その婚約破棄、喜んでお受けします 〜捨てられた王太子は、帝国の末姫に求婚されました〜
男性からじゃなくて、逆に女性からの婚約破棄宣言の話にしたくて書きました。
アストレア王国の王都にある王宮では、この夜、盛大な親善舞踏会が開かれていた。
集まっているのは、アストレア王国、ルーヴェリア皇国、そして大陸最大のヴァルディア・グランフェルト帝国、その三国の王族や高位貴族が一堂に会して親善するための、年に一度の大きな催しである。
大広間には豪華なシャンデリアがいくつも吊るされ、楽団の奏でる優雅な音楽が流れている。
その中央では、アストレア王国の王太子アルフォンス・フォン・ヴァルクレイン・アストレアが、貴族たちと穏やかに談笑していた。
年齢は、十八歳。
黒に近い濃紺の髪に、父である国王エドワルドとよく似た濃い青の瞳。端正な顔立ちと落ち着いた物腰から、すでに王太子としての風格を漂わせている。
その姿を、階段の上から見つめる少女がいた。
ルーヴェリア皇国第二皇女、ヴィオレッタ・アデライード・フォン・ルーヴェリア。
年齢は、十六歳。
鮮やかな赤い髪は縦ロールに整えられ、深い緑色の瞳には自信が満ちている。
彼女はアルフォンスの婚約者である。
そしてその隣には、アルフォンスの弟、第二王子ルシウス・フォン・ヴァルクレイン・アストレア。
年齢は、十七歳。
兄よりも柔らかな栗色の髪と、明るい青の瞳を持つ少年だ。
二人は何かを話していた。
「アルフォンス様!」
突然大広間の中央階段から、ヴィオレッタの大声が響いた。音楽が止まり、何百人もの視線が、一斉に階段へ向いた。
そこには、ヴィオレッタとルシウスが並んで立っていた。しかも、ヴィオレッタはルシウスの腕に自分の腕を絡ませている。
「……何をしているんだ?」
アルフォンスが困惑した表情を浮かべる。
その少し離れた場所では、国王エドワルド・フォン・ヴァルクレイン・アストレアが、完全に固まっていた。
濃紺の髪、濃い青の瞳。三十代後半の国王とは思えないほど整った顔が、珍しく間抜けなほど呆然としている。
「……え?」
小さく声が漏れた。
王の側近が慌てて近づく。
「陛下?」
「いや」
エドワルドはゆっくり首を振った。
「俺、何も聞いてないんだけど」
「……私もです」
「だよな」
そんな会話をしている間にも、ヴィオレッタは堂々と階段を下りてくる。
そして、アルフォンスの前まで来ると、胸を張った。
「アルフォンス様」
「はい」
「本日をもって、あなたとの婚約を破棄いたします!」
大広間が静まり返った。
アルフォンスは目を瞬かせる。
「婚約を?」
「そうです!」
「私との?」
「もちろんです!」
アルフォンスは、ヴィオレッタとその隣にいるルシウスを交互に見た。
そして、少しだけ首を傾げる。
「理由を聞いても?」
ヴィオレッタは、待っていましたとばかりに顎を上げた。
「私はあなたの婚約者です!それなのに、あなたは私を一番に扱わない!いつも政務、政務、政務!」
ヴィオレッタは指を一本ずつ立てていく。
「朝から政務!」
「はい」
「昼も政務!」
「……はい」
「夜も政務!」
「まあ……そうですね」
「私が会いたいと言っても『公務があります』!」
「実際に公務がありましたので……」
「贈り物をお願いしても『予算を確認してから』!」
「国費は有限ですから……」
「舞踏会のときだって、私より他の貴族と話している!」
「親善舞踏会ですからね」
「そういうところですわ!」
ヴィオレッタは、ぷんと頬を膨らませた。
「あなたは、婚約者である私を何よりも優先すべきなのです!」
アルフォンスは黙ってヴィオレッタを見つめた。
そして、ようやく理解した。
ああ、そういうことか。
アルフォンスは静かに尋ねた。
アルフォンスは心の中で、小さく息を吐いた。
実のところ、彼はずっと疲れていた。
