攻略対象たちによるヒロイン攻略大作戦
ここは部活棟の中に数ある部室の一室。
俺を含めた男五人は席に座った状態で両手を口元で組み、神妙な表情をしていた。
「全員揃ったな」
「ああ」
「うん」
「うっす」
「オーケーだ」
皆の言葉に俺は頷く。
「そうか。では──」
俺は重々しくここに宣言した。
「──これよりヒロイン攻略会議を始める」
俺の名前は九重恭介と言うが、本当は違う。なぜなら俺を含む五人は前の世界で死んでしまい、死後出会った神様にこの「乙女ゲー」と言う、ゲームの世界に転生させられた者たちだからだ。この世界での俺たちの役回りは攻略対象と言うものらしい。神様は、俺たちに「ヒロインに攻略されるのではく、ヒロインを攻略してみせよ。さすれば元の世界に帰してやる」と言った。ヒロインを攻略するのは俺たちの内、誰か一人でも良いらしく、元の世界に帰りたい俺たちは皆で協力してヒロインを攻略することを決めた。それらのことについての記憶はつい二週間前に皆一斉に思い出したため、俺たちは慌てて同好会である『紳士交流の会』を作って今に至る。部長は俺だ。理由はジャンケンして負けたから。
ちなみにゲームのタイトルは全員プレイしたことがないから知らないし、内容も把握していない。完全に手探り状態からのスタートだ。
「まず、初めに誰がいく?」
「先陣は俺に切らせてもらおうか」
言葉と共に立ち上がったのは、ヒロインのクラス担任兼我らの部活顧問である数学教師の蘭祐希先生だ。まだ新任ながらも、情に厚く、常に親身になって生徒のことを考えてくれるため生徒からの信頼や人気が非常に高い。
「祐希先生、やってくれますか?」
「任せておけ。お前らに大人の格という物を見せてやろう」
なんと頼もしい。これが、一日の長からくる余裕というものか。
「作戦はありますか?」
「無論あるさ」
裕希先生の作戦はこうだった。
祐希先生が教師というアドバンテージを活かして、ヒロインの相談に乗って何かとヒロインを気にかけたり、またはヒロインが分からないと言う部分の勉強を懇切丁寧に教える。親切で熱心な先生に心引かれていくヒロイン。そして、二人の関係が距離が縮まった頃、放課後に誰もいない空き教室にヒロインを呼び出す。教師からの呼び出しだ、拒むことは許されない。困惑しながらも呼び出しに応じてやってきたヒロインに自分の気持ちを告げる。「今まで君のことを近くで見てきたが、それでもやはり君のことが心配でたまらない。これからもずっと傍で君を守らせて欲しい」──これでヒロインはイチコロである。
完璧だ。凄い。これが大人なのか。
さらに、祐希先生は一週間以内にヒロインを攻略してみせる、と俺たちに言ってみせた。
「吉報を待っていると良い。お前たちの出番がやって来ることはないさ」
そう言って部室を後にする先生の背中はとても広く感じられる背中だった。
◇
「すまん、無理だった……」
一週間後、部室に入ってくるなり祐希先生の口から飛び出したものは謝罪の言葉だった。
皆、驚愕する。あの自信満ちていた祐希先生が失敗……?
