第14話:旅立ち前夜
◆前回までのあらすじ◆
リュウジは【擬態】にて人間の姿になった。
人間の少年の姿となったリュウジを見て、ヒュドラは驚きに目を見開いた。
「流石です、リュウジ様。一度見ただけで私のスキルを、ここまで完璧に習得するなんて」
ヒュドラが称賛の言葉を口にする。
「人間の少年の姿ですね。
リュウジ様でしたら、もっと屈強な成人男性の姿となられても良かったのではないでしょうか?」
そう問いかけてくるヒュドラの言葉で、自分が子供の姿になったことを認識する。
――転生前の世界でリュウジがもし『健康に育ってた場合』の姿を演算して身体を構成したから、彼女からしたら幼く見えるようだね。もしリュウジが望むならば、もう少し大人の姿にすることもできるが、どうする?
友は転生前の僕の年齢に合わせて人の姿を調整してくれみたいだ。
僕は友の問いかけに「これでいいよ」と言葉を返す。
――ちなみに、見た目は子供でも強さは竜の時と変わらないから戦闘能力については心配いらないよ。
補足説明を受けて僕は小さく頷く。
「見た目は子供でも強さは変わらないみたいだからね。この姿で問題ないよ」
そしてヒュドラに言葉を返す。
「戦闘能力が変わらないのなら、強く見せる必要がない。おっしゃる通りです。
申し訳ございません。愚問でした」
ヒュドラが頭を下げる。
そこまで畏まる必要はないんだけどな、と思いながら、僕は軽く右目に触れる。まだ右の瞼は閉じられたままで、ズキリとした痛みが残っている。やはり人化したとしても傷は残ったままのようだ。
「その目の傷は私を助けるために負ったものですね。もしよろしければ私のスキルで治癒いたしましょうか?」
それを見てヒュドラが傷を癒したいと申し出る。
「えっ、できるの? ならばお願いしていいかな」
「畏まりました。では失礼して、傷に触れさせていただきます」
そう告げてヒュドラが近づく。近くまで来ると女性特有のいい匂いが鼻孔をくすぐる。
猛毒を持つモンスターであるヒュドラなのでもっと毒々しいイメージだったのだが、全然想像と違い人に擬態して作られた疑似心臓がドキドキと脈打つ。
身長差があるため少し前かがみになり、ヒュドラが指で優しく右目の傷へ触れる。何かしらのスキルを使用したのか、少し湿った指が傷を撫でほんのりと暖かい感触に包まれるとスッと痛みが引いていった。
「これで傷自体は完治したはずです」
その言葉に右の瞼をゆっくりと開けてみる。すると違和感なく視界が開けた。
――【猛毒生成】の反転スキル【妙薬生成】か。便利なスキルだな。
友が感心の言葉を漏らす。
「傷をつけた人間の執念が強かったみたいで、完全に傷跡を消すことが出来ませんでした」
どうやらキレイに傷が治せなかったようで謝っているが、僕としては特に気にはならない。
鱗を変化させて作り出した片手剣を軽く抜刀し、その刃に映る自分の顔を確認すると、右目の眉から頬にかけて一筋の傷跡が残っていた。特に痛みも残ってないし、むしろちょっとカッコイイかにな、とも思えた。
――リュウジも御多分に漏れず男の子が患う『中二病』ってことかな。
頭の中で友が茶化してくるのを僕は少し照れながら「仕方ないだろ、今の僕は普通の男の子なんだから」と言葉を返す。
――そうだね。転生前には出来なかった「普通の」男の子の反応だ。それが出来ていることを本当に喜ばしく思うよ。
急にしんみりとなった友の言葉に、僕は「そうだね」と返して屈伸したり軽くジャンプしたりして人間の身体の動きを確認する。
これがごく普通な、健康な身体なんだな。
転生前に願った思いが叶ったことに今更ながらに感動する。
――まだだよ、リュウジ。リュウジの願いは「強い身体を手に入れて、心躍る冒険をすること」だろう? まだ冒険してないじゃないか。
そうだね。せっかく健康で自由に動ける人としての身体を手に入れたんだ。冒険、しなくちゃね。
友と脳内でそんな会話をしていると、一人取り残されたヒュドラが不思議そうな目でこちらを見ていることに気付く。
しまった。今は一人じゃないんだった。一人でニヤニヤしたり感動したりとちょっと怪しい人に見えたかもしれない。
「せ、せっかく人間の姿になれるようになったから、しばらくこの姿のままでいようと思う。
人間の国を見てみたいと思うんだけど、ここの近くに良いところはないか心当たりはないかい?」
「……そうですね。ここから一番近い人間の国は私が潜入していた『フェバリエ王国』なのですが、あそこはあまりお勧めできないですね」
少し思案してからヒュドラが答える。
「そうだね。あそこはやめておこう。あまりいい思い出がないからね」
ヒュドラを助けた森の先にあるのは、僕が魔族に転送させられたあの国だろう。問答無用で攻撃してきたし、なによりこの子をひどい目に合わせた人間たちが住む国になんて行きたくない。
「そうなると山脈を抜けた反対側にある『都市国家ジャンビエ』ですが、少し距離がありますね。
途中にいくつか小さな都市が点在しているので、そこに立ち寄りながら向かうことになりそうですね」
僕の言葉を受けて、ヒュドラが別の案を提示してくれる。
「なるほど。ならば、そのジャンビエって国に向かおうか」
そう答えながら、僕の胸は高鳴っていた。
これから夢にまで見た冒険の旅が始まるのだ。
「分かりました。でしたら、日が昇ったら旅立ちましょう」
そう言われて、今がまだ夜であることに気付く。
――そうだね。いくら今のリュウジが強いからと言って、夜に動くのは良くないね。日が昇るまではここに留まるのが得策だ。ついでにそれまでの間、ヒュドラからこの世界のことを聞き出そう。情報さえあれば私の演算能力でどんな冒険が出来るかシミュレートできるからね。
友にもそう言われたので、僕はヒュドラと二人、朝までこの洞窟で過ごすこととなったのだった。




