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Chapter 2 -Part 4-

 でも、僕のそのささやかな決意が実行に移されることはついになかった。雅也と別れて家に帰った僕は、母親から一通の青い手紙を受け取った。その潔いまでの青さに一瞬目を奪われた僕は、でも差出人を確かめるために封筒を裏返した。そこには、見覚えのある名前が神経質そうな字体で書かれていた。僕はその場ですぐに読みたい衝動を懸命に抑えると、一直線に自分の部屋へと向かい、机の前に座ってその封を開けた。手紙は瑞紀からのものだった。僕は、彼女に声すらかけられなかった自分も省みずに、その心の声を聞きたい一心で手紙に綴られた文字の群れを懸命に目で追った。


 河西くんへ

 突然の手紙に、さぞかし驚いていることでしょう。本当は、面と向かって言わなければいけないんだけど、あんなことがあって、私もそうだけど、河西くんも私と話し辛そうだったから、こうして手紙を書くことにしました。

 河西くん、この間海に行った時に言ったわよね。自分は臆病で弱気な男だって。ただ風向きが変わるのを待っているだけの自分が情けないって。私、それを聞いてとても嬉しかったの。自分以外にも同じ悩みを持っている人がいることがわかって、とても共感できたの。だから、あんな風に誤解させるようなことをしちゃって……本当にごめんなさい。でも、これだけは信じてください。私は河西くんと出会えて、改めて自分と向き合うことができました。誰かとこうして心を重ね合わせた付き合いをしたことなんて、今まで一度もなかったから。その意味では、河西くんは私を映す鏡のような存在だったのかもしれません。ただ、どうしても男の人としては見られないの。河西くんとは、もっと根源的な部分で繋がっていたかったの。でも結局のところ、それは私の事情ですね。結果的にそれはうまくいかなかったのだから。

 突然だけど私、家の都合で引っ越すことになりました。本当に急なんだけど……だからクラスのみんなへの挨拶もできません。でも前向きに考えるようにします。河西くんが言ったように、自分の力で風向きを変えられるように頑張ります。こんな別れ方になってしまって寂しいけど、似たもの同士の私たちだから、いつか必ず会えると信じています。だからさよならは言いません。ただ、私の正直な気持ちを伝えたかっただけです。

 では、また会えることを信じて。


 涙がとめどなく溢れ出てきていた。こんな風に泣いたのは生まれて初めてだった。それほどまでに、瑞紀がいなくなってしまう事実は僕の胸を深く抉り、心に大きな風穴をもたらしていた。そう、僕は自分の気持ちが揺れ動いてしまった時から、瑞紀を女として見てしまった瞬間から今まで、彼女を決定的に失う道筋を自分からつけてきたのだ。僕は自分の体の一部を失ってしまったような虚無感で、手紙をもう一度読み直すことすらできなかった。次々に湧き出る後悔の念に苛まれ、瑞紀との出会いからもう一度やり直したい激しい欲望に駆られた。でも一方で、それを仕方のないことだと割り切る自分もいた。仮にもう一度やり直したとしても同じことをするだろうと思っていた。何故なら、それこそが僕自身だからだ。僕が僕である以上、こうなることは必然だったのだ。弁解をするつもりはなかったが、それがまぎれもない僕の正直な想いだった。


 次の日、当然のことながら教室の中に瑞紀の姿はなかった。担任からその事実が伝えられた時のクラスのかすかなざわめきだけが、彼女が確かに存在していた最後の証明となった。窓の外から降り注ぐ太陽の光は、秋の到来を予感させるように優しく僕の机の上を照らしていた。

「瑞紀、本当にいなくなっちゃったんだな」

「ああ」

「孝平、お前後悔してるだろ?」

 その昼休み、僕と雅也は校舎の屋上から果てしなく続く退屈な町並みと、一層にその高さを増した空を眺めていた。僕は、気遣いながらもそう尋ねてくる雅也に対して、秋の澄み渡った青空のような爽快感を友達にしながら答えた。

「それが俺だからな」

「えっ?」

「俺っていうのはそういう人間なんだよ。まあ仕方ないさ」

「何だか開き直ってるみたいだな」

「そうさ。自分の気持ちに正直に、思い切り開き直ってるのさ」

 そう言い切った僕は、呆れ顔の雅也を横目に、懸命に瑞紀のいない世界に自分の居場所を見つけ出そうとしていた。彼女のいない状況に馴染もうとしていた。

 でも、僕のその開き直りは決していい方向に進まなかった。僕は今までにも増して人生を惰性に頼るようになった。僕にとってのありのままは、自分の気持ちに正直になることと同時に、風向きが変わるのをただじっと待つだけの受け身の自分であることを意味していたのだ。瑞紀と別れた現実はそうして僕の心を、長い年月をかけて丹念に蝕んでいったのだ。

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