「一体何があったんですか?」
何かしら不都合があったに違いない。そう思って訊ねてみると、祐希先生は悲痛の面持で口を開いた。
「俺がどれだけヒロインに話しかけても、『はい』『いいえ』しか返ってこなくて、むきになってここ一週間ヒロインにだけ話しかけてたら、俺のことを見てた他の生徒が親に『教師が生徒にナンパしている』って言いつけたみたいで……それでPTAで俺のことが取り上げられて……」
彼から悲哀の雰囲気が漂ってくる。
「生徒の保護者が何人も学校に乗り込んできて……その後、臨時集会やら、俺の今後の処遇についての会議やら……軽い修羅場になった」
なんといたたまれないことか。あれだけ大きく見えた背中が今では弱々しく萎んでいた。その姿に皆、そ、そうですか……ご愁傷様です、としか言えなかった。
「お前ら、あの恐怖を知らないからそんなこと言えるんだろ! モンペ怖いんだぞ、モンペ! あの圧力、あの迫力……! それに新任教師の俺なんて、すぐに減給処分だ。チクショウ! 明日から仕事帰りにパチンコ行けねえ!」
いや、何してんですか、先生。最初から行っちゃだめでしょ、そんなの。
「それに、クビになったらウチで家庭教師として雇ってあげるザマスってチャラチャラした指輪を指全部にはめたパンチパーマのお母様方が優しげな口調で言ってくるし、何気に給料高いから迷うじゃねえかッ!!」
何故かテンションがだんだんと目に見えて上がっていく先生。一度冷静になってもらわねば、と俺は宥めようと声をかける。
「落ち着いて下さい、先生」
「先生じゃねぇっ! 様をつけろ、様を! 祐希様と呼べ、このドスケベ野郎!!」
こいつ情緒不安定すぎるだろ。よく教員の採用試験受かったな。
「ああ、チクショウ。今後一生ナンパ教師って呼ばれるんだぜ、俺……。はあ、引きこもりたい。ゲームの中の二次元の女の子にキャーキャー言われたい」
ここゲームの世界ですよ、先生。
とにもかくにも先陣である祐希先生のヒロイン攻略が失敗に終わってしまった以上、次の手を考えなければならない。
さてどうするか……。
「やれやれ、次は僕が行こう」
そう言ったのはヒロインと同じクラスの一條千太郎だ。勉強では学年トップの秀才で日本が誇る財閥の御曹子でもある。性格はどこか憎めないやつで、少しばかり尊大な態度が目につくが、それさえも愛嬌に感じてしまうほどの持ち主だ。
「先生と同じ轍を踏むつもりはないよ」
「具体的にはどうするんだ?」
「先生の敗因は功を焦ってやりすぎたことにある。僕はそんな愚はおかさない」
一條の作戦は次のようだった。
親しくなるきっかけを作るため、ヒロインとテストで勝負をおこなう。ルールは勝った方が相手に何でも言い聞かせられると言うものだ。それで、当然ながら成績が有利な一條が勝利し、勝負の約束として一條がヒロインをデートに誘う。舞台はとある高級サロン。慣れないドレスに慣れない社交場、そして慣れないダンスに戸惑うヒロインを優しくエスコートした後、豪華ディナーに招待して二人優雅に時を過ごす。そして、最後に幻想的な夜景が見下ろすことが出来るビルの屋上でこう告白するのだ。「君と出会うことが出来たこの運命に乾杯」と。――これでヒロインは一條にホの字である。
「それに加え、デートの約束はテストが返ってきてから再来週の日曜日。その間、ヒロインは期待と不安に胸が高鳴った状態で一日一日を過ごすことになるのさ」
なるほど、あえて焦らすことによってデートのことしか考えられなくさせるのか。そしてヒロインは御曹子である一條とのデートは一体どんなものだろうかと想像に胸膨らませている内に自然と一條の好感度は上がっていき、デート当日はかなり高い好感度からのスタートとなる。もちろん『御曹子』の一條ならヒロインの期待を裏切らないデートをおこなってくれるだろう。こいつ、天才か……! 秀才なのに天才か!
「一條、期待しているぞ」
「もちろん最善は尽くすよ。まあ、僕に失敗の二文字は存在しないんだけどね」
余裕綽々な態度の一條。それに対し、裕希先生も言葉を送った。
「不純異性交遊は校則で禁止されているぞ! 一教師として見過ごすことは出来んな!」
おい、そこのナンパ野郎、今だけ良い先生面すんな。
◇
「ごめん、無理だったよ……」
意気消沈した面持ちで部室に入ってきた一條。
まさか一條までもがヒロイン攻略に失敗するなんて。
「そうか、仕方ないさ」
慰めの言葉をかける俺だが、頭の中で疑問符が浮かんでいる。今現在の日付はテスト返しの翌日。つまり一條はヒロインをデートに誘うことすら出来なかったと言うことだ。
何故だ?
