強さであって、私の憧れでもあります。けれど……魔法にだって大火力という男のロマンがあります、それを全く分かっていないこの人にはたっぷりとお仕置きが必要です!!
「はっ、ちっとばかり可愛いからって手加減して貰えると思うなよ? 妖精さんよ」
私が木剣を抜くと、バカにしたように鼻で笑いながら彼もまた構えます。
ていうか、妖精って言わないでくださいよ、あれ、街中歩いてると偶に言われるんですけど、可愛いイメージて固定されててなんだかこう……イマイチです!
「り、リリアナさん、ここは退きましょうよ~、彼はAクラスのカレルさんです、ルルーシュさんやヒルダさんに次いで強いって言われてる人です、勝てるわけないですよぉ……」
モニカさんが私の背に隠れながら、おっかなびっくりにそう言って私を宥めようとします。
けれど、その言葉に私が反応するより早く、そのカレルと呼ばれた男子生徒の眉が一瞬で目に見えて吊り上がりました。
「てめぇ!! 俺があいつらより劣ってるって言いたいのか!!」
「ひぃっ!! ごめんなさいですぅ!!」
突然叫ばれ、モニカさんは益々縮こまりながら私の背にすっぽりと収まります。
ルル君やヒルダさんと並び称される実力……それはまた、興味がありますね!
「僕のこと呼んだ?」
お互いに木剣を構え、一触即発の空気の中、聞きなれた声が耳に届きます。
振り向いてみれば、そこには案の定、ルル君とヒルダさんが並んで歩いてきていました。
「あ、ルル君、ヒルダさん、来たんですか」
「いやむしろ、置いてかれたことにびっくりだったんだけど……何かあったの?」
「実はかくかくしかじかで」
「いやそれじゃ分かんないから、ちゃんと説明してよ……」
ピリピリした空気を知ってか知らずか、どこかのんびりとした調子で聞いてきたので、それに合わせてネタに走るとまた疲れたように溜息を吐かれました。
むぅ、一から説明するのも面倒なんですけど……
「……ちっ、お前ら、帰るぞ」
すると、カレル君? が自分から訓練用の木剣を降ろし、他2人の取巻きを従えて去って行きました。
いきなり来て、文句言うだけ言って帰るなんて、変な人ですね。何しに来たんでしょう?
「……それで、何があったの?」
「あ、はい、えーっと……」
彼がいなくなったのを見計らって改めて問いかけてきたルル君に、今度はモニカさんが説明しました。
それを聞いて、またもや溜息を吐くルル君。
……なんだか最近本当にルル君って溜息が多いですね、癖になってません?
「彼、剣の腕は結構なものなんだけど、魔法が使えないみたいでね。『ブースト』とか『アクセル』とか使える僕らが剣技科目の順位でも上にいるのが気に入らないみたいでよく突っかかってくるんだよ」
「ほんと、うざったいことこの上ねーよ。魔法抜きでもオレのほうが強いってのに」
「あはは……」
ルル君の説明を聞いて、なるほどと納得しました。
確かに、剣技科目は剣の腕前を評価するはずなのに、魔法による身体強化ありきで語られたら面白くないのは分からなくもないです。まあ、自信家っぽいヒルダさんはともかく、控えめなルル君が否定しなかったところを見るに、純粋な剣の腕でも負けてないっていうのは本当みたいですけど。
「だから、完全な魔法使いの2人が剣を訓練してるのが気に入らなかったのかもね……」
「うーん、そういうことなら特に遠慮する必要もないですね。剣技大会の本戦まで勝ち進んで、私が倒してみせます!」
身体強化系の魔法が使えない私が剣で勝てば、彼だって私を認めざるを得ないはずです!
「いや、代表は各クラス2人ずつだから、あいつは代表にはならないと思うぞ? オレ達が倒すし」
「あ、そういえばそうでしたっけ」
そういうことなら、気にしなくてもいいですかね。やっぱり、私の中で初等部最強はルル君ですし、ヒルダさんがルル君以外に負けるとも思えません。
「それならそれでいいです。せっかくだから、2人も一緒に訓練しますか? 一緒にモニカさんを育てましょう!」
「ああ、うん、いいよ」
「オレもいいぜ」
「ふぇぇ!?」
2人の了承の声に、モニカさんがまたしても驚きの声を上げる。
大会の予選まであと1週間、ここから一気に駆け上がりますよ!
休日の半分を寝て過ごすというある意味贅沢な一日。
なんだかんだそんな一日でも充実している気がする私は大分ぐうたら根性が染みついてますね。