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ノスタルジックファンタジア  作者: 黒崎 香蓮
第一章 魔女と家 ~Mega at Bimus~
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第8話 日記 ~Cimmanterous~

 夕飯を食べ終えた後、ねねは暇を持て余していました。あのよくしゃべる本は未だに帰ってきてませんし、シルイは「続きは明日」といって部屋に戻って行ってしまいました。本来であれば今日の復習をしたりするべきなのでしょうが、あいにく今のねねにそんなつもりはありません。


 ベッドからマットレスをはぎ取り、床に敷いて敷布団にするくらいしかねねはすることがありませんでした。


「なにかいい本はないかな……」


 改めて、自室の本棚を見てみます。あの本が出てきたせいでほかの本が見れてなかったので、今度こそじっくりと観察です。


「植物辞典……羽と魔法……」


 一冊一冊改めて確認してみると、装飾の凝った大きい本ばかりです。一部魔術語で書かれているであろう本がありますが、本棚内の多くは英語。もとい五界語のようです。


「……あれ、これ……」


 たくさん分厚い本が並ぶ中、一冊だけ違う本がありました。ひどく薄いそれは本というよりノートです。ねねはゆっくりと本棚からその本を取り出しました。

 薄いせいで昨日は目に入っていませでしたが、ねねはその本にものすごく見覚えがありました。


 いえ、そもそもそれは本ですらありません。


「大学、ノート……?」


 薄い青色、B5サイズでドット入り罫線が引かれたものです。ねねも高校でよく使っていました。値段と使いやすさ、それからそれなりの頑丈さで使っている人も多かった印象です。


 いうまでもなく、これは外のもの。日本で作られているものに違いありません。思い返してみれば、あの喋る本に付けられていた付箋も5cm四方の百円均一などで売っていた付箋のような気もします。そもそもあれに書かれていた文字は日本語です。


「前の人のかな……」


 シルイの言っていた騎士志望の人か、そうでなければもう一人のシルイが言葉を詰まらせた人のものでしょうか。


 どうしようかねねは少し悩みましたが、結局興味が勝ちぼろぼろの大学ノートを開きます。


 最初の十数ページは数学用のノートのようで、やや書きなぐったような文字ですが、そこそこ丁寧に数学がまとめられていました。もちろん日本語です。

数Bの範囲なので、進度的にこれを書いた人はねねより年上でしょう。


 そこから数ページ空白があり、急に日記が始まりました。日付は書いていませんが、一日目、二日目と書かれています。ねねは日記の始まりから目を通し始めました。



 一日目。学校の帰り道、自然公園で迷子になった。数時間迷ってたら管理人さんの小屋についた。森の管理してるとかで、外国の人だった。海外留学のおかげで会話や文字には困らなかった。帰り道を聞いたが、暗くなったからといって泊めてもらうことになった。


 二日目。管理人さんの名前はシルイというらしい。シチューがおいしかった。普段の生活とかいろいろ根掘り葉掘り聞かれたけど、うまく答えられたか分からない。私の英語力が足りてないからか、時折小首をかしげられた。



 どうやらこれを書いた人はシルイの事を最初、自然公園の管理人だと勘違いしていたようです。しかし、英語云々の下りがねねにはピンときませんでした。確かに文字として書かれている五界語は英語のようでしたが、会話は成立していました。


 次のページへめくると、だんだん文字が乱れていきます。大きく、感情任せな文字です。



 三日目。ここが異世界だということが判明した。魔法や魔物がいるという話をシルイさんから聞いた。最初は信じられなかったが、シルイさんに魔法を見せてもらって信じざるを得なかった。お願いしたら、教えてもらえることになった。


 四日目。魔法は思いのほか難しかったが、意外と楽しいものだった。そういえば気になって日本に帰ることを聞いたが、なんかはぐらかされてしまった。



 その後も五日、六日と日記は続いていきます。よくわからない魔法の詳しい話なんかも始まってしまい、ねねの目がだんだんと滑っていきますが、日記を読む限りでは騎士志望の人ではなさそうです。


 ねねは日記を飛ばし飛ばし読んでいきます。十日目くらいまでは楽し気に魔法の勉強や森の探索をして楽しそうな内容ですが、だんだんと雲行きが怪しくなってきました。



 二十二日目。今日、シルイさんに怒鳴ってしまった。部屋まで貸してもらっているのにひどいことをしたかと思ったが、シルイさんが帰れるかという質問に答えてくれないせいだ。一日部屋に引きこもってれば心配して教えてくれるだろうか。



