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Chapter 1 -Part 2-

 それは、街路樹の蒼さが目に染みる五月半ばだった。その日、僕がいつものように学校から家に帰ってくると、郵便受けに一通の封筒が差し込まれていた。それは雑誌社からのもので、早速部屋に入って封を開けると、そこには短編小説のコンテストの佳作に選ばれた旨の表記がなされていた。佳作というところがいかにも自分らしいと思ったが、ともあれ入賞したことは明らかで、僕は一人で小躍りしながら無邪気に喜んだ。それは、自分の作った物語が生まれて初めて認められた瞬間だった。僕はその夜、努力が報われた感動を通り越して涙が止まらなくなり、うまく眠りにつくことができなかった。

 翌朝、僕が相も変わらず、前に理絵を見ながらホームの片隅に立っていると、いつもより少し早めに顔を出した誠也がこちらの顔を覗き込みながら尋ねてきた。

「おい孝平、今日はやけに嬉しそうな顔してるな。何かいいことでもあったのか?」

「わかるか? 実はさ、俺の書いた小説が雑誌のコンテストで入賞したんだ」

「えっ、本当かよ?」

「ああ、自分でも信じられないんだけどな。来月に発売されるその雑誌に載るんだ」

「そうか、よかったな。お前もやっと世間から認められたんだな」

「おい、やっとは余計だろ?」

「でも、本当によかったな。雑誌が発売されたら真っ先に買うからな。あっ、クラスのみんなにも言わないとな」

 雅也はそう言いながら僕の肩を叩くと、いつものようにその真っ白な歯を見せた。僕は世間から認められたことよりも、他ならぬ雅也に認められたことが何よりも嬉しくて、いつになく高いテンションのやり場に困るほどだった。勉強でもスポーツでも叶わなかった雅也に、不戦勝のようなものとはいえ、一つの分野で僕は明らかに優位に立ったのだ。でも僕は、そこに隠された落とし穴があることにまだ気づいてはいなかった。そう、それは本当に一瞬の、ささやかな栄光に過ぎなかったのだ。


「実はさ、ちょっと恥ずかしいんだけど」

「何だよ、早く言えよ」

 僕と雅也はその時、学校近くのファーストフード店に身を置いていた。五月下旬にしては暑い日の夕方で、部活のなかった雅也が、大事な話があるからと僕を誘ったのだ。二階の窓際の席からは、周囲の建物の群れや、その下でせわしなく動き回る人々が手に取るように見渡せた。

「俺、理絵と付き合うことにしたんだ」

「えっ、理絵って誰だ?」

「隣のクラスの子だよ。ラクロス部に入ってるんだけど。ほら、前に電車の中で話しただろ?」

 雅也から告げられるまでもなく、その名前は、僕の頭の中にしっかりと刻み込まれていた。僕はあまりに唐突で意外な雅也からの告白に、ただ反射的に聞き返してしまっただけなのだ。

「何だよ?」

「いや、いきなり変なことを言い出すから驚いただけだよ」

「おい、変なこととは何だよ。親友のお前だからこそ、こうして正直に話してるんだからな」

「悪かった。でも、どうして付き合うことになったんだ?」

「同じクラスにラクロス部の子がいてさ。ほら、圭子だよ」

「そんな子いたかな?」

「全くお前って奴は。まあそれはともかく、その圭子に、同じ部の同級生が俺と話したがってるって言われて行ってみたんだ。そしたらそれが理絵でさ、俺のこと好きだって言われて」

「そうか」

 僕にはそれ以上の言葉を発する気力がなかった。雅也が女の子から人気があることは今に始まったことではなかったが、それが理絵だった事実を知るに及んで、僕は羨ましさを越えたほのかな嫉妬の念に苛まれた。僕が逆立ちしても叶うことのない夢が、雅也の場合はいとも簡単に現実のものとなってしまうのだ。小説でもこうはうまくいかないのに……何もかもを投げ出して今すぐに帰りたい衝動を懸命に抑えながら、僕は目の前の雅也に向かって作り笑顔を振り撒くだけで精一杯だった。

 それから、僕にとっては地獄とも言うべき日々が始まった。毎朝ホームの片隅から、左斜め前に佇む理絵を見つめることは相変わらずだったが、その隣には必ずと言っていいほど白い歯を見せて微笑む雅也の姿があった。そして、さらに僕の嫉妬の念を掻き立てたのは、二人が見事なまでに似合っているという誰が見ても動かしがたい現実だった。仮に雅也の代わりに僕がいたとしたら、その滑稽なまでのアンバランスさに自分自身が恥ずかしくなるだろうと思った。それはまさに、ドラマや映画のワンシーンにあるような光景だった。だから僕は、理絵のことを潔く諦めようと試みたが、表面的には可能であっても、心の奥底でさらに大きくなっていく想いを消し去ることはできなかった。僕は、自分の中にうごめく欲望を現実で必死に押さえ込もうとしていたのだ。それが、始めから無理であることを承知しながら。

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