第52話:国境街「ジャネーロ」⑾(正体)
◆前回までのあらすじ◆
国境街「ジャネーロ」を訪れたリュウジ。
領主に呼び出されて、領主宅へと赴いたリュウジは使用人のシャルルと戦闘となる。
領主であるシャバートは部屋に配置していた鎧型のゴーレムをリュウジにけしかけるが、そのゴーレム窓を貫いた破壊の光が飲み込んだのであった。
それは騎乗機として審査を受けていたロックによる攻撃であったのだった。
≪登場人物≫
・リュウジ … 本作の主人公。冥界竜として転生し、現在は人間の少年に擬態している。
・ノイン … リュウジの仲間であるヒュドラ。現在は人間の女冒険者に擬態している。
・ロック … リュウジの仲間であるゴーレム。
・シャバート … 国境街「ジャネーロ」の領主。魔族と契約し生贄を捧げている。
・シャルル … 領主の女給仕長。人間に擬態した魔族である。
「何だ。何事だ!」
急に巻き起こった領主邸を破壊した衝撃波に、そこに詰めていた衛兵と警護用のゴーレムがら集まってくる。
警護用ゴーレムは警告音を発し、戦闘モードとなっている。
シャバートにとってみれば頼もしい援軍だ。もうここまで来たら後戻りできない。
「危険分子がこの街に紛れ込んだ。あの武器を持ったゴーレムを破壊し、この少年と女を拘束しろ!
抵抗するならば殺しても構わん」
もうなりふり構ってられないと、シャバートが集まってきた者たちに指示を飛ばす。
その命令は明確にこの街全体が少年の敵となることを示唆したものであった。
「やはり、平和的解決は無理、なんだね。
ノイン、ロック。もう容赦することはない。向かってくる敵はやっつけてしまえ」
少年は寂し気にため息を吐くと、そう指示を飛ばす。
「了解しました。
先程のロックの一撃でこの邸宅を覆っていた結界も切れたので、全力が出せます」
僕の指示を受けてノインが大きく息を吸い込む。それと同時に周囲の魔素がノインに取り込まれ、ノインの体内で凄まじい量の魔力が錬成される。
その魔力量から大技が繰り出されることが予感できた。
「させるかよ。スキル【業火――」
メイド姿のシャルルが左手に炎を生み出し、先んじてノインへ攻撃しようとするが――
ザン――
少年が手刀を振り下ろすと凄まじい斬撃が放たれ、それを察知したシャルルが寸前の所でそれを回避する。
その斬撃は背後の壁どころか邸宅そのものを真っ二つに切り裂いた。
「な、なんて攻撃だ」
何かしらのスキルだと思われるが、途轍もない威力に驚愕する。
屋敷に設置されていた『魔封じの結界』が破壊されただけで少年の脅威度が一気に跳ね上がった。
「ありとあらゆる苦痛に藻掻き苦しみ、自らの愚かさを知れ――『毒煙苦酷世界』!」
意識が少年に向いているうちに、紫髪の女が毒々しい黒紫色の息を吐き出す。
こちらについても何かしらのスキル効果が付与されているものだろう。その吐息は霧の様に部屋中に、そして壁に空いた大穴や裂け目から街中に広がっていく。
「くっ」
シャバートは慌てて、口元を服の裾で覆い、その吐息を吸い込まない様にする。が――
ぞ――
ぞぞ ぞ ぞぞぞぞぞ……
女が吐き出した紫色の息に肌が触れた瞬間、肌に不吉な紫の斑点模様が浮き上がり、それが凄まじい勢いで全身に広がっていく。
それと共にまるで熱湯をかけられたかのような熱さと痛み、さらに追いかける様にありとあらゆる不快感と激痛が全身を襲う。
なっ――まさか、この毒は空気感染するのか!
