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異世界系短編/中編集

今日も僕は君のために死ぬ

作者: 源泉

僕は剣を握り、また死んだ。


喉を裂かれ、血に沈み、世界が暗転する。



──気づけば、数刻前の焚き火の前に立っていた。



魔法使いが魔導書を閉じ、勇者が剣を磨いている。

もう何度目の光景か分からない。


僕のギフトは《セーブ&ロード》。

死ぬことで、あらかじめ定めた地点に戻れる。

一度セーブすれば、それより前には二度と戻れないことが絶対のルール。


この力を知るのは僕だけだ。

勇者は何も知らない。

ただ当然のように僕を信じ、微笑んで言う。



「君は勝利の女神様みたいだね。……男なのに」



その笑顔のために、僕は幾度も死んできた。





「君が隣にいてくれると、私は負ける気がしない」



焚き火の明かりに照らされる横顔は、自信と優しさに満ちていた。


その夜、魔物の群れが襲ってきた。

僕は彼女の横に立ち、牙と刃に身体を裂かれながら地に伏す。



──暗転。ロード。



今度は先に道を塞ぎ、群れを誘導した。勇者は無傷で森を抜け、街へたどり着いた。





「ありがとう。君が庇ってくれたから助かった」



戦いの後、勇者は血に濡れた手で僕の肩を掴んだ。



「私は必ず、この世界を救う。君が一緒ならきっとできる」



彼女の瞳は強く、まっすぐだった。

だが次の瞬間、崩れ落ちた屋根が彼女を押し潰そうとしていた。


僕は彼女を突き飛ばし、代わりに瓦礫の下敷きになる。

骨が砕け、視界が赤に染まる。



──暗転。ロード。



今度は建物の異変に気づき、支柱を斬り倒して崩壊を防いだ。

彼女は笑顔で振り返った。





「どうして君ばかり傷だらけなんだ?」



魔法使いが治癒の光を注ぎながら、低く呟いた。



「まるで死ぬのを前提に戦っているみたいだ」



その言葉に勇者が慌てて割って入る。



「違うわ。彼は私を守ってくれてるの。ね?」



彼女の笑みに、僕は黙って頷いた。



次の戦いで、毒矢が彼女を狙った。僕は庇って喉を射抜かれる。



──暗転。ロード。



矢が放たれる前に、魔法使いの防御呪文を促した。


勇者は矢を避け、敵を斬り伏せた。





夜更けの焚き火の前、勇者は小さく息を吐いた。



「ねえ……怖いんだ」



普段は決して弱音を見せない彼女が、火の影の中で囁いた。



「人を救いたいって思うけど……そのために剣を振るって、本当に正しいのかな」



かすかに揺れる声。

彼女もまた、迷いと不安を抱えていた。


僕はただ「大丈夫だ」と答えることしかできなかった。



──翌日、街道で盗賊を討ち果たしたとき。



倒れた男は血を吐きながら、勇者を見て嗤った。



「女が……勇者だと? 笑わせる」



その言葉に、僕の視界が赤く染まった。



気づけば僕剣が盗賊の喉を裂いていた。



男が息絶える瞬間、勇者の顔が映った。

驚きと混乱、そして悲しみの入り混じった表情。



我に返った僕は、己の手を見下ろした。

震える剣先から血が滴り落ちる。


あんな彼女の表情を、二度と見たくなかった。



だから僕は死んだ。



自ら胸に刃を突き立て、暗転。──ロード。


今度は盗賊を気絶させ、鎖で縛り上げた。

勇者は安堵の笑みを浮かべ、魔法使いと共に道を進んでいった。

あの混乱した顔は、永遠になかったことになった。





戦いの後、勇者の頬に赤い線が走っていた。

小さな切り傷。命に関わるものではない。


彼女は笑って言った。



「これくらい、勲章みたいなものだよ」



けれど、僕には耐えられなかった。

その傷が、どうしても許せなかった。

だから僕は死んだ。



──暗転。ロード。



次の周回でも、矢がかすり、同じ傷が残った。



──暗転。ロード。



さらに次。盾を掲げ、胸を貫かれても結果は同じだった。



幾度繰り返しても傷は消えない。

それでも僕は死を重ね続けた。



世界を救うことより、彼女の笑顔を「完璧」にすることのほうが大切だった。



「君がいれば、私は負けない」



勇者は無邪気に笑う。



その言葉が、僕の中で狂気へと変わっていった。





魔王との決戦前夜。

焚き火の前で、僕は勇気を振り絞った。



「魔王を倒したら……伝えたいことがあるんだ」



彼女は驚いたように目を瞬き、少し頬を赤らめて小さく頷いた。



「分かった。その時に聞かせて」



胸の奥が熱くなった。けれど、その未来は訪れなかった。




黒き城で、決戦が始まった。

数え切れない魔物、飛び交う魔弾、崩れ落ちる石柱。


一度は毒の霧で全員が喉を焼かれて倒れた。



──暗転。ロード。



次は柱の崩落に押し潰され、勇者を失った。



──暗転。ロード。



三度目は炎に包まれ、魔法使いと共に全滅した。



──暗転。ロード。



僕は学習した。こまめにセーブを更新しなければならないと。

数歩進んではセーブを刻み、また死んで戻り、慎重に前へ。


幾度も血を吐き、幾度も斃れ、幾度も戻った。


記憶は重なり、境界が曖昧になっていく。

これは五十回目の大広間か、五百回目の大広間か。

誰が倒れ、どこで崩れたのか、もう分からない。



「君がいれば、私は負けない」



彼女はそれでも笑っていた。

だから僕は、また死に、また戻った。





そして──それは起きた。

魔王の刃が、勇者の胸を貫いた。

血が散り、口元にかすかな微笑が浮かんだように見えた。



その瞬間、僕の中で“刻まれてしまった”。


望んだわけではない。

意識よりも速く、魂そのものがそこを起点として焼き付けてしまった。



まるで世界が、この場面をセーブポイントとして選んだかのように。


ロードしても、彼女は必ず死ぬ。

何度繰り返しても、彼女は同じ場所で、同じ姿で倒れる。


魔法使いも最後の呪文を放ちながら黒炎に呑まれて沈んだ。



気づけば、僕と魔王だけが残っていた。

剣を構え、駆け出す。



──だが、その先も知っている。

 


何度繰り返したかわからない、同じ場面。

同じ動きで、魔王の放った黒い刃が僕の胸を裂く。

血がこみ上げ、視界が揺らぐ。


その時、魔王が低く呟いた。



「……まだ繰り返すのか?」



耳に届いたのか、心の奥から聞こえたのか分からなかった。



無限に繰り返した死の中で、ただ一度だけ響いたその声は、

もしかしたら僕自身の心だったのかもしれない。



──それでも、繰り返すしかなかった。



勇者の死をなかったことにするために。

彼女の笑顔を取り戻すために。



──暗転。ロード。



また同じ場面へ。

勇者は死に、魔法使いも倒れ、魔王の刃が迫る。



何度見たかわからない彼女の死の瞬間は──なぜか、とても美しかった。




今日も僕は君のために死ぬ。

そして君は、僕の目の前で死ぬ。

あの日、伝えたかった言葉は──永遠に届かない。



──暗転。ロード。

また同じ場面へ。



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