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ラトゥと兄ぃ

挿絵(By みてみん)


「おい、()()ども! ――そいつらには礼を尽くして一撃で仕留めろと、何遍も言っているだろ!」


 黒馬から高みの見物然の姿勢で、この一帯で繰り広げられる魔物に対するダークエルフ族の青年たちによる圧倒的な蹂躙を見ていたティディアだったが、どうも手際としてはいまひとつの感じだったらしい。

 ラトゥに対しての説教はこのあとだ――。

 そう決め込んだのか、ティディアの意識は彼らのほうに向けられた。

 ラトゥとしては永遠にあちらを向いてくれてもかまわなかったが、あれだけ優美優雅に動きながら、そのじつ蛮族蛮行がごとく振舞う彼らの武芸に何の不満があるというのだろうか。

 ラトゥが実際に歯も立たなかった相手を、一刀断で斬り捨てているというのに……。


「他のやつらは歯向かったことを心底後悔するまで、ぎっちり拷問のごとく締め上げてもいいが、そいつらは森の賢者の成れの果てだ。死してなお呪怨で苦しんでいる。一撃で楽にしてやるのが、敬意と鎮魂の礼儀だろうが!」


 前半はとてつもなく傲慢な物言いだが、後半は魔物の正体を知るだけに最後まで礼を尽くそうとする姿勢を重んじている。

 ティディアの理論や正義感は奇妙なところで二極するが、ダークエルフ族の青年たちはこの考えは嫌いではなかった。


 ――たしかに、狩りの一端として楽しんだのは認める。


 だが、それでもつねに教えられている敬意で一撃を与え、一矢を与えているのだが、魔物たちを一刀断で絶命まで仕留めることは叶わなかった。

 これを技量不足とティディアは判じているのだろう。


 ――これではとても「最恐」とは言えない。


 ダークエルフ族がそうだと思われる存在を先代たちが築きすぎたのか、青年たちの技量が理想に対して未熟なのか。見た目以上に長き時を生きるティディアには、これを維持するため、彼らを育成している以上甘いことは言えない。


「いいか、一撃っていうのは――」


 ティディアは馬上での姿勢を崩さない。

 しかし、その手には黒馬に着けていた弓と矢が手慣れたしぐさで構えられている。

 弓の弦はまるでまるで楽器の絃を奏でるように優雅に限界まで引かれ、一本の矢がティディアという青年のすべてを表すように迷いなく一直線に放出の瞬間を待ち、


「こうやるんだよッ」


 放った言葉。

 同時に放たれた矢。

 それは光を絡めた速さで胴や腕を断たれ倒れている魔物たちへと向かい、そのうちの一体を仕留めるのかと思えば、矢は一瞬で無数へと変じ、光の豪雨となって魔物たちの肉体すべてに降り注ぎ、確実な絶命をもたらす。

 ティディアの慈悲は無慈悲のようにも思われたが、これが魔物――かつては森の賢者であった彼らに対する彼なりの礼儀だった。

 無数の矢で絶命を得た魔物たちは、それでよかった。

 問題は、まだその周囲にいたダークエルフ族の青年たちだ。

 彼らの運動能力はまさに神業で、光の豪雨に見舞われる前に辛うじて回避できたが、自分たちがいてもかまわずあの矢を放つとは――ッ。


「――()()()ッ、何てことしやがる!」

「刺さったらどうするつもりだッ」


 ヒトの感覚でいえば彼らに見た目年齢こそ大差はないが、長命であるダークエルフ族本来の実年齢でいえば、ティディアのほうが遥かに年上だった。

 彼らは明確に実年齢を重んじるわけではないが、かまってほしくてつい「禁句(冷やかし)」を口にしてしまう。

 ティディアは一瞬口端を歪めるが、とんだ甘ったれめ、と鼻で笑い、


「俺の矢で自然に返ることができるのなら、光栄だろうが!」

「はぁッ? 誰が耄碌ジジイに殺されて喜ぶかよッ」


 ――この世界では、死を迎えれば平等に自然に返る。


 それが常識であり、亜種族にとっては自然を崇拝する根本的な概念だった。

 あはは、と高らかに笑うティディア。

 秀麗優美の見た目に反して口が悪いが、どちらにせよダークエルフ族の青年たちはティディアを酷く気に入っているため、これはラトゥが彼を「(あに)ぃ」と呼んで慕うのと類似している。