「この毒はヤバい! 皆、逃げ――ごふっ!」
シャバートはこの場に駆けつけている衛兵や街の住民に避難を指示しようとしたが、毒の影響による吐血で言葉が続かなかった。
目が霞み、全身に激痛と嘔吐感、怖気がぐちゃぐちゃに全身を駆け巡り、手足の感覚が麻痺してその場に倒れ伏す。
「がっ、がはっ…… くそっ、なんて毒だ」
シャバートは慌てて『解毒の指輪』の効果を発動させ、治癒を行おうとする。だが強力な猛毒のため、毒の進行を遅らせるのがやっとの状態だ。
なんとか起き上がり、辺りを見回すと阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっていた。
屋敷に集まり、危険分子を捕縛しようと武器を構えた衛兵が皆、全身に斑点模様を浮き上がらせ悲痛の声を上げ血を吐き悶絶していた。
「安心しろ。死にはしない。
私が新たに取得したユニークスキル【魂喰冥王】の権能は、死命を制した者へ対する魂の掌握。どんなに毒が回ろうが死なない様に私のスキルで保護してある。
簡単に死なれてしまっては困るからな。リュウジ様に逆らったことを後悔し、永劫に苦しみ続けるがいい!」
紫髪の女が残虐的な笑みを浮かべ、そう宣言する。
死すら許さない拷問にも似た残酷なスキル権能に、街の住民達はもがき苦しむことしか出来ない。
だがそれでもまだ勝機はある、とシャバートは考える。この街には毒が効かない『ゴーレム』の衛兵が居る。
「危険度ノ高イ女ヲ排除スル」
屋敷周辺に集まっていた衛兵ゴーレムはこの惨状を解析し、紫髪の女がこの中で一番の危険分子だと判断し、壁に空いた大穴から女を排除しようと雪崩れ込んでくる。
が――
ズドォォォン!!!
凄まじい破壊の波が、そのゴーレム達を一掃する。
先程、鎧ゴーレムを吹き飛ばした時と一緒だ。
「愚か者だな。我の攻撃の射線上に自ら飛び込むとは……」
衛兵とは別の、長銃を構えたゴーレムが告げる。
少年が街に持ち込んだ騎乗機に変形していたゴーレムだ。
まさか、あれ程の攻撃が連射出来るとは――
目の前の少年だけでなく、それに付き従う女と騎乗機だけでも非常に脅威であったのだ。
多くの贄を差し出してまで守ろうとした住民が次々と毒に侵されていく姿を全身を襲う苦痛ま中で見遣る。
どうにかして、この危機的状況を打破しなくては――
解毒の魔道具だけでなく、治癒の魔道具も発動させながらシャバートは必死に脳内をフル回転させる。
が、事態は最悪な方向へと向かって行く。
「くはっ、ははははははは!
こんな毒でワタシを倒せると思ったか?」
笑い声が響く。それは久々に聞くシャルルの地声であった。
俯き両腕をダラリと垂らした状態で、黒を基調とした給仕服の背中が笑い声と共に上下に揺れている。
「どうした、気でも触れたか?」
急な笑い声に、紫髪の女が怪訝そうな視線を向ける。
ま、まさか――
嫌な予感がシャバートの脳裏を駆け巡る。
「ずっと忘れていたよ。こんな姑息な手段など使う必要は無かった――
楽して魔力が稼げたので、メイド頭などという役割に惚けてしまっていたようだ」
独白するような言葉――それとともにシャルルの纏う空気が変わる。シャルルの纏う魔力がどんどんと邪悪で禍々しいものへと変貌していく。
そのシャルルの態度と姿に、シャバートは毒による苦しみが掻き消えるほどの恐怖がよみがえる。
この街を襲った災厄の元凶となる魔族の姿が思い出されたのだ。
「もう妖刀も無くなったのだ。この街のために姿を偽る必要もなくなった。
これがワタシの本当の姿だ――」
その言葉と共にシャルルが纏っていた禍々しい魔力が一気に膨れ上がり、邸宅だけでなく周囲のすべてを巻き込む大爆発が巻き起こったのであった。
【作者からのひとこと】
・国境街「ジャネーロ」のお話が思った以上に長引いてしまったので、丸数字で表していた番号が尽きてしまいました。今のお話がひと段落したら、章立てにして表題を整理したいと思います……




