Chapter 1 -Part 5-
それは、終業式を間近に控えた七月中旬の暑い日だった。試験休み中ではあったが、僕と雅也は、学校のグランドが一面に見渡せるベンチに並んで座っていた。図書室へ本を返しに来た僕が、帰り際に何気なくグランドを見渡した時に、部活の練習をしていた雅也の姿が目に入って呼び止めたからだった。
「練習中に悪かったな」
「いや、ちょうど休みたかったんだ。声をかけてもらってよかったよ」
「でも、今日も暑いな」
僕がうんざりしながら放った言葉に、雅也は呆れたような表情でこちらを見ながら答えた。
「夏なんだから当たり前だろ? 孝平も、いつも本ばかり読んでないで、たまにはスポーツで汗でも流したらどうだ?」
「それもいいかもな」
僕の気のない返事に諦めたようにため息をついた雅也は、グランドで汗を流している仲間のほうに目を向けた。夏の太陽は僕らを公平に焦がし続けていたが、体を動かしている分だけ彼らのほうが辛いのは明らかだった。僕は彼らに深く同情したが、だからと言って同じ立場に立つ気分には毛頭なれなかった。
「ところで孝平、最近瑞紀と仲がいいらしいじゃないか。やっぱりお前には文学少女がよかったのかな?」
「彼女は違うよ」
「違うって、何がだよ?」
「雅也が思ってるような、そんな関係じゃないんだ。強いて言えば同じ目標に立ち向かう戦友みたいなものかな」
「まあ、細かいことはよくわからないけど、お前も頑張れよ」
「何だよその言い方は。本当にそういうんじゃないんだからな。俺はまだ……」
「理絵のことが好きなんだな」
「そう簡単に気持ちは変えられないさ」
二人の間に微妙なずれが生じていた。それは空間的なものではなく、思考的な時間差だった。どこからか蝉の声が聞こえていた。
「わかった、俺が悪かった。もうこの話はやめよう。でも、本当に今日は暑いな」
僕の気持ちを察したのか、そうして無理矢理に話を切り上げた雅也は、再びグランドで汗を流す仲間たちのほうに目を向けた。その横顔を見ながら僕は、自分の心の中に依然として雅也に対する嫉妬心が残っていることに気づいて愕然とした。かすかに蝉が鳴き続ける中で、それは僕が自分の想いを再確認すると同時に、その現状から脱することを強く決意した瞬間でもあった。
やがて夏休みが始まったが、僕は理絵への想いを封じるために、今まで以上に小説の世界にのめり込んでいった。学校が休みの間は図書室が使えないので、その代わりに毎日のように市立図書館に通い、出版社の主催する新人賞に応募するための作品を書き続けた。僕はそのことで、懸命に自分の心のバランスを保とうとしていた。それが現実からの逃避であることをわかっていながら。僕の隣には、三日に一日の割合で瑞紀が座っていた。彼女は、自分で持ち込んだ文庫本を読みながら、時々思い出したように僕の書いた文章に意見した。中には直感的で的外れなものもあったが、考えてみればそれは、自分以外の新しい女性的な観点からのもので、今までの僕の中で最も欠けていた部分だった。だから、僕は努めて彼女のアドバイスに耳を傾け、次々と自分の文章の中に新しい息吹を吹き込んでいった。