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恐ろしき、ダークエルフ族の美貌の青年たち

「ラトゥッ――黒の皇帝ッ?」


 赤黒い短髪の、猛禽類のような金色の眼。

 線が細いのに勇猛果敢に見える美貌の青年が、小脇に抱える救出に成功した子どもを見てぎょっとする。

 思わず声を上げずにはいられなかった。


「黒の皇帝ッ、何でお前がこんなところにいるんだッ?」


 彼はてっきり、魔物に囲まれ絶命寸前の子どもが獣人族だと思っていたようだった。

 事実、周囲では霊獣に護られ、霊獣に乗り、あるいは自力の俊足で突如として襲いかかってきた魔物から逃げようとする獣人族たちがいる。

 なのに、それを掬い、救ってみれば、同族のダークエルフ族の少年――しかも長であり、世界の自然を守護する《守り人》の最高峰の存在である黒の皇帝本人だったのだから、これには驚愕せずにはいられない。


「な、なぜって言われても……」


 ラトゥのほうも、刹那の救出劇からまだ全貌把握が上手くできておらず、どう答えればいいのかわからなかった。

 助けられたことにはほっとしたが、まるで窮地めがけた飛び込んだ自分のさまを思うと、何を言われるのか恐ろしくて何も言えない。

 だが青年は「ははぁ」とにやりと笑い、瞬時にラトゥがこの場にいるおおよその見当をつけた。

 そして、体勢を変えてラトゥを黒馬の背に乗せるかと思いきや、小脇に抱えていた少年の身体を――その背中もとの服を掴んで振り子のように揺らし、弾みをつけるや否や、ラトゥを満天の夜空めがけて大きく放り投げてしまう。

 いきなりのあつかいにラトゥは声を上げてしまった。


「うわッ」

「こいつを()()()()()のところまで連れて行け!」


 ダークエルフ族の青年は誰に向けるわけでもなく、そうと言い放つ。

 すると、俊足で走る黒馬に追走するや否や、トラによく似た霊獣が「了承した」そんな意を表すように咆哮し、自らも草原を蹴り上げて最大の跳躍力で宙に向かって駆り、


「へ?」


 ラトゥを宙で咥えてキャッチするなりもう一度高く振り上げて、今度は落下する正確な位置を見定めてラトゥを待ち構え、自身の背で難なく受け止めた。

 この間、ラトゥは「ぎゃあああッ」と叫んでしまった。

 その声を聞いて、ラトゥを宙へと放り投げた青年が黒馬に騎乗したまま「あははは!」とさも可笑しげに笑っている。


 ――俺は曲芸の遊び玉かよッ!


 一瞬、そんなふうに思ったが、青年に振り投げられて、霊獣に咥え投げられて、その霊獣の背にどうにか跨ることができたラトゥはこの連続運動に目を回してしまったが、――いま、自分を魔物から搔っ攫うように救出してくれた青年は何と言っただろうか。


 ――ティディアのところに連れて行け……ッ?


 ()()()()()――。

 その名を聞いて、ラトゥは全身から血の気が引くのを感じ取った。

「彼」がいつからこの状況を見ているのかは知らないが、場合によっては対面した瞬間に「馬鹿か?」と冷酷無比の眼差しを向けられて、今度はラトゥが首と胴を切り離されてしまうかもしれない。

 ラトゥは思わず霊獣の背をバシバシと叩いてしまう。


「う、そッ、やだ! そっちには行かないでッ」


 一方で――。

 ラトゥを背にした霊獣は、その名の相手を知るわけではない。きっとはじめて耳にした名だろうが、それでも誰のもとに連れて行けばいいのかを正確に理解し、地面に着地するなり迷うことなくそちらの方角へと疾走していく。

