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間に合った救いの手

 ――簡単に殺すことができない。


 あのとき(あに)ぃが言った。

 でも、


 ――救う手立ては殺すしかない。


 兄ぃはそうとも言った。

 あの話を聞いてから、もとを正せば魔物も亜種族のひとつなのだと理解はできたし、亜種族はすべて同族のようなもの、その意識が勝って、心底暴力めいた行為、相手に死を与える意思を向けること自体にラトゥは嫌悪を覚えるようになっていた。


 ――でも、どちらにせよ殺すしかない決断。

 ――かつては森の賢者だった、彼らを!


 できるのか、と躊躇がよぎる。

 だが振り下ろした刃、その短剣の切っ先は退きようもない距離にある。

 その自分を薙ぎ払おうと、魔物の剛腕が大きく激しく振るわれる。


「なッ!」


 その威力にラトゥは「信じ難い!」と目を見開いた。

 ラトゥが全身の力をこめて、渾身の一撃を加えようとした短剣の刃があまりにも硬質なオルガスの肌に当たるや否や、硝子の破片のように砕け散ってしまったのだ。

 ダークエルフ族があつかう武器は、卓越した刀匠の部族が丹精込めて作ったもの。しかもラトゥの短剣は、兄ぃからもらったものだというのに。


 ――それが砕け散るなんて!


 わずかな躊躇が刃の強靭を損なわせたのか。

 それとも、未熟があつかう刃では敵いもしないのか。

 つぎの瞬間には吹き飛ばされる自分も、ああなってしまうのだろうか?


「くそぉッ」


 ラトゥはそれでもギリギリのところで神業ともいえる回避行動を取り、それに成功した。

 魔物の剛腕に両足を着地するようにして、薙ぎ払われる威力を用いて大きく後方に回転。軽やかに舞うようにして宙を跳び、剛腕の間合いから逃れる。

 だがそれは、目の前の一体に対しての回避に過ぎなかった。

 理性も知性もない唸り声の主たちが、地面に着地したラトゥを囲んでしまう。

 巨体や剛腕が握るのは、こん棒や斧。ゴードルに至ってはそれが剣だと認識しているのか、刃こぼれにまみれたそれをラトゥに向けてきた。


「そ……んな……ッ」


 一体だけの攻撃と回避に意識が集中していたため、周囲の警戒をすっかり失念していた。こんな状態は立ち上がる隙もない。

 ラトゥは歯噛みするが、この派手な行動のおかげで魔物たちの興味は自分に注視した。

 これなら獣人族の逃げる時間をすこしでも稼げるかもしれない。

 だが、


「黒の皇帝――ッ!」


 やや離れたところで、女房からまだ幼い子どもを預かった獣人の男がこちらの危機に堪らず声を張り上げる。

 いま護るのは、腕に抱く自身の子どもか!

 それとも、この世界の自然を守護する《守り人》の長――黒の皇帝か!

 男はギリギリの精神で判断に迷い、命を捧げるのは後者だと決めてしまった。

 女房に子どもを放るや否や、男が駆けてくる。

 鬼気の双眸を光らせ、獣面の男の身体が獣化と変じるまで刹那もなかった。

 二足歩行の疾走はすでに灰色の毛並みを持つ狼に似た四肢となって草原を暴走し、黒の皇帝を助けなければと、その決意の速さでラトゥを救おうとめがけてくる。

 これにはさすがの魔物たちも、意識を分散せざるを得なかった。

 半数が男に向かい、殺意――食人の本能を猛らせ向かう!


「ダメだッ! 逃げてぇッ!」


 男はラトゥの叫びなど聞きやしない。

 周囲の霊獣もつづき、さらに禍々しい注視を削ごうと咆哮し、何があっても黒の皇帝を――ラトゥを助けなければと猛進してくる。


「――ッ!」


 遥か頭上には満天にかがやく星々があるというのに、ラトゥの至近の頭上には魔物たちによるこん棒や斧、剣が無残に振り下ろされようとしている。

 これにはラトゥも竦み、計り知れない痛みを想像しながら目をぎゅっと閉じてしまった。


 ――兄ぃ……ッ!