「一條、今回の数学のテストの点数は?」
すると、一條は突然口笛を吹きだした。
「おい、一條――」
「知ってるかい、九重君? 口笛って吸っても吹けるんだよ? 君は出来るかい? 試してみなよ」
ピーヒョロピーヒョロと。なぜか、俺の質問をはぐらかそうとしてくる一條。ふむ、そうか。
──それなら質問する相手を変えよう。
「祐希先生、一條のテストの点数はいくつだったんですか?」
「一條の今回のテストか? それなら8点だ」
意外とすんなりと答えてくれた祐希先生の爆弾発言に思わず、引いてしまった自分がいた。マジか、こいつ……百点満点中、点数一桁って。10点満点じゃないんだぞ。常に学年トップの秀才とかいう設定どこいった。
だがもしかしたら、テスト中に寝てしまったからなのかもしれない。衝撃的の事実を信じることが出来なかった俺は、半ば冗談で一條が九九を言えるのか試してみることにした。
「おい一條、1×1は?」
「……え?」
「1×1は?」
「……い、イイヨで4!」
「7×5は?」
「え、えと……し、七五、3だ!」
「……2×9?」
「あっ、お肉、14ー!」
なめてんのか、こいつ。
よく、その成績で学年トップの実力って言われているなと、皮肉を言ったら「これの力さ。照れるね!」とゲスい笑みで返された。その態度は完全に開き直っている。
「いやあ、僕小学生の頃は神童って呼ばれていたからね。それで調子乗っちゃって今まで胡坐かいてたからかな」
何年前の話だよ。自覚あるなら勉強しろよ、元神童。
「それと、最近ネトゲーにどはまりしちゃってさ。君もやるかい? フレンド登録しようよ」
だから勉強しろよって、なぜか話がずれてきた……このアホのアホさ加減は今は言及するのは止めておいて、訊ねる。
「それで、賭けで負けたお前はヒロインに何か要求されたのか?」
「うん? ああ、服脱いで上半身裸で逆立ちして校庭を十周しろって言われた」
……え?
「それで、言う通りにしたら途中で体育教師の五里原が来て、何してるのか説明したんだけど、そしたらヒロイン停学処分になった」
……は?
空いた口が塞がらなかった。何してんだこいつ……ヒロインもヒロインだろ。本当、何させてんだよ……相手、攻略対象だぞ。というか停学処分って。
ナンパ教師が補足する。
「ちなみに、ヒロインの停学期間は二週間だ」
知らねえよ。どうでも……良くは無いが、知らねえよ。
「どうしよう、九重君。後六周残ってるんだ……」
それこそ心底どうでもいいわ。
これ以上つき合っていられない。俺は次に誰がヒロイン攻略に行くか決めることにした。
「次、どうする?」
「あ、九重先輩、俺やってもいいっすか?」
名乗りを上げたのはヒロインそして一條と俺の後輩である神影狼士朗だ。着崩した制服に金色に染め上げたオールバックといかにも不良と言った雰囲気だが、うちの高校は服装にこれと言った制限は特になく、別にその格好は規則違反ではない。そして見た目とは裏腹に弱い者いじめを心から嫌い、喧嘩は基本話し合いで解決し、地域のボランティア活動に積極的に参加している姿をよく目撃され、さらに現在風紀委員にまで所属していると言う、違う意味で他校の不良から恐怖されている不良。それが彼なのだ。
「神影、お前はどうやってヒロインを攻略する気だ?」
「そっすね。一応、堅実にいくのが手だと思うんすよ」
神影の作戦はこれである。
放課後、捨て猫が入った段ボールと共にヒロインの家の近くで毎日スタンバイする神影。下校途中、ヒロインは猫に餌を与えている神影の姿を目撃する。そのどこか寂しそうな背中を眺めながらも、声をかけるのを躊躇ってしまいそのまま家路に着いてしまうヒロイン。神影は毎日欠かさず捨て猫に餌をやるのを忘れない。そしてヒロインがその背中を見慣れてしまったある雨の日。ヒロインが傍を横切った時、神影はポツリと猫に話しかけるように独り言を漏らすのだ。「お前一人なのか? 俺も一人なんだ。同じだな」と。いつも学校では強がり雄々しい神影だが、今だけ見せる弱々しい姿にギャップを感じ、そしてヒロインは母性をくすぐられ、神影のことを守りたいと思うようになる。ようするに、そこでハートがズッキュゥーン! だ。
「古典的ですけど、確実だと思うんすよ」
「なるほど」
しかし毎日か……通報されないか、それ?
