ブレイブ・プロジェ 〜神野々木心乃花は現代で勇者をしている?〜
田園の中を突き進む列車の中に、神野々木心乃花の姿はあった。
ひらがなで書けば、こののぎこのか。語感は好き。でも漢字が多くて子供の頃は苦労した。神なんて仰々しい漢字が名字に含まれているけれど、いたって一般人な所に、心乃花は少し落胆していたのも少し前。
頭にはヘッドフォン。流れてくる音楽は田園風景には似合わないが、高揚する気分をさらに盛り立ててくれる。
ふと、前のベンチシートに座る男性の視線が気になった。
然りげ無くスカートの裾を直す。けれど、それはおそらく関係ない。きっと見慣れない制服だと思ったのだろう。この地域ではセーラー服が多いと聞く。着崩し方がだらしなかっただろうか。
セーラー服、か。頭の中で身に纏った姿を想像する。一度着てみたいけれど、コスプレだと思われないかな? 漫画やアニメは好きだし、義務ではない勉強よりもゲームを優先したい感性を持っているけれど、少し未知なる領域だった。
一両だけの可愛らしいラッピングを施された列車は、少し耳障りな音とともにホームとランデブーを果たした。
コンクリートは黒ずんでいて、古くからこの町を支えていたことが窺える。時刻表には空白が目立つ。駅前にでもビジネスホテルが建てば、この小さな町では大きな騒ぎとなるだろう。
「昔の人は、こういうところで空気が美味しい、なんて言ったんだろうね」
独り言。ロータリーなんて立派な表現は出来ない駅前の空間、そこで待ち構えていたグレーのワンボックスカー。その後部座席に、心乃花は乗り込んだ。
「こういう時、普通は同行してくれるんじゃないの? 乗り遅れたら最悪、って不安だったんだけど」
十六歳のつぶらな瞳は、少し険しさを見せて運転席の男性を睨んだ。
二十代そこそこ。顔立ちは爽やかで、初対面で会話を交わさない状態では憧れたこともあった。
「ははっ、確かにこの路線は本数がだいぶ少ないからねぇ。ま、僕も一緒に行動してあげたかったけど、こっちで擦り合わせなければならないことがいろいろあったからさ。ほら、この辺って宿泊施設がないから、民家を借りなきゃならなかったし」
「なんだか田舎で泊まらせてくれる所を探す、バラエティ番組みたい」
「市役所頼みだから、難しいことなんてないけどね。担当部署の役員の実家。晩ご飯はバーベキューを開いてくれるそうだよ」
「学校早退して直行だから、制服で来ちゃったんだけど。臭い、付かないかな?」
「まぁ、着替えは用意してあるよ」
「いつもの芋ジャージ」
少しは年頃の娘に気を遣え。ため息交じりに、隣の席に置かれていた資料を手に取った。
唐突ではあるけれど、神野々木心乃花は勇者をしている。
何故そんなことになったのかと言えば、ホログラム技術による様々な弊害が挙げられた。
ホログラムと言えば、様々な作品に登場する立体映像を想像できる。正しく、それを実現しようとさまざまな研究がなされてきた。その中で実現性が高まったのが、空間にテクスチャーを投影できる何かを充満させることだった。
限りなく空気に似せ、人体に影響を及ぼなさない物を空間に放出し、それをスクリーンとして目的のものを投影する。
主にスマートフォンのカメラ機能を使って投影するこの技術は、爆発的に広がりを見せた。その需要に背中を押され、その空気に似せた物――ニア・エアと名付けられたそれは散布を繰り返された。
様々な実証実験は何度も何度も行われ、安全性は担保されたはずの技術だった。
その危険性は、技術の進歩とともに顔を覗かせる。
ホログラムを動かし、立体的な映像作品を楽しむことができるアプリが開発され、多くの人がダウンロードし、それを試したところで様々な問題が浮き彫りになった。
先ず、空気とごく似た性質を持つため、気温による膨張、収縮を引き起こす。これは実験によって明らかなことであったが、人体に影響を及ぼすものではないと考えられていた。
しかし、収縮され密度が高まったそれが、投影された映像とともに動く。その状況が揃って初めて、何かに影響を及ぼすようになったのだ。
