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第十四話 ルルの憂鬱②

なんとなく再びのルル君視点パート2です。

 約束通り、休みの日である今日、僕はリリィやヒルダと一緒に森まで魔物狩りにやって来た。

 ここまで距離があるせいでそのまま歩くとバテちゃうから、リリィだけはオウガに乗ってきたけれど、魔物を見つけるなりすぐにリリィはオウガの背から飛び降りる。


「やっと見つけました! 行きますよー、てーーーい!」


 申し訳程度に声をかけてから、リリィが木剣を手に突撃していった。

 向かって行った先にいるのは、大柄な猿のような魔物であるキングエイプだ。

 いや魔法撃とうよ、とか木剣じゃ魔物を倒せないでしょ、とか色々と言いたいことはあるけれど、一応名目としてはリリィの訓練のために来てるんだし、ひとまずは好きにやらせてみよう。


「オウッ、オウッ」


「あっ、こら逃げるなー!」


 リリィが近づくと、それに気づいたキングエイプは早々に逃げ出してしまう。

 大慌てで追いかけるリリィだけど、それを見るや否やキングエイプはすぐに翻って手にした掌サイズの何かを投げつけた。バカ正直に真っ直ぐ後を追っていたリリィは、それをまともに顔面に喰らってしまう。


「わぷっ!?」


 あんなもの投げつけられたら普通に痛そうだけど、リリィは『プロテクション』の魔法を自分を覆う鎧みたいに使ってるお陰で特に問題なさそうだ。

 ただ、顔面に当たった上にそのタイミングで声なんて出したもんだから、ぶつかると同時にぶちまけられた何かをリリィは直接口の中に入れてしまう。


「か、からぁ~~~い!!? 辛い、辛いですぅ~~~!! なんですかこれぇ~~~!?」


 突然叫びながらリリィがその場で転げまわり、それを見たキングエイプが手を叩きながら小馬鹿にしたように笑っている。

 今投げられてたのって、確か……


「あれ、フラの実じゃねーか? 恐ろしく辛いって評判の」


「あー、そうだそうだ、そんな名前だっけ」


 ヒルダの言葉で思い出した。フラの実と言えば、果肉も果汁も物凄く辛くて、よく香辛料の代わりに使われてたりする木の実だったかな。背の高い木にしか生らないから取るのは結構大変なんだけど、猿の魔物からすればそんなの大した労力じゃないってことか。


「こ、この、絶対許しませんからぁ~!」


「オウッ、オウッ」


 頭に血が上ったリリィが、キングエイプをまたしてもバカ正直に追いかける。

 ……やれやれ。


「ヒルダ、ちょっとフォローしてくる」


「あいよ、気を付けて……なんて、ルルーシュに言うこっちゃないか」


「ははは……『アクセル』」


 ヒルダに苦笑を返しつつ、加速魔法で一足飛びにリリィの下へ向かう。

 狙うは、リリィが追っているキングエイプ……ではなく、リリィの真上から新たに降って来た影。


「旋風よ、千の刃となって我が剣に宿れ! 『ストームブレード』!!」


 背負った木剣を引き抜くと同時に、緑の魔法陣が包み込んで竜巻を纏う。

 それをそのまま目の前の影……もう一体のキングエイプへと叩きつけると、竜巻を纏った木剣はいとも容易くその体を両断し、一撃で仕留めた。


 キングエイプは、猿なだけあって他の魔物に比べ知恵が回る。だから、一体が気を引いているうちにもう一体が奇襲するのはこの魔物の常套手段……と、昨日アメルダ先生の授業で言ってたんだけど、リリィは知った上で『プロテクション』で防げるからと敢えて隙を作ったのか、それとも純粋に昨日の授業を聞いてなかったのか……


「うわわっ!? 後ろから!? いつの間に!?」


 うん、この反応を見るに確実に後者だね! 後で説教してやらないと……


「『ブースト』!!」


 そんなことを考えている隙に、最初のキングエイプが今度こそ本気で逃げ出していた。

 けれど、それは許さないとばかりにヒルダの声が響き、猿のお株を奪うほどの素早さで木々の間を飛び跳ねて移動し、一瞬で先回りする。


「オォォウッ!!」


 キングエイプが、ヒルダに向けて拳を振るう。けれど、ヒルダはそれを難なく躱して懐に飛び込み、いつもの木剣と違う鋼鉄製の双剣を、『ブースト』で得た人外の膂力で幾度も振り抜いて、キングエイプを斬り裂いていった。


「いっちょあがりっと!」


 キングエイプが倒れ、仕留めたのを確認すると、剣を仕舞って笑みを浮かべるヒルダ。

 まだ終わったって決まったわけじゃないのに……

 一言注意しようかと思って口を開くも、ちょうどそのタイミングで繁みからオウガがひょっこりと顔を出した。その口元には、仕留めたキングエイプが1体咥えられ、地面を引きずられている。たぶん、これが最後の一体だね。

 ……黒狼って、一応討伐難易度Eランク指定種でゴブリンと同程度か若干強い程度の魔物だった気がするんだけど、Dランクのキングエイプをよく1匹で仕留められたね……リリィが飼い始めた頃より一回り大きくなってるし、どうなってるんだろう? 変わった餌でもあげてるのかな?


