表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/58

第43話:国境街「ジャネーロ」④(魔族襲来)

◆前回までのあらすじ◆

辺境であった国境街「ジャネーロ」

そこに派遣された辺境伯「シャバート=ジャネーロ」の手腕によって、街は大きく発展した。


しかし、順風満帆と思われたその街に忍び寄る影があった……

 それは静かに他の国々には気づかれることもなく訪れた。


 転送魔法によりイルォル山脈に現れたのは一人の魔族であった。

 魔族としてては小ぶりな身体を持つその個体はその魔力を隠すこともなく正面から国境都市ジャネーロへと侵攻する。

 周辺の魔獣への対応のため実力ある冒険者を集め、軍事力ならば他の都市と比べても引けを取らない、いや十分すぎるほどの戦力を有していたのだが、その戦力は一人の魔族により瓦解する。


「クハハハハハ!! 貴様らの戦力(ちから)はこんなものか!」


 魔族は返り血で赤く染まった顔を狂喜の表情に歪めて人間にも伝わる言葉で告げる。

 周囲には悲鳴と絶叫が木霊する。その手に握られた禍々しい瘴気を纏う短刀により次々と村人たちが惨殺されていく。


「やめろ! 一般人には手を出すな!」


「ここは我々が何とか時間を稼ぐ。一般人はその間に馬車で街から脱出を――がはっ」


 ズシュゥゥゥゥッ!!


 果敢に魔族へ挑む冒険者の声は途中までしか聞くことは出来なかった。目にも止まらぬ体捌きでその喉が短刀によって切り裂かれたのだ。

 そして、魔族は左手に魔力を集め灼熱の業火を生み出すと、遥か先で街を脱出しようとしていた移動用の馬車の「馬のみ」を狙い撃ち焼き払う。


「誰一人逃がさぬよ。皆、ワタシの『処刑人の妖刀(エクスキューショナー)』の糧となるのだ!」


 狂喜とともに語られた言葉に街の住人たちは恐怖し、絶望する。


 魔族は街を襲う時に広範囲の通信妨害魔法を発動させていた。

 それにより外部への通信が遮断され、そして今の一撃で移動手段となる馬車が潰されたのだ。


 ここは辺境の街だ。馬車という移動手段を絶たれたとなると、別の都市へ逃げ込むことも不可能。何もなかったとしても一番近い都市までは徒歩では二日以上かかるのだ。旅の支度をしっかりしていたら移動可能かもしれないが、着の身着のまま街を飛び出したとしてもたどり着くことは不可能だ。


 恐怖に逃げ惑う民、必死に仰いでくる役人たち。その声を聞きながら若き領主であるシャバートは絶望に打ち震えていた。


 最善の策と考え街の馬車を集めて一般市民を先に逃がそうと指揮を振るっていたのだが、自らの体を掠めて飛んでいった魔法の炎によりその計画は灰燼に期した。


 あああ…… 終わった、何もかも――

 私がやってきた事は全て無駄だった――


 シャバートは絶望し天を仰ぐ。悲鳴や絶叫、それに混じって自分を責め立てるような怒号も飛び交っているが、それらももう他人事の様に思えてくる。


 もう何もかも投げ捨てて逃げてしまおうか――いや、ダメだ。


 自暴自棄になりそうになる心をギリギリで繋ぎとめる。


 それでは、私を貶めたあの屑貴族と同じではないか!


