第九話 入学式は出会いの日です
「どうですか、お母様? 似合ってますか?」
「ええ、よく似合ってるわ。そのうち田舎の両親にも見せてあげたいわね」
白いシャツの上に、赤を基調としたブレザーを着こみ、下には短めの黒のスカートを履いた格好でくるっとその場で回転してみせると、お母様は嬉しそうに褒めてくれました。
この服装は、フォンタニエ王立学園入学にあたって支給された、初等部の制服です。男女での違いはパっと見だとスカートかズボンかだけで色の違いはなく、赤色は初等部、青色が中等部、黒色が高等部と、年代ごとに色が変わります。
「リリィ、準備出来たかい?」
「はい、大丈夫ですお兄様」
ドアを開けると、青色の制服に身を包んだお兄様が、準備万端で待っていてくれました。
「すみませんお兄様、お待たせしてしまいましたか?」
「大丈夫だよリリィ、俺も今終わったところだから。さあ、行こうか」
「はい! それではお母様、行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい。気を付けてね」
お兄様に手を引かれて、家を出る。
今日は、フォンタニエ王立学園の入学式の日です。入学式の後は軽いホームルームをして下校するだけの予定なので直接関わりのない中等部の生徒であるお兄様が行く必要があるのか疑問でしたけど、聞けば中等部や高等部でも途中編入組の入学式があるんだとか。基本的に初等部からのエスカレータ式なので、数は少ないそうですけどね。
「オウガはお留守番しててもいいんだよ?」
「ガウッ」
今日の登下校はお兄様の要望で一緒に歩いて行くことになったので、オウガに乗ることはありません。なので、家で待っているように言ったんですけど、どうしても一緒に行きたいのか、一吼え鳴いて一歩後ろをついてきます。
まあ、校門の前で待つように言えばそうしてくれるので、もしかしたら散歩がしたいだけなのかもしれません。これからは移動以外にもお散歩してあげたほうがいいでしょうかね?
「リリィー」
「あ、ルル君! おはよう!」
試しに徒歩で登校してみたものの、結局途中でバテてオウガに乗って移動していると、見慣れた銀色の髪をなびかせる男の子を見つけました。手を振ると、こちらに向かって駆けよって来ます。
いつも半袖半ズボンの姿ではなく、赤色のブレザーと黒のズボンに身を包んだ姿は以前よりちょっとだけ大人びて見えますね。まあ、身長は変わらず私と同じくらいなんですけど。
「おはよう。ユリウス先輩もおはようございます」
「ああ、おはようルルーシュ」
ルル君がぺこりと頭を下げれば、お兄様もにこやかに挨拶を返します。けれど、なぜかその後すぐに私から離れて、お兄様はルル君の肩を抱くとそそくさと道の隅っこに行ってしまいました。
「(おいルルーシュ、お前昨日リリィと一緒に風呂に入ったというのは本当か!?)」
「(いやまぁ、入りましたけど……)」
「(きさまぁぁぁぁ!! 俺だってここ2年くらい入ってないのにぃぃぃ!!)」
「(いや知りませんよ、ていうかリリィなら頼めば一緒に入ってくれると思いますけど)」
「(いやな、ここのところは誘っても恥ずかしがってな……)」
「(そっちのほうが正常だと思いますけど。むしろ僕としてはもう少し恥ずかしがって欲しいといいますか……)」
2人で何話してるんでしょう? なんだかお兄様が見たことないくらい興奮してるみたいですけど。
……ま、まさかベッドの下に隠す例のアレですか? ダメですよそんなの! あれ、でも男の子ならそっちのほうが正常なんでしょうかね? だ、だったら私も話に参加して……いやでもさすがにそれは……うーん……
そうして悩んでいる間に話はまとまったのか、2人は私のところに戻って来ました。
ほっとしたような少し残念なような……
「2人とも、何の話をしてたんですか?」
「なに、ちょっとした男同士の話だよ」
試しに聞いてみると、お兄様はそう言ってはぐらかし、ルル君はなんだか疲れたように溜息を吐きました。
うーん、ルル君にはまだそういう話は刺激が強かったんですかね……?
「ガウ?」
一人(一頭?)だけ何も状況が分かっていないオウガだけが、可愛らしく首を傾げていました。
「それではお兄様、また後で」
「ああ、気を付けて行ってくるんだぞ」
その後は何事もなく学園に着いた私達は、お兄様やオウガと別れて自分達の教室に向かいました。校舎は三階建てで、部屋ごとにかけられているプレートを見るに、1年生の教室は1階に集まっているみたいですね。
クラスは学年ごとに3つあって、筆記、剣技、魔法の総合評価順でA、B、Cに分けられます。ちなみに私とルル君はBクラスだとか。
私は魔法しか取り柄がなかったから分かるけど、ルル君がAになれないなんて、この学園って随分とレベルが高いんですね。世界は広いなー。
そんなことを考えながら2人で教室に入ってみれば、既に20人近い数の人が集まっていました。これで全員というわけではないと思いますけど、ほとんどの人がもう来ているみたいですね。
「私の席は……あっちみたいですね。やった、窓際だ!」
しかも一番後ろ! これなら授業中に外の景色見てサボ……げふんげふん、待っててくれてるオウガの様子を見たりしてもバレませんね!