ヴィオレッタが何かを望めば、王太子として可能な限り応えてきた。けれど、それでも足りない。
もっと自分を優先してほしい。
もっと自分だけを見てほしい。
もっと自分の言うことを聞いてほしい。
国のために動けば「自分より国が大事なのか」と責められ、政務を減らせば今度は「王太子として頼りない」と言われる。
何をしても、ヴィオレッタの望む答えにはならなかった。
「それで、ルシウスと?」
アルフォンスは静かに尋ねた。
ヴィオレッタは嬉しそうにルシウスを見る。
「はい!」
そして、さらに強く彼の腕に抱きついた。
「私は、ルシウス様を愛しています!ルシウス様も私を愛してくださっています!」
「えっ」
突然話を振られたルシウスが固まった。
「僕が?」
「そうでしょう?」
「……えっと」
ルシウスは困った顔をする。
しかし、ヴィオレッタの視線が怖い。
「……はい」
「ほら!」
ヴィオレッタが満足そうに微笑む。
「だから私は、あなたとの婚約を破棄し、ルシウス様と婚約するのです!」
会場中の貴族が息を呑んだ。
王国の王太子と、隣国の第二皇女の婚約破棄するという。
さらに、王国の第二王子と、隣国の第二皇女が婚約するという、とんでもない話であった。
「分かりました」
だが、それに対してのアルフォンスの返事は、あまりにもあっさりしたものだった。
「え?」
ヴィオレッタが目を丸くする。
「婚約破棄、お受けします」
さらに続けたアルフォンスの返事に、ヴィオレッタとルシウスは、揃ってアルフォンスを見る。
「……え?」
「……はい?」
今度はアルフォンスが首を傾げた。
「え?いいですよ?」
二人とも言葉を失った。
「え?」
ヴィオレッタが聞き返す。
「本当に?」
「はい」
「怒らないの?」
「なぜ?」
ヴィオレッタは困惑した。
もっと引き止められると思っていた。
もっと「考え直してほしい」と懇願されると思っていた。
もっと自分がどれほど大切な存在だったのか、聞かされると思っていた。
なのにアルフォンスは、ものすごく穏やかな顔をしている。
「……よかった」
ぽつり。
アルフォンスの口から、そんな言葉が漏れた。
「え?」
「いえ」
アルフォンスは慌てて咳払いした。
「これで、ヴィオレッタ様も望む相手と一緒になれます」
ヴィオレッタはルシウスを見る。
ルシウスもヴィオレッタを見る。
二人とも、なんとも言えない顔をしていた。
「……まあ」
ヴィオレッタが少しずつ笑顔になる。
「それなら、よろしいですわ!」
「う、うん……」
ルシウスも頷いた。
そして二人は、先ほど以上に堂々と寄り添った。
「これで私たちは自由です!」
「そうだね……」
「ルシウス様、これからよろしくお願いいたしますね」
「……はい」
その光景を見ながら、アルフォンスは胸の奥で静かに思った。
終わった。長い間、自分を縛っていたものが不思議なくらい、あっさりと。
そして少しだけ寂しいような気もしたが、それ以上にほっとしていた。
「アルフォンス様!」
そのときだった。
澄んだ声が響いた。
振り向くと、一人の少女がこちらへ歩いてくる。
ヴァルディア・グランフェルト帝国の末姫。
セレスティア・アウローラ・フォン・ヴァルディア・グランフェルト。
年齢は、十五歳。
うす紫色の髪は、腰に届くほど長く、まっすぐなストレートヘアが、照明を受けて淡く輝いている。
そして何より印象的なのが、宝石のような紫色の瞳。
大陸最大の帝国を治める皇帝の末娘だった。
「セレスティア姫?」
アルフォンスが驚く。
セレスティアはアルフォンスの前で立ち止まり、深々と頭を下げた。
「アルフォンス殿下」
「はい」
「私の婚約者になってください」
今度はアルフォンスが固まった。
「……はい?」
セレスティアはにっこり微笑む。
「ですから、私と婚約してください」
会場がざわめく。
