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前菜

禁止されると、やりたくなる。

知恵の実を食べた人間はバカになった。

食べるという行為は背徳的だ。

だからこそ、やめることができない。


彼女は趣味も合う仲間で、これといって特技もない僕がコンプレックスを抱くこともなかった。

しかしそれは過去の話で、今はそのバランスが跡形もなく崩れ去っていた。


増えすぎた人口は世界を埋め尽くし、死なない人間は延命のために自らの生を延長する。

人類はまるで水飲み鳥のような構造物へとなっていった。

記憶や感覚は情報化され、新鮮な感覚そのものが「チープ」なデータに成り下がっていた。


「今日の必須カロリーは?」

僕は手元にある携帯型デバイスに問いかける。

[2000kal]

機械音とともに本日のノルマが表示される。

あいにく手元にカプセルのストックがないので、今日はコンビニでカプセルをもらう必要がある。

さらにカロリーを摂取したいのであれば追加で購入する必要があるが、今日は配給分だけで十分だ。

僕は朝の気だるさを踏みしめつつ、以前冷蔵庫があった場所においてあるウォーターサーバーから

水を飲むと、そそくさと身支度を整えて会社へ向かう。


12時、会社では主に気候変動を観測したデータの処理をしているが、

特に変わった様子もないので、いつもどおりにデータをマザー端末へ飛ばす。

これといった欲求もないので、いつもどおりに13時には会社を出る。

何か変わった様子もないので、いつもどおりに彼女のいる図書館へと向かう。


13時、彼女の職場である東図書館に着く。

今日は公共バスが故障で遅延していたので、徒歩で移動した。

その分カロリーが消費されたので、僕の体内の脂肪分は減少したはずだ。

彼女はいつものとおりにカウンターで受付業務をしていた。

僕は17時まで開架書庫で読書をする。昨日は2000年代前半に刊行された娯楽小説を読んだ。

2000年代前半の娯楽小説は学校を舞台にした作品が多い。

この国の少子化が叫ばれ始めた時代であるはずなのに、不思議である。

しかも学校で超能力を持った人間が暴れまわるものだから、なんとも非現実的である。

それでいて登場人物は封建的で、女性にいたっては象徴的なほど女性的。

優しく、母性愛があり、家庭的である。なんとも呪縛的である。

しかも料理ができるかどうか、この点は重要らしい。

趣味、お菓子作り。そんな人間が必ず一人は登場する。


17時、彼女とともに図書館を後にする。

以降の業務は機械に委託されるので彼女は帰宅することが許される。

「今日はどんな本を読んだの?」

彼女は僕に必ずこう問いかける。

寝るまでの4時間はずっとこうして文学談義をするのだ。

「僕は2000年代前半の娯楽小説を読んでいたよ。昨日の続き。」

「そう。きっとあれね、学校で10代の若者が暴れるやつ。」

「そうそう、そんな感じだ。彼らはエネルギーに満ちている。でもとても脆いんだ。心が。」

彼女は少し考えた後、何か思いついたように前髪をぱちんとはじいてこちらに向き直る。

これは彼女が何か面白いことを思いついたときの癖である。

「ねえ、今日は映画を見ない?ちょうどそのくらいの年代で、面白そうなのを見つけたの。」


18時、僕はくしゃみと少しばかりの涙に苛まれていた。

アレルギー性鼻炎を遺伝的に抱えている僕は、ホコリに弱い。

現代の図書館はとてもきれいなので問題ないが、彼女の持ち出した映画が問題だった。

「大丈夫かしら?」

「ああ、なんとか大丈夫だが、クシュン」

ハンカチを鼻につめて、なんだかすごく不恰好だが平静を保つ。

「閉架書庫で古い新聞を探していたら落ちていたのよ。」

「それで、これはどうしてこんなに安っぽいんだい?」

「わからないわ。でも、これはきっとプロが作ったものではないと思うの。」

「根拠は?」

「うう、だってこの時代の光ディスク媒体ではプラスチックのカバーがつくのが常識よ。この外装を見て。」

彼女の手元にある光ディスク媒体は、安っぽいビニールで包装され、ホコリまみれだ。

中には表紙やタイトルが印刷された粗末なカバーが同封されていたらしいが、開封された形跡があり、何者かが視聴した後だと推測される。

タイトルは、『スクールバトルクッキング!』とある。

内容を要約すれば、主人公の心を射止めるためにヒロインたちが料理の腕を競って超絶バトルを繰り広げるとのこと。

なぜ料理で主人公のハートをゲットできるのかはまったく理解できないが、その表紙を見る限りではえらく本格的である。

「どうして料理で戦うんだい?そもそも、料理は非生産的な行為じゃないか。」

「それはそのとおりね。炭素資源がグラム単位で管理される現代社会では考えられない行為だわ。」

彼女は前髪をぱちんとはじく。

「だからこそ、面白いと思わない?非生産的で背徳的なこの娯楽映画。」

僕はまたくしゃみをする。彼女がディスクを取り出したからだ。

そして携帯端末を振りかざすと、僕たちの目の前に2000年代のアニメーションが映し出された。


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