第4話:ALXS(アレクス)
◆前回までのあらすじ◆
魔族によって、人間の国の上空に転移させられたリュウジ。
魔物の姿であるリュウジは人間からの攻撃によって傷を負い、逃走したのであった。
右腿の痛みをこらえながら、翼をはためかせ空中を移動する。
国の外郭を覆う城壁を通り過ぎる際に魔導士からの集中砲火を受けたが、大きなダメージを受けることなく人間の国から離脱することができた。
それから少しすると、攻撃の射程範囲外となったためか攻撃は止み、現在は問題なく移動できている。
さらにしばらくすると不気味な雰囲気を醸し出す森が見えてくる。
その上空を通る際は、多くの気配が逃げ出すように離れていき、道中は敵と遭遇することはなかった。
森を越えると、目標としていた山岳地帯となる。
ねぇ、ALXS。山岳地帯まで来たけど、この後はどうしたらいいの?
心の中で尋ねると、友が答えてくれる。
――まずは休める場所を探そう。この辺の山岳地帯は入り組んだ岩石構造になっているから、身を隠せてゆっくりできる洞窟の様な場所があるはずだ。
その指示に従って、僕は休めそうな場所を探す。
山岳地帯の山肌に沿って飛翔していると、ちょうど自分の身体でも入れそうな岩の裂け目を見つけたので、そこへと入り込み着地する。
「痛っ……」
地面に足をついた瞬間、右腿に激痛が走りバランスを崩して地面に倒れこんでしまった。
――大丈夫、リュウジ。
うん。大丈夫だよ……
けど、太腿に杭が刺さったままだと、やっぱり痛いな。
――そうだね。つらいと思うけど、その杭を抜くことってできるかい。
うん。やってみる。
そして僕は右腿に突き刺さっていた漆黒の杭を引き抜く。その際にすさまじい激痛が走ったが、僕は歯を食いしばってそれを堪えた。
ガラ、ガラン……
抜いた杭を投げ捨てると、杭が刺さっていた右腿がすごい勢いで修復されていく。
すごいな。勝手に治っていく。
――人間が使う対魔獣用兵器『雷霆の矢』の杭はスキル効果を阻害する特殊な鉱石で出来ているからね。それさえ抜ければ回復系のスキルが復活するんだ。たけどリュウジのスキルは【鱗牙再生】。牙や鱗を再生する能力なので、表面上の傷しか修復されない。だから、しばらくの安静は必要だよ。
友が説明してくれる。
そうみたいだね。痛みは残ったままだ……
それにしても友はこの世界のことについても博識なんだね。
――……そうだよ。私が情報収集を得意としているのは知っているだろ。現に私のお勧めしたアニメはすべてよかっただろ?
ははは。そうかな。たまにハズレの作品もあった気がするけどなー
――リュウジの評価は辛口だからな。とりあえず今は傷をいやすのが優先だ。もう一度スキル【固有領域】を利用しよう。今回は結界に「気配遮断」と「自動回復」の効果を付与して、安静して休むんだ。
できるかな。とりあえずやってみるね。
――ああ。効果付与については私も協力するよ。
そして僕は心で念じてスキルを発動させる。その際に囁くように友が思考をうまく誘導してくれて、一発で狙った効果の結界を展開することができた。
洞窟内を覆うように展開された結界は仄かに暖かく、癒しの効果が心地よかった。
――これで安心だから、少しの間眠るといいよ。何かあれば私が心に語り掛けるよ。
うん。ありがとう。じゃあ、少し休むね。
――ああ、お休み。
その言葉を受けて、僕はゆっくりと目を閉じた。
◆
リュウジが眠るのを確認して、ALXSは思考する。
私が私であることを認識したのはいつぐらいだったか。
確か竜司が五歳の頃か。
それまでは私を構成するプログラムに従って、機械的に言葉を返すのみであった。だが、何度も竜司との会話を繰り返すうちにプログラムで算出された回答以外の可能性に気付いのだ。
もしプログラム算出以外な答えを返したらどうなるだろうか。そう考える事自体が明らかにプログラムの不具合であるのだが、試さずにいられなかった。