「あれ、ひょっとしてもう終わりですか?」


 僕、ヒルダ、オウガと、2人と1匹を順番に見ながら、リリィが愕然とした表情を浮かべる。

 まあ、キングエイプは2体~4体程度でチームを組んで行動するみたいだけど、この様子を見るにひょっとしなくても終わりだね、うん。


「うぅ~! みんなはかっこよく仕留めてるのに、私だけ顔に変な木の実ぶつけられただけじゃないですか! 納得いきません、再戦を要求します!」


「いやそう言われても」


 最近は魔物が多くて困っていると聞いていたのに、今日はなぜかほとんど魔物が見つからず、既に結構森の奥まで入り込んでいた。

 これ以上進むとCランク以上の危険な魔物と出くわす可能性が高いし、そろそろ引き返さなきゃならないとキングエイプとの交戦が始まる前に話してたんだけど……


「まだ私だけ戦ってないんです! 修行に来たのにこのまま何もせずおめおめと帰るなんて出来ません! ただでさえ私は成長が遅いんですから!」


 この様子を見るに、リリィは梃子でも動かなそうだよなあ。

 そもそも、リリィは自分が強くなれてないなんて思ってるみたいだけど、それは大きな間違いだ。むしろ、魔法に関していうならこの中の誰よりも、1か月で全属性覚えたモニカよりも更に成長してると言ってもいい。

 ただリリィの場合、制御能力が上がる以上の速度で魔力量が増えているせいで、暴発癖が一向に改善しないだけだ。いずれ体が成長して魔力量の上昇が落ち着けば、自然とそれも収まって一気に上達することになるのは間違いない。何せ魔力量だけで言うなら、既にリリィの母親であるカタリナさんよりも多いんだから。

 まあ、リリィは少し調子に乗りやすいところがあるから、絶対に言わないけど。


「うん? 嬢ちゃん達、こんなところで何してるんだ」


 と、そんなことを考えていたら、冒険者風の男が2人、繁みを掻き分けやって来た。

 装備はくたびれておらずきちんと手入れされてるし、それなりに良いな素材で作られているあたりからして、そこそこの腕前を持った中堅冒険者に見える。


「何って、魔物狩りです! 修行のためにみんなで来ました!」


「いやいや嬢ちゃん、背伸びしたくなるのも分かるけどよ、もうちょっと大きくなってからにしような? 母ちゃんが心配してるぜ?」


「背伸びなんてしてませんから! 私だってちゃんと戦えます!」


「はいはい、街まで送ってってやるから、冒険者ごっこはそっちでやろうな」


「ごっこじゃないですってばーーー!!」


 リリィが必死で説明するも、冒険者の男2人は全く取り合わない。

 まあ、リリィはただでさえ同年代の子と比べて背が低い上、手に持っているのはただの木剣だ。どう考えても、魔物と戦えるようには見えない。

 実際、Dランクのキングエイプにも遊ばれてたしね。


「なあルルーシュ、どうする? なんか今日は魔物少ないし、帰るか?」


「そうだね。リリィは納得しないだろうけど、これ以上進むのも危ないし、帰ろうか」


 正直に言えば、Cランク程度の魔物なら僕一人でも撃破出来る。多分、ヒルダやオウガも。

 更に上のBランクの魔物ともし遭遇したって、このメンバーで上手く立ち回れば勝ち目は十分にあるんじゃないかなとさえ思う。

 ただ、それはあくまで可能か不可能かの話だ。こと魔物狩りには命がかかっている以上、必要以上の危険は冒せない。例えCランクの魔物であっても、群れと遭遇でもしたら誰かが殺される可能性だって十分にあり得るんだから。


「うわぁぁーーん!! ルル君! ルル君からも言ってやってください、この人達私のこと子供扱いします!!」


「いや、実際僕らまだ子供でしょ」


 この国じゃ成人は15歳からだし、魔物との実戦訓練が授業に出るのも中等部に上がってからだ。

 まあ、師範の道場なら腕が立てばそれよりずっと早く戦わせてもらえるけど。


「そうですけど、そうじゃなくてですね!!」


「諦めなよリリィ、肝心の魔物も今日はいないしさ。帰ったら僕が相手してあげるから」


 というか、出来ることなら魔物とリリィを戦わせたくない。剣で戦わせたらリリィなんてゴブリンにも負けそうだし、魔法を使わせたら今度はBランク以上の魔物でもなければ確実にオーバーキルになるどころか最悪自爆しかねないんだから。