ヴィオレッタも、ルシウスも、そしてエドワルドも固まっている。
セレスティアは懐から一通の書状を取り出した。
「こちらをご覧ください」
紫色の封蝋。
そこに刻まれているのは、帝国皇室の紋章。
「私の父、レオニダス・アウグスト・フォン・ヴァルディア・グランフェルト帝国皇帝陛下からの正式な書状です」
「皇帝陛下から……」
アルフォンスが受け取り、封を確認する。
間違いなく、帝国皇帝の正式な印章だった。
アルフォンスは書状を読み進める。
内容は明確だった。
セレスティアとアルフォンスの婚姻について、帝国皇帝として正式に認めること。
さらに、その婚姻が両国の友好と発展に繋がることを期待すること。
「……ですが」
アルフォンスは書状から顔を上げた。
「なぜ、今日この場で?」
セレスティアは少し困ったように笑う。
「実は帝国は、アストレア王国とルーヴェリア皇国との婚約が、アルフォンス殿下からルシウス殿下へ変更される予定だと聞いておりました」
エドワルドが目を見開く。
「まさか」
セレスティアは頷いた。
「はい。父は事前に知っておりました」
アルフォンスが尋ねる。
「今日このような形になるとご存知だったのですか?」
「それは、思っておりませんでした」
セレスティアは苦笑した。
「私もです」
アルフォンスも苦笑いした。
そして、会場のあちこちからも、微妙な笑いが漏れる。
「ただ、父が言うには」
セレスティアは少しだけ声を落とした。
「『もしアルフォンス殿下が本当に自由になったなら、セレスティアが直接お願いしてこい』と」
「皇帝陛下が……」
「はい」
「……ずいぶん大胆ですね」
「父は昔からそういう人です」
セレスティアは苦笑した。
「でも、私は帝国の都合だけで殿下に婚約をお願いしたいわけではありません」
紫色の瞳が、まっすぐアルフォンスを見つめる。
「私は、アルフォンス殿下ご自身を知りたいのです。国を背負う方であることも知っています」
セレスティアは静かに続ける。
「政務を優先することもあるでしょう。私を何よりも優先してほしいとは思いません」
その言葉に、アルフォンスは目を見開いた。
「私は、殿下が大切にしているものを、私も大切にしたいと思っています」
「セレスティア姫……」
「ですから」
彼女は少しだけ頬を赤くした。
「すぐに答えを出していただかなくても構いません」
アルフォンスはしばらく黙っていた。
そして。
「……僕でいいんですか?」
「はい」
「僕は王太子ですよ」
「知っています」
「これからも国政を優先することがあります」
「分かっています」
「忙しいですよ?」
「覚悟しています」
アルフォンスは思わず笑った。
「ずいぶん強い方ですね」
「そうですか?」
「褒めているつもりです」
「では、ありがとうございます」
また笑う。
不思議だった。
先ほどまで胸の奥にあった重苦しさが、少しずつ消えていく。
「……分かりました」
アルフォンスは答えた。
「セレスティア姫」
「はい」
「僕でよければ、婚約をお受けします」
「本当ですか?」
「はい」
セレスティアの顔がぱっと明るくなる。
「ありがとうございます!」
その笑顔を見て、アルフォンスも自然に笑った。
こうして婚約を破棄された王太子は、その日のうちに、新しい婚約者を得ることになった。
しかも相手は、大陸最大の帝国の末姫。
会場の貴族たちは、もはや何が起きているのか分からない。
ただ一人国王エドワルドだけは、額を押さえていた。
「……展開が早すぎるだろ」
◇
数年後、アストレア王国の王城の執務室。
国王となったアルフォンスが書類に目を通していた。
「陛下」
隣から声がする。
「これ、今日中に全部終わりますか?」
妻となったセレスティアが、山積みになった書類を指差した。
「……頑張ります」
「私も手伝います」
「ありがとうございます」