投影された映像に、触れているような感触が認められた。
それが人の悪意に火をつけた。
不正に改造された投影データはニア・エアをも動かす機能を備え、物理的に存在するものを、人をも傷付けてしまうようになった。
アプリの開発会社はその対応に追われ、社会からも糾弾され。全てを投げ出して逃げ出してしまうのではないか、夜逃げももうカウントダウンだ。そう囁かれるまでに。
しかし、善意あるもの――欲望に突き動かされたもの――は諦めてはいなかった。その熱意によって、一つの技術が世に産声を上げる。
それは、〈ブレイブプロジェクター〉と子供心に任せたように名付けられた。
空間協調性と言う独自の適性があれば、ホログラムを身に纏って戦い、既存のホログラムを破壊することができるという、茶目っ気のある画期的な技術だった。
その適性というものが認められたのが、その会社の開発部に努めていた社員の娘、――神野々木心乃花だったのだ。
ワンボックスカーは目的の民家へ辿り着いた。
小高い山を見上げる位置にあり、周囲は開け田畑がどこまでも広がる。用水路を流れる水の流れはなかなか早く、田んぼは乾いた喉を潤している。
家主は六十代そこそこで、米作りに忙しくなるから、家は自由に使ってくれて構わない、と朗らかに言った。
「心乃花ちゃん、どんなお肉が好き?」
「カルビ一択」
優しく微笑む奥様に、心乃花は鼻息荒く言った。
タン塩なんて口に残るものは要らない。ホルモンなんて口の中に残るものは要らない。咀嚼し、味わい、直ぐに飲み込み、次に手を伸ばす。それこそ至高。
台所で昼食の弁当箱を洗いながら、可愛らしく破顔した。
ウェルカムサービスのごとく三時のおやつを頂いた後、心乃花はここまでの運転手――〈ブレイブプロジェクター〉の開発者である酒田と共に散歩に繰り出した。
「今回は、投影者は逮捕されている。捕まるタイミングで悪性プロジェクションを野に放ったんだね。それがこの辺りで目撃されんたんで、討伐してほしいって依頼」
「危険なの?」
「見た目はパンダだってさ。その可愛らしさを利用して悪事を働こう、って魂胆だったらしい」
「パンダ、ねぇ。その実態は熊でしょ? パワーがありそうで嫌だなぁ」
ため息を吐いて、肉弾戦は性に合わないと独りごちる。
剣を振り回したり、格闘術を披露したり。そうした戦いだってできる〈ブレイブプロジェクター〉なのだけど、もっと淑やかな戦い方に憧れてしまう年頃だ。
例えば、と言われると困るのだけど、それは魔法を使ったり、弓だったり、優雅な動作によって繰り出されるものだろうか。
「ふふぅん、そんな事もあろうかと、今回のデータはなかなか華やかなものだよ? 泥臭いプロレスとは無縁だろうね」
「女子プロレスラーみたいな衣装を投影させた奴が言うことかっ!」
リングの上で披露するなら兎も角、国道沿いの交差点、横断歩道の上で繰り広げられた格闘戦には相応に観客がいて。アドレナリンってすごい。
あれ、恥ずかしかったんだからっ! と怒る心乃花を、宥めるのも酒田の仕事だ。
戦ってもらって、自身の趣味を満たしてもらって。難しい年頃の女の子である筈なのに、言葉を荒らげながらも素直に従ってくれる彼女には、感謝してもし尽くせなかった。
「あ、おっきいカエル。可愛いなー」
しゃがみ込んで、そのふくよかな脇腹を突く。スカートから解放されて、その身のこなしは軽やかになった。
「あぁ、こら、あんまり触ったら駄目だよ。ちゃんと手を洗いなさいね?」
「はいはい。……カマキリとかいないかなぁ。クモは嫌だけど。あ、豆みたいな草はっけーん」
この子、本当に女の子? なんて疑問に思う日々だった。
ゆっくりとした速度ですれ違う軽トラック。それ以外はあまり見かけない農道。田んぼの水面に映る飛行機雲。
「ここ、本当に悪性プロジェクションがいるの? すっごい長閑」
「長閑だからこそ、目に付いたんだろうね。この辺り、古くから熊の目撃情報がないんだよ。それが、ここ数日のうちに幾つもの目撃情報」
「熊の?」