えっ、この位置からだとオウガのいる校門は見えない? 気のせいじゃないですかね、うん。
「リリィ、外ばっかり見てないで黒板も見なきゃダメだよ?」
「そそそ、そんなことあるわけないじゃないですか! ちゃんと勉強しますとも、ええ!」
なんで私の考えてること分かるんですかルル君は! エスパーですか!?
「ほんとに……? 僕、ちょうど教室の真ん中あたりなんだけど……なんか心配だな。居眠りとかしないでよ?」
「しませんから! もう、ほら、ひとまずルル君も席について!」
「あっ、ちょっ」
溜息を吐きながら疑わしげに見てくるルル君をひとまず席のほうに押しやってから、いそいそと自分の席に向かう。
全くルル君は、私のことをなんだと思ってるんですかね。いやまぁ、確かに勉強は苦手ですし、サボろうとも思ってましたけど! ……あれ、これじゃ言い訳できないような……き、気のせいですよね?
「うー、こうなったら実際に授業態度で見返すしかないですよね、うん」
ルル君の中にあるダメな私のイメージを払拭するには、日々の研鑽とその結果を示すより他ありません。
ひとまずは明日からの授業を真面目に受けることと、テストでいい点数を取れるように頑張らないと!
「お前、妖精さんだよな?」
「ふえ?」
自分の席に座ってそんなことを考えていると、突然前の席から声をかけられる。
顔を上げてみれば、そこにいたのは赤色の髪をした一人の女の子でした。
大雑把に短く切り揃えられた髪といい、つり上がった目といい、見るからにすごく気が強そうなその子は、スカートの中が見えそうになるのも構わず(よく見れば中にスパッツみたいなのを履いてましたが)豪快に足を開いて椅子に逆向きに座ってこちらを見ていて、その仕草もあってスカートでなければ男の子だと勘違いしていたかもしれません。
「ああ悪い、オレはヒルダ。ヒルダ・スクエアだ。お前だろ? “黒狼の妖精”とか“氷の妖精”とか呼ばれてる新入生って」
私の反応が鈍いのを、自己紹介してないからだと思ったのか、名前を口にしてから改めてそう尋ねてくるヒルダさん。
まさかのオレっ子とは、ますます男勝りな子ですね。ルル君よりもむしろ男っぽいかもしれません。
というか……
「黒狼の妖精は聞いたことありますし、私のことだと思いますけど、氷の妖精は初めて聞きました」
なんでしょう、二つ名が増えるのはいいんですけど、もしかして今後“妖精”で固定なんでしょうか? 別に妖精が悪いとは言いませんけど、出来ればもっとこう、かっこいいのがいいです……
「ああ、知らないのか。入学試験の魔法実技で水属性の上級大規模魔法をぶっ放してそう呼ばれるようになったって聞いてるぞ? オレはその時ちょうど筆記試験の真っ最中だったから見てないんだけど……すごかったらしいじゃん」
「なるほど、そういうことですか……あ、私はリリアナです。リリアナ・アースランド。仲の良い人はリリィって呼んでます。これからよろしくお願いします、ヒルダさん」
「ああ、よろしく、リリィ。ところでさ、その仲の良い人ってのはあいつのことだよな?」
そう言ってヒルダさんが指さした先にいるのは、早速周りの席の子達と自己紹介しあってるルル君。
男女問わず囲まれてすごい人気ですね。ううむ、なんだか前世の私を思い出す光景です。
「そうですよ、ルル君がどうかしました? ……はっ、もしかして、恋の相談ですか!?」
ヒルダさんは男勝りな女の子で、ルル君は女の子っぽい男の子。これはひょっとしてお似合いの2人なのでは……!?
ちょうど身長もヒルダさんは座ったままでも分かるくらいには私より大きいですし、女の子としては起伏が乏しいものの鍛えられたしなやかさを感じるスレンダーボディは騎士っぽくてかっこいいです。小柄で可愛いルル君と並べば、絵になること間違いなしですね。
「は? いや、ちげーよ、なんでオレが恋なんてめんどくさそうなことしなきゃならないんだ。ただあのお姫様と一度剣で手合わせしてみたかったから、出来れば紹介してほしいなと思っただけだよ」
「なんだ違うんですか……ていうか、お姫様?」
ルル君にも春が来たかと思って期待しちゃったので少しがっかりしましたけど、続く言葉に首を傾げます。
それ、もしかしなくてもルル君のことですよね?
