第十話 剣の道は険しいです
「はははは!! いやー、お前面白いヤツだな。まさか自己紹介であんなバカみたいな夢語るとは思わなかったよ」
「あはは、ヒルダさん、そんなに褒めないでくださいよ~」
「いやリリィ、それ褒められてないから」
ホームルームが終わると、約束通りルル君とヒルダさんを引き合わせ、模擬戦をすることになりました。
そのために先生に許可を取った後体育館へ移動しているのですけれど、その途中で私の自己紹介のことが話題に上りました。
どうせなら夢は大きくと思って言いましたけど、まさかこんなに大ウケするとは。
「いやまあ、リリィなら宮廷魔導師はなれるかもしれないけどさ……筆頭騎士どころか騎士団にも入れない気がするんだけど」
「ルル君ひどいです、私だって何年も剣を習ってるんですよ、それくらいなれますよ!」
「そういうのはせめて腕立て10回くらい軽くできるようになってから言ってね」
「ぐふっ!?」
ぐさぁーー!!
そ、それを言いますかルル君! 確かにできませんけど、未だに頑張って5回くらいですけど!!
「え、ま、マジで……?」
それを聞いたヒルダさんまで、私のほうを見ながら若干表情を引きつらせています。
うぅ、なんですか! 筋トレの回数がそんなに大事なんですか!
「だ、大事なのは剣の腕ですよ! 多少の力の差くらいはそれで覆せます!」
「いやリリィ、力の差が多少じゃない上にそんなに剣技も上手くないでしょ……」
「うぐぐぐ……」
ひ、否定できないのが辛いです……
「ま、まあなんだ、頑張ってりゃリリィも強くなれるって! オレだって最初は腕立てもそれくらいしか……出来なかった……ような……気がしなくもないし……?」
どんどんと尻すぼみになり、最終的には明後日のほうを向くヒルダさん。
そこまで言うならちゃんと最後まで嘘ついてください! 余計傷つきますからぁ! うわーん!!
「まあまあ、リリィだってちょっとずつ強くなってきてるよ」
「ルル君……」
やっぱり、得るべきものは幼馴染ですね……ルル君だけは私のことをちゃんと分かって……
「……多分」
「うわぁぁーーーん!!」
ちっとも分かってなかった!! もうグレてやるーー!!
そんな風に泣きながら、私は一足早く体育館の中へ駆け込んでいきました。
「全くルル君は、私のことなんだと思ってるんですかね」
ぷりぷりと怒りながら眺める先、体育館の一角にある入学試験でも使った場所では、片や私と同じくらいの身長の銀髪の少年が大剣のような木製の剣を抜き放ち、片や背の高い赤髪の少女は小ぶりな木剣を2つ、双剣のように両手に持って構え、対峙しています。
……この絵面だけ見ると、お互いの武器を交換したらちょうど良さそうだと思うところですけど、それは言わないお約束でしょうか?
