第19話:謎の声
◆前回までのあらすじ◆
魔力枯渇状態となったノインを休憩させるために、近くにあった洞穴に移動した。
四角く整備された人工的な入り口の洞穴は『坑道』か『ダンジョン』の可能性が高いと友が教えてくれた。
洞穴へと向かう道中に可能性として挙がったその二つの違いについて、友に教えてもらう。
まずは『坑道』について。
坑道は山中に埋まる資源や鉱物を採掘するために人工的に掘られた穴で、この世界では主に魔力を宿した魔石や魔鉱を掘り出すために作られるらしい。
魔力を宿した物資が埋まる場所に開けられた穴であるため、物資を掘りつくしていないかぎりそこには魔力が満ちているのだ。
そしてもう一つの可能性である『ダンジョン』だが、こちらは坑道と異なり自然発生した洞窟である。
魔力が満ちている原因は、その奥にある魔源泉と呼ばれる特殊な地場だ。
そこからは不定期に魔力があふれ、それと合わせて魔核を元とした生物である魔獣や魔物が生み出されているのだ。
その中でも特に多く魔素を取り込んだ魔物が迷宮の主として君臨し、魔源泉を他者に奪われない様に洞窟を迷宮化させるのだ。
そのためダンジョンは、危険な生物が蔓延り、複雑な構造をした場所となっている事が多いらしい。
だが、危険な場所ではある反面、無限に湧き出す『魔力』と、魔獣・魔物から採れる『素材』は人間達にとってみれば有用な資源でもある。
その資源を安全に、かつ効率的に採取するため、入り口が整備され結界術やそれに準ずる結界魔法を駆使した安全地帯が作られるのだ。
ちなみにダンジョンの危険域を攻略し安全地帯とするのも冒険者の仕事の一つであるらしい。まさに僕の思い描いていた冒険者だ。
そんな説明を受けているうちに、僕たちは目的の洞穴の入り口まで辿り着いた。
洞穴の入り口は石を敷き詰めて作られた石壁で覆われた高さ三メートル程の穴となっていた。
この穴の大きさだと、元の竜の姿だったら入れなかったかもしれない。
そう思いながら、中を覗いてみる。穴の中には光源は存在しておらず、暗くて様子をうかがい知ることはできなかった。
そして中から漏れ出す魔力も微弱で、中に入らなければ魔力の回復はあまり望めない。
――入口の状態から推測すると、しばらくの間ここには人が立ち入ってないみたいだね。もしかしたら、掘削作業が行われなくなった『廃坑』なのかもしれないな……
友がこの洞窟の状況を解析し、その結果を伝えてくれる。
人の手が入った入口ではあるが、崩れた岩の陰に隠れた形になっており、さらにしばらく手付かずだった様で外壁なども砂塵に侵食され、真四角の通路も歪み、壁の所々は砂で隠れてしまっていた。
「うーん、思ったより魔力を感じないな。
魔素を多く吸収するためには、中に入ってみるしかないかな?」
すごい魔力が溢れ出す危険なダンジョン、というのを期待してしなかった訳ではないのだが、冒険という感じがせずに少しがっかりしつつ呟く。
「そうですね。効率よく魔力を回復させるには中に入った方がいいと思います。
もし何か罠があったとしても、リュウジ様ならば問題ないと思いますし、私が命を懸けて守ります」
いやいや、君の回復のためにここに来たのだから命を懸けてもらっても困るんだけど。
そんなツッコミを心の中で入れつつ、同意してもらえたので、僕らは中に入ることとした。
ノインは僕が先に入ることを渋ったが、流石に魔力枯渇寸前の彼女を先行させることはできないので、僕が先陣を切って洞窟の中へと歩み入る。
洞窟の中は風化が進んだ入り口部分を過ぎると、しっかりと整備された回廊となっており、思いのほか歩きやすかった。
この体は夜目も効くので、暗さも問題なく先へ進むことが出来る。
整備された細い道を少し進むと、開けた場所に出る。
その広場の天井には仄かに光る苔が付着していおり、広場に入ると一気に視界が開けた。
「なっ……」
その目に飛び込んできた風景は驚くべきものであった。
そこにあったのは人や獣の死骸の数々だった。
その殆どが白骨化しているが、原型をと止めている死骸はすべて恐怖の表情を張り付けており、激しい虐殺がこの場で起きていたことを物語っていた。
『我ガ領域ヲ侵ス愚カナル者ヨ。
ソコニ転ガル屍ノ様ニ成リタク無ケレバ、装備ヲ置イテ早々ニ立チサルガ良イ』
どこからともなく声が響く。ビリビリと響く威厳のある男の声。
「なっ、何者だ。姿を現せ!」
その声に反応し、ノインが僕を庇うように前に出て言葉を返す。
ちょっと、君は魔力が足りていないのだから前に出ちゃダメだろ。
『クククク……
命知ラズナ凡夫供ヨ。我ガ姿ヲ目ニシタ者ハスベカラク惨タラシイ死ヲ迎エテイル。
貴様等ニソノ覚悟ハアルノカ?』
ノインの言葉に、謎の声がさらに言葉を返す。
挑発するようなその声に、ノインの背がすこし強張っており、畏怖している気配が感じ取れる。
まだ姿すら見せていない声に怯える必要はないと思うのだけど、やはり魔力が心もとないのが不安ののだろうか?
『矮小デ脆弱ナル汝等ニ、最後ノ慈悲ヲヤロウ……
貴様等ガ身ニ着ケテイル装備ヲ差シ出セ。シタラバ、ソノ愚弱ナル魂ヲ刈リ取ル事ヲ許シテヤル』
謎の声が条件を提示してくる。
どうやら装備を差し出せば命は見逃してくれるみたいだ。
だけど、ここのでのやり取りで僕は少し違和感を覚える。
謎の声はなぜ僕たちを見逃そうとしているのだろうか?
圧倒的な力を持っているのであれば僕たちを襲い無理矢理に装備を奪い取ってもいい筈なのに、なぜ実力行使に出ないのはなぜだろうか。
それに、ノインの反応も腑に落ちない。
「こ、この装備はリュウジ様から頂いたもの。そう簡単に差し出すなど、出来ないっ」
謎の声に答えるノインの声は明らかに怯えの色が濃く出ており、必死に恐怖に抗っている様だった。
――どうやらこの声の主は、精神干渉系の攻撃を仕掛けてきているみたいだね。リュウジには【精神攻撃無効】があるから影響がないけど、ノインはその影響で過度な恐怖が付与されてしまっているみたいだ。
友が現状を解析した内容を伝えてくれる。
なるほど、精神攻撃ね。だからノインはこの声にここまで恐怖しているのか。
目に見えて震えが出ているノインの背中を見て納得する。そして、現状を打破する方法を友に尋ねる。
――この声の主がこちらに対して敵意があるかを確認したいね。まずは軽く挑発してみるのはどうかな?
挑発?
――ああ。人間に擬態するため気配遮断を付与した固有領域を纏わせているんだけど、それを解除して軽く挑発してみるのはどうかな。イメージ的には『悪の幹部』みたいな雰囲気で。
友が助言してくれるが、どう考えてもその言葉はノリノリで、この状況を楽しんでいるようにしか思えない。もしかして……
――ははは。さすがリュウジだ。私の考えはお見通しか。今のリュウジならば相当なことがなければ窮地に陥ることはないから、だまされたと思って挑発してみてよ。
僕の心を読んだかのように笑いながら友が言ってくる。まったく、と思いながら、僕はその言葉に乗っかることにする。
僕は纏っていた結界を解除すると、ゆっくりとノインの前へと歩み出るのであった。