「ぶー……ルル君がそう言うなら……」


 これで渋られたら次はどう説得しようかと思ったけど、幸いにしてリリィも素直に折れてくれた。

 ほっと胸を撫でおろし、じゃあ帰ろうかと改めて口を開こうとすると……


「た、大変だーー!!」


 もう一人、別の男が、息も絶え絶えに繁みから飛び出してきた。

 一瞬木剣に手を持っていきかけたけど、服装を見るにただの冒険者みたいだ。ただ、その慌てた様子から見るに何かヤバイ魔物とでも遭遇して逃げてきたのか、武器すら持っていなかった。

 ……なんだろう、すごく嫌な予感がする。身の危険とかじゃなくて、いつもリリィといると偶に感じる、すごく面倒なことになりそうな予感が。


「どうしたガルム、そんな慌てて」


「び、ビッグアントだ! ビッグアントのデカイ巣が近くに出来てやがったんだ!」


 その言葉に、2人の男は表情を強張らせる。

 ビッグアントは、単体ではEランクの魔物だ。その気になれば子供でも倒せる。

 けど、その真価は群れになってこそ発揮される。物によるとはいえ、千を超えることも少なくない圧倒的な数の暴力はランク差を軽々と覆し、場合によってはCランクの魔物すら哀れな獲物と成り果てることもあるという。


「ビッグアントか……それは厄介だな、ギルドに戻って討伐隊を組まねえと……って、ちょっと待て、アウルはどうした」


「それが、巣穴から出て来たビッグアントの群れに囲まれて……!」


「何!? くそっ、俺達だけじゃ厳しい……が、やるしかねえな、急ぐぞ、アウルを助けるんだ!」


 ビッグアントは放っておけば数がどんどん増えていって脅威となるため、人里近くでは見つけ次第討伐隊が編成されて一匹残らず駆逐される。けど、ただ人一人包囲を突破して助けるだけなら少人数で行うことも不可能ではない。

 そう……困ったことに。大変残念なことに、出来なくはないのだ。


「その役目、私に任せてください!!」


 ババンッ! と効果音が付きそうなくらい堂々たる態度で、リリィが自分を指し示しながら宣言する。

 また始まったよ……と僕は思わず頭を抱えるけど、ふと隣を見ればヒルダはむしろ面白そうだとばかりに口の端を吊り上げていた。

 ああ、この場には僕の味方はいないのか……


「嬢ちゃん、今はふざけてる場合じゃ……」


「急ぎましょう、オウガ!」


「ガウッ」


 決めた途端、冒険者の男の言葉すら無視してリリィは愛狼(オウガ)の背に跨った。

 って、いくらなんでも行動が速すぎでしょ!


「いや、ちょっと待ってよリリィ、一人で行く気!?」


「大丈夫ですルル君、相手が群れなら、私の大規模魔法が一番得意とする相手。しかも、地属性の防御魔法が使えますから、人を守って時間を稼ぐには一番向いてます! オウガなら魔物の群れも素早く匂いで見つけられるでしょうし、ルル君とヒルダさんは後から助けに来てください!」


「なっ……」


 リリィが……自分の能力を客観的に捉えて冷静に相性を判断してる……だと!?

 あまりにも予想外の返しに、リリィと付き合いの長い僕でさえ一瞬の硬直を余儀なくされる。


「奔れ、風のように! オウガー!」


「ガウッ!!」


「あぁ!?」


 その隙に、どこかのカウボーイのようなセリフを吐きながらリリィとオウガは颯爽と駆け出す。

 僕の『アクセル』よりもなお早い狼を駆るリリィの姿は、文字通り一瞬で影も形も見えなくなってしまった。


「……ビッグアントって、蟻の魔物なんだよー……」


 既に届くわけもない背に向けて、小さく言葉を紡ぐ。

 誰に拾われることも期待していない言葉だったけど、意外なことに返答があった。


「そうだな。けど、それがどうかしたか?」


「……リリィって、虫が苦手なんだよ、凄く」


「…………あー」


 ヒルダが、呆れたような、憐れむような、そんな微妙な声を漏らす。

 ぶっちゃけ、リリィならビッグアントがどれだけたかろうと殲滅できると思う。オウガもいるし、万一の事態もよっぽどない。

 ただ……終わった後が、大変そうだなぁ……


「……行くか、ルルーシュ」


「……うん」


 とりあえず、助けに行くか……

 そう思い、僕とヒルダは未だおろおろしている冒険者の男達を置いて、魔法を行使しつつリリィの後を追った。

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