第49話:国境街「ジャネーロ」⑧(想定外の事態)
◆前回までのあらすじ◆
人間と魔族の歪な関係にて、偽りの平和と繁栄を誇る国境街「ジャネーロ」に一組の冒険者が訪れた。
その冒険者は最新鋭の『騎乗機』を有していた。
最新鋭の技術が詰まった騎乗機を得るために、領主のシャバートは冒険者へと交渉を持ちかけようと画策する――
この日、国境の街ジャネーロに二人組の旅人が来訪した。
黒髪赤瞳の少年と、紫髪の女冒険者とみられる二人だ。
スキルを解析した分には問題はなく、街での滞在中での行動も不審な点はなかった。
そんな善良と思われる者を自らの利益のためだけの理由で犠牲にしようとしている。
しかしそれでも、シャバートの壊れてしまった心は良心の呵責に苛まれることはなかった。
「まずはこの騎乗機の所有権をこちらに渡してもらう様、私が交渉する。
その際に使用する契約書の準備を」
顧問魔導士に指示して契約書を作成する様に命じる。
魔導士に依頼したのは、契約書に強力な術式を刻み込む事で、契約成立を世界に認めさせるためだ。
この術式を組み込んだ誓約書に、血印を押す事で契約が成立する。世界に認められた契約はどんなことがあろうとも反古にすることは出来ないのだ。
「血盟魔術ならば、もし交渉が決別しても致命傷を与え贄とする前にその血を利用して印を押させればいい訳か」
その契約書の意味を理解し、メイド姿のシャルルがその美麗な唇を歪めて呟く。
「それは最後の手段としたいがね。
罪もない者たちだ。死ぬ瞬間は幸福であって欲しいからな。できうる限りの金を用意して交渉にあたろう」
「どうせその金も殺して奪い返すのだろう。人間の考えは、分からん……」
シャルルは鼻を鳴らして肩をすくめた。
因みにこの場にいる顧問魔導士も、シャルルが前に街を襲った魔族だと知っている。そのためか、いつも恐怖で体を震わせ頼りなく見えるが、その魔術の腕は一級品である。
翌日に旅人二人との交渉時に金貨を運ばせる役をやらせたのだが、その時も震えが出ており、流石にその時はため息をつかされた。
そして、不運は続く。
なんと旅人との交渉が決裂となったのだ。
あの騎乗機に愛着があるらしく、どれだけ金を積んでも譲るつもりはないと断られた。
やれやれ、せっかく幸福のうちに死ぬ道を用意したのに、とシャバートはため息を吐き合図を送る。
応接室に配置された鎧型のゴーレムが起動し、そちらに意識が向いた隙を突いてシャルルが女性冒険者の喉を切り裂く。
女は大量の血を吹き出して倒れ伏し、間髪入れずにシャルルは少年の身体を袈裟に切り裂いた。これも致命傷だろう。
あっけなく終わった惨殺劇に、やれやれと息を吐いてシャバートが立ち上がる。
二人を妖刀の贄とする前にやることがある。
少年を切り裂いた時に出た血を利用して契約書に血判を押すのだ。そうすれば、魔術によってこの契約は世界に認められ、騎乗機の所有権がシャバートに移る。
倒れ伏す少年に近づこうと一歩踏み出した瞬間、シャバートは視界が歪み血を吐き出した。
「ごはっ……
なっ、どういうことだ。これは、毒?」
シャバートはすぐさま右手に嵌めた指輪状の『解毒』の魔道具を発動させる。
すると体内の毒が中和されていく。
『魔封じの結界』が張られているため、魔法やスキルを発動させることはできないはず。だとしたら――
シャバートは床に広がる血糊に視線を落とす。
この血糊に足を踏み入れた瞬間に毒が回った。そのことから、床に伏せる女冒険者がスキル【猛毒生成】を体内で発動させ自らの血液に毒の成分を付与していたのだと推測される。
事前の解析で女の方が『毒属性』の攻撃を得意とすることが分かっていたため、念のためにと魔道具を身に着けていてよかった。
血液に直接触れたわけではないのに効果が伝播したのだ。相当強い毒だ。
「小癪な真似を――」
シャバートは不機嫌に顔を歪めて吐き捨てる。想定外なことが重なったため、苛立ちが募っていたのだ。
念には念で解毒の魔道具を使用して足元の血だまりの毒も浄化し、シャバートが少年へと目を向ける。すると、そこに信じられない光景が目に飛び込んでくる。
「痛てててて……」
なんと、妖刀にて切り裂かれた少年が起き上がったのだ。
「なっ――シャルル!」
その状況に驚きメイド姿のシャルルに声をかけるが、それより先に彼女が動いていた。
禍々しい瘴気を孕んだ『処刑人の妖刀』を翻し少年に向かい追撃を加えたのだ。
少年はとっさに両手で顔をかばうが、シャルルの放った斬撃は無防備となっていた腹部と両脚に複数回の斬撃を浴びせた。
ザシュ、ザシュと小気味いい音が響く。
目で追うのがやっとの超高速の斬撃。そのすべてが直撃したのだ。致命傷とまではいかずとも、深手を負ったことは確実、なのだが――
「だから、痛いって!」
なんと少年は腕を振るって、シャルルを振り払う。力を込めた様には見えない、無造作な振り払い。
だがその振り払いを受けて、シャルルが大きく吹き飛ばされる。
先の攻撃で致命傷を与えたと思い小さな油断があったのだろうが、躱せなかっただけでなく態勢を崩されるほどのダメージを受けた姿をシャバートは初めて見た。
「くうぅぅっ、貴様、何者だ!」
シャルルはすぐに顔を上げ、目の前の少年を睨みつける。
その顔には敵意が剥き出しになっている。
これまでどんな相手であろうが余裕を持ち嗜虐的な笑みを絶やさなかった彼女が、ここまで敵意を見せたのは初めてであった。
「何者って、僕はただの旅人だよ」
「嘘を吐くな! ならばなぜこの妖刀で斬られて傷一つ付いていない」
臆面もなく応える少年に、シャルルが苛立ちを含んだ問いを重ねる。
その言葉でシャバートも気づく。少年の装備や衣服は斬撃によって裂かれているのに、その隙間から覗く肌には傷跡すらついていないことに。
ありえない。いくらあの妖刀が儀式用の武器だったとしても、その殺傷力はその辺の剣をも上回るのだ。その刃で斬りつけられて傷一つ付かないなんて普通であり得ないのだ。
「そんなの、その刀がなまくらだからじゃない?」
少年は柔和な表情であっけらかんと告げるが、その目はもう笑っていなかった。
「って言うかさ、なんで急に斬りかかってきたの?
もしかして、さっきまでの交渉は茶番? 最初っから僕の騎乗機を奪うつもりだったのかな」
少年の視線が鋭くなりシャバートと捉える。
それだけで、シャバートは心臓を鷲掴みにされたかの様な錯覚に陥り、全身に悪寒が走る。
本能が全力で警鐘を鳴らす。
次の行動がシャバートにとって運命を決める選択となるだろう。
シャバートはここで最悪の選択を取ってしまう――
(スキル発動【思考加速】、【鑑定眼】)
自らのスキルを発動させ、目の前の少年を解析したのだ。
先程の攻撃時に少年は顔を庇った――その顔、右目には刀傷が残っている――過去に目に攻撃を受け、傷ついた事があるのだ。
「シャルル! 眼だ! 眼球や口内ならば攻撃は通る!」
シャバートはシャルルに今の一瞬で導き出した少年の弱点を告げる。
――そう、シャバートは少年の『敵』となる道を選択してしまったのだった。
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