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プロローグ こんなナリだけど男の子です

ちょっとした息抜きで書き始めました。見切り発車なので更新は不定期になるかと思います。

「きゃー! やっぱり可愛いー!」


 穏やかな秋の昼下がり。日曜日ということもあってか、とある服飾店は家族連れからビッグなマダム、果ては少しチャライ男まで所狭しとやってきて、大いに賑わっていた。そんな真っ只中に、女子学生複数人による黄色い声が響き渡る。

 頭にガンガン響くその声を聞いて当然のように集まった視線1つ1つにぺこぺこと頭を下げていきながら、僕は声の主達をじとーっと睨んだ。


「うんうん、すごく似合うわね! あいつらも偶にはいいこと言うじゃない!」


 うん、効果はなかったみたい。大きな鏡の前を取り囲んで、またしてもきゃーきゃーと歓声を上げている。

 そんな視線の先にいるのが僕、照月(てるづき) (あおい)。同年代の、決して高身長というわけでもない女子達に囲まれながらも頭一つ分以上小さな体は現在黒いドレスに包まれ、みんなから羨ましがられる艶やかな黒髪には白いフリフリのついたカチューシャが載せられている。

 そんな、所謂メイド服に身を包んだ僕だけど、こんなでも一応男だ。

 別に性同一性障害を患っているわけでも、わざわざ僕を虐めるためにこんなところまで連れてこられたわけでもない。


 事の始まりは今日、学校で行われたホームルームまで遡る。






「というわけで、俺としてはメイド喫茶を提案したく思う!」


 バンッ! と机を叩きながら、一人の男子生徒が立ち上がりざまに力強く宣言した。

 決して彼が残暑にやられて頭をおかしくしてしまったわけじゃなくて、単に今年の文化祭でうちのクラスは何をしようという話になったからこその言葉だろうけど、それにしてもメイド喫茶って……


「はぁ? 却下よ却下! なんでそんなことしなきゃなんないのよ!」


 そうだそうだー! と、主に女子生徒達からの猛烈な批判が始まる。

 男子としては目の保養になるし、給仕の仕事も自動的にメイド服を着た女子がやることになるんだから二重に美味しいメイド喫茶だけど、やっぱり世の中そう上手くは行かないよね。

 まあ、僕としてもちょっとメイド服姿の女子は見てみたかったけど……


「だが待て、よく考えろよお前ら。メイド喫茶をすればな……照月のメイド姿が見れるんだぞ!!」


 批判を前にたじろぐことなく、続けて投下された爆弾を前に、女子達一同「その手があったか!!」みたいな顔して硬直する。

 うん、照月? おかしいな、そんな名前の人僕以外にはいないはずなんだけどね、うん。オカシイナー。


「蒼ちゃんの……」


「メイド姿……」


 じいいいいいいいいっと女子一同の視線が僕に突き刺さる。

 待っておかしい。僕男だよ? なんで僕? What? Why? Who? When? Where? あれ、この場合どれを使うのが正しいんだっけ?


「おし、じゃあ女子も納得したってことで、メイド喫茶で決定な!」


「「「「おーーー!!」」」」


 バカなこと考えている間に、まさしく電光石火のスピードでクラス全員が唱和し文化祭の出し物が決定された。

 君達、少し前にスポーツ大会で誰がどの競技に出るか決めようとした時は1週間以上全く決められなかったよね!? なんでこんな時だけそんなに纏まるの早いのさ!? というかせめて話の中心である僕に確認取ろうよ!?


「いやあの……男の僕がそんなの着ても誰も喜ばないと思……」


 やんわり断ろうと立ち上がったら、今度はクラス中の生徒から視線が突き刺さった。怖い、怖いよ!


「いやむしろ、蒼でダメなら誰が着ても喜ばれないだろ」


「うんうん、蒼ちゃんちっちゃくて可愛いし」


「肌白くてキレーだし」


「髪もサラサラでいい匂いだし」


 それらの言葉に、クラス中みんながうんうん頷きを返している。普段こういうイベントに積極的じゃない図書委員の子とか、真面目なクラス委員長さえも滅茶苦茶乗り気だ。

 確かにこれまでも女子が持って来た髪飾りを付けられて可愛い可愛いと人形の如く撫でまわされたり、体育の時はさも当然のように女子更衣室に連れて行かれそうになったり、近所のおじいさん達には何度言ってもお嬢ちゃんとしか呼ばれなかったり、そもそも現在進行形で先生がなんの疑問も持たずに黒板に「蒼のメイド喫茶」なんて書いたりと、明らかに女の子扱いされてきたわけだけど……って先生!! 疑問持たないのはともかくなんで僕がメインみたいになってるんですか!!


