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「えーっと……なにこれ?」
部屋の真ん中で正座する僕の頭には黒いヘッドギアが装着されていた。
それにはいかにもあやしいケーブルが何本も生えていて、唯乃のパソコンにつながっていた。
「実験器具だよ。アニメやマンガで見たことあるだろ?」
唯乃はさも当たり前のように答えた。
僕が見たことのあるアニメやマンガから考えると、おそらく頭の中を弄れたりする人道に反した装置を模したものだ。
これに電気が流れれば、僕は彼女の言うことに何でも従う人形みたいになってしまうのだろう。
彼女は怪しい器具を僕の頭に装着した後、そこから伸びるケーブルがつながっているであろうパソコンの前に座った。そして、カタカタとキーを打ち始める。
「なんの実験なんだ?」
「例えばキミという存在はどうしてキミと言う存在か理解しているかい?」
彼女は早打ちでキーボードを叩きながらも僕と会話を続ける。
「どうしてって? 外見の特徴とか、性格とか?」
「そうだね。ではキミの特徴はいくつあるだろう? 人と比べてどこが違うんだろう?」
「いくらでもある。性格も違えば、顔のパーツも違う。背の高さ、足の長さ。それこそあげていったら無限にあるんじゃないのか?」
「ないね」
「なに?」
「キミの特徴なんてたかが知れているよ。キミの目の大きさが少し小さくなっても、鼻が低くなっても、例え髪がなくなっても、キミはキミでしかない。本質と言うものはもっと別のものなんだよ」
「確かに、僕が骨だけになったとしても僕は僕のままだ」
彼女の言葉に僕は納得する。
「では本質とは何か? キミはキミの中に本質が全てまとめられているものを持っている」
「脳……か」
「魂さ」
「たましい?」
いやいやいや、さっきまですっごく科学的な話してたはずだよね?
どっこい、オカルトの話でしたか?
「本質こそ魂、魂こそ本質なのさ」
彼女は目を瞑り、うっとりとした顔をしている。
「魂ってどこにあるんだよ? 脳か? 心臓か?」
「は? そんなのもわかんないのか? バカだろ? 死ねよ!」
「バカじゃないし、死なないよ!」
「例えば量子には特徴はないんだ。でもボク達はそれらを様々に分類できる。なぜか?」
「すみません、僕がバカでした」
唯乃から難しい言葉が出てきた瞬間、僕は負けを認めた。
「振る舞いが違うからさ」
「振る舞い?」
「量子を区別するのはその振る舞いだけで、それ以外に無い。それをマクロに置き換えてみればいい」
「人間の本質もその振る舞いだということ?」
「そう、それが本質、魂なのだ!」
唯乃はビシッと僕に向けて人差し指を突きつけた。
「なんだかなあ。そんなものが本当にあるのか? そもそも振る舞い自体も脳がさせていることだろ?」
「目に見えないほどの大きさの量子に本質があるのに、どうしてボク達人間に本質がないなんて言える?」
唯乃の言ったことは証明できないが、僕の言うことも証明できない。
ならばむやみやたらと否定するのも感じが悪いか……。
「わかった、唯乃……いやユーノは賢いな!」
「当たり前だ! さてこの本質を取り出して、他の人間に移したらどうなるか?」
「他人と入れ替わることができる、とか?」
「その通り!」
「ちょっとまてー! もしかしてお前がやろうとしている実験ってそれか? そんな危険な実験させるのか?」
僕の魂を抜き出して、他の人間と入れ替える。それが唯乃の実験らしい。
「これが成功すれば大変栄誉なことだよ。キミの名は歴史に刻まれるだろう」
「成功するわけないだろ! 成功しても困るわ!」
「キミは勘違いをしているな? この装置は他人と入れ替わる装置ではない。『時空転移装置ジェミニ』、これは魂を他の時空に飛ばし並行世界のキミと入れ替わるための装置なんだよ!」
「な、なんだってぇぇぇ!?」
唯乃はマジで言っているのだろうか? しかしなぜジェミニ?
そこそこ科学的な裏付けのあることを話していたかと思えば、突然妄想全開の突拍子の無い話になったりする。
どこまで本気なのか? いやどこまでも本気か……。
「並行世界に行くことこそがボクの真の目標さ!」
「並行世界なんてほんとにあるの?」
「並行世界は存在しているよ。それもすぐ傍に。そんなことも理解していないのか? このフミトクソは?」
「誤植みたいにクソ言うな! そんな証明されていない世界を信じられるか!」
「証明はされていない。ただ証明が難しいだけなんだよ! 確実に存在している。今もそう、このすぐ隣にさえもね」
唯乃はそう言って隣に誰かが居るように視線を送った。
……ダメだ。ついていけない。もはやこのレベルに達しているとは。
「で、この装置はそれができる装置なワケ?」
「これでキミの魂を全て抜き出してだな。量子化してさらに粒子変換を行なうことで、別の時空に飛ばすんだ!」
「難しい単語ばっかりでてるけど、意味分かってるよね?」
「もちろんっ! やるよ!」
唯乃のは最終処理をするために、キーボードを叩こうと構えた。
「ちょっと待ってくれ。僕は今日も学校へ行く。このままお前に付き合ってたら遅刻するよ!」
「学校なんか行かなければいい」
「そうはいかないの!」
「なぜ?」
「なぜって……いろいろあるだろ」
本当にいろいろある。
勉強のため、友達に会うため、一般的、良識的な考え方から外れないため。
だが、唯乃はそれが理解できないように首をひねる。
それが理解できないからこそ、唯乃は引きこもり続けるのかも知れない。
「大丈夫だ。飛ぶのは一瞬。向こうの世界には時間と言う概念がないからね。戻ってきても一分もたっていないはずだ」
「向こうの世界ってどこよ!」
「いいからつけなさい!」
唯乃は強い口調で命令した。
その瞬間、僕は反論する気が失せた。そして僕は黙って服従する。
彼女の一言はさっき僕の言った『いろいろ』を吹っ飛ばしたのだ。
僕にとって彼女の言葉は、いや、彼女の存在はそれほどに重みがある。
「よし! ちょっと電流を流すから気をつけてくれよ?」
「え? 気をつけるって何に?」
「ちょっとしびれるかも……」
その言葉を言い終える前に唯乃はキーボードをトンと叩いた。
僕は「ぎゃっ!」と短い悲鳴をあげていた。しびれるっていうレベルではなかった。むしろ死に近い……。
僕の目の前は停電したように一瞬で真っ暗になり、闇の中にひたすらに落ちて行ったのだった。