「パンダの」
同じことじゃん、とムッとする。
「熊とパンダの決定的な違い、知ってる?」
「色?」
「ヒグマとツキノワグマだって色が違うね」
「じゃあ知らない。分類の話とか言ったら蹴っ飛ばす」
「……あ、見てみなよ、タニシがいるよ。この辺では食べたりするのかな?」
露骨に話を変える大人に呆れながら、散歩という名のパトロールは続いた。
日が暮れると、庭先でバーベキューが開かれた。
家主夫婦がせっせと焼いていき、心乃花はただひたすら食べている。
自分でも焼きたいと思ったが、お客様という身分もあって叶えられそうもない。これで焼き加減が好みに合わなかったら不満も募っていただろうが、素材も腕も悪くなかった。
「日が暮れるまで見回ってみたんですけど、町中には見当たりませんでした」
「でしょうな。目撃情報があるのは、シイタケを栽培している山の中が主です」
「被害はあります?」
「ありませんなぁ。ホログラムはシイタケを食べるので?」
「売るくらいはするでしょう。食べても入るような空きはないので」
「あはは、お上手で。ま、一杯」
「どうも」
男二人、年はだいぶ離れているが、よくもまぁ話が合う。呆れ疲れた心乃花は心を癒すようにひたすら肉を口に放り込んでいたが、咀嚼を繰り返せば嫌でも口の中に脂が残る。
「レモン系の炭酸飲料って、あります?」
「ごめんなさいねぇ、コーラしか用意していなかったの」
「あ、いえ。大丈夫です」
「ふふっ。よく食べるのね。でも大人しくって。息子があなたくらいの年の頃は、もう、騒いで騒いで仕方がなかったのに」
男性と比べられても、と眉尻を下げながら、思い出話に耳を傾ける。
その時、庭に生えた木が揺れた。
一斉に発生源に視線が注がれるが、そこにそれ以上の変化は現れない。何かが飛び出してくるような気配もないし、何かが登っているような陰も見えない。
しばらく視線を向けていたが、意を決したように酒田が動き出した。手にはトングを携え、とても戦いに赴く姿には見えない。緊迫した空気ではあるけれど、そのなんとも間抜けな姿に、心乃花の顔に笑みがこぼれる。
ポケットから取り出したスマートフォンを、彼の進行方向へ向ける。
「酒田さん、悪性反応は見られないよ」
「おや、それならこの辺で暮らしている猫かしらね。地域で面倒を見ている猫が何匹かおるのよ」
「わー、見てみたい。どんな猫?」
「白い子だったり、茶トラだっり」
そんな会話をぽかんと見つめる酒田の肩を、家主がそっと叩いた。
「え、あ、あぁ、そうか。その方法があった。いや、ちょうど武器になりそうなものを持っていたから」
「トングでどう戦うんだか」
「ふっ。これだから若いものは。いいかい? トングというのは今でこそ料理に使うことが主だが、かつてはとても凶悪な武器として知られていたんだ。それで敵を倒し、天に掲げてこう言うんだ」
見本を見せるように、彼はトングを天に掲げた。
「トングラッチュレーション! 勝利のVサイン!」
「はははっ! 良いセンスだね、君!」
くだらない。酔っぱらいの笑い声を聞きながら、心乃花は奥様が焼いてくれた肉を頬張った。
目が覚めると、いつもより天井が遠くに感じた。背中に感じる柔らかさも普段とは違う。けれど、力強い。地面に支えられている気持ちになった、布団からの目覚め。
布団は直ぐに畳まないほうが良い、なんて豆知識を、いつかテレビで観た気がした。
一先ずそのままにしておいて廊下に出る。冷蔵庫の中に、おにぎりが用意してあった。
「おはよう」
「私のほうが早かったね」
久しく食べていなかった梅干し、その酸っぱさで歪む顔。あくび混じりに歪む顔。一つだけの洗面台を譲り合って歯を磨き、洗顔を済ませたら、今日という一日が本格的に目を覚まそうとしていた。
ワンボックスカーに乗り込んで、つづら折りの道をひた走る。高台の展望広場が一先ずの拠点だった。
「ここを拠点に山を探索するの? 蛇とかいたらやだなぁ。テレビで観る分には可愛いけど、実際に出会ってしまったら怖くない?」