そんな風に考えている私がいるのは、吹き抜けの2階部分にある廊下のような観客席です。ルル君とヒルダさんの対決を邪魔しては悪いので、一足先に入った私はここを陣取って傍観モードに入っていました。
決して、2人に虐められて拗ねてるとかそんな理由ではありませんよ、ええ、違いますとも。
「リリィー、開始の合図お願い」
「はーい」
さて、開始の合図と言えば空砲が定番ですけど、音魔法は風属性なので私にはちょっと難しいです。となれば、私に出来るのはコインか何かを投げて、落ちた音を合図にするくらいですかね。
というわけで、地属性魔法の『ロックシュート』……岩を作って飛ばす最下級の魔法を使い、小石を二人の間に投げ入れるとしましょう。
「いきますよー……ほいっ」
これくらいなら、魔法名すら唱える必要はありません。掛け声とともに展開された黄色の魔法陣から小さな小石が飛び出し、放物線を描きながら落下していく。
やっぱり、ただの模擬戦であっても剣士として譲れないものがあるのか、二人の間で緊張感が高まり、空気がピリピリし始めます。
やけにゆっくりと、焦らすように落下していく小石が、やがて体育館の床に触れる。同時に、カツンッと音が響き――二人は一斉に前へと飛び出しました。
「てやあっ!」
「せいっ!」
ルル君の大剣と、ヒルダさんの双剣が中央でぶつかり合う。
あくまで木製なので火花が散ったりということはありませんけど、代わりに私なんかじゃとてもついていけないような速度で衝突したことで大きな音が鳴り、体育館の中を震わせます。
「っ、聞いてはいたけど、それ以上だな。そんなでっかい剣持っててよくそんなに速く動けるな、お姫様」
「僕は男だっ! そっちこそ、そんな小さな剣でよく受け止めたね、不意打ちだったとはいえ、一応先生の防御だって正面から打ち砕いたって言うのに」
「はっ、伊達に鍛えてないからな」
鍔迫り合いをしながら何やら2人で言葉を交わし、かと思えばすぐに飛びずさって再び剣の打ち合いに入りました。
この試合では、特にルールはないです。戦って、先に降参したほうの負け。なので魔法の使用については特に制限されていないんですが、ルル君もヒルダさんも一切使っていませんね。まだ様子見ってことでしょうか?
ひとまず、純粋な剣技での打ち合いなら互角に見えますね。ルル君が素早い動きで翻弄しつつ、隙を突いての大剣の一撃を狙っていますが、ヒルダさんが双剣の手数と持ち前の力で隙を見せず、上手く踏み込めないでいる感じがします。
加えて、純粋な力比べにおいてはルル君が勝っているようですが、体格差のせいで鍔迫り合いは不利な姿勢を強いられ、結果的に互角に持ち込まれているようですね。
「へへっ、やるじゃんか。なら、そろそろ全力で行くぞ!」
「っ、なら、僕も……!」
ガヅッ! と一際強く打ち合って距離を置くと、油断なく構えたままヒルダさんが詠唱を始める。それに合わせて、ルル君も無理に妨害しようとはせず、自らの詠唱を始めました。
「逆巻く炎よ、我が身に宿り力となれ。『ブースト』!!」
「疾風よ、我を導き全てを振り切る足となれ。『アクセル』!!」
2つの魔法が発動し、ルル君のほうは動きが目に見えて加速しました。こうして外で見ているからなんとか目で追えていますけど、私があの場にいたら全くついていけずに見失っていたのは間違いないと思います。
けれど、そんな速さで繰り出される大剣の攻撃を、ヒルダさんはキッチリ捌いて見せています。
ひたすらに自分のスピードを高める『アクセル』と違って、『ブースト』は純粋に身体能力を強化する他、思考速度、反射速度なんかも同時に引き上げてくれるため、そのおかげで付いていけている面も大きいでしょうね。非常に残念なことに、同じ魔法を使えたとしても私では防ぐことも出来ませんけど。ぐぬぬ。
それからも激しい応酬が続きますが、こうなってくるともうどっちが有利とかよくわかりませんね。速すぎて。
その場からあまり動いていないヒルダさんが防戦一方になっているように見えなくもないですけど、特に痛手を負っているようにも見えませんし、実はルル君が攻めあぐねてるとか?