 それにつづく数体の霊獣。

 そして、狼へと獣化した獣人が四肢を懸命に動かしてつづく。

 ラトゥは霊獣の背から、ようやくのことで周囲を見て現状を把握することができた。

 それまで圧倒的に有利だった魔物たちが、突如として現れたダークエルフ族の青年たちによって圧倒的な不利に追い込まれていた。

 ダークエルフ族の青年たちはいずれも秀麗優美、美の化身、一見すれば優男の集団のようにも思えたが、ラトゥや獣人族の窮地を救うべくぎりぎりのところで現れた彼らは十人にも満たなかったが、艶めかしい褐色肌の青年たちはやること成すこと悪鬼、どちらが魔物なのかわからないほどの「圧倒的武力」……圧倒的な蹂躙で魔物たちを制圧していた。

 どうやったらあの巌のような巨体を、一撃で裂くことができるのだろうか?

 放つ弓矢は一本だというのに、狙い定めた身体に突き刺さるのは無数。

 黒馬を巧みに操りながら、魔物を斬り捨て、逃げていた獣人族に対して絶対の安全を保障し、霊獣に変わってその神秘的な美しさでひとり、彼らの盾となる。


 ――……。


 どの青年たちにも、焦りや恐怖、緊張といったようすは見受けられなかった。

 動作は優雅なのに、倒すことに何の躊躇もない蛮族蛮行。

 ダークエルフ族の青年たちは心の底から「何か」を楽しんで、オルガス(オーク)ゴードル(ゴブリン)を悉く斬り捨てていく。

 そのようすはまるで、偶然出くわした窮地を救うことができる安堵というよりは、自身の愉悦を満たそうとする「狩り」を楽しんでいるようにも見受けられた。

 血も涙もない、圧倒的蹂躙。

 これでは一刀両断されても即死ができない魔物たちのほうが、いっそ哀れだった。


 ――……。


 すごい、と思うべきか。

 怖い、と思うべきか。

 すくなくとも自分に稽古をつけてくれるときとは別人のような彼らの生き生きとしたようすに、ラトゥは何とも言えぬ威圧を覚えてしまう。

 彼らがあんなにも強いだなんて、思ってもみなかった。

 ダークエルフ族の「圧倒的武力」、それは亜種族全域のみならず、ヒトが勝手に築いた領土の端々まで知れ渡っているのは知っていたが、こうして彼らの実際の動きを目にするとそれは想像を遥かに超えていたし、あんなにも忌避の対象である魔物を草原に駆る野兎のようにあつかうとは……。

 まるで彼らのほうが魔物、悪鬼そのものではないか!

 そしてラトゥはその悪鬼……ダークエルフ族の青年たちのまとめ役のもとまで連れて行かれる。

 霊獣たちは知らぬ相手のもとに、ラトゥを正確に届けてしまった。



□ □



 ダークエルフ族の青年たちのまとめ役であるティディアは、ひとり黒馬の背に横向きになって座り、片方の足は胡坐を組むように曲げ、もう片方の足は片膝を立てるようにして腕を置き、誰よりも美しい美貌を誇るというのに、誰よりも不機嫌そうな表情を露わにして、この一連をそこで見やっていた。

 年のころは、ヒトの感覚でいえば二十二歳かそこらの、まだ若々しい青年だった。

 前髪の中央だけは長いが、あとは不揃い、頬にかかる髪の長さもまばらだが、美しく長い黒髪を三つ編みでまとめ、どんな猛禽よりも恐ろしい緑眼でラトゥを見やっている。

 狩りに出かける――。

 その言葉どおりに軽装の黒衣を着ているが、腕が剝き出しとなるカミーズは首もとや袖の縁の金糸飾りが美しく、上質な腰帯、スリットから見える脚は長く白地のサルワールを穿いており、飾り気がなくてもティディアの美貌さえあればどんな服装であろうと、どんな場所であろうと、それだけで覇気が伝わる。