「噛み付かれるって恐怖があるからかもね。ホログラムも同じこと」
だから、悪いものは破壊する。自分だけの特別な役目。そう考えると、気分は少し高揚した。
「よし、準備完了」
酒田の声に反応し、心乃花は絶景から目を逸らした。
彼はサイドにホースのようなものが付いた、ランドセルのようなものを背負っている。右手でそのホースの先を持ち、左手にはスマートフォン。軽く伸びをしながら近付くと、身に纏っていたジャージを座席へと放り込んだ。
「毎度思うけどさぁ、このスポーツウェアはちょっと際どいと思う。ほとんど下着じゃない? デザインはシンプルで好きだけど」
野外でする格好ではない、と何度目かの愚痴。
「仕方がないよ。ブレイブプロジェクターは素肌により馴染むからね。全身余すことなく投影できたほうが、安全性は増す。出来ることなら全裸になってもらいたいけれど……」
流石に、法律は味方をしてくれなかった。いや、心乃花にとっては心強い味方だった。
「どうせ投影する際にはスモーク状にしたニア・エアを纏わせるんだからさ、その際に脱いでしまってもいいと思わないかい?」
「変態。なんでこういうすごい技術を開発する人って、なんかズレてるものなの? 羞恥心ってないの?」
「すごい技術を開発する人はズレているのかい?」
「自分の胸に手を当てて考えてみなよ」
「……情熱に、燃えている!」
やっぱり変態だ。少し強めにドアを閉めた。
「さぁ、準備ができたら投影を開始するよ。ホログラムは稼働するごとに自身を投影させているニア・エアを消費する。その為、散布されている場所に忍び寄る傾向があるが、今回はその例には当てはまらないようだ」
「だから、高濃度のニア・エアを使うブレイブプロジェクターが囮になるんでしょ。かるーく、山の散歩と洒落込もうかねぇ」
「では、ブレイブプロジェクター――プロウェアッ!」
こういう決め台詞、私が言うべきなんじゃないかなぁ。少し複雑な表情を浮かべながら、ホースから湧き出るスモークが心乃花を包みこんでいく。
「さぁ、今回映し出されるのは――このウェアだっ!」
スマートフォンのカメラを向ければ、光が伸びて画像が投影される。スモークが晴れた時、心乃花は日常に別れを告げて、勇者として非日常に投影された。
風に揺れるスカートは、ふんわりとした裾野を見せる。太ももの中ほどまでを覆う白黒のボーダー、わずかに見えるテクスチャーの肌色は、彼女の視界にはまだ映らない。
セーラー服を模したような襟も、スカーフも、残り香のように薄く残ったスモークの流れに揺られている。
「なにこれ、媚びすぎてない? ところどころでフリルが目立つし、私にどんな台詞を言わせたいの?」
「胸に秘めた勇気をこの身に纏って。悪を討つはブレイブ・プロジェッ!」
「ブレイブ・プロジェ?」
「名前を考えてみたんだ。変身ヒロインみたいで可愛らしいだろ?」
「安直すぎ。そんで趣味じゃない」
こんな立場にならなければ、もっと幼い頃に見納めていただろう。
けれど、そのような衣装を身に纏うのは新鮮で。恥ずかしさに少し頬を赤らめながらも、くるりと一回転。
「ま、いいや。行ってくる。……武器は?」
「魔法のステッキ(物理)」
「括弧を言うな。いい加減、魔法もホログラムで再現してよねー」
「君、それを可能とするのに、どれくらいパソコンと向き合わなければならないか、判ってる?」
「聞こえなーい」
追加で投影されたステッキを携え、緩やかに伸びる斜面を進む。
苔むした木々。じっとりと湿る地面。梅雨の雨をしっかりと蓄えているらしい。転んでしまえば、不快な感触が肌を襲うだろう。ホログラムは、護ってくれない。
「笹、生えてないのかなぁ。パンダといえば笹だろうに」
ほのぼのとした映像を脳裏に浮かべる。だらしがなく、だらっと座って、お腹を見せて、笹をハムハム。転げ回る子どもパンダ。笹にじゃれ付き、母パンダは鬱陶しがる。
そう、例えば目の前に現れたパンダのように、腕を振るって――。
「ッ――このっ!」