そう訊くと、「交番の警官とよく地域の清掃活動で顔合わせるんすよ」と、どうやら知り合いだったらしく、後で話を通しておくので問題ないそうだ。
コネまで使い、意外と抜け目のない神影。見た目に反して真面目な彼なら、今度こそ上手くやってくれるだろう。
「よしそれでは二週間後、ヒロインの停学が解けたら作戦決行だ」
◇
「それで神影お前、作戦はどうなった?」
「あ、すいません先輩。無理でした」
わずか四日後の部室にて開口一番、平謝りする神影。そして次にヒロイン攻略失敗の言い訳を始める。
「毎日餌あげてたんすけど、途中から猫撫でるのに夢中になってヒロインの存在に気付けなかったす。面目無い限りなんすけど、でも猫可愛いんすよ、これが。いや、本当っす。柔らかな肉球、つぶらな瞳に毛はサラサラの指通り。ぶっちゃけると、ヒロインより可愛くて、なんか攻略のことどうでもよくなったっす」
おい。
「猫はとんでもないものを盗んでいきました。それは俺の心です」
「おい」
今度は声に出てしまった。
「ヒロインもう、猫でよくね? と思うんすけど。ヒロインが猫だったら俺はいくらでも攻略出来ますよ。いや、したいです! させてください、先輩!!」
極めて真摯な表情でその心内を訴えてくる神影。一体、彼の身に何が起きたのだろうか。猫と戯れていた神影が確実に何かに目覚めてしまい、そのまま猫に攻略されてしまっていた。
とりあえず比喩とかで女子のことを「子猫ちゃん」とか言うだろ、と訊くと神影は「ハンッ!」と鼻で笑った。嘘だろ、お前……。
「せめてヒロインに猫耳と尻尾ついてれば少しは意欲が湧くんすけど」
……それどこのギャルゲー?
「あーあ、獣人しかいない世界に転生出来たらなあ。それか猫耳メイドでも可っす」
「転生したからここにいるんじゃないか」
神影の言葉にツッコむ一條。
「そう言えばそっすね。じゃ、今からトラックに撥ねられて別の異世界行ってきますんで」
「いや、待て待て」
これは重症だ。早急に目を覚まさせてやらなければならない。しばらく、俺は神影に説得を続けたが、彼は「視界がモノクロでも青と緑しか見えなくてもいいから、白目なんてもういらないっす」とか「とにかく、眼が闇夜で怪しく光りたい」などの人としてどうかしてしまっている発言を繰り返した。
「正直無理っす。俺には、にゃー、と言わない生物の攻略は出来ないっすよ」
俺の努力の甲斐空しく、結局これが神影の本意だった。
仕方がない、諦めよう。
とりあえず、今はチャラいネコ型ロボットは放置することにした。
現在、三人の攻略対象がヒロインに敗れた。残すは後、俺ともう一人。
「なあ、恭介。この感じだと、どうやら次は俺の番か?」
俺の名前を呼んだのは、俺を除いた攻略対象の最後の一人である俺の親友の壬刀藤丸だ。彼はヒロインの幼馴染みであり、家が近いからか、幼稚園、小学校、中学校そして高校と、幼少期からヒロインと共に育った仲でもある。そのためヒロインの趣味嗜好を熟知している。まさに対ヒロイン用の最終兵器だ。
「お前だけが頼りだぞ、藤丸」
声をかけた俺に対しフッ、と藤丸は笑みをこぼす。そしてこう言った。
「恭介知ってるか? 幼少期を共に過ごした異性同士は恋愛感情が全く生じなくなるそうだ。家族と言うコミュニティーがそれに当たる。反対に幼少期を別々に過ごせば、例え肉親でも恋愛感情は生じる。しかも肉親だけに、趣味や嗜好、癖などの共通点が多いからか、恋に落ちやすいのだとか。俺はヒロインと幼馴染だから子供の頃からあいつのことをよく知っている。だから、はっきり言ってあいつを一度たりとも異性として見たことはないし、今後も無理だ。ヒロイン攻略は、俺にとって自分の母ちゃんのことを口説くけと言っているに等しい。正直吐き気がする。今にも吐きそうだ。この前、頑張って口説いてみようとしたが、即座に俺はトイレに駆け込む始末だった。そんな俺だが、妹達は別だ。血の繋がった実の妹達でいつも一緒だったが、俺とあいつらにはそんなもの関係ないし、どうでもいい。俺はあいつらのためならいくらでも口説き文句を言える自信がある。『私達、将来お兄ちゃんと結婚するの!』と言ってくれる度に俺は、結婚式場の下見に行くほどで、実に待ち遠しい。将来を想像すると、胸が踊る。早く十年という月日が経たないかと、今か今かと待ち望んでいる。俺は妹達のことを考えると、……もう……ね?」
