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第15話:ヒュドラの視点

◆前回までのあらすじ◆

リュウジに助けられた魔獣のヒュドラ。

今回はそのヒュドラからの視点になります。

 ヒュドラは目の前の少年をまっすぐに見つめていた。

 目の前にいる黒髪黒瞳の少年は、ころころと表情を変え、その姿は本物の人間そのものであった。


 一度見ただけで【擬態】を習得するどころか、完璧な人間へと変貌したその姿に目が釘付けになってしまったのだった。


「ど、どうしたの? ずっとこっちを見て……」


 その視線を感じて、少年が疑問の言葉をかけてくる。


「も、申し訳ございません。他意はございませんので――」


 ヒュドラは慌てて謝り、視線を外す。


 何もかもが規格外の魔獣(そんざい)を目の前に、言葉が続かない。


 自分が知っている魔獣は、『強さ』こそが唯一の基準だった。


――弱肉強食――


強きものは弱きものに対し『生殺与奪の権利』を握り、弱きものが生き残るには強きものへ『絶対服従』を誓うしかない。

 それを打破するには『強くなる』か、『命を懸けて逃げ出す』しかないのだ。


 それは血を分けた『親兄弟』でも変わらない。


 彼女も()()()()()()()()()()()()()であったが、その中でも一番弱かった自分は末子として扱われ、酷い扱いを受けていた。

 縄張りを犯す敵との戦いは先陣を切って戦わされ、傷ついても手当ては最後、挙句の果てに食事についてはいつも最後でほとんど自分には良い部位は回ってこないという扱いだった。


 ちなみに、魔獣は魔素さえあれば『食事』は不要である。だが、欠損部位を効率よく補完するために肉を捕食するという行為は行われる。

 魔獣にとって「食事」という行為は些末なものであるのだ。しかし、彼女は魔獣としては特異個体であり「食事」という行為に対して非常に大きな嗜好性を示す個体であったのだった。


 そんな彼女であるから、残飯しか回ってこないその環境は大きなストレスであり、その環境を変えるべく命を賭して姉達から逃げ出したのだった。


 視線を少年に戻すと、「……べ、別にそんなんじゃないよ」と独り言を呟きながら頬を赤らめさせていた。


 こうして見ると、本当に人間の子供にしか見えない。


 しかし、彼女は知っている。

 この少年の正体がとてつもない力を秘めた冥界竜(ドラゴン)であることを。


 人間のなかでも最高峰といわれる勇者パーティーに襲われ死を覚悟した時に、颯爽と現れたその姿は今も脳裏に焼き付いている。


 その爪は防御不能の空間を断つ斬撃となり、尾を振るえば王金魔鉱(オリハルコン)の鎧を粉砕する槌へと変貌する。そしてその口から吐き出される吐息(ブレス)は、国一つすら消滅させられるほどの暴虐の嵐となるのだ。


「ところで君は何で危険を冒してまで人間の国に潜入していたの?」


 そんな凄まじいチカラを秘めた『少年』が問いかけてくる。

 その問いに少し戸惑いつつも、ヒュドラは正直に答える。


「人間が作る『料理』を、食べたくて、です」


 言い淀みながらも答えるヒュドラに対して、少年は「へー、なるほどね」と相槌をうつ。


「えっと……『変だ』とは思わないのですか?」


 自分の言葉をすんなりと受け入れる少年に驚いて、ヒュドラが聞き返す。


 その問いかけに少年は「え、なんで?」と首をかしげる。


「魔獣は魔素さえあれば『食事』を必要としません。大きな傷を負ったり、身体が欠損した場合にそれを補うために捕食行為をすることはあっても、それが不要な状況で食事(それ)をするために危険を侵すことなど普通ありえないんです」


 自分で言っていて少し悲しく思う。自分でも愚かな行為をしていると思っている。

 なんの得にもならないことで自らを危険に晒していたのだ。

 助けた相手がそんな不毛な理由で命の危機となっていたものだと知られれば、激昂され殺されてもおかしくはない。

 内心で震えながら、懺悔するかの様に言葉を紡ぐ。


 しかし、少年の反応は想定外なものだった。


「それでも食べたいって思った美味しい料理(もの)があったってワケでしょ」


 少年は彼女の言葉を肯定したのだ。その言葉に衝撃を受ける。


 今まで同じ魔獣(ものたち)で「食事の素晴らしさ」を分かってくれるものなど皆無であった。まさか自分の気持ちを分かってくれる魔獣(もの)が現れるなんて思ってもいなかったのだ。


「僕だって病院ではあんまり食べちゃダメだって言われてたお菓子をこっそり食べたことがあったからね。隠れて食べてるのを看護師さんに見つかったときは、すごく怒られたっけ」


 ははは、と笑う少年にヒュドラは言葉が出なかった。


「あっ、そうか、この体だったら自由に料理も食べられるんだ……

 よし、人間の国に行ったら一緒にご飯屋に行こうよ。

 こっちの世界の料理ってどんななんだろ、楽しみが一つ増えたな」


 そう言葉を続ける少年に驚きと共に、心の底から喜びがあふれる。


 同じ想い、同じ喜びを共感できる魔獣(なかま)が存在する。そのことがここまで嬉しいのだと、その時初めて知ったのだった。


 この方にならば誰にも言えずにいた秘密を伝えてもいい――


 そう思い、ヒュドラは意を決して自らの秘密を少年に告げる……

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