とっさに構えたステッキで、その強烈な打撃を打ち出す前脚を受け止める。スカートが弾け飛び、レオタードのようなインナーが顕になる。二段階防壁か、と心乃花は感心した。
「はぁ、はぁ、追いついた。山道はしんど――あ、あれはパンダイルバンカーッ!」
「は? なにそれ?」
力を込めて、弾き返す。仕返しとばかりに踏み込んで、ステッキによる突き。手のひらで弾かれる。抗わず、遠心力によって振りかぶる。
強烈な一撃を繰り出したパンダの腕は、奇妙な変形を見せていたが、既にもとに戻っており、軽快な体術を繰り出していた。
「パンダイルバンカーとは、パンダが繰り出す不意打ちの杭打ち、つまりはパイルバンカーッ!」
「駄洒落の味付けが濃すぎて胸焼けしそう」
最早ステッキは棒切れのように成り果て、パンダの繰り出す体術を捌いていく。
(パンダと功夫? どこの漫画よ)
自身の格好も、状況も。正しく漫画の世界に入ったかのようで、毎回心を躍らせてしまう自分はなんて子供っぽいのだろう。
でも、だからこそ。自分はこの仕事をやり遂げられているのだと思う。そういう感情がなければ、このような格好を強要する酒田とは、きっと馬が合わなかった筈だから。
魔法のステッキは徐々に形成されるリソースを奪われ、棒切れよりも心許ないものへと変わろうとしている。それでも振り回すのには不都合はないと、心乃花は子供の頃にテレビで見かじった程度の棒術で対応をする。
パンダの功夫は、まるで映画のカンフースターを観ているようだった。
背中を見せたとしても、全く油断ならない。攻撃はすべて防がれ、こちらの甘い防御では、次々にリソースが奪われていく。
相手の土俵で戦ったのなら、あっという間に衣装のリソースが奪われてしまうのではないか。
「酒田さんっ! もっとスモークッ! もっと振り回しやすい武器を投影してっ!」
「まかせとけっ! ブレイブリメェェェックッ!」
だから、それは私が言うべき台詞。
呆れながらも、細長い綿菓子のようなスモークに手を突っ込んで、投影されたそれを握る。振り払いながら姿を表したのは、可愛らしい装飾が施された薙刀だった。
「可愛すぎて胸焼けするわぁ。何この折り紙みたいな花の装飾。文化祭でテンション上がっちゃった系?」
「……君、もうちょっと女子高生的な感性を磨いてくれないかな?」
「それ、女子高生関係ある?」
年上のお兄さんに言われたくない。唇を尖らせながらも、腰を落として薙刀を構える。
既にパンダは姿を消している。だとすれば、繰り出される攻撃は簡単に予想が付くものだ。
かつての魔法のステッキを振り回しながら、何故あの強力な攻撃をしてこないのだろう。そう考えていた。リソースを多く消費する攻撃だとしても、スカート分のリソースを奪っているのだから、収支としてはプラスに傾くはず。
では何故?
思うに、腕の変形に時間がかかるのではないか。
肘の部分からパーツが伸びて、それが杭打ちの役割を果たしている。変形、力を貯める。それらに時間を要するから、不意打ちのような方法でしか使用ができない。
リーチはこちらの方が長い。後の先は確実に取れる。大事なことは、起こりを見極めること。
なんて、私は武道の達人か? 心乃花は少し笑って、そんな自分が投影できたら、楽しいのだろうな。と、心の中で呟いた。
「上だっ!」
酒田の声に合わせて、薙刀を振るう。投入されたリソースは攻撃力に直結する。薙刀はそれ単体で投影されたものだから、威力はそう、まさに折り紙付き。
おそらく、とどめの一撃。こんな時、どんな掛け声を発せればいいのだろう。
心乃花は短い時間のなかで、精一杯の熟考をした。パンダの異形のように変化した腕は、刻一刻と迫っている。タイムリミットだ。これ以上は考えられない。決意を表情に張り付け、声高らかに薙刀を振るった。
「終わりッ!」
攻撃に備えて身をそらしながら、パンダの身体を切り裂く薙刀を眺める。
自分が言うべき台詞では、なんて何度も思いながらも、やっぱり、どうしても恥ずかしくて。肝心の決め台詞を口に出せない心乃花だった。
「うへー、汗かいた。湿気嫌い」