「まぁまぁ照月、ここはみんなのためだと思って! 頼む!」


 パンッと手を合わせ、最初に言い出した男子が拝み倒すような恰好で頼み込んでくる。加えて回りを見渡せば、男子も女子も関係なく、クラス中の生徒が期待の籠った目でじーっと僕の方を見ていた。

 僕は基本的に、ノーと言えない日本人の典型とでも言うのか、強くお願いされたら中々断ることが出来ないタイプだ。今回もまた激しい葛藤の末に、心の中をその言葉が占めていく。


 もー……仕方ないなぁ……


「こ、今回だけですよ……?」


 渋々そう言うと、クラス全員の割れんばかりの歓声が響き渡った。




 そんな理由から、僕は気合十分な女子達に連れられて近くの服飾店に向かい、メイド服を見繕って貰った。多数決で一番似合うと言われた物を買い、店を出る。


「でも、僕に合うメイド服なんてなんで置いてあったんでしょうね?」


 言ってはなんだけど、僕の身長はそこらの女子小学生並しかない。絶対オーダーメイドになると思っていたのに、まさか思いっきり専用コーナーの如く多数の女児用メイド服が揃えてあるなんてびっくりだった。値段を理由にあわよくばメイド係から辞退しようという思惑が台無しですよ、ぐすん。


「えっ、そりゃあ私のお父さんのお店だし、蒼ちゃんにいつか買って貰おうと思って仕入れて貰ったんだよ?」


 お前かーーー!! というか、いくら娘の頼みだからってそんな需要の欠片もなさそうな服仕入れちゃダメでしょう店長さん!!


「まあ、予算の大半は蒼ちゃんのメイド服につぎ込んでいいってみんなにも先生にもOK貰ってるし、無くてもどうにかなったけどねー。でも、グッジョブ茜!」


「えっ!?」


 予算の大半って、それ事実上僕一人で給仕やることになるんじゃ……!?

 そんな戦慄を覚える僕を他所に、女子達はわいわいと騒ぎながら学校への道を歩いていく。

 これはもう、一度自分からやると言ってしまったのもあるし、潔く諦めてメイド喫茶で給仕するしかなさそうだなぁ……トホホ……


 そんな風に、みんなからは少し遅れ気味の状態でトボトボと歩いていたからか。それに気づいたのは、僕だけだった。


「あれ……?」


 道路の上を、ころころとサッカーボールが転がっていく。どこから来たのか、誰の物なのか、それはすぐに分かった。

 それを追いかけるように、小さな男の子が道路に飛び出していたからだ。


「あっ……」


 そんな子供に向かって、まっすぐひた走るトラック。脇見運転でもしているのか、それとも車両の高さからして死角に入っているのか、全く速度を緩めようとしないそれを見た瞬間、僕は反射的に走り出していた。


 子供の下まで追いついたと同時に地面にかかる、黒い影。僕に出来たのは、そのまま男の子を影の外へ突き飛ばすことだけだった。


 身体中を衝撃が駆け抜け、軽々と空へ吹き飛ばされる。トラックに轢かれちゃったんだと、そう認識した一瞬後に、遅ればせながら激痛が襲ってきた。


 あ、これ、僕死んじゃったかな……? でもまぁ、最期に男らしいことが出来たし、いいか……


 近くにいたはずの女子達の悲鳴をやけに遠くに感じながら、僕の意識はそこで途切れた。






「というわけでな、お前さんは死んでしまったんじゃよ」


「……は、はあ」


 僕の意識が再浮上を果たした時、目の前に座るお爺ちゃんがいきなりそんなことを言い出した。

 うん、説明も何もすっ飛ばして、意識が戻った刹那にそれを言われても何のことかさっぱりです、もう少し何があったか説明プリーズです。


 とはいえ、見るからに初対面のお爺ちゃんにそんなことを言えるはずもなく、ひとまず今居る場所を見渡しながら記憶の糸を手繰っていく。


 真っ白な部屋だった。いや、部屋と言っていいものか。壁も天井も床さえも一面の真っ白で、距離感がなんだかおかしい。そこに壁があるようにも、更に先が続いているようにも見える不思議な感覚。

 そんな場所に、ちゃぶ台と座布団だけちょこんと存在し、僕とお爺ちゃんはそのちゃぶ台を挟み対面に座っていた。なんだか、映画とかで見る人体実験室とかこんな部屋になっているイメージがあるからか少し落ち着かない。もっとも、それも目の前に置かれたちゃぶ台のせいで台無しになってむしろシュールだけど。