二人は顔を見合わせて笑った。
婚約から数年、二人は正式に結婚し、互いを支えながらアストレア王国を治めていた。
セレスティアは帝国の末姫として育った知識と経験を生かし、アルフォンスを支えた。
アルフォンスもまた、セレスティアの意見を尊重した。
二人の関係は穏やかで、仲睦まじかった。
一方、ルーヴェリア皇国との関係も悪化することはなかった。
なぜなら。
「ルシウス様!」
「はい!」
「どうして私のドレスがまだ届いていないのですか!」
「えっと……昨日注文したばかりだからです!」
「遅すぎますわ!」
「いや、昨日だよ!?」
ルーヴェリア皇国から聞こえてくるのは、今日もヴィオレッタの声。
「私は今すぐ欲しいのです!」
「無理だよ!」
「では婚約を破棄します!」
「またそれ!?」
ルシウスの悲鳴が響く。
「分かった! 急がせるから!」
「本当ですか?」
「本当!」
「では許します」
ルシウスは深いため息をついた。
「……本当に疲れる」
「何か言いました?」
「何も言ってません!」
「なら、よろしいですわ」
ヴィオレッタは満足そうに笑う。
ルシウスはそんな彼女を見て、またため息をついた。
けれどその表情には、どこか楽しそうな色があった。
「……まあ」
小さく呟く。
「こういうのも、悪くないか」
「ルシウス様?」
「何でもないよ」
「なら、次はーー」
「まだあるの!?」
「もちろんですわ!」
「……やっぱり大変だ」
それでも二人は、なんだかんだ言いながら一緒に歩いていく。
わがままな皇女と、それに振り回される第二王子。
二人の関係は、いつしか奇妙な夫婦漫才のようになっていた。
そしてアストレア王国では、アルフォンスとセレスティアが穏やかに国を治める。
ルーヴェリア皇国では、ヴィオレッタとルシウスが毎日のように言い争う。
けれど、どちらの国にも共通していることが一つだけあった。
あの日の婚約破棄は、誰にとっても人生を大きく変える出来事だった。
ただしアルフォンスだけは、時々こう思う。
「……あのとき婚約破棄を受け入れて、本当によかったな」
隣にいるセレスティアが微笑む。
「私もです」
「……セレスティア」
「はい?」
「これからも、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
二人は笑い合う。
こうして、捨てられた王太子は、自分を理解してくれる女性と出会い、幸せな人生を歩むことになった。
そして婚約を破棄した皇女と、それを喜んで引き受けた王太子の弟も、騒がしく、賑やかで、時々大喧嘩をしながら、それなりに幸せな人生を歩んでいくのだった。
人物紹介イラストです。
イラストは、chat GPTで作成しています。
なので、勝手に作られた紋章?みたいなのが、ルーヴェリア皇国と、ヴァルディア・グランフェルト帝国が一緒…。
そして、当初はグランフェルト帝国のはずが、ヴァルディア・グランフェルト帝国にされてて、それに合わせて、ヴァルディア・グランフェルト帝国変更しました…。
その他も、国名の下の文なんだ!?と思ったけど、イラストはイメージどおりだったので、このままアップしました。
そして、物語の始めに作った為、作っている途中で結末とかかなり変わった為、ルシウスの設定がかなり違います。
始めは、ルシウスがヴィオレッタに近づき、自分が婚約者になって、ルーヴェリア皇国の後ろ盾を得て王太子になろうとする。
思い通り婚約破棄させる事に成功したけど、兄はもっと大国の末姫セレスティアに婚約申込され、ざまぁ
される話のはずでした。
なぜこんなに話が変わったか?
本編の文章に悩んでる途中で、裏話の方を並行して書きはじめたら、楽しくて先に出来上がり、それに合わせて本編を内容を直しました。
裏話は、本日12時ごろにアップします。