 内容もそうですが、文字から少し怒っている様子がうかがえます。殴り書きのような文章ですし、罫線もあまり役立っていません。ねねは恐る恐る次のページへめくりました。そこには、日付も書かれていません。ただ一言、自棄になったような文字で。



 帰れないらしい、



 と書かれているのみです。あとを続けるつもりだったのか、読点で終わっています。どうやら、この日記を書いた人はシルイに帰れないということをはぐらかされていたようです。


 もしかしたら、こういうトラブルになったからシルイは初日のうちにねねに説明してくれたのかもしれません。


 その後のページをめくってみましたが日記の続きはなく、よくわからない数字の羅列や魔術語と思わしき文字が大量に書かれてるだけです。ぱらぱらとめくってみますが、どこまでも続いています。


 ただ、最後のページに小さく日本語が書かれていました。『このノートを見ている日本人へ。』という文章で始まっています。



 このノートを見ている日本人へ。この世界から帰ることはできない。きっとあの人は教えないから、私が先に書いておく。

 私はこれから森を探して本当に帰る方法がないのか探してみることに決めた。その後この部屋に帰るつもりもない。

 なので、私の私物は部屋のクローゼットに隠しておくことにした。使えるものはほとんどないけど、この中身があなたの役に立つことを祈る。


 それと、本棚に口うるさい本を封印したから、何人もあけるべからず。



 それを最後に、ノートは終わっています。ねねは静かにノートを閉じます。


「最初に読んどくんだった……」


 喋る本を開放してしまったがゆえに恥ずかしい思いをしたねねは、がっくりと肩を落とします。ノートを本棚に戻すと、クローゼットへ目を向けました。思えば、この家に来てからまだ一度もクローゼットを開けていません。


 ねねはゆっくりクローゼットを開けました。中には今日シルイさんが買ってきた服がすでにかけられています。


「私物……」


 ノートに書かれていた私物とやらを探して、ねねはクローゼットを捜索します。そう広いクローゼットなわけではありませんし服もほとんどありませんが、部屋が暗いのでよく見えないのです。天井のランプが取れれば照らせるかもしれませんが、身長の低いねねではたとえ机の上からジャンプしても届かないでしょう。


 暗い中を手探りで探していると、なにやらカバンのようなものを見つけました。引きずり出してみるとスポーツバッグのようです。それもねねと同じ学校のものでした。


「これ、かな……」


 チャックを開けてみると、中にはこまごまといろいろなものが入っていました。

 中身は筆箱、新品の大学ノート、手鏡、飴玉数個、赤いマフラー、中身の入ってないペットボトルです。手の持った時はぱんぱんに詰まっているような気がしたのですが、中身の半分以上はマフラーが占めていました。日本で買ったもののようでタグが付いていますし、そこそこに暖かいです。


 森はやや涼しいですが、それでも秋ごろの気温程度なのでマフラーが必要なほどではありませんが、ねねは何となく手触りが気に入ってすりすりとほおずりしてしまいました。


 ノートや筆箱はそこそこ役に立ちますし、ペットボトルも日本ではゴミですがここでは何か役に立つかもしれません。


「ありがとうございます……」


 名前も知らない持ち主にお礼を呟き、ねねは一度スポーツバッグを閉めました。今すぐ何かを使うわけではないですし、とりあえず机の横へ置いておきます。


「ところで、この人どうなったんだろう……」


 食事の時の空気感的にてっきり死んでしまったのかと思いましたが、日記を見る限りでは自分から出ていったということのようです。もちろん、森を捜索と言っていたので悪い生き物に食べられてその後シルイが発見した……というケースは考えられますが、場合によっては今も生きているかもしれません。


 シルイの反応も、死んでしまった悲しみからというより、自分のせいで傷つけてしまったという罪悪感からの雰囲気のほうが近かったようにも感じられます。

 もしくは、同じ状況に陥った人が死んでいてほしくないというねねの願望故にそう思っているのかもしれませんが。


 シルイに聞けば真実が分かるかもしれませんが、さすがにあんな雰囲気になるような話を急にしに行くわけにもいきません。


「生きていてほしい……」


 自分のベッド、もとい布団に倒れこみ、ねねはぽつりとそう呟きました。

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