 そして、それだけの時間周囲の把握に努めていると、段々僕の身に何があったのかも思い出してくる。

 確か文化祭でメイド喫茶をやることになって、そのためのメイド服を買いに行って……帰る時に、小さな男の子を庇ってトラックに轢かれたんだ。うん、思い出した。


「思い出したかの? まあそういうわけでの、お主が助けた少年は無事じゃったが、お主は死んでしもうたのじゃ。なので、お主にはこれから転生してもらう」


「えっ、転生、ですか?」


 僕が状況整理を終えると同時にかけられた言葉に、思わず身を乗り出しそうになる。

 だって転生だよ、転生。ネット小説とかでよくある、神様に特典貰って異世界に行っちゃうやつ。そういう主人公は大抵すごく強くて格好良くて、ハーレムとか作っちゃうやつ。

 僕は昔から体格に恵まれず、小さい頃に大きな病気にかかったこともあってかなり箱入りに育てられてきた。だからか、同年代の男子どころか、女子に比べても背が低くて華奢な体付きになり、気付けば女の子よりも女の子っぽいとまで言われるようになっていた。

 だから、そう言った小説の主人公を見る度に、僕も生まれ変わってこんな風に男らしく生きれたらなぁって、そんな風に思っていた。それがまさか、本当に自分の身に起こるなんて。これはもう、いつも大人しい僕だってテンションが上がるってものですよ。


「ああ、転生と言ってもお主が思っておるようなものではないぞ、記憶は浄化されるし、肉体も赤子に戻るが能力はさして変わらん。行く世界は場合によりけりじゃがの」


「あ、そうなんですか……」


 期待してしまっただけに、そう言われると心に来るなぁ。

 違う世界に行ける可能性はあるみたいだけど、生まれ変わってもこの身体のまま、しかも記憶が無くなるんじゃ意味がない。うん、そう言われると流石に死んじゃったのが悲しくなってくる。


「でも、それならなんで僕こんなところで、えーっと……神様? とお話してるんですか?」


 仮に思っていたのと違っても、死んだ人を転生させる人なんて大抵神様か、それに準ずる存在だって決まってるし、ひとまずそう仮定して質問してみる。

 こういう話は、実は死んだのが神様のミスだったりだとかで、それを謝って生き返らせてくれるために会ってくれるものだけど、僕の場合は違うみたいだし、なら会うことなんてせずにさっさと転生させちゃったほうが面倒はないはずなのに。


「それはあれじゃ、ただ転生させるだけの毎日じゃと儂が退屈じゃからの」


 ふぉっふぉっふぉっと笑いながら、お爺ちゃんは平然とそんな風にのたまった。

 えー、神様ってそんな適当でいいの……?


「まあそういうわけでの、転生させる前にその人物と会って話すのは儂の趣味みたいなもんじゃ。大抵の者は死んだと伝えると取り乱したり、記憶を浄化すると言ったら泣き出したりしてまともに会話にならんかったからの、お主と話せて楽しかったぞ」


「ええぇ……」


 話せて楽しかったって、僕まだ2、3言しか口効いてない気がしますけど……どれだけ会話に飢えてるんですか、この神様。

 でも、取り乱す気持ちも分からないでもない。僕だって、どちらかと言うと今の状況がちゃんと呑み込めずにいるから平気なだけだと思うし。


「それではの、特に何もしてやれんが、お主の来世では幸多きことを祈っておるよ。えーっと……」


「あ、蒼です。照月(てるづき) (あおい)


「そうそう、照月照月っと」


 神様がスっとちゃぶ台の上に手を持ってくると、その手にはバイトの履歴書みたいな紙が握られていた。軽く覗き込んでみると、その紙の一番上には大きく『照月 蒼』の名前が。


「ふむふむ……ん?」


 神様がその紙にサラッと目を通していると、途中で訝しげな表情を浮かべ首を捻った。


「どうかしました?」


「いや、なんでもない。ただの書類の不備じゃろう」


 そう言って神様が手を翳すと、そこに光が灯って書類の文字が書き換わっていった。

 おおっ、魔法だよ! 何が書き換えられてるのかは名前以外の文字が小さくて遠目にはよくわからなかったけど、初めて見た魔法に否応なくテンションが上がる。

 ああ、これが最初で最後の魔法かぁ、一度くらい自分でも使ってみたかったなぁ。


「よし、これで問題はないじゃろう。ではの、また100年後くらいに会おう」


「はい、お世話になりました」


 ああ、これで僕の人生も終わりかぁ……文化祭、メイド服着なくて済んだのはいいけど、みんなをがっかりさせちゃったよね。せめてそれが終わるまでくらい……いや、やっぱりもう10年くらいは生きていたかったなぁ……何せ、もう少しすれば僕だって背が伸びたかもしれないし。


「元気での、()()()()()


 いや、僕お嬢ちゃんじゃないです、男ですから――


 そう突っ込みたかったが、それよりも早く僕は目映い光に包まれ、再び意識を失った。


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