第十八話 美味しい物食べるとテンション上がっちゃいますよね?
「はむっ……んー! おいしいです~」
ぱくりと一口かぶりつけば、口の中で広がるバニラの甘さに思わず顔までとろけちゃいそうなくらいにやけてしまいます。
そのまま一拍置いて冷えた口の中を休ませてから、落とさないように気を付けつつアイスを持ち上げて、バニラの下に重なるチョコとストロベリーを順番に味わっていく。
はふぅ……チョコのビターな感じも、ストロベリーの酸味も、バニラとはまた違った美味しさがあっていいですね。これぞまさに至福のひと時。
第一訓練場を半ば追い出されるような恰好で出て来た私達は、お兄様の言葉通り、学園近くの街中に繰り出し、アイスの屋台にやって来ていました。そこで私が買って貰ったのは、言わずとしれた三段アイスです。
これはさすがにどうかなーと思いつつもダメ元で頼んでみたんですけど、まさか本当に買って貰えるとは。ふふふ、お兄様に感謝です!
「リリィ、お前遠慮ねえな~、三段頼むなんてよ」
「えー、そう言うヒルダさんだって一番高いの選んでるじゃないですかー」
ヒルダさんが頼んだのはソフトクリームですけど、なんだか有名なミルクを使ってるだとかなんだとかで、三段アイスに並ぶくらいお高いです。
「そりゃあな、こういう時には遠慮したら負けだ」
「ですよね! やっぱりそうですよね!」
けれど悪びれる様子もなくあっけらかんと言うヒルダさんに、私もこくこく頷いて便乗しました。
お兄様もなんだかやり切った表情浮かべてますし、これでよかったんですよね!
「ユリウス……僕からも出そうか?」
「いや、いいんだライファス、俺が言ったことだ。リリィが喜んでくれるのならこの程度の出費大したことないさ……」
「そうか……いや、まあ、君の分は僕が買ってあげよう、ヒルダに奢ってくれた礼だ」
「……悪い」
ベンチに座って食べている私達とは裏腹に、お兄様とライファスさんは未だにお店の前で何かしてます。
どのアイスを食べるか決めかねてるんでしょうかね?
「ていうかリリィ、そんなに食べて大丈夫? 夕飯食べれるの?」
「大丈夫ですよ、甘い物は別腹ですから! ていうかルル君のほうこそ、それだけでいいんですか?」
ルル君がお兄様に買って貰ったのは、一番安いバニラアイス一つでした。小食なモニカさんがそれを選んだのはまだ分からなくもないですけど、ルル君は私よりずっと食べれるんですからもっと頼めばよかったのに。
「いや、リリィやヒルダがそんなに高いの買ってるの見たら、そんなポンポン強請れないよ……」
「そ、そうですね……」
ルル君の言葉に、モニカさんもこくこくと頷きます。
むむむ、お兄様が平気だって言ってたから思い切って三段にしましたけど、やっぱりお財布ポイントギリギリだったんでしょうか?
「なら、2人もこれ、少し食べてみますか? 美味しいですよ!」
とりあえず、さすがにこんな格差を残したまま一人美味しい物を食べるのは気分が悪いです! いえ、正確にはヒルダさんもいるので2人ですけど、でも仲間はずれはよくないです!
「いや、リリィやヒルダは2人の妹だけど、僕は違うし」
「わ、私もです。それに、これを頂けただけでも私は十分嬉しいですから!」
「いいですから、ほらほら!」
そう言って、ひとまず傍にいたルル君に向かってぐいぐいアイスを押し付けていきます。
「わっ、ちょっ、リリィ!?」
「ふふふー、よいではないかよいではないかー」
「むぐっ!?」
なんとなく悪ノリしながら、半ば強引に一番上のバニラをルル君の口に突っ込みました。
いきなりでちゃんと食べられるわけもなく、ルル君の口元がアイスで酷いことになります。
「あはは、ルル君変な顔~」
「リリィがやったんだろ!」
「ごめんなさーい、ちゃんと拭いてあげますから許してください」
わざとらしく舌を出してみせると、ルル君は呆れたように溜息を吐きます。
そんなルル君を見ながら、ハンカチを取り出そうとして……ハンカチがないことに気付きました。
あれー? おかしいな、さっきまではあったはずなんですけど……うーん、こうなったら仕方ないですね。
「よいしょっ」
おもむろに手を伸ばして、ルル君の口元についたアイスを指で拭ってあげます。
「ちょっ、リリィ、なんで手で取るのさ」
「いやあ、ハンカチなくしちゃったみたいで」
「だったら言ってくれれば自分で拭いたのに……」
あははーと笑いながら、ふと指についたアイスが目に付きます。
うーん、このまま拭うのも勿体ないですね。
「はむっ」
「ぶっ!?」
ぱくりと自分の指を咥えて、拭い取ったアイスを舐めとります。
ん~、美味しい!
