プロローグ
家の郵便受けを覗くと、一通の青い封筒が目に飛び込んできた。その潔いまでの青さは常夏の海を想像させたが、頭上から激しく照りつける太陽以外に、僕自身が夏を体感することはなかった。滴り落ちる汗にうんざりしながら、それでも封筒の裏面を見ると、そこには見覚えのある名前が神経質そうな字体で書かれていた。僕はその場ですぐに読みたい衝動を懸命に抑えると、家の扉を開けて一直線に自分の部屋へと向かった。そう、僕は心の奥底で、いや体全体で待ち続けていたのだ。彼女からの連絡を、そのかけがえのない存在を目の当たりにする日を。
部屋に入ると僕は、手紙と正面から向き合うために背筋を伸ばして机に座り、はさみを使って丁寧に封を開けた。そして青い紙の上に並んだ文字の群れを、貪るように目で追い始めた。
河西くんへ
あれからもう三年が過ぎたんですね。時間の流れなんて、過ぎ去ってみれば本当にあっという間だと思います。あの時はあんな風に別れちゃったけど、少なくとも私は、あなたに出会えたことを感謝しています。私が悩んでいた時にあなたが言ってくれた言葉が、今でも胸の中に鳴り響いています。
〈風向きはただ黙っていても変わらない。自分の手で変えるものなんだ〉
この言葉は、今でも私の大切な宝物です。そして私は変わることを決意しました。
唐突だけど私、来月には結婚します。河西くんとは久しぶりに会って話がしたいけど、多分もう少し先のほうがいいのかもしれませんね。
ではまた、いつか時の輪が接することがあれば会いましょう。その時が来るまで、お互いに風向きを変えていけるように頑張りましょう。
手紙はそうして終わっていた。僕はもう一度丁寧にそれを読み返すと、両手を頭の後ろに回しながら、あの頃の自分たちに想いを馳せた。僕らは高校一年生で、それぞれの悩みを抱えながらも精一杯に生きていた。絶望的な運命の波に翻弄されても、お互いに励まし合いながら切り抜けてきた。でも今の僕は、彼女と離れてから何をするにもやる気がなくなり、この春に大学受験を失敗して浪人生活に入っても勉強をする気すらなく、毎日をただ漫然と過ごし続けていた。予備校にだけは辛うじて通っていたが、家に帰るとすぐに自分の部屋に閉じこもって、親に買ってもらったばかりのパソコンと向き合うだけの日々を過ごしていた。そこには夢や希望といったものや、まして努力などといった積極的なものは何もなかった。自ら風向きを変えようとも風向きが変わることを期待してもいなかったのだ。でも僕は、あの時確かに言ったのだ。彼女に対して、〈風向きは自分の手で変えるものだ〉と。そう言えるだけの自分が、あの蒼い時には確かに存在していたのだ。