「ああ、そっちも知らないのか。あいつはあいつで、“銀閃の姫君”なんて呼ばれてるみたいだぞ?」
「え、えぇー……」
銀閃は普通にかっこいいですけど、まさか男女間違われてるとは……哀れルル君、ご冥福をお祈りします。合掌。南無。
「それで、どうだ? オレのこと紹介してくれない?」
「ああはい、いいですよ。そろそろ時間なので、放課後でいいですか?」
改めて頼んで来たヒルダさんに頷きを返すと、ちょうど先生が教室に入って来ました。さすがに今すぐっていうわけにも行かないです。
「ああ、それじゃあ後でな」
ヒルダさんもそれは分かっているようで、一つ頷いた後すぐに前を向いて座り直しました。
「ガキ共ー、ホームルームおっぱじめるぞー、静かにしろー」
先生の声に釣られ、まだ気づいていなかった生徒達もみんな一旦静かになり席に着く。
改めて見ると、先生は結構美人な女の人でした。
後ろで束ねられた藍色の髪といい、出るところは出て引っ込むところは引っ込んだ女性らしい体付きといい、男であれば思わず目を引くこと間違いなしです。ただ、そのやる気のなさそうな顔とだらしなく着崩した白衣のせいでいろいろと台無しなので、プラマイゼロって感じでしょうか。
「ほいじゃ自己紹介と行きますかね。私は今日からお前達の担任になるアメルダ・トーラスだ。呼び方はテキトーに好きに呼んでくれ。で、えーっとなんだっけ……この学園での注意事項……は、面倒だな、各自これから配る生徒手帳を読んでおくよーに」
見た目通りというか、すごく適当な自己紹介の後に、恐らく説明するように言われていたことすら丸投げしてきました。うん、この人が担任で大丈夫なんでしょうかね? すごく不安になってきましたよ。
「一応私はお前達の担任ってことになってるけど、実際に受け持つのはこういうホームルームと、あとは剣技、魔法以外の授業全般だ。剣技と魔法についてはまた入学試験の成績に合わせてクラス分けがなされてるから、後で各自確認しておくよーに」
ふむふむなるほど。けどそれだと、魔法はまだ分からないですけど剣技の授業だとルル君と別のクラスになりそうですね。まあ、他のクラスの子と関われる機会でもありますし、新しい友達を見つけるにはちょうどいいですね。
……ああでも、ヒルダさんも剣でルル君に挑みたいって言ってるくらいですし、彼女とも違うクラスになりそうですね。うーん、まあ、それ以外の時間で仲良くなれるように頑張りますか。
「ほいじゃ、あとはそれぞれ自己紹介。そっちのあんたから。はい起立」
「えっ、あ、はい! 僕の名前はタール・コロッゾ。えーっと……特技は魔法で、将来はフォンタニエ魔法師団に入りたいと思ってます。これからよろしくお願いします」
いきなり指名された廊下側の最前列にいた男の子が、若干挙動不審になりながら自己紹介する。
名前、特技、将来の夢ですか、無難なところですね。私はなんて言おうかなぁ……
そんなことを考えている間にルル君の番になり、立ち上がりました。
こうしてみると、やっぱり他の子に比べて小さいですね。銀色の髪が珍しいのもあって、確かにお姫様に見えなくもないです。
「僕はルルーシュ・ランターンです。なんだか姫君だとか呼ばれてるみたいですけど、僕は男なのでそれも含めてよろしくお願いします」
姫君、のあたりでチラっと私を見て自己紹介を終えるルル君。
今の視線、もしかして私が元凶だって疑われてる!? いや、違いますよルル君、それに関しては私は完全にノータッチです!
そんな風に念を飛ばしながら首をぶんぶん横に振りますが、変わらずルル君からは疑わしげな視線が注がれてきます。
むぐぐ、誰ですか余計な二つ名を広めたのは! それをするのは私の役目だったのに、先を越されたせいで変な疑いをかけられるハメになっちゃったじゃないですか! 絶対見つけ出して懲らしめてやります!!
「オレはヒルダ・スクエア。特技は剣で好きなものは決闘だ! よろしく!」
報復の算段を立てるために一人でブツブツ言っている間に、私の前の席のヒルダさんの自己紹介が終わり、最後に私の番になりました。
ていうか、好きな物が決闘って、なかなかすごい自己紹介ですね……
「私はリリアナ・アースランドです。特技は魔法で、運動はちょっぴり苦手ですね。将来は……」
うーん、そういえば、今まで将来の夢ってあんまり深く考えていませんでしたね。男らしく、かっこよくなりたいとは思ってましたけど、それを分かりやすく示せる何か……うん、そうだ、あれがいいですね。
少し考えて決めると、私はにこっと笑いながら、それをみんなの前で発表しました。
「筆頭騎士と宮廷魔導師、どっちの称号も私の物にしたいです! そのためにもとりあえず、この学園の剣技大会と魔法大会、それから混合の大会も全部制覇するのが目標です! 皆さんよろしくお願いします!」
私の自己紹介を聞いて、クラスの全員が、先生でさえもあんぐり口を開ける中、ルル君だけが頭を抱えて溜息を吐いてました。
オウガ「zzz……」
門番の人「(これほっといていいのかな……)」