「な、なんで舐めてるの!?」
「えっ? なんでって、勿体ないからですよ?」
「勿体ないからって……」
いやー懐かしいですね。前の世界でも、私の口元に何かついてるとかなんとかで、みんなよく取ってくれては舐めてましたね。時々、誰が取るのかで喧嘩になってたりもしましたけど……そう考えると、あの頃はみんな食いしん坊でしたねー、あんなちょっとでも取り合いになっちゃうくらいですし。
「ふわあ、リリアナさん大胆です……」
「いや、ただの天然だろ」
アイスを食べるでもなく私達のほうをじっと見つめてるモニカさんに、ヒルダさんはソフトクリームを舐めながら呆れたように口にします。
って、誰が天然ですか誰が!
「やあ、遅くなった。ユリウスのやつが中々自分のを決めないものでね」
「選んでも後から後からケチをつけてきたのはお前だろうに……」
そんな風に初等部メンバーだけで騒いでる間に、お兄様たちも自分の分を決めたのか手にアイスを持ってベンチのほうにやって来ました。
もっとも、ベンチは既に私達4人でいっぱいなので2人は立ったままですけど。
そこからは特に何事もなく、6人でアイスを食べたり食べさせあったりしつつ他愛ないお話をして過ごしました。そしてその内容は、先ほどの出来事もあってやがては剣技大会へと収束していきます。
「えっ、剣技大会って初等部と中等部高等部で別れてたんですか!?」
「まだ知らなかったのかリリィ……」
その中でも一番驚いたのが、剣技大会……というより、学園で開催される大規模な大会全てにおけるこのレギュレーションです。
なんですかそれ、さすがに今の私じゃお兄様にはどうあっても勝てないから優勝できないだろうなーと思ったのに、それなら私、初等部で優勝目指せたじゃないですか! ていうかルル君、まだ知らなかったって知ってたなら教えてくださいよ!!
「あはは、俺がちゃんと教えてあげたほうがよかったな、すまないリリィ」
「いえ、お兄様が謝ることじゃないです! 教えてくれなかったルル君が悪いです!」
「どう考えても授業中に寝てたリリィが悪いよね!?」
ルル君が何か言ってますが無視です! 黙秘権を行使します! あれ? ちょっとこの場合違いますかね? まあ細かいことはいいです!
「でもそれなら、一応改めて説明しておいたほうがいいかな」
そう言って、お兄様は私に剣技大会のレギュレーションを説明してくれました。
まず剣技大会は、その結果が大きく成績に影響してきます。なので本戦と予選に分けられ、本戦こそトーナメント方式で進められますが、予選のほうは授業を使い、クラスごとに1か月ほどかけてリーグ戦を行われるそうです。
リーグ戦というと総当たりなのでやり切れるのか心配になりますけど、1クラス20人程度で剣技の授業自体はほぼ毎日あり、本戦と違って1試合の時間制限もあるので終わらないということはほぼないそうです。
ここまでは、剣技大会というより他の魔法大会及び、年度末に行われる総合大会を纏めてのルール。そして、肝心の剣技大会独自のルールですが、なんと魔法の使用もOKらしいです。なんじゃそりゃと思いました。
ただ、無制限というわけではなく、あくまで『ブースト』や『アクセル』などの自分自身に作用する魔法のみで、地形に作用したり、直接・間接問わず相手を害する魔法、行動や攻撃そのものを妨害する魔法全て禁止だそうです。
他にも、『フライ』という飛行魔法は自分自身に作用する魔法ですけど禁止だったり、『プロテクション』は自身に纏う形で使う分には問題ないなど細かいルールがありますが、概ねそんな感じです。
「魔法、一切使っちゃダメなのかと思ってましたけど、そういうことなら私にも勝機がありますね!」
「いや、リリィが大会で使えるの『プロテクション』だけじゃないか……それでどうやって勝つのさ?」
「それはほら、これから考えます!」
「…………」
ルル君がなんだか頭抱えてますけど、思いつかないんだから仕方ないじゃないですか。それに、取れる手段が一つ増えたのは事実ですし!
「リリィ、前から言っていることだが、俺や父様がいるからって、無理に剣に拘らなくてもいいんだぞ? そりゃあ母様だって昔は派手にやってたみたいだが、戦闘だけが魔法の全てじゃない。他の道だって……」
「うーん、それはそうですけどねー」
最近では大分風邪を引くことも少なくなってきましたけど、元々はかなり体が弱かったこともあって、お兄様はどうも私が強くなろうとしてるのを心配してるみたいなんですよね。出来ればそれを払拭したいとは思うんですけど……
「でも大丈夫ですお兄様。これは私が好きでやってることです。例えお兄様が貧弱もやしっ子だったとしても、私は強くなろうとしてました!」
「も、もやしって……」
それに、この世界では普通に暮らしていくだけでも魔物に襲われる危険がありますからね、自分の身くらいは自分で守れないといけません。だからこそ学園でも必修科目として魔法や剣技があって、大会は完全に戦闘を念頭に置いた競技なわけですし。
「ねっ、モニカさん!」
「えっ、いえ、私は剣はちょっと無理かなって……」
ガーン。同意を求めようと思ったらやんわり否定されちゃいました。
むぐぐ、いやまだだ、まだ終わらんよ! 特に何が始まってたわけでもないですけど!
