第38話:待ち時間でのやり取り
◆前回までのあらすじ◆
騎乗機の持ち込み審査結果を聞きに領主宅へと訪れ、応接室で領主を待つこととなったのであった。
丁寧にお辞儀をしてシャルルが部屋を出ていった。
応接室には僕ら二人のみとなった。と、いっても護衛用の鎧型のゴーレムが配置されているので滅多なことは出来ない。
しばしの沈黙が流れ、手持ち無沙汰になり僕は用意された飲み物へと手を伸ばす。
「待ってくださいリュウジ様。飲み物になにか入っているかもしれません。先に私が確認いたします」
ノインは慌てて僕の手を止めて、先に紅茶を口にする。
瞬間、ノインの女神開かれ、まるで全身に雷撃を受けたようにビクリと震えると動かなくなる。
「――ノ、ノイン。大丈夫か?」
その反応に驚いて声をかけるが、帰ってきた答えは想定外のものであった。
「お、美味しすぎる…… なんだこの飲み物はっ」
出てきたのは大絶賛だった。
そんなに美味しいのかと僕も自分の分の飲み物を口に運ぶ。
「うん。美味しいね。美味しい紅茶だ」
この世界では糖分は貴重なのか、甘さはほとんどないが口の中に風味が広がる上品な味の紅茶だ。
「コウチャ、という飲み物なのですね。私は初めて飲みました、こ、これはどの様な製法で作られたものなのでしょう」
すごい勢いでノインが僕に聞いてくる。
「えっと、紅茶は――」
――『紅茶』とは、摘み取った植物の葉と芽をもみ込んで完全発酵させ、それを乾燥させたものを沸騰した湯で旨味を抽出した飲料だね。
困った僕に友が助言をくれる。僕は受け売りの様にその情報をノインに伝えると、彼女は「まさか植物の葉からこのような芳醇な飲料が造れるなんて……」と感動に打ち震えていた。
毒舌ばかりのノインが飲食に対しては少女のような表情になるのが少し愛おしく思えた。これがギャップ萌えという奴だろうか。
「こっちの小さな塊は?」
「多分、スコーンっていう焼き菓子かな……?」
前世ではずっと寝たきりだったため僕も実際に食べたことはなかったが、料理を題材にしたアニメの知識だけで料理名を口にする。知識があいまいでもいざとなれば友が助けてくれるはず。
「スコーン。焼き菓子、ですか……」
興味がそちらに向いたノインは今にもよだれを垂らしそうな視線をスコーンに向けている。
「毒見もしてもらわないといけないし、先に食べてもらって構わないよ。確か手でつかんで食べてもいいお菓子だから」
僕が助け舟の言葉をかけると、ノインは「そ、そうですよね」と頷いて、スコーンに手を伸ばす。そして、その味にまたしても舌鼓を打つ。
「こ、これが人間の貴族が食すもの。美味しい、こんなものが世界にあるなんてっ。
この焼き菓子のほのかな甘さと、紅茶の上品な渋みが絶妙な調和を口の中で生み出している」
ノインは夢中になってスコーンと紅茶を口には運ぶ。このままだと用意されたスコーンが無くなりそうだ。
「ははは。スコーンと紅茶が気に入ったみたいだね。僕も頂こうかな」
そう言葉をかけると、ノインはハッと我に返り「す、すみません。私ばかり食べてしまって」と顔を赤くする。毒舌でツンツンしているノインを思うと珍しい表情だ。強力なユニークスキル【暴食の業】の副次効果の影響だと思うがとても好ましく思える。
そんなやり取りをしていると、部屋の扉をノックする音が響く。
「お待たせいたしました。領主様がお見えになりました」
メイド頭がそう告げると、ゆっくりと扉が開く。
僕たちは慌てて口元を拭うと居住まいを正して座りなおす。
「お待たせしてしまって申し訳ない。この街の領主シャバート=ジャネーロだ」
そして現れたのは目の下のクマが特徴的な精悍な顔つきの初老の男性だった。
【ちょい出し制作秘話】
登場人物紹介と名前について
・シャバート=ジャネーロ
国境街「ジャネーロ」の領主。白髪と目の下のクマが特徴的な初老の男性。
名前の由来は暦シリーズで土曜日のイタリア語『sabato』から
・シャルル=ロンギヌス
領主シャバートに使える女給仕の長。
若くしてメイド頭にまで上り詰めた才女。
名前の由来は偉人の『Charles-Henri Sanson』から拝借。男性の名前だが、響きが女性の名前っぽくない? と思ったところから、女性の名前として採用。




