ティディアの苦悩
ヒトであれ、亜種族であれ。
魔物に出くわしたら最後――とくにオルガスやゴードルのような食人種に襲われでもしたら太刀打ちできる術はほとんどない。
とくに武具を持たない、闘争に不向きな亜種族ではひとたまりもなく、そういった彼らには「魔導」という力で対応もできたが、これはヒトが害虫のように世界を蝕むことによって、豊かな美しい自然に寄り添っていた精霊族が穢れに耐えきれず、途絶えはじめてその原動力を失い、魔導はごく一部が辛うじて使える古の術となりつつあった。
そのため、ダークエルフ族たちもかつては自由に精霊族と親交を持っていたが、いまでは使役するかたちで残る精霊を手もとに置かないと、魔導に近い力を発動することもできない。
ティディアは、ギリっと忌々しげに歯を食いしばる。
――何もかも、ヒトのせいだ……ッ。
傍若無人は自身を守る正当化、他者の苦言を侮辱だの弾圧だと跳ね除け、それらが気に入らなければ正当防衛を発動すると言って、ヒトは亜種族を「非」と見なし、視界から「無」になるまで攻撃し、この世界のほとんどに自領とする「国」を勝手に建国。
今度はヒト同士、それの奪い合いで世界は穢れの血肉に染まっていった。
――なぜ、これを許すことができようか?
――なぜ、ヒトより優れた亜種族が絶える道を歩まねばならぬのか?
亜種族の憤懣は、すでに尽きない。
これまで多くの同胞たちが命を落とし、平等である大陸から痕跡さえ消された。
これは世界の自然を守護する《守り人》としてのダークエルフ族の矜持と尊厳を傷つけ、敵対も厭わないと、それを決断させてしまった。
だからといって、面と向かって戦争を仕掛けることは両者間で避けているものの、ダークエルフ族が古来より保有する大陸の安全だけは守らねばと、「狩り」を称した自警のような役割を買って出て、同大陸に住まう亜種族の安否も兼ねてときおり遠出をしている。
そのほとんどが、先ほど出くわしたオルガスやゴードルといった食人種の暴走による亜種族の被害の食い止めだが、ときとしてそれ以外をやむを得ず狩る場合もある。
後者はごく小規模ではあるが、ヒトとの交戦も含む、だ。
――だから、狩り。
圧倒的武力を誇るダークエルフ族にとって、戦とは、狩り。
狩りである以上、獲物は確実に仕留めなければならない。
そう称して、ティディアは若きダークエルフ族の青年たちを引き連れては「狩り」で武芸を仕込み、ダークエルフ族の権威であれと徹底して学ばせている。
言わば、ダークエルフ族の暗黒面でもあるが、どうしてそれを一族が護るべき世界最高峰の存在――黒の皇帝にそうだと伝えて同行せせることができよう?
ティディアとしては、それだけは避けたかった。
ラトゥはただ、かつて伸びやかに暮らしていたダークエルフ族のような、そこにいただろう少年のように明るく活発で、純真に日々を送っていればいい。
――穢れを見せてはならぬ。
――自ら手を穢すようなことはさせてはならぬ。
あれは自然を愛せばいい。
素直に楽しく笑っていればいい。
穏やかに守られて、世界最高峰の存在でありつづければいい。
――いつまでもまっすぐな少年でいてほしい。
それは理想の押しつけかもしれないが、ティディアにとって、ダークエルフ族にとってラトゥとはそれほどまでに愛しい存在だった。
だから見せたくないものは徹底して見せない。
そうやって育てていきたかったのだが……。