 自分を貶めたのは、他人の手柄を横取りにし、不祥事は他人に擦り付けるクズの様な者たちであった。

 こんな辺境の地へ飛ばされても、挫けなかったのは、この地には自分を貶めようとする悪意がなかったからだ。ここの住人達に救われ、恩を返すように街を発展させてきたのだ。

 そうして積み上げたものが、一人の理不尽な暴力に屈するなんて許される事ではない。


 瞳に決意の光が戻ったシャバートは、自分の名を呼び続ける役人たちに向き直る。


「シャバート様――!?」


「魔族は一人、ならば私の『交渉術』が効くかもしれない。私が奴と対峙しよう」


 シャバートは決意を口にする。


「なっ、そんな。無茶です!」


 役人が驚きの声を遮りシャバートは逃げ惑う市民たちを掻き分けて魔族の方へと歩みを進める。

 それはまるで死刑台に向かう罪人の如き行為だが、その目には覚悟の光が宿っていた。


 私の持つ【スキル】は戦闘向けのものは無いが、この街を救う僅かな希望はこれしかない。


 すでに魔族へと立ち向かう冒険者は殆どおらず、わずかに残った冒険者も幻術や妨害魔法で僅かに足止めするので精一杯という状況だった。


『私の名はシャバート=ジャネーロ。この街の領主だ』


 ジャネーロはスキルの効果範囲である相手が視認できる範囲まで入ると『思念』を飛ばした。


『む、我の精神に干渉だと?

 中々のスキルの使い手の様だな……』


 ギロリと魔族の瞳がシャバートを捉える。それだけでシャバートは全身から冷や汗が流れ落ち、恐怖に心が支配されかける。


 まずは最初の賭けは成功だ!


 恐怖に打ち震えそうな精神をギリギリで保ち、続け様にもう一つのスキルを発動させる。


『スキル発動――』


『無駄だ。脆弱な人間如きのスキルではワタシに傷をつけることなどできない。死ね――』


 魔族は無慈悲にシャバートの命を奪おうとする。しかし――


『なっ、身体が動かない』


 魔族の焦燥が思念に乗って伝わってくる。厳密には魔族の身体はゆっくりとだが動いているのだが、それでも魔族からしたら想定外な事象なのだ。


『私が使用したスキルは二つ。

 一つは【思念共有】――思念伝達の上位スキルで、対象の相手と精神を共有する効果のスキルだ』


 焦る魔族へシャバートは冷静を装った口調で言葉を投げかける。

 交渉は平常心を保てた方が優位に立てることを熟知しているため、内心の不安を飲み込み言葉を続ける。


『そしてもう一つ発動させたのが【思考加速】だ。

 思念共有で意識が共有されているので、貴公も強制的に思考速度が通常の100倍まで加速されている』


 相手の警戒を解くために、まずはスキルの説明をする。

 最初の賭けは【思念共有】が成されることだった。シャバートが飛ばした思念に、相手が思念で返す事が『共有』の条件だったのだ。相手が思念を返した事で一つ目の課題はクリアした。

 そして【思考加速】――通常ならば数秒もかからずに魔族はシャバートを屠る事ができるであろう。

 思考加速により死までの猶予が感覚時間でだが数分にまで延びたのだ。この数分がシャバートの命をかけた交渉の時間だ。


『なるほど、小癪な。強制的な思考加速か。

 だがそれは死への時間が延びる代わりに、その苦痛が100倍になるだけだがな』


 魔族は余裕の言葉を返す。そう、魔族の圧倒的優位は変わっていないのだ。


 シャバートは与えられた僅かな時間を無駄にしない様、すぐさま次のスキルを発動していた。

 使用したスキルは【鑑定眼】だ。相手自身を解析するのは敵対行為となり相手の心象を悪くする。なので解析の対象としたのは相手の手に持つ『禍々しい刀』であった。

 その武器の解析結果が想定通りであった事で、シャバートは予め計画していた『交渉』を口にする。


『私から一つ提案がある』


『ふん。命乞いか? 無駄だな』


 魔族には取り付く島もない。しかし、それでもシャバートは言葉を続ける。


『命乞いと捉えてもらっても構わない。これから話す条件が納得いくものでなければ、私は素直に死を受け入れよう』


『ほぉ、大した自信だな。聞いてやろう……』


 そして、シャバートは目の前の相手に対して、魔族が予想だにもしていなかった提案をするのであった――

【ちょい出し制作秘話】

 登場人物紹介と名前について


・シャバート=ジャネーロ

 国境街「ジャネーロ」の領主。白髪と目の下のクマが特徴的な初老の男性。

 名前の由来は暦シリーズで土曜日のイタリア語『sabato』から


・シャルル=ロンギヌス

 領主シャバートに使える女給仕(メイド)の長。

 若くしてメイド頭にまで上り詰めた才女。

 名前の由来は偉人の『Charles-Henri Sanson』から拝借。男性の名前だが、響きが女性の名前っぽくない? と思ったところから、女性の名前として採用。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