「リリィはそろそろ自分が変なことを自覚しようね」
「ちょっとルル君、変ってなんですか変ってーー!!」
私はただかっこよくなりたいだけなのに! 世の男の子の8割が一度は夢見ることを言ってるだけなのにー!
「自覚がないのがなお性質が悪いよね……」
「むきーっ! もう怒りました、今日と言う今日こそはとっちめてやります! うがーっ!」
「うわっ、ちょっ、リリィ! まだアイス食べ終わってないから!」
何やら言ってますが、それはつまりやりたい放題ってことですよね! ふふふ、積年の恨み、ここで晴らしてくれるわー!
そんなことを考えつつ、手がアイスで塞がってるルル君に飛び掛かります。
「ふわっ!? リリィ、そこ、だめ、ぷっ、ははは……!」
「ふふふ、ここですか? ここがいいんですかー?」
いつものように間に手を入れて防がれないように、お腹のあたりに顔を密着させる勢いでしがみついた後、脇腹をこしょこしょとくすぐります。
ああ、いつもあんなに強いルル君が今は私に為す術もなく……ふふふふふ。
「ちょっ、リリィ、なんか手付きがやらしい!!」
「よいではないかよいではないか~」
くすぐり続けると、ルル君が段々涙目になってぷるぷる震えだします。最近少し大人びた言動が多くなってきただけに、見た目相応のか弱い男の娘みたいになってる今の姿はなんというか、すごくギャップを感じるといいますか。ともかく、あれです、ルル君可愛い!
これは確かに、女装の一つもさせたくなります。というか今度やらせましょうそうしましょう。ふふふ、どうやって着せてやりましょうかね? そもそもどんな服が似合うかなー。
あー、楽しくなってきました! 今なら前の世界で私を着せ替え人形にしてた人達の気持ちが分かります!
「あはっ、もっ、やめ……! も、モニカ! 助けて!」
「えっ、えぇ、と、り、リリアナさん、そろそろやめてあげたほうが……」
「じゃあ代わりにモニカさんぎゅーします!」
「ふえぇぇぇぇぇ!!?」
ルル君から離れ、モニカさんにダイブ。
うーん、ルル君はすべすべぴちぴちな感じですけど、モニカさんはもちもちぷにぷにですね! いやー、どっちもいい感触です。うへへ。
「やめんか」
「ひぎゅっ」
直後、私の頭にルル君のチョップが振り下ろされました。うぐぅ、痛いです……
「全くリリィはすぐに調子に乗って……」
「うぐぐ……」
た、確かにルル君を襲っ……げふんげふん、お仕置きしてから、少し興奮しすぎましたね。いくら正真正銘女の子の体になったとはいえ、やり過ぎたらただの変態ですし、自重しないと……
「い、いえ、私なら大丈夫ですから、気にしなくても……」
「ほんとですか!」
それはつまりモニカさんおさわりし放題ということでいいですよね! それならもう遠慮なく……!
「だから調子に乗らないの」
「はうっ」
再び私の頭に振り下ろされる手刀。
ぐぬぬ、モニカさんの許可があってもルル君の妨害が……!
「リリィ、俺ならいつ抱き着いて貰ってもいいぞ……?」
そんな風に繰り広げられる攻防に、お兄様がそれとなくアピールしてきます。
うーん、お兄様に抱き着くのもそれはそれで温かくて落ち着くので良いんですけど……
「……モニカさんやルル君のほうがいいですね」
「ぐはぁ!?」
抱き心地という点ではやっぱり2人のほうがこう、柔らかくていい匂いがして良い感じなんですよね。今このテンション的には2人に抱き着きたい気分です!
「……リリィ、何気に容赦ないよね」
「ふぇ?」
ルル君の言葉に首を傾げつつふと見れば、お兄様が地面に両手両膝を付いて物凄く暗いオーラを纏っていました。
あれれ? 私そんなに変なこと言いましたか?
「ははは、ヒルダ、君達はいつもこんなに賑やかなのかい?」
「まあ、そうだな。主にリリィとルルーシュが騒いでんだけど」
「そうかそうか。格式ばった学園なんて合わないなんて言ってたけど、いい友達が出来たじゃないか」
「ほっとけよ、バカ兄貴」
ひとまずお兄様を慰めようと、私はあの手この手をわたわたしながら尽くしていく。
だから、そんな私を横目に、のんびりとアイスを食べながら交わされたヒルダさんとライファスさんの短い会話は、誰に聞かれるでもなくフォンタニエの街中の喧騒に溶けこんでいきました。
長くなると思って書くとそうでもなかったり、短くなると思ってたら案外長くなったり。
1時間そこそこで数千文字書けたと思ったら何時間も悩んだ挙句数百文字しか進まなかったり。
執筆って難しいですね……