「はい、タオル。体を拭いて、着替えちゃいなよ」
明け放たれたワンボックスカーに乗り込み、備え付けられていたカーテンを締める。
「覗かないでよ」
「覗いてほしかったら、もっと色気を身に着けてほしいね」
漫画で大人がよくやる返しだ。なんだか嬉しくなって、ニコニコと表情が和らぐ。
「やっぱりさぁ、魔法みたいな遠距離攻撃は必要だと思うのよ。それは無理でも弓とか銃とか」
「ダメダメ。魔法というものを再現できれば、それに越したことはないけどさ。弓だとか銃だとかはダメダメ」
「そんなにダメダメ言うくらいダメ?」
「放ったリソースが相手を上回っていなければ、そのリソースをむざむざと奪われることになる。散布できるブレイブプロジェクター投影用のニア・エアにも限りがあるからさ、遠距離攻撃は無茶無謀」
「でも、それを可能としてこそ技術者でしょ?」
「耳が痛い。ま、矢面に立たせている君のことを思って、僕もまぁ、頑張ってみるよ」
「矢面って、私、何かあったら責任を取らなくちゃならないの?」
「あ、いや、そういった意味じゃないよ。えー、と。なんて言ったらいいのかな? 最前線? 一番槍?」
「なんでもいいです。ちゃんと伝わってますから」
ちょっとした意地悪。
まだ気持ちが昂ぶっているのかな? クーラーボックスのスポーツドリンクは、とても冷えていて気持ち良かった。
「たった一日だけだったけど、娘ができたらこんな感じだったのかなぁ、って思えて楽しかったわ」
「時間ができたら、また来るといい。次は、新米でバーベキューをしよう」
家主夫妻に別れを告げて、心乃花達を乗せたワンボックスカーは走り出した。荷台にはお土産のたけのこ。今年はまだ食べていなかったなぁ、と二人で盛り上がった。
「たけのこ自体は食べるけど、こうして実物を見て、ってことは早々ないよね」
「そう。そういった意味での今年初、だね」
「酒田さんは料理ができるの?」
「全く。母親頼み、だなぁ。実家に顔を出して、料理してもらって。心乃花ちゃんは?」
「勉強中。ポトフが作れるようになってね。次はカレーに挑戦かな、って思ってた。私は市販のルーを使わない。オリジナルを目指してみせるっ!」
「君って、変なところでスイッチが入るよねぇ」
そう? そう。
方や首を傾げ、方や頷いて。次第に田園風景を離れ、国道沿いのラーメン屋を目撃して昼食をとった。
「討伐が遅れていたら、奥様の手料理を味わえたんだよね。あーあ、なんか勿体なかったかもなぁ。バーベキューの時のタレ、自作だったんだよ? 料理上手って羨ましい」
「もう少し時間があれば、教えてもらえたかもしれないね」
「それ! それが大事。それに猫も見たかった!」
「でも、仕事も大事」
「それなー」
高速道路。電光掲示板はすべてホログラムとなり、車に追尾をして道路情報を教えてくれている。技術はとても進歩した。でも、人の暮らしというものは、なかなか変わらないのかもしれない。
「明日の学校もね」
「……あっ! 宿題出されたの忘れてたっ!」
たけのこ料理は、母親に任せることとなるかもしれない。
現実へと戻るスイッチは、どこにでも潜んでいる。非現実も、今では当たり前に浮かんでいる。それをフラットに受け入れている彼女が、酒田には勇気あるものに見えて仕方がなかった。
「心乃花ちゃん。しんどくならない?」
「なによ、急に。私は楽しーよ」
なにより、自分の行いは、自分のこの発明は間違ってはいなかったと。勇気を貰えるから。
「あれ、酒田さんのスマホ、鳴ってるよ?」
「あ、ちょっと出てもらってもいい?」
「はーい。……あ、嶺崎警部。お疲れ様でーす。パンダ倒しましたよ! パンダ! なんかすっごい攻撃をしてきて――え、町中で巨大なこけしが暴れてる!? どういう状況?」
「心乃花ちゃん。つまりは次のお仕事、だね」
「いや、これじゃあ学校行けなくて、どんどん宿題が溜まっていくんですけどーッ!?」
現実からは、なかなか逃げられない。非現実だって。だったらせめて、楽しくありたい。それはきっと、二人の共通する思いだった。