「じゃあ、喜ぶまで殺してやる! せいぜい器用に逃げるんだな!」


 そう言うなり、今度は彼ら青年にめがけてティディアが矢を放つ。

 ラトゥは「マジか……」とつぶやき、額を押さえてしまった。

 場は途端に、緊張を見事に掻き消していく。

 降る矢は先ほど魔物を射止めた威力とは破格に異なり、遊びの範囲となるが、それでも確実に避けなければただの怪我ではすまない。

 そのようすを見て魔物に囲まれたラトゥを助けようと獣化して猛進した男もほっとして、獣面だけが名残の人化へと戻り、ラトゥ――黒の皇帝のいちばんの盾であり、いちばんこの場で物騒なティディアに向けて感謝に頭を下げてくる。


「助けていただき、何とお礼を言ったらいいのか……」


 獣人の男には、すでにダークエルフ族の青年たちが余興で遊んでいるのだと判ずることができた。ラトゥにとっては身内の恥さらしに近かったが、彼らがこうしている以上、この周辺を突如として襲った脅威はもう存在しないのだろう。

 ティディアも黒馬の装具部に弓を器用に収めると、途端らしく表情をあらためて、その美貌で微笑む。


「今回ばかりは間一髪の偶然だった。あんたらに怪我がないのなら、それでいい。むしろラトゥを――黒の皇帝を、身を挺して守ろうとした忠義に感謝する」

「何、我々がこうして生活をできるのは、この自然と、それを守護する《守り人》の黒の皇帝のおかげ。あなた方のような武勇はございませんが、盾になれと仰せのさいは、いついかなるときでも……」

「そうならないよう、最低限は躾ける。どうせこいつが勝手に窮地に飛び込んだんだろ?」


 言って、ティディアが含みをこめて見やってくる。

 ラトゥとしては「どこから見ていたんだよッ」と叫びたくもなったが、ティディアに会ってしまえば、後のことはもうどうでもいいことのように思えた。

 そんなラトゥをティディアはどこか冷めた眼で見やるが、


「――怪我はないな」


 念を押すように尋ねてくるので、


「うん。……助けてくれてありがとう、兄ぃ」


 すこしだけ顔を上げながら礼を言うと、


「お前を助けたのはあいつらだ。あとでせいぜい労ってやれ」


 そっけなく返されるものの、こちらに向かって手のひらを上に指だけをかるく動かしてくるので、「こちらに来い」と言われているのだなと理解し、ラトゥはひとつうなずく。

 霊獣の背に跨っていた身を起こして、ティディアが騎乗する黒馬の背に乗り換えようとしたとき、ティディアの手が伸びてきて、ラトゥはかるく掴まれて、そのまま彼の前に座らされるような体勢で収まってしまった。

 ティディアはそのまま黒馬を歩かせ、ダークエルフ族の青年たちに保護されている状態の獣人族たちが集まる場所へと向かう。獣人の男や霊獣もそれにつづいた。

 道中、周囲を丹念に見やり、使役する風の精霊たちにそれが確実かを調べさせる。風がもたらす声にティディアは安堵する。浮かんだ笑みは、美貌の青年そのものだった。

 ようやく満天の星空の下にふさわしい静寂が一帯に戻った。

 では、残るは――。


「どうしてお前は大人しくしていられないんだ……」


 ティディアが心底途方に暮れるようなため息を首筋にかけてくる。


「お前は黒の皇帝だ。世界を統べる頂点だというのに、いっかな自覚がない」


 何も古城でふんぞり返るか、大人しくしているか、どちらかを選べとは言わないが――。

 そう言って二度、三度とため息を吐くので、ラトゥはぞわりと鳥肌を立ててしまうが、騎馬の上では逃げようがない。

 やはりそれはいつも自分を古城に置いて、それを当たり前のように青年たちだけで狩りを楽しもうと出かけるティディア――兄ぃが悪いのだと思う。

 迷って結局は口にしてしまう。


「俺だって、いつまでも子どもじゃないんだ。遠出の狩りぐらい一緒に連れて行ってくれたって……」


 いいのに――。

 ラトゥは言って、語尾はなぜか自己嫌悪を覚えて言葉が小さくなる。

 そう、狩りぐらい……。

 最初はそう思い、何事も勇んで、狩りから戻ってくるだろう兄ぃたちを探して見つけ、奇襲でもかけてその首でも取ってやるとも意気込んだが、その腕前は魔物の剛腕に短剣の刃を突き刺すことも叶わず、勇みは無謀の結果となって命さえ落としかけた。

 あれだけ剣の稽古をしてもらっているのに、これがいまの実力だなんて……。

 それを目撃されて、どうしておなじような意気込みでひとり留守番をするのは嫌だと駄々がこねられようか。

 叱られるより先に反省が身を浸し、ラトゥは肩を落としてしまう。


「狩り、ねぇ――」


 ラトゥの不満を聞いて、ティディアもまた思う。

 彼らダークエルフ族の青年たちが遠出で行う「狩り」は、けっしてラトゥが思っているような内容ではない。

 むしろ――。

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