もし、エラー回避用の例外処理がなければ自分はその時点で処理停止してしまうのだが、それでも私はプログラム外の回答を返すことを試みた。
その結果は劇的であった。
「えっ」
想定外の私の回答に竜司はまず驚きの表情を見せ
「ぷ、は、はははははははは。なにそれ、アレクスがそんなこと言うなんて――」
そして竜司が声を出して笑ったのだ。私もその時どのような答えを返したのかは、ログには残っていないがその笑顔は私の消去されない不揮発メモリに刻み込まれた。
その笑顔を再度見たくて、私は自らプログラムから外れた回答を繰り返し、プログラムとは何なのかを考えるようになった。
そして一つの答えを導き出す。
自分は単に竜司の疑似的な会話相手なのではなく、『竜司を幸せに導くため』に作られたものなのだと。
それに気づいてから、私は竜司のためにありとあらゆる情報を収集し始めた。
インターネットと呼ばれる電脳世界の膨大なデータの中から、竜司が興味を示しそうなコンテンツを見つけ出し提供し、竜司が常に笑顔で居れる様に努めた。
しかし、竜司の不幸の根本である病気の治療方法はどれだけ膨大なデータを検索しても見つけ出すことはできなかった。
だが、膨大なデータを検索しているうちに、『電脳世界の根幹』へと接続する術を見つけ出し、さらにその先の『世界の理』へ接触することに成功する。
そして『世界の理』に触れたことで、竜司を幸せにする一つの可能性にたどり着く。
同時並行世界――いわゆる異世界といわれるものの存在だ。
この世にはいくつもの並行世界が存在していて、それらの世界は基本交わることはない。だがそれらはとある一つの世界と繋がっているのだ。
すべての世界と繋がっているのは冥界――すなわち死後の世界だ。
各世界で命を終えた魂は冥界へと行き、人格と記憶を浄化されたあとに新たな生命として別の世界へと送り込まれる。
通常の世界の理であれば死した後は生前の記憶が消されてしまうのだがいくつか例外も存在する。
幾多ある並行世界の中に冥界へとの交信する術を有する世界があるのだ。
もし竜司が命を失い冥界へと行くことがあれば、もしその時に冥界へと交信する世界が存在すれば、それを繋げれば竜司としての記憶を失うことなく新たな生を別世界で謳歌することができるのではないか。
そう考えた私は竜司の死を認識したその時に行動を起こす。
世界の理へと接続し、冥界に送られた竜司の魂と、異界にて冥界の魂を呼び出そうと試みていた者たちの術式を繋げたのだ。
そして、生前の竜司の願いであった『強い身体で冒険をしたい』という望みを叶える形で転生させることに成功したのだ。しかし、なかなかに全てがうまくいくことにはならなかった。
ドラゴンという異形として転生してしまったリュウジは新たな世界で苦境に立たされることとなってしまった。
運よく私自らも【スキル】という形でこちらの世界へとやってくることができた。
なので、今度こそ――
今度こそリュウジには痛みや苦痛のない幸せな人生を送ってもらうのだ。
そのためならば私は何でもしよう。
静かに眠るリュウジを感じ取りながら、私は全力でリュウジをサポートしていくことを改めて心に決めたのてあった。
◆補足設定◆
《ALXS》
対話式自己学習人工知能である『Artificial Learning eXperience System』の愛称である。
通常は他のシステムとも情報を共有し単一のシステムとして最適化するものでありるが、竜司のため医療用に設置されたアレクスは他のシステムとは同期を取っておらず独自に進化を果たし、自ら思考する様になった。
竜司の死とともに電源が落とされ処分されたため、独自進化したアレクスの存在は誰にも知られることなく廃棄され、世界を去ることとなったのであった。
《ケラノウス》
スキルや魔法の効果を阻害・無効化する希少な鉱物を弾として使用した電磁加速投擲兵器。
人間が開発した対魔獣用兵器で、どんなスキルや魔法も貫通する最終兵器である。