 眉目秀麗、ここにあり。

 ヒトの女たちはこれを見ると狂喜乱舞するというが、こんなにも恐ろしい美の化身をそんなふうに讃えるなんて、――ほんとうにヒトとはわからない。


「……あ……」


 霊獣の背に跨ったまま、ラトゥは全身を震わせる。

 彼の姿を見てほっとしたのは事実だが、あまりにも鋭い金色の眼光を放たれては、とてもではないが顔を合わせることなどできやしない。

 ラトゥは目を逸らそうとして、勢いよく顔ごと逸らしてしまった。

 自分が魔物たちに四方を取り囲まれて、こん棒や斧を頭上から振り下ろされそうになったとき、全身から恐怖の汗を吹き出したかどうかは定かではなかったが、――いま!

 否応なしに額に何かが浮かび、つぅ、と額から頬にかけて流れるのは汗。

 それは首筋にも感じて、背中にも感じてしまい、嫌に冷たく感じる。

 どきどき、と心臓が恐怖で高鳴っている。

 会いたかったのに、会ってしまえばこんなにも怖くてたまらない。


「あ、(あに)ぃ……――」


 とりあえず顔を逸らしたまま、いつもの呼び名を口にするが、返ってきた声は美しかったが散々に冷えていた。


「――ラトゥ、何でお前がここにいる?」

「……そ、それは……」


 ここはダークエルフ族が住まう大陸の一端なので、その一族の少年がいたところで何ら不思議ではないが、そのダークエルフ族の長であり、世界の自然を守護する《守り人》の最高峰の存在である黒の皇帝は本来、この平原の遥か、遥か、遥か奥にある断崖絶壁の上にある森林の神域にいるはず。

 出てはならぬ、と言われたことはなかったが、ラトゥは本来、ひとりで気さくに出歩いていい立場ではなかった。

 そもそも、ひとりで歩くきっかけを作ったのはそちらのほうだというのに……。

 そう思ったが、問われに対して返答に窮していると、


「――おい」

「ひッ」


 わざと低い声で圧をかけられて、ラトゥは全身をびくりと震わせながら素直に応えざるを得なかった。


「あ……兄ぃの寝首を掻きに……」


 少々素直すぎる返答かもしれなかったが、ラトゥが一族のなかでもっとも信頼し、敬愛し、「兄ぃ」と呼ぶ相手にはこれぐらいがちょうどよかった。

 ラトゥは顔ごと目を逸らしていたので彼の表情を見ることができなかったが、素直な物言いに兄ぃ――ティディアは一瞬だけ面食らってしまった。

 ラトゥが両手の人差し指を合わせて弄るように回していると、


「で? 俺の寝首を掻く予定が、自分が魔物に首ごと砕かれそうになっていた。――そういうわけか」

「……」

「――馬鹿か?」

「……」

 それを嫌味で返すということは、ほんとうにその瞬間に偶然出くわし、寸前で救出に成功したと言外に含んでいた。

 ティディアたちはほんとうに、寸前のところで間に合った。

 ラトゥや獣人族が夜の草原に奇妙な気配を感じはじめているころ、ラトゥが使役する風の精霊が偶然近くを通りかかっていたティディアにこれから起こる現実を伝えてきたとき、彼らするダークエルフ族の青年たちは血相を変えた。

 ようやく目的の「狩り」を終えたというのに、この上まだ、惨劇が起ころうとしているなんて!

 それでティディアたちは全力でこちらに向かったが、風の精霊はそこでラトゥがいるとは伝えていなかった。


 ――魔物が獣人たちを襲う、助けて!


 それを伝えるのが精いっぱいだった。


 ――そして駆けつけて、いまにも絶命に追い込まれる子どもを救出して見れば!


 その子ども――少年は、何とラトゥ!

 黒の皇帝ではないか!

 彼らにとって、これ以上肝を冷やすことなどありはしない。

 ティディアはそれを馬上から高みの見物然で見やっていたが、この上なく酷い気焦りがして、この上ない苛立ちを感じていた。

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