 ラトゥは心中で叫ぶ。


 ――おじさんたちを助けて!


 俺は……。

 粉々になってもかまわないから――ッ。

 ねぇ! どこにいるのッ!


(あに)ぃ――――ッ」


 今度は堪らず大声でその名を叫んでしまう。

 刹那――。



□ □



「――小僧ッ、身を丸めていろッ」


 どこか緊張めいた声だったが、これから「何」をするのか、それにずいぶんと自信に溢れている若い男の声がひびいた。

 最初、ラトゥは自分に言われたものだと気づかなかったが、魔物に囲まれた壁、その外から異様な殺気が向かってくるのを察し、小僧が自分だと察して、ラトゥはあわてて背を丸め、頭を押さえる。

 それとほぼ同時だった。


 ――ザシュッ!


 それは鈍くて重そうな、ずいぶんと厚みのあるものを一刀で断つ音をしていた。

 たとえば、物凄く厚い肉。

 斬った経験などないというのに、どうして刹那に連想で来たのかというと、食料を得るための狩りに連れて行ったもらったとき、巨体な牛に敬意の礼を向けた瞬間、まるで青白い光を放つように弧を描くよう見事な剣さばきをしたダークエルフ族の青年の一撃を目にしたことがあるからだ。


 ――ザシュッ!

 ――ザシュ、ザシュッ!


 これはそのときの音によく似ていた。

 しかも、ラトゥから見て片側にその音が集中して、複数を同時に斬るようひびき、しかも、


「ギャァアアッ」


 人語に極めて類似する、悪声の悲鳴が複数同時に咆哮されるものだから、自分の頭上で何が行われているのかわからないラトゥは慄き、身を丸めたまま「ひッ」と声を上げてしまった。

 一瞬で鼻についたのは、酷く腐った血肉の臭い。

 むわっとした悪臭気にラトゥは一瞬で意識を失いかけたが、さらに――刹那、


「小僧ッ、一緒に斬られていないよな!」


 などと笑い含みにべつの青年の声が聞こえた否や、ラトゥは高速で走り寄る何かによって背中越しの服を思いきり掴まれる。


「誰がガキごと斬るかよッ」


 この含み笑いに声を上げる、べつの声。

 疾風が抜ける瞬間に何かが……誰かが軽口の言い合いをしたような、そんなふうにも聞こえたが、「へ?」と思う間もなかった。

 いきなり身体を持ち上げられたかと思うと、ラトゥはその勢いに連れ攫われてしまう。

 ほんの先ほどまで、自分は立ち上がる隙もなく魔物に四方を囲まれていたというのに。その自分を、まるで片側半分だけぽっかりと開いた空洞から掴み上げて救うだなんて!

 何か……誰かの腕に小脇抱えをされながら、ラトゥはこの身に起きた状況を知った。


「!」


 美しい白銀の刃を濡らすのは、どろりとし液体。

 どす黒い色をした血だった。

 自身が振った剣に付着したそれを払うのは、痩身優美の青年だった。

 黒衣の軽装に、夜の世界がなおそれを美しく魅せる艶めかしい褐色の肌。鋭く尖った長い耳、鋼色の長い髪。

 すでにその姿を見やるのも遠くなるが、彼の足もとには瞬時の剣さばきで胴を切り落とされた複数の魔物――オルガス(オーク)ゴードル(ゴブリン)の身体がある。

 胴を撥ねたところで魔物はすぐには命を落とすことはできないが、ラトゥの短剣は刃が負けて砕けたというのに、あの硬質な肉の塊の巨体たちを一刀両断してしまうとは!

 悲鳴はもうないが、まさに地を這うような唸り声のようなものを吐いている。

 その姿がどんどんと遠くなるのは、剣を持つ青年がラトゥの退路を確保した瞬間に、全力で疾走する黒馬に騎乗する、こちらも美しい褐色肌の青年が走り抜けながらラトゥを掬い上げ、そのまま小脇に抱えて草原を駆けているからだった。

 青年たちの特徴はどちらもおなじで、ラトゥとまったく同一種だった。

 そう。


 ――彼らは……。

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