まあ……現時点で互角ないしそれに近い状態なら、ルル君の勝ちでしょうけど。
「逆巻く炎よ、我が身に宿る力となれ! 《ブースト》!!」
「なに!?」
高速で動きながら、ルル君が更なる魔法を重ね掛けする。
速さがまた一段上がったのみならず、繰り出される大剣の威力が増し、ヒルダさんは防御すらままならなくなっていきます。
そして、
「てあっ!!」
「ぐっ!?」
カァン! っと、ヒルダさんが持っていた剣の片方が弾き飛ばされ、その首元にルル君の剣の切っ先が突きつけられる。
勝負あり、ですね。
「参った、オレの負けだ。……かぁー、お前強いな、先生に勝ったってのは伊達じゃないってことか」
その場で足を投げ出すようにして座り込みながらヒルダさんが言うと、ルル君はさっと目を逸らす。
あれはあれですね、褒められて照れてるんじゃなくて、スカートの中が見えそうになったから逸らしたんですね。あんなに激しく打ち合っておいて今更な気はしますけど、気持ちは分かりますよ。やっぱり中に穿いててもちょっと目が行きそうになりますよね。
「あれは先生が油断してたからだよ。それに、僕は加速魔法に強化魔法まで重ね掛けしてようやくだ。純粋な剣技だけだったら僕が負けてたと思うよ」
「それでも負けは負けだ。けど、次はオレが勝つからな、首を洗って待ってろよ、ルルーシュ」
「そっちこそ。次は魔法なしでだって勝ってみせる。でも、それ以外ではクラスメイトだし、これからよろしくね、ヒルダ」
「ああ、よろしくな」
ルル君が手を差し伸べ、それを取って起き上がったヒルダさんと2人で笑い合う。
なんでしょう、終わったから1階に降りて来たんですけど、あそこに全く入っていけないです。これが剣士とそうじゃない人の差ってやつなんでしょうかね? ぐぬぬ。
「お、リリィ、どうしたそんな顔して。オレは別にルルーシュ取ったりしねーぞ?」
「何の話ですか」
別にルル君は私の物じゃないですし。ただ仲間はずれで寂しいだけです。ぐすん。
けど、今はそんなことはどうでもいいんです。
「それよりヒルダさん、今度は私と勝負です!」
「はい?」
びしぃ! っと私が愛用している小さな、それこそヒルダさんが片手で振り回してるものと同じかそれ以下のサイズの木剣を両手で突きつけながら言うと、ヒルダさんはぽかーんと口を開け、ルル君はやれやれと肩を竦めます。
なんですか、何か変なこと言いましたか私?
「いや、リリィってさっきの話を聞く限り剣はからっきしなんだろ? 勝負ったって相手にならないと思うけど……」
「そんなの分かってますよ。いいから早く勝負しましょう」
「えっ」
「えっ」
ヒルダさんと私で首を傾げ合う、なんともシュールなやり取りを繰り広げる。
強くなるために、自分より強い人と勝負するって普通だと思うんですけど……
「……まあ、リリィってこういう子だから」
「……なるほどな」
すると、見かねたルル君が何やら助け船(?)を出してくれました。
今の短い言葉にどんな意味があったんですかね? なんだかヒルダさんに物凄く呆れられてる感じがするんですけど、さすがに気のせいですよね……?
「言っとくけど、勝負って言うからには手加減しないからな?」
「はい、もちろんです!」
「泣いても知らないぞ」
「望むところです!」
「よく言った。じゃあ行くぞ!」
「はい!!」
そうしてヒルダさんに剣での勝負を挑んだものの、見事に10秒と持たず打ち倒されて地べたに這いつくばるハメになったのは言うまでもありません。
結局その日は回復魔法を自分にかけながら10回以上挑みましたが、一度たりとも一撃入れるどころか20秒として立ったいることすらできず、改めて自分の貧弱さを思い知ることになりました。本当はもう少し相手して貰いたかったんですけど、あまり私が拘束し続けるのも悪いと思ったのでお昼前には切り上げて、その後はルル君に相手して貰えるよう約束しておきます。
そんな私を見て、ヒルダさんが「マジか……」とやけにドン引きしてましたけど、私、そんなにおかしなことしてますかね?
……そういえば、私、何か忘れてるような気が……まあ、忘れるってことは大したことじゃないでしょうし、まあいっか。
そうやって些細なことは記憶の片隅に追いやりながら、その日は学園にある売店でルル君にお昼を奢って貰ったりしつつ、遅くまで剣術の訓練に明け暮れました。
ルル君も、ヒルダさんも、今はとっても遠いところにいますけど、でも、いつか絶対に追いついて見せます!
ユリウス「……リリィ、遅いな」
オウガ「ワフッ、ワフッ」ガツガツ←ユリウスに買って貰った餌を食べてる音
門番の人「(いつまでいるんだろこいつら)」