ね? じゃねえよ。長々と何語り出してどうしたんだ、こいつ。
それと、俺はあることに気づいた。
あれ、そういえばこいつに妹はいないはずだが、まさか……。
嫌な予感がしたので、俺は訊いた。
「……それで結論は?」
「二次元最高! 妹萌えエエェェェェェェ!!」
もう、何なんだよこいつら……ことあるごとに二次元の世界で他の二次元の話ばっかりしやがって……ヒロイン攻略する気あるのか、本当に。思わず頭を抱えてしまった俺に、藤丸は言った。
「そういえば、具体的なアクションを起こしていないの恭介、後はお前だけなんだがお前はヒロインに何かしたのか?」
当然だ。祐希先生が失敗した後から、もしもの事態を想定して俺は一人動いていた。
俺はヒロインにおこなった全てを列挙する。
まず始めに、ヒロインの日直を代わった。次にプリントの配布を手伝った。その次は、ノートの半分を持ってやり、代わりに先生の伝言をクラスメイトに伝えた。その後は、宿題をし忘れたヒロインに俺のしてきた宿題を見せ、授業中のノートを代わりに取ったりもした。そして最近は昼休みにヒロインに呼び出されて購買で焼きそばパンを買ってきてやるのが主な日課だ。
押し黙る一同。
ふふん、どうだ。ここまでヒロインと親しくなった俺に対して驚いて声も出まい。
そして、ようやく口を開いた他の奴らの感想は……。
「お前、最終的にただのパシリになってんじゃねえか」
「パシリだね」
「パシリだな」
「パシリっすね」
なん、だと……。
言われてみれば、確かにそうかもしれないが……だがお前らよりは好感度あるはずだ!
俺は批難の声を上げながら、必死にヒロインからの好感度が高い理由を考える。
ええと……。
ああ、そうだ! 思い出した。この前ヒロインから消しゴムをもらったんだった。ど、どうだ俺、凄かろう!?
「いや何が凄いのか俺には分からんのだが」
「それってもういらないから、君にあげたんじゃない?」
「お前、体の良いごみ箱だな」
「先輩、まじダストシュート簡易版っす。ぱねえっす。超便利っす」
またもや同じ反応。いや、確かにかなり使われて小さくなったヤツだったけども……いやでも。
そしてなぜか裕希先生に「大丈夫か? いつでも相談に乗ってやるぞ。俺はお前の味方だからな……?」と心配された。いや、その気持ちは俺じゃくてヒロインに向けてください、先生。
何かいまいち納得できず、釈然としない俺に藤丸は思いついたように言った。
「てか、別にこのままでも良くないか? この世界で不自由したことなんて一度もなかったし。前世の俺は顔面凶器ならぬ、全身凶器って言われるほどのもので、ありとあらゆる生物から恐れ戦かれていたんだが」
その言葉に他の面々も続く。
「確かに、僕も前世では腕が四本あったけど、今は二本に減ってすっきりしたよ」
「あ、俺八本だったな。最期は二本ぐらいもげた気がする」
「俺は最高五百本くらいだったすよ。ボディの形なんて特に決まってなかったんで」
「恭介、お前はどうだ? この世界は前世より待遇悪かったか?」
藤丸は俺にそう訊いた。
見回すと皆俺の顔を見て、返答を待っていた。
俺は……。
そんなこと──決まっている。
静寂を割るかのように俺は、ドン! と机を両手で叩いて立ち上がり、はっきりとした声でこいつらに言ってやった。
「確かに凄く良いな!」
言われてみるとそうだったので、ヒロイン攻略諦めることにした。
《よく分からなった方のための人物紹介》
九重恭介 17歳 クール系無口のはず。幼なじみの親友。地の文による脳内突っ込みが空しい。
神影狼士朗 16歳 一匹狼の根が真面目な優良な不良。某青いタヌキの同類。
一條千太郎 17歳 財閥の御曹子。少し上から目線の高慢な性格。成績優秀かと思いきや、ただの筋金入りの馬鹿。
壬刀藤丸 17歳 ヒロインの幼なじみ。二次元妹萌え。
蘭祐希先生 24歳 時々情緒不安定。モンペがヤバイ。
ヒロイン 大部分が謎に包まれた茶髪ボブ。