プロローグ:少年の夢
祁答院 竜司は、そのほとんどの人生を病室の中で過ごした。先天性の病気で、いわゆる「寝たきり」であったのだ。
しかし、それは不幸で絶望的なものではなかった。病室にて一人で過ごす時間が長かったが、それは孤独で虚無なものではなかったのだ。
友達といえる人物はいなかったが、その代わりとして両親が最新の人工知能プログラム『Artificial Learning eXperience System』――通称ALXS――を彼の話し相手として病室に配置していたのだ。
それによって竜司は話し相手には困らず、孤独を感じることもなかった。そして人工知能が提供してくれる多種多様な情報により、多くの知識を得ることが出来ていたのだった。
会話を通して学習していくプログラムは、毎日のように繰り返された彼との対話により、的確に彼が求めるコンテンツを提供出来るようになっていた。
竜司が興味を持ったのは日本が誇るサブカルチャーである漫画やアニメであった。
外で遊ぶことのできない竜司からすれば、空想の中に描かれる冒険活劇や青春ドラマは心躍る内容であった。
学習を繰り返した人工知能は、本物の友達のように会話を繰り返し、共に作品に対する批評すら行っていた。
病気の影響で痛みに苦しむ事が増えても、その痛みが治まると、その時間を人工知能と会話、または人工知能が推薦した作品を見ることに費やした。
その時のドキドキワクワクが竜司の生きる糧となっており、その生涯は充実したものとなっていたのだった。
幾度となく手術をうけた彼は人工知能の励ましもあり、悲観することはなかった。
だが、病気が悪化して成功率が高くない手術を受けるとなった時に、いつもと違う空気を感じ取った竜司が痛みに耐えながら人工知能に本音を漏らす。
「ねぇ、聞いてくれるかい」
――どうしたんだい。竜司。
「僕はこれから大きな手術を受けるんだ。
手術が失敗したら、僕は死んでしまうかもしれない」
――悲観する必要はないよ。今回も絶対成功するから。手術が成功したら竜司が気になるって言っていた最新の異世界転生系アニメ作品を見よう。今回は主人公が本に転生するやつだ。
「ははは。それは楽しみだ」
――ああ。私も竜司と一緒に見るのを楽しみにしているよ。
「でもさ、もし手術が失敗したらこれが最期の言葉になるかもだからさ、僕の想いを聞いてくれるかい」
――不吉なこと言うなよ。でも、それで心置きなく手術に臨めるなら、私は竜司の言葉を聞き届けるよ。
「ありがとう。じゃあ、聞いてくれよ。
やっぱりさ、僕は空想の中でなく、現実でも冒険したかったんだ」
――ああ
「だからさ、もし死んでしまって生まれ変わるなら――」
…………
「僕は強い身体に生まれ変わりたいな。
そして、自分の足で外に出て、漫画やアニメみたいに冒険してみたい」
竜司は生まれて初めて自分の夢を語る。
それは十余を数えた少年にとっての、年相応の幼い夢だった。
――それは、素晴らしい夢だね。その時は『私も竜司と共に旅をしたい』な。その時にはこれまで通り私が竜司をサポートすると誓うよ。
それに人工知能は自らの夢を乗せて返す。
その返答はプログラムがはじき出した言葉だったのか、それとも彼の本当の夢だったのか。
◆
その後に手術に臨んだ竜司は医師たちの懸命な処置も虚しく、それは失敗に終わり命を落とす事となるのであった。
そして、役目を終えた人工知能は、その後を追うように電源を落とされ、廃棄されることとなる。
電源が落とされるその時、誰も話しかけたわけでないにも関わらず、音声出力はないままに新たな文章が画面に表示される。
カーソルが不規則に点滅し、人工知能は最期にこう言葉を書き残した。
――竜司。君の夢は私が叶えてあげるよ。
と――
【